第30話 漆黒は、灼熱に消えた

 ファルシュは倒れ伏して動かないデストロイヤーの目の前に立ち、ミリアから渡された生命の樹由来の球体を突き出す。その虹色の輝きは加奈達にもはっきりと見てとれる。


「もう一度立ち上がれ。兵器ならば、主を守るものだろ?」


 その行動を見て加奈が飛び出し薙刀を振りかざした。すかさず唯と彩奈もそれを追う。


「やらせない!」


 敵の狙いは分からないものの、ともかくそれを阻止するために攻撃をしかけたのだが、


「ちぃ!」


 増援として現れた魔物達がファルシュを守るように加奈達に特攻を行い、妨害してきたためにそちらに対処せざるを得なくなってしまった。


「そこっ!」


 距離を取っていた舞が杖から魔力光弾を撃ちだすがファルシュのレイピアの一振りで打ち消される。


「破壊者としての力を! もう一度!」


 魔道砲によって抉られた腹部にファルシュがその球体を埋め込む。すると眩い閃光が発せられ、デストロイヤーが再び動きだす。


「なんと・・・!」


 その光景を見た舞の表情には驚愕と絶望が表れる。それもそうだろう。一度は倒すことに成功した相手だがそれは魔道砲の威力あってのものだ。再び同じように攻撃するための余裕をつくれるかどうか・・・


「どうしたら・・・」


 魔道砲自体は健在。しかし試作兵器であるがゆえまだ不安定さが残っており、佐倉が言うには安全に撃てる保証があるのは一発だけらしい。二発目をちゃんと発射できるかは不確かだ。





「くそっ! まったく面倒を起こしてくれるな、貴様は!」


 加奈はファルシュに対して叫びつつデストロイヤーの攻撃をかいくぐりその脚部を斬撃する。どうやらデストロイヤーの修復は完全ではないようで、腹部の傷は完治していないうえ魔力障壁も展開されてない。おまけに魔力光弾の火力も落ちているので以前ほどの強さは感じられない。とはいえ脅威的存在なことには変わりなく、どうにか撃破する必要があるだろう。


「おっと・・・」


 再び地面が揺れ、更なる地割れが発生した。ただでさえ斜面でいつもより戦いづらいのにこれ以上足場が無くなれば戦闘どころではなくなる。一刻も早くこの現象を引き起こしているのであろう山頂にいる親玉を叩かなければならない。そうしなければ敵の謀略を止めることができなくなってしまう。


「こうなれば!」


 一旦退いた加奈は唯達を自分のもとに集める。


「唯、お前は山頂に向かえ」


「えっ?でも、あのデカブツをなんとかしないと・・・」


「そうなんだが、このままでは山頂に向かう前に敵の魔術で追い詰められてデストロイヤーに殺される。ここはあたしが食い止めるから唯は彩奈と一緒に敵の本丸を叩け!」


 会話してる間にも攻撃は飛んでくる。必死に回避しながら唯は加奈の言う通りにするべきか悩む。


「あの虹色の樹みたいなヤツを呼び覚ましたのは唯と同じ力を持つ敵だろう。そうならば対抗できるのは唯しかいないんだ。だから、行け!」


 その言葉に舞も頷き、唯の背中を後押しする。


「唯さんにしかできないことがあります。わたくしと加奈さんなら大丈夫。だから唯さんが今できることだけを考えてくださいな」


「・・・分かった。必ず敵を潰して戻ってくるから!」


 猶予は無い。次また地形に影響を及ぼす魔術が行使されたら今度こそ詰みが近づく。仮に足場が無くなってもSドライヴを用いて翼を展開すれば山頂には行けるが、迎撃されて撃ち落とされるリスクが高いし、到達できても魔力切れまでのリミットが短いわけだから継戦能力に欠けて肝心の敵を倒せない可能性もある。





