第29話 生命の樹
ようやくと山頂に到達したミリアは火口付近でしゃがみ、ガイア大魔結晶の欠片を地面に置く。それを見つめるファルシュはいよいよ事が始まると緊張した面持ちだ。
「今日、世界が変わる・・・」
「はい」
その欠片に手を乗せ魔力を流し込む。
「生命(いのち)の樹が再臨する。私が新たな創造主となるために!」
高まる気持ちが声のトーンに表れていていつもより高音であるのだが、そのことに本人は気づいていない。
「凄い魔力を感じる・・・」
思わず後ずさりしたファルシュの眼前で地面が割れ始め火口内部に向かって崩れていく。そして虹色の輝きが噴出し、空に向かって柱のように収束する。まるで天をも貫くような光は遠方からでも観測できるほど眩い。
やがて木の幹のような形状となり無数の枝を生やして大樹となる。葉が少ないうえ、その虹色のせいで植物感はないがこれこそがミリアの求めていた生命の樹なのだ。
「これが・・・」
「現状では生命の樹の性能を完全には発揮できない。とはいえ、こういう芸当はできる」
ミリアが手をかざし、生命の樹にアクセスすると枝の先にわずかについていた葉がミリアの近くに落ちる。それが膨らんでいくと魔物の姿となった。
「今はこうした低級の魔物を生み出すことが限界だな。我が種族のような高等生命を生み出すには魔素が足りていない。まずは魔素を吸収させ生命エネルギーを蓄えさせなければ」
感慨深そうに生命の樹を撫でながらミリアは今後のプランを考える。周囲を取り囲む人間にはすでに勝った気でいるようだ。
「それでな、できるならアイツ・・・私と同じ性質の魔力を持つ高山唯とやらを確保したい」
「どうするのです?」
「ヤツの体内に生命エネルギーを植え付け、母体とするためだ。先ほど魔物を産み出したように、この樹そのものに産ませることも勿論可能だが母体を使うことでより高い完成度を持った生命を作り出せる」
「なるほど。だからあの人間にこだわっていたのですね」
唯そのものがミリアの目的達成のための要素の一つとして捉えられているようだ。
「絶対に必要というわけではないが新世界をよりイイ物にするピースとして持っていて損はない」
「なんだ、アレ・・・」
富士山付近の臨時指揮所に集まっていた適合者達は山頂に突如として出現した虹色の大樹を見て驚愕の表情を隠せない。
「すげぇな・・・あんなもんが埋まっていたんか」
「物理的にありえませんわ。魔術で呼び出したものでしょう。それがどうやってかは分かりませんが・・・」
かなり距離が離れているのにも関わらず強い魔力を大樹から感じとり、これはただ事ではないと舞の目つきが険しくなる。
「敵はこちらの把握していないモノを用意したようだが臆するな。逆に目指す場所が分かりやすくなったと思え」
さすが神宮司は肝が据わっているというか、あれだけの超現象を目にしたにもかかわらず強気な姿勢でいる。
「私達のやることに変わりはない。敵を殲滅すること一点のみ!」
その神宮司が適合者達にとっては勇気の源だ。意識を切り替え臨戦態勢となる。
「よし、出撃!」
その短い号令の後、一斉に富士山に向かって突撃が開始され迎え撃つ魔物達を次々と撃破していく。
「あたし達も続くぞ」
「了解」
ハウンド小隊も皆と共に吶喊し加奈と唯が先行して道を切り拓く。舞が試製弐型魔道砲を運ぶために機動力が落ちているのでいつも以上に近接戦は避けないといけない。そのため他3人が道中の魔物を蹴散らしていく必要がある。
「デストロイヤーの姿はまだ確認できないな」
「上の方にいるのかも」
「最終防衛ラインに配置ってことか」
魔道砲のターゲットはデストロイヤーだ。通常の適合者が対峙するのは困難であり、こうした切り札でも使わなければ撃破するのは容易ではない。
「こうも数がいるなんて・・・」
