第28話 富嶽、魔の嵐
美影長官から協力要請を受けた日ノ本エレクトロニクスより新兵器の試作型と技術スタッフ達が第4支部へと到着した。日ノ本の企業ロゴが刻印されたヘリから降りてくるそのスタッフの顔に疲労が見て取れる。
「急な招集にも関わらずご足労いただきありがとうございます」
「いえ、上から無茶な指示がくるのはよくあるので・・・」
出迎えた神宮司に対し、少々嫌味の含んだ言葉を投げるスタッフは力ない笑顔を張り付けている。
その傍らにいる白衣を着た人物、佐倉真理亜は唯の姿を探していた。
「高山君もここにいるんですよね?」
いつも飄々とした雰囲気の佐倉だが常識は持っているので目上の人間に対する態度の取り方はきちんとしている。
「えぇ。呼び出しましょうか?」
「どうせブリーフィングで会いますから、話すのはアレの説明をした後にします」
佐倉の指さす先、大きく無骨なコンテナがある。
「あの中に・・・それで、ちゃんと使えますか?」
「なんとか。急いで調整しましたから・・・とはいえ、戦闘開始ギリギリまでは調整を続けませんと」
「お願いします」
正直不安を感じる神宮司だが、使える物は使うしかない。ここは佐倉達を信頼して託すしかなかった。
「皆さん聞きました? 敵はどうやら富士山に向かっているそうですわ」
「富士山? 敵は登山の趣味でもあるんか?」
「それなら可愛らしいですが・・・何か目的があるのでしょうね」
舞が聞いてきた情報をハウンド小隊の面々に伝える。敵の進路は富士山に向かっており、そこで何をするつもりなのかは誰も予想がついていなかった。
「富士山にまつわる魔術関連の伝承とか記録とかあればな」
「破界の日以降、旧文明時代に関わる書物などもいくつか見つかりましたが、そのような話は聞いたことがありません」
「そうか・・・唯なら何か分かったりしてな?」
突然自分に話を振られて若干驚いた唯が加奈の方を向く。
「いや、知らないな」
「だよな」
いくら特別な力があるとはいえ特殊な知識があるというわけでもない。
「とにかく相手が何を考えていようと叩いてしまえばいいのです」
この世界は危ういバランスの上で保たれている。魔族達がいる限り人類に平穏は訪れないし、どんな企みだって脅威に成りえるのだ。
「そうだね。敵にこれ以上好き勝手にはさせない」
ファルシュやデストロイヤーをのさばらせておくのは危険だ。今度こそ倒し、自分や仲間達、何より彩奈を守ろうという決意が闘志になって目に宿る。
「・・・さて、現状報告は以上だ。続いて、次の戦闘で運用を予定している日ノ本製の新型兵器についての説明に移る。佐倉さん、お願いします」
敵を追尾している観測班からの情報を神宮司が部下達に伝えた後、ブリーフィングルームの端で待機していた佐倉にバトンタッチする。
佐倉は皆の正面に立って一瞥し、唯を見つけると軽くウインクしてみせた。何の挨拶なのかは知らないが唯は軽く会釈を返す。その隣では少々不機嫌な様子で彩奈がふんぞり返っている。
「・・・まさか、唯。あの人と何かあったの?」
肘で唯の横腹を突いて問う。
「そんなことないよ。本当に」
「ふーん・・・」
疑う目線が唯を射抜くが、それに反応する前に佐倉の説明が始まる。
「えー・・・我々が持ち込んだ新型についてですが、まずはこちらを」
佐倉の背後にプロジェクターから投影された画像が現れる。そこにはロボットアニメにでも出てきそうな大型の砲が映されていた。
「これが我が社が開発した試製弐型魔道砲。適合者でなくても扱えるよう魔道コンバータから供給された魔力を凝縮して撃ち出す兵器です。今回は高山君の魔力をあらかじめ充填した状態で出撃することになりますが」
自分の名前が呼ばれてハッとする。どうやら今回も重要な役回りがあるようだ。
「砲の全長は約2メートル。まあ適合者の方なら容易に運べるでしょう。こいつを使えば敵に鹵獲されたデストロイヤーだって討てるはずです」
唯自身が攻撃しなくてもデストロイヤーに有効な攻撃ができるとなれば適合者達にとっても戦術が広がるし、唯の負担も少なくなるだろう。
「しかしまだ試作品の段階。安全に撃てる保証があるのは一発。魔力を再装填すれば二発目も撃てなくはないけれど、銃身が崩壊するリスクがある。使うタイミングは慎重に見極めてからお願いします」
「一発勝負か・・・」
その唯の呟きは誰に向けられたものではないが隣に座る彩奈が小さく頷く。
佐倉による説明と神宮司の訓示がその後も続き、適合者達の士気も高まる。前回の戦いでは戦果を出すことも敵を止めることもできなかったが今度は勝てると思えてくる。実際には敵の目的も掴めず不確定要素の方が多いのだが、少しでも希望が出てくると強気になるのが人間だ。それは良い点でもあり、悪い点でもある。
「さて、準備時間は後30分。その後は敵の追撃を行う予定になります。私達は佐倉さんから呼ばれているので5分後に屋上に向かいます」
「分かった」