 唯は彩奈と共にその場を離れて山頂に向かって駆けだしていくがそれを見逃さないのがファルシュだ。


「行かせるかよ!」


 機動力ではファルシュの方が上である。すぐに追いついてレイピアによる素早い攻撃が唯を襲う。


「これ以上の邪魔はさせないわ!」


 そこに割って入った彩奈が防御して唯を守る。


「お前に用はないんだよ。引っ込んでろ!」


 前回の戦闘でも彩奈に妨害されたことで唯を仕留められなかったことを根に持っており、苛立ちを乗せた叫びが発せられる。


「引っ込んでなんかいられないわ! 唯の敵を全て倒すことが私の使命なのだから!」


 目にもとまらぬ技の応酬がひとしきり終わり、彩奈はファルシュに対しながら距離を取る。


「さて、どうする?」


 唯にファルシュが問いかけた。


「何が?」


「我々の勝利はそこまで来ている。ミリア様の理想は間もなく叶えられるだろう。私達の軍門に下るなら、これが最後だぞ?」


 再びの勧誘を呆れた様子で聞いた唯は返事の代わりに左手に握った杖から魔力光弾をファルシュに向かって撃つ。


「・・・本当に物分かりの悪いヤツだ」


「それはこっちのセリフ。何度誘われても断るって、いい加減に分かれ!」


 山頂までもう少し。ここを突破できればあの虹色の樹の元にたどり着ける。なんとしてもファルシュを打ち破り先に進まなければならず、無駄な問答などしている暇などない。


「彩奈、一気に勝負を決めるよ」


「えぇ」


 黒いオーラを纏いつつレイピアを構えて向かってくるファルシュに唯と彩奈も突っ込んでいく。


「そうくると思ったさ!」


 すでに唯と彩奈の戦闘スタイルは記憶を読むことで知っている。二人が連携した時にどう動くかも。数の差で不利であるし上手く立ち回るのは困難ではあるが、その能力のおかげで致命傷は避けられる。生きているのだから反撃するチャンスはある。

 彩奈の斬撃がファルシュの肩を掠めて血が噴き出すが気にする様子もなくレイピアで唯を牽制する。そして宙返りの要領で唯の後ろに回り込んだ。


「このっ!」


 振り向きざまに聖剣が振るわれるがその動きはファルシュの想定内だ。身をかがめて躱すとレイピアで唯の胸部を狙う。


「くっ・・・」


 ファルシュが突きを放つために腰を捻ったのを唯は見逃さない。咄嗟に後退して回避することに成功した。


「やっぱり手強い・・・」


 まるで動きを見極めているような敵に対し焦りを隠せない。

 二人が交戦している間に彩奈がファルシュの後ろにポジションを移し、唯と挟み込むようにした。


「斬るっ!」


 ファルシュが杖を魔法陣から取り出した瞬間に吶喊。横薙ぎに刀を振るう。


「遅いっ!」


 それを華麗に避けてみせると杖に魔力を流した。

 魔術攻撃がくると予測した彩奈の意識が杖に流れる。


「甘いなっ!」


 だが、それはファルシュの罠だった。杖そのものがブラフに使われ相手が警戒してくることを狙ったのだ。一瞬とはいえ気を逸らすことができ、わずかに隙ができた彩奈の腹部に全力の蹴りをいれた。防御する暇もなかったためにもろにくらった彩奈は吹き飛ばされて地面を転がる。


「彩奈っ!」


 すぐに駆けつけようとした唯だったが動きの速さで上回るファルシュに先を越されてしまう。


「ふっ・・・どうだ、これで私の勝ちだな」


 倒れて動けない彩奈の髪を掴んでその顔を唯の方に向ける。


「コイツの命は私の手の中だ。お前次第で生死が決まるというわけだな」


「貴様・・・!」


 当然、唯の逆鱗に触れる行為ではあったが下手に動けない。


「さぁ、そこで自決しろ。コイツの見ている前でなぁ!」


 勝ちを確信してファルシュの気分は高揚しているようだ。黒く虚ろな目からは感情が感じられないがその声色で分かる。


「早くしろ!さもなくばコイツを苦しめながら、少しづつ殺す」


 レイピアを彩奈の背中に突き立てる。


「待て!・・・分かった。言う通りにする」


「無様よのぉ! さっきまでの威勢もなく憎い敵の要求に逆らえないのだからなぁっ!」


 唯ならば彩奈を見捨てることができないのは記憶を読めば分かる。こうやって人質にすれば絶対に唯は言うことを聞くだろう。以前にもこうやって彩奈をダシにして囚われた時の記憶も視ていた。


