第31話 ミリアの野望、新世界への扉

 魔物を屠りながら突き進んだ唯と彩奈はついに山頂付近までたどり着く。虹色に輝く生命(いのち)の樹は目前であり、その巨大さに恐怖心すら抱かせるほどだ。


「・・・マジか・・・」


 舞からの通信で加奈が瀕死の重傷を負ったことを知り、唯の中では悲しみと敵への怒りの感情が混ざり合っている。


「唯、行きましょう」


「・・・うん」


 必ず敵の親玉を倒すと約束したのだ。これ以上被害を増やさないためにもここで決着をつけ、次に加奈が目を覚ました時に良い報告ができるようにしなければならない。

 今は加奈が命を取り留めることを祈りつつ先へと進む。





「ここに来れたことを、まずは褒めてやろう」


 火口の目の前にて仁王立ちしていたミリアは唯と彩奈の姿を見て不快感を表しながら言葉をかける。唯達がここまで到達できたということはファルシュは討ちとられたということだろう。忠実なる部下を失った悲嘆というより、役に立たないなという苛立ちの方が強い。


「あんたに褒められるために来たんじゃあない」


 唯はミリアを睨みつけて聖剣を構えた。


「そうか。なら、消えてもらおう」


 ミリアの杖から魔力光弾が放たれ唯達をめがけて連射してくる。攻撃をしようにも次々と飛んでくるために回避に専念するしかなかった。


「危ないわね・・・」


 地面を大きく抉るその威力は舞のものより更に強力であることを示している。そんなものをこれだけ撃てる敵の魔力量は一体どれほどなのだろうという、純粋な疑問さえ浮かぶ。


「この力は間違いない。私と同じだ」


 ようやく攻撃が止み、唯は爆煙の中をすり抜けて後退する。彩奈と合流して体勢を立て直すためだ。


「なら、アイツこそ倒すべき敵ってことね」


「そういうことだね」


 唯だって光弾は撃てる。左手に杖を握り、魔力を集中させる。


「当たってよ!」


 そして魔力光弾が発射されて真っすぐミリアに飛ぶ。直撃をかけたにみえたが、


「この程度なのか? がっかりだ」


 魔力障壁すら展開せず、杖の先端で打ち消した。苦笑に似た表情で唯を見下す。


「ガイアの民にしては貧弱だな」


「は?」


「お前は私と同じ魔力を持っているのだから、我らガイアの民の血を引く者だろう?」


 聞きなれない単語だ。唯の頭には疑問符が浮かぶ。


「私のこの力は天使族のものだと・・・」


「あぁ、そういうことか・・・」


 唯の呟きにミリアはなにかを納得したように頷いている。そしておもむろに語り出しはじめた。


「お前の言う天使族とは我らガイアの民に対して人間共が付けた呼称だ。つまり、それは正式名ではない」


「そう・・・それより、ガイアの民って何なの?」


「ガイアというのは我らの母星の名で、そこの出身の者達をそう呼ぶ。ガイアははるか昔に滅亡し、生き残った者達が新天地を求めて宇宙へと散った。そして私達一行がこの地球へと降り立ち、ガイアの民を劣化コピーした人間を創って文明を再興しようとしたのさ」


「・・・なるほど。かつて人類を創り出した創造主である天使族とはつまりガイアの民というわけで、アンタはその一員なんだな?」


 なんだか壮大な話になってきたぞと唯は若干混乱しながらも、ガイア大魔結晶というアイテムのことを思い出す。


「そうか。だからガイア大魔結晶なのか」


「我らが母星ガイアでも神聖視されていた巨大魔結晶さ。大いなる力を持ち、創造と破壊さえ自在に操る」


 ミリアは腕を組みながら昔を懐かしむように目を閉じる。遠い記憶が瞼の裏に鮮明に映し出される。


「地球に降り立ったガイアの民は人間の取り扱い等をめぐって二つの勢力に分かれて戦争状態となった。片方の勢力は人間の中でも魔力を使える者を適合者と呼んで共に戦い、もう片方の、私が属していた勢力は魔族を創り出して戦った。現状を鑑みるに結果として両軍とも壊滅してしまったようだが・・・」