魔物の数は思ったより多く、適合者達の侵攻を妨害している。最初は勢いの良かった適合者達も足を止めて目の前の敵に集中するしかない。唯達も結構な数の魔物を葬ったがそれでもまだ多数の敵が視界に入る。
「これじゃあ、いつ山頂に着けることやら」
彩奈はため息をつきつつ魔物を切り捨てた。
「ここは私と彩奈で対処するから加奈は舞の直掩を!」
「分かった」
今のところ舞は充分に自衛できているが、どこから魔物が襲ってくるのか分からない状態となっているため加奈が援護にまわる。
「ミリア様、魔物達は苦戦しているようです。もしかしたらここまで人間共が来るのも時間の問題かもしれません」
戦況は芳しくない。平均的な個々の戦闘力でいえば魔物よりも適合者の方が上だ。今は地形の関係もあって魔物側がなんとか侵攻を食い止めているが、いつそれが破られるか分からない。
「そうか。私がなんとかするしかないな?」
デストロイヤーを引き連れて山頂から少し下ったミリアは戦闘が起きている中腹部を睨む。
「ここまで来たのに、邪魔をされてたまるかよ」
杖を構え、それを頭上に掲げる。
「そこで死ねよな!」
魔力が杖に集中し光を周囲に放つ。その光が山頂付近にあるいくつもの岩石に当たり、空高く浮遊させる。そしてミリアが杖を振り下ろすとその岩石達が一気に落下していく。
「ヤバい! 上を!」
加奈の叫びを聞いた唯は咄嗟に空を見上げる。
「マジか・・・」
大きないくつもの岩石が降ってくるシーンは恐怖でしかない。このままでは潰されてしまうだろう。
「彩奈! こっちに!」
「うん!」
適合者の機動性能なら回避することも可能ではあるが確実ではない。唯は杖を装備し、魔力障壁を展開。その中に自分と彩奈を匿う。
「うわっ! ビックリするなぁ、もう」
一つの岩石が魔力障壁に直撃し、ぱっくりと割れる。この程度なら完全に防御できるが目の前まで迫ってくるのだから驚きもするだろう。
「舞と加奈は大丈夫?」
ヘッドセットのマイクを通じて安否を確認する。
「あぁ、あたし達は大丈夫。そっちも?」
「こっちも平気」
落下物がもう来ないことを確認して魔力障壁を解除した。
「敵は相当なパワーがあるな・・・」
「さて、次はコイツの出番だ」
「いいのですか?デストロイヤーはここに置いておいた方がいいのでは?」
「この場所が完全に囲まれてしまう前に数を減らすんだ。こういうのは出し惜しみしていると、気づけば劣勢になって無駄に失うことになるものさ」
ガイア大魔結晶の欠片を動力源にデストロイヤーを自立制御にして山を下らせる。
「お前もアレと共に敵の迎撃だ。一応、これを持っていけ」
生命の樹から採取した枝に何やら術をかけた。すると枝から球体へと変形し、それをファルシュに手渡す。
「行ってきますね」
それを受け取ってデストロイヤーの後を追うファルシュを見送り、ミリアは再び魔力を滾らせる。
「そして私の魔術はこんなものではないよ・・・」
今度は杖を地面に突き刺し魔力を山へと流す。
「ふふふ・・・この地の力を利用すれば・・・」
「次はなんだってんだよ・・・」
地響きとともに山全体が揺れる。立っているのも難しいほどで加奈は思わず膝をついた。
「穏やではないのは確かですわね」
舞は魔力障壁を展開したまま様子を伺う。先ほどのような攻撃がまた来ることを警戒してのことだが、舞の予想を上回るスケールの攻撃が始まっていることにまだ気がつかない。
「地面が!?」
足元が砕けるように割れて亀裂がはしり、マグマが噴き出す。咄嗟に横に回避運動を行っていたために免れることができたが巻き込まれていたら即死だっただろう。
「舞!」
自分のことより舞の方が気になってその名を叫ぶ。
「加奈さん!」
少し遅れて返事を返した舞が割れた地面を飛び越えて加奈の近くに着地する。
「これは困ったことになりましたわ」
「あぁ。行動に大きく制限がかかる」