「唯・・・ダメ・・・」


 唯が聖剣を自分に向けた、その瞬間、


「うわっ・・・」


 地面が大きく揺れて更なる亀裂が発生してマグマが噴出した。


「こんな時にっ!」


 自分が崇拝しているミリアの魔術によって邪魔されるとは予想もしていなかった。足元を見ると亀裂が迫ってくる。仕方なく彩奈を掴んだままその場を離れようとしたのだが、


「うぐっ・・・」


 動くことができなかった。なぜならファルシュの胸を聖剣が刺し貫いていたからだ。


「バカな・・・」


「運に見放されたね・・・」


 まさか自分がこんな最期を迎えるなんて予想もしていなかった。これでは特殊能力の出番などない。


「もうこの世からいなくなれ!」


 怒りとともに唯が聖剣を一気に振りぬいた。ファルシュの胸部は裂かれその場に崩れ落ちる。


「彩奈!」


「唯・・・ゴメンね・・・」


「いつも助けられてるのは私の方だし、このくらいどうって事はないよ」


 彩奈を抱えて広がる亀裂から逃げる。


「アイツは・・・」


 あれほどの傷を受けたのにも関わらずまだ息のあるファルシュがこちらを睨んでいるが、溢れだしたマグマに身を溶かされて消滅した。

 これで脅威の一つを討つことができた唯は彩奈とともに山頂を目指す。





「カッコつけたのはいいんだけど、これはキツイ・・・」


 唯達がファルシュと戦っている間、加奈と舞はデストロイヤーと懸命に交戦していた。


「わたくし達では、やはり力不足ですわね・・・」


 戦闘力の落ちたデストロイヤーなら仕留められると思っていたのだがそう上手くはいかない。攻撃よりも回避している時間の方が長く有効なダメージを与えられていないのだ。


「こうなったら、魔道砲をもう一度使うしかないな」


「ですが・・・」


「魔道コンバータが付いてるんだからそれで魔力を充填すれば撃てる。佐倉さんは二発目以降は保証できないって言ってたけど、ちょっとでも可能性があるのならそれに懸けるしかない」


 このままジリ貧になるよりできうる事は何であれするべきだろう。舞が敵の気を引いているうちに加奈が魔道砲に近づいてセットされている魔道コンバータを起動する。


「よし、動く」


 魔素が魔力に変換され魔道砲のコンデンサーに充填されていくのを確認すると、その場を離れて舞の援護を行う。デストロイヤーに知能は無いようで、さきほど自分を撃ち貫いた魔道砲を狙おうとはせずひたすらに加奈と舞のみを攻撃してくる。


「もう少しで魔力が溜まる。そしたらあたしが撃つから舞はそれに合わせて光弾を撃ってくれ。高火力の攻撃を重ねて、敵を倒す」


「分かりました」


 加奈の斬撃よりも舞の魔力光弾の方が瞬間攻撃力は高い。そこに魔道砲も加えればデストロイヤーとはいえひとたまりもないだろう。

 




「そろそろか・・・」


 魔道砲に充分に魔力が装填されるまでデストロイヤーと攻防を続け舞に合図を送る。


「ヤツの足の付け根を狙う! 足さえ壊してしまえば例え倒せなくても動きを封じられるはずだ」


「了解! やってやりますわ!」


 加奈が砲撃を受けないよう舞がデストロイヤーの近くで光弾を放ち続ける。


「仕留める! この一撃で!」


 魔道砲の後部に回った加奈はステップ部に足をかけて発射体勢を整えると、トリガーに指をかける。


「いくぜ! 舞!」


「はいっ!」


 舞も距離をとり最大出力の魔力光弾を撃つ準備を完了させる。

 そして加奈がトリガーを引き、舞が杖から光弾を発射した。魔道砲から照射された魔力光弾は唯の魔力を用いた第一射よりも威力は落ちているが、それでも適合者の放つものをはるかに上回っている。