「アンタは昔も魔族側だったんだな」


「そうさ。下等生物の人間など我らガイアの民の奴隷に過ぎぬ。そのくせに大戦を生き残り、今では地球上でこれほどのさばって好き勝手しおって!」


 怒りの感情が言葉とともに吐き出される。


「私はこの生命の樹を用いてガイアの民と文明を復活させる」


「それで人間を奴隷にするんだな?」


「そのために創ったのだから、そうする。ありがたいことだろう?私達のような上級種族のために仕えることができるのだから」


「勝手な事を言う!」


 もう我慢できぬと唯と彩奈は魔具と共にミリアに接近する。だが目の前で飛び立たれ攻撃できない。


「ちっ・・・」


 その大きな白い翼は童話に出てくるような天使そのもの。昔の人類が彼女達を天使族と呼んだことにも納得できる。


「本当ならお前にも役に立って欲しかったのだがな」


「奴隷として?」


「名誉ある役としてさ。新世界の聖母にしてやる」


「いや、何言ってるんだ・・・」


 いよいよミリアの言葉の意味が分からない。


「生命の樹は魔力を生命エネルギーに変換することで新たな命を産み出せるから、そうやってガイアの民も復活させようとしたんだ。だが、母体を使うことでより高い完成度で産み出せる。ガイアの魔力を引く継ぐお前は母体として最適なのさ。だからお前の子宮に生命エネルギーを植え付け、新世界を築き上げる子供達を産んでもらおうと思ったのだが・・・」


「貴様、いい加減にしろ!」


 その言葉を聞いて激怒した彩奈が叫ぶ。大切な唯をそんな道具として使おうと考えていた敵に対し強い憎悪の念が向けられる。


「そうやって他人を見下して、利用することしか考えない奴らだから滅んだんでしょう!」


「人間が好きに言いよって! 所詮下等生物のくせにガイアの民である私に歯向かうな!」


 光弾を撃ちだされ、咄嗟に唯と彩奈は飛び下がる。このままでは一方的に攻撃されるだけだ。


「これしかない」


「唯・・・」


「私はあいつのために子供を産む気はないからさ。さっさと倒してくるよ」


 左手にはめられたガントレットに備え付けられている魔結晶に魔力を流す。


「Sドライヴ!!」


 オーバードライヴ状態になった唯の背中にも魔力の翼が生える。


「それがお前の本気か」


「そうだよ。この力で、お前を仕留めてやる!」


 地面を蹴って飛び上がり、ミリアに斬りかかった。





「なぜその力を無駄に使う!」


 唯の斬撃を回避しながらミリアも聖剣を装備する。


「力をどう使おうがお前に文句を言われる筋合いはない! 私は大切な人を守るために、この力を利用するだけだ! 天使族だろうがガイアの民だろうがどうでもいい! 人間の・・・私達、人間にとって危険なお前はここで消えろ!」


 空中での激しい斬り合いによって飛び散った火花が地上で見ている彩奈にもよく見えた。近い距離にいながらも手を出すことのできないもどかしさだけが募っていく。なんとか唯の力になれないかと必死に策を考え始める。