揺れは収まったものの、各所に崖ともいえる深い亀裂が発生しマグマが溢れている。その光景はまるで噴火した後の火山のようであった。そんな足場の不安定な場所では戦いづらく、加奈のように機動力を売りにしている適合者には厳しい。
「唯達は無事か・・・?」
「危なかった」
「焼け焦げるところだったわね」
唯と彩奈は物陰に身を寄せ合い、地獄を体現したかのような周囲の状況に戸惑っている。マグマによって一気に気温が上がったせいで頭痛までしてきた。
「形成逆転か・・・」
魔物側に被害はあまりなかったようで、こちらに向かってくるのが見える。
「さっさと決着をつけないとヤバそう」
「そうね。これ以上やられたら、山頂にすら近づけなくなる」
今までとは違った脅威を目の当たりにして唯達は焦る気持ちを抑えられない。単純に強いというより特殊な魔術を用いた攻撃を行ってくるわけで、現状では防ぎようがないのだから次の術が完成する前に倒す必要がある。
「お次はアレか・・・」
唯が山頂に目を向けるとデストロイヤーの威容が見えた。ゆっくりと斜面を降りてくる。
「舞、デストロイヤーがこっちに来る。魔道砲の出番かも」
「了解しました。今、そちらに向かっていますわ」
若干ノイズ混じりの通信を行い、いよいよあの巨体を倒す時がきたと意気込む。
「お待たせしました。準備に入りますわ」
唯達と合流した舞と加奈が試製弐型魔道砲を起動する。
「一応魔道コンバータもセットされているが、唯の魔力を使った射撃は一発だ。それで仕留める」
「私が先に攻撃する?」
どちらにしてもデストロイヤーにはダメージを与えられるだろうが確実にするためには魔力障壁を破った実績のある唯が先に攻撃したほうが良いと判断する。
「そうですわね。唯さんにアイツの魔力障壁を破ってもらい、わたくしが魔道砲で撃ち抜きますわ」
「よし、じゃあそれでいこう」
すでにデストロイヤーの有効射程範囲に入っており魔力光弾が飛んできていた。
「あたしと彩奈で敵の気を逸らす! その間に頼むぞ!」
「分かった!」
加奈と彩奈が飛び出し敵に向かって突撃していく。それを見つけたデストロイヤーは狂気のような砲撃を行う。
「狙いは・・・これで!」
長い銃身の先に巨体を捉える。舞本人は魔道砲後部のトリガーを握って機会を待つ。
「唯さん、お願いします!」
「いくよ! 夢幻斬りっ!!!」
聖剣から迸る光がデストロイヤーに襲い掛かる。その体を覆っていた魔力障壁は粉砕され、無防備となった。
「魔道砲、始動します!」
トリガーを引き絞ると、砲口からまるで照射ビームのような魔力光弾が発射される。その奔流は的確にデストロイヤーの腹部を撃ち貫くことに成功し、そのままデストロイヤーは後ろに倒れて動かなくなった。
「やったな!?」
その一連の攻撃を近くで見ていた加奈が歓声を上げる。
「凄い威力ですわ。魔道砲完成の暁には、魔物など皆焼き払ってやりますわ!」
見事にデストロイヤーを撃破できたことで舞のテンションも上がっているようだ。
魔道砲は各所の廃熱ハッチが開いて強制冷却が行われており、周囲に煙をまき散らしている。
「よっしゃ! 敵の親玉も、このまま叩き潰してやろうぜ!」
魔物数体を切り伏せた加奈達が山頂目指して進もうとしていたが、
「・・・待って! この気配、あいつだ。あの姿を変えるヤツ!」
唯がファルシュの気配を感じ取り、周りを警戒する。
「どこにいる・・・!」
「バレちゃあ仕方ないな」
素直に姿を表したファルシュはハウンド小隊の面々を見つめる。
「まさか、これほどとは・・・しかし、まだ終わっていない」
不敵な笑みを浮かべて呟くファルシュの手にはミリアから渡された球体が握られていた。
-続く-
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