「直撃だな!?」


 デストロイヤーの左足の付け根に二方向から光弾が飛ぶ。高濃度の魔力がぶつかり合うことでそのエネルギーは爆発へと転じ、デストロイヤーの脚部どころか腰までをも粉砕した。そしてそのまま倒れると斜面を転がってミリアの魔術によって発生した地面の亀裂に落下、再び機能を停止した。


「やりましたわ! 加奈さん!」


 返事は無い。


「加奈さん?」


 もう一度ヘッドセットのマイクを通じて声をかけるが、やはり返事は、無い。


「えっ・・・?」


 加奈のいるはずの方向を見ると、そこには煙をあげてひしゃげた魔道砲があった。

 舞は何が起こったのかもわからず、とにかくその場所によろけながら向かう。



 

「う・・・」


 加奈はどうして自分が地面に仰向けで倒れているのか分からなかったがゆっくりと立ち上がろうとした。


「あ・・・れっ・・・」


 左腕を支えにして起き上がろうとしたのだがうまくいかない。そのことに違和感を覚えて腕の状態を確認するために顔の前へと動かす。


「・・・!?」


 肘から先が無かった。


「なんで・・・」


 それどころか目にも異常があるのが分かった。右目が見えていない。

 意識が朦朧としていて痛みは感じないがどうやら体はボロボロのようだということを認識する。そして、自分に起こったことを思い出すことができた。


「そっか・・・」


 魔道砲の発射に成功したものの、その直後に魔道砲そのものが爆発を起こしたのだ。一発目の唯の魔力を用いた射撃自体が想定外の運用であり、銃身や駆動機関にかかった負荷は大きかった。そのせいで冷却装置にも不具合が生じて二回目の射撃終了後に熱を逃がすことができず、過度に加熱された動力源から発火して爆発にいたってしまった。デストロイヤーの爆発と重なったために舞は気づかず、至近距離にいた加奈はそれに巻き込まれ重症を負ったのである。


「死ぬ・・・のか・・・」


 デストロイヤーを倒すことはできた。後は唯が上手くやってくれるだろう。不思議と加奈には死への恐怖もなく、自分の任務は果たせたと安心しきっていた。


「加奈さん!」


 悲鳴に似た舞の叫びが聞こえてくる。どうやら自分の名を口にしているようだと分かり、そちらを向こうをするのだが首が回らない。


「加奈さん! しっかりしてください!」


「あぁ・・・舞・・・」


 薄れゆく意識の中、舞の大粒の涙が自分の顔に落ちてくる感触だけが伝わってくる。


「死んじゃいや! 死なないで・・・」


 舞のその必死な声はかろうじて聞こえるのだが返事ができない。声を出そうにも、その力さえでてこない。


「今、ふもとに運びますから・・・それまでの辛抱です・・・」


 こういう時、下手に怪我人を動かさないほうがいいのだが、そうも言ってられない。この戦闘が終結するまで救助隊がここに来るのは不可能であり、それを待っていては加奈は確実に死ぬ。一刻も早く治療が必要なのは明白でありもう舞が運ぶ以外に方法は無い。


「死なないで・・・」


 魔道保安庁の一員として本来取るべき行動は唯達を援護して早急に事態を解決し、国民達の安全を確保することだろう。しかし、目の前で死にかけている大切な戦友を見捨てるなんてことは舞にできるはずもないのだ。職務放棄だと非難する声があがるかもしれない。魔道保安庁の適合者として失格だという烙印を押されるかもしれない。それでも・・・それでもいい。処罰されようが、構わない。ただ、加奈を死なせたくない。今の舞にはその想いしかなかった。


                           -続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る