「高位なる存在に導かれることが人間のような未熟な種族にとって幸せなことなのだ」


「それがアンタだってか? 傲慢にもほどがある!」


「傲慢というのは違うな。事実、ガイアの民は優れた種族であり、その劣化コピー体である人類が上回ることはない」


「それが滅びかけたヤツらの言うことか! 自分達が優れた民族なら母星を滅亡に追いやることなど無かったはずだ!」


「貴様には分からない事情があった。だから、今度こそは間違いのないように完全な統治をする」


 ミリアの戦闘力は決して高いわけではないなと唯は見抜いた。足のついた地上での戦闘ならきっと唯が優勢だっただろう。


「そういう独りよがりなヤツに、誰が従うものか」


「従わせるのさ。ガイアの民を再誕させ新世界を創ったとなれば誰も盾突くことなどできないだろう?そう、天使などではない。神にも等しい存在になるのだ」


「なんだ、コイツ・・・」


 もはや呆れしかない。神を名乗り、世界を支配したいというのは実に子供じみた野望だ。


「そんなふざけた夢は、潰してやる」


「できるかな? 不完全な力しかない、ガイアの民の成り損ないのような貴様に!」


 実際唯が翼を展開できる時間には制限がある。オーバードライヴ状態の間しか飛ぶことはできず、そのリミットは迫っていた。


「一気に攻めるしかないか・・・」


 翼を失えばもうミリアを止められない。なんとしても仕留めるか地上に引きずり下ろす必要があるのだ。

 唯はミリアとの距離を詰め、その翼を斬りおとすべく回り込んだ。しかしその動きを冷静に見ていたミリアは聖剣で防御する。


「させんよ。私はこの瞬間のために魔結晶の中でコールドスリープについたのだ。永い時を超え、再起のチャンスがようやく巡ってきたのだから負けるわけにはいかない!」 


「だったら永久に眠っていればよかったのに」


 遥か昔、自分の所属する勢力が負けると悟ったミリアは力を蓄えて未来で報復するべく眠りについた。そして現代になってファルシュによって発見された彼女は目覚めの時を迎えたのだ。


「もう間もなく生命の樹に魔力が溜まるだろう。まずはそれを使って私に忠実な魔族を創り出し、そいつらによって人間を屈服させる。新世界への扉はもう開かれようとしているのさ!」


 すぐ近くにある生命の樹の光はより一層強くなっているのが分かる。


「させるかって言っている!」


 とはいえ決め手に欠けており、勝ち筋が見えない。もう、唯の体内の魔力は多くない。


「なんとっ!」


 ミリアの聖剣との鍔迫り合いの最中、唯の持つ聖剣が砕けてしまった。


「フッ・・・そんな式典用の装飾剣では私の本物の聖剣には勝てん」


「これって戦闘用じゃなかったのか・・・」


 実は唯の持っていた聖剣は飾り用の物で、戦闘のために作られた物では無かった。天使族・・・ガイアの民のためにあつらえられた品であるため通常の適合者では使えず、聖剣そのものと勘違いされていたのだ。それでも唯の魔力に呼応して高い威力を発揮してきたのだから、その作りは本物の聖剣にも劣らない完成度だったのだろう。


「これまでだな!」


 唯を追い詰めたミリアは邪悪な笑みを浮かべながらトドメを刺すべく聖剣を振りかざした。


「そうかな?」


 唯もまた余裕の表情だ。それをはったりだと判断したミリアは一気に聖剣を振り下ろす。しかし、


「何っ・・・!」


 唯に攻撃は当たらなかった。それどころかミリアの右腕ごと聖剣が地面に落下していく。


「甘いわね・・・」


 そのミリアのすぐそばを落下しながら彩奈が呟いた。


「おっと」


 唯がキャッチし、抱きかかえる。それを見てミリアは何が起こったのかを理解した。生命の樹から飛び降りた彩奈によって腕を切断されたのだ。


「貴様、いつの間に・・・」


 ミリアと唯が交戦している間に彩奈は生命の樹に登り、攻撃のチャンスを見計らっていた。ミリアは彩奈をただの人間だから自分の脅威に成り得ないと放置することにしたため、その存在を意識していなかった。それがアダになるとは想像もしていないことで驚きと怒りが沸き上がる。


「あんな勢いよく飛び降りるもんだから、こっちはヒヤヒヤしたよ」


「唯がピンチだったから、咄嗟に体が動いちゃったのよ。この距離なら届くという確信があったから、怖くはなかったわ」


 自慢げな彩奈の頭を唯が撫でる。


「人間めがっ!」


 ミリアは怒りのあまりに冷静さを完全に失っている。残った腕に杖を持ち、最大火力で唯達を消し去ろうとしていた。


「遅いな!」


 だが、敵の攻撃を待つ唯ではない。彩奈を抱えたままミリアに向かって突っ込んでいく。


「彩奈、今っ!」


「承知!」


 抱えられていた彩奈が宙に飛び出す。そのままの勢いで斬りかかるが当然回避される。だが、それでいい。最初から当てるための攻撃ではない。


「いける!」


 唯はミリアの回避先を読んでいた。そこに向かって飛び込み、膝蹴りを放つ。


「ぐあっ・・・」


 的確にみぞおちにその蹴りが入り、呼吸することすらも困難になったミリアは墜落していく。

 唯はそれを確認して落下する彩奈を再びキャッチして地面に降りる。




「こんなはずでは・・・こんな・・・」


 勝てると思っていたのに気づけば窮地に陥っている。地面との激突寸前に翼をはためかせたことで即死は免れたものの体のあちこちに怪我を負い、もはや戦えるだけの力は無い。


「だが、しかし・・・」


 それでも諦めないミリアはゆっくりと地面を這いずり、生命の樹を目指すが・・・


「そこまでだ」


 二人の足音がすぐそこまで来て止まる。強い殺気がミリアに向けられた。


「私を殺すということはガイアの民の未来を奪うという事と同義だぞ」


「私達人類には関係ない。全てはガイアの人々の身勝手さの招いたことでしょ」


「我らの文明が失われるということは宇宙にとっては大きな損失なんだ」


「だから、関係ないって言ってる。私はただ大切な人達を守りたいだけ」


 取り付く島もない唯の返答に、もう自分が助かる道は無いなとミリアは絶望した。この状態では生命の樹に辿り着くのも不可能だし打つ手はもう無い。


「だが、これで終わりではない。例え私を倒してもかつて宇宙へと新天地を求めて旅立ったガイアの民の生き残りがいる。そやつらが地球を見つければきっと私と同じ行動にでるだろう」


「それなら、倒すだけ」


 唯が地面に落ちていたミリアの聖剣を拾い上げてかまえる。それを見たミリアが最期の抵抗とばかりに、翼を開いてイチかバチか飛び上がろうともがいた。

 しかし、そんな事がうまくいくはずもない。


「さようなら」


 唯がミリアの胸部に聖剣を突き刺す。心臓が破壊され、ミリアは瞬時に絶命した。


「これで終わったわね」


「うん・・・」


 敵の親玉を倒すことができたわけで、もうじき富士山周囲の敵も排除されるだろう。

 だが唯の心に喜びはなくただ加奈のことが心配であった。





 富士山での戦いから二週間後、唯と彩奈は地元にある大型病院へと足を運んでいた。

 そして病室のひとつの前に立ち、ノックする。


「はい、どうぞ」


 舞の返事が聞こえてからその病室へと入った。


「よっす」


「フン・・・元気そうね」


 ベッドの上に横になっているのは加奈だ。まだ包帯が取れていないため痛々しい姿ではあるがちゃんと生きている。


「おいおい。この姿を見て、どうして元気だと思った」


「そういうリアクションが取れるところを見てよ」


 加奈はあれから応急処置を受け、病院へと搬送されて緊急手術が行われた。舞が運んだおかげで早く処置することができたためにこうして一命をとりとめたのだ。


「明後日には再生手術を受けることになっていますから、その後は今までのように生活を送ることができるようになりますわ」


 この病院には神宮司や舞の人脈を使って最高峰の医療スタッフが派遣されて、加奈専属として治療にあたっている。それは職権や権力の乱用ではないかと指摘する者はおらず、お咎めも無い。


「良かった。本当に・・・」


 唯は加奈の手を握って嬉しそうに頷く


「これも、唯が敵のボスを討ち取ってくれたおかげだぜ。ありがとな」


「ううん。加奈達が、あのデカブツを引き受けてくれたからできたことだよ」


 そんな二人のやり取りを彩奈が恨めしそうに見ており、その彩奈を舞がほほえましそうに見ているといういつも通りの四人の日常が帰って来た。

 こうした平和な時間がこの世界では長くは続かないことを分かっているが、できるだけ続いてほしいという願いを唯はそっと心のなかで祈っていた。


           -第4章に続く-

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