ブリーフィング中にも名前が出たくらいだし呼び出されるだろうなという確信があった。ハウンド小隊員全員とまでは思ってなかったが。
時間が無いので急いで戦闘着に着替える。体にフィットするのはいいのだが若干着づらい。
「彩奈・・・」
先に着替え終わった唯の視線は自然と彩奈に向く。まだ彩奈は着替えの途中で戦闘着を着るのに苦戦している。
「こんな面倒な物・・・いつものスーツでいいような・・・」
そんな愚痴をこぼしているが、唯が見ていることには気づいていないようだ。
「やっぱり綺麗だよね、彩奈は」
人間は美しい物を見たとき周りのことなど忘れてその対象を凝視するものだ。まさに今の唯がそうである。
完璧ともいえる彩奈のボディラインとそれに華を添える美麗な黒髪はまさに芸術で唯の心を掴む。
「どうかした?」
ようやく着替え終わり、視線に気づいた彩奈が首を傾げながら訊く。
「あっ、いや、綺麗だなと思って・・・」
「なに言ってるの。唯の方がよっぽど綺麗でしょう?」
彩奈の指先が唯の胸元から下腹部まで撫でる。それがくすぐったくて思わず身を震わせた。
「彩奈ったら・・・」
唯の反応が面白かったのか今度は腰から脇腹にかけて指を這わせる。
「もうっ・・・今はだめだよ」
「じゃあ家に帰ったら」
「そしたら彩奈の好きにしていいよ」
「やった。約束」
嬉しそうな顔の彩奈を見れば唯もつられて笑顔になる。こうしてずっと笑っていたいと心から願う。
「二人とも、いちゃついてないで行くぞ」
「はーい」
加奈に声をかけられ、扉に向かう。気持ちを切り替え、真剣な眼差しで・・・・・・
「ハウンド小隊員、揃いました」
「ン・・・では佐倉さん」
「はいはい。では、説明しますよ」
佐倉の背後には先ほどのブリーフィングで紹介された試製弐型魔道砲が置かれている。
「仮組して調整しただけだから、輸送のためにまたバラすんだけどね」
そう言って魔道砲の銃身に手を置く。唯達に向けて話しているためかブリーフィングの時よりもフランクな態度だ。
「こいつの火力は理論上ならデストロイヤーの装甲を抜くことが可能だ。もっとも、魔力障壁をどうにかするのが先決だけど」
「つまり、唯さんの攻撃で魔力障壁を破壊し、魔道砲で撃ち抜く戦法が有効ということですね?」
「そう。近づかなくてもやれるってことだし、それを実行できればベストだろう。とはいえこれだけ大きいから取り回しは劣悪、射程もそれほど長いってわけじゃない。実戦でちゃんと使えるかは未知数だな」
兵器がカタログスペック通りのパフォーマンスを発揮できる機会など少ない。戦場においては想定したように動けるはずもなく、だから臨機応変さが大切なのだ。魔道砲だって有効に使えるかは分からない。完全に頼ってしまうのは危険である。
「さっき説明したように高山君の魔力を充填させておく。それなら敵により大きなダメージを与えられるはず」
「問題は誰が撃つかってことだな」
ハウンド小隊の中でも遠距離攻撃を得意とする舞ならば上手く使えるだろう。
「わたくしにお任せを。確実に仕留めてみせますわ」
「うむ。では高山君、コンデンサーに魔力を注入してくれ」
「はい!」
再戦の時が近づいてくる・・・・・・
「さぁ・・・そろそろ目的地だ」
ミリア達はすでに富士山のすぐ近くまで来ていた。道中にいた魔物達を配下に加えて進軍したことでその戦力は相当数にみえる。
「ここで表世界にシフトする」
「しかしこの近くには空間の歪みはありませんが?」
「そんなものは必要ない。これがあればな」
ファルシュの問いに答えつつ、取り出したガイア大魔結晶の欠片はうっすらと輝いている。
「これには表と裏、二つの世界に干渉する力がある。さぁ、者どもを私の周囲に集めろ」
「はい」
ファルシュの指示のもと、次々と魔物達がデストロイヤーの周りに集まってきた。それを見下ろすミリアは自分こそが全ての頂点に立ったような感覚を抱いていた。
「シフト! 世界を超えろ!」
ガイア大魔結晶の欠片が激しい光を放ち、デストロイヤーを中心に魔法陣が現れる。そしてその範囲内にいた魔物達は裏世界から姿を消した。
「成功したな。よし、このまま進むぞ」
表世界にシフトしたミリア達は富士山へ侵攻していく。翼を持つ飛行型は難なく頂上を目指すが、そうでない魔物は地面を踏みしめてゆっくりと登っている。
「ここで一体何を? そろそろお聞かせください」
「この山には貴重なものが封印されている。お前の能力で私の記憶を読めば分かるだろ?」
「・・・なるほど。確かに世界を変えることができるかもしれませんね」
「そうとも。我が種族再興を果たし、新世界をこの私が作り上げる・・・」
目的達成まで後少し。悲願達成のために負けることはできない。
「敵は表世界にシフトした後、富士山を占領したようです」
「何を考えている・・・」
移動のヘリの中で報告を聞いた神宮司は敵が一体何をしたいのかが分からず困惑する。
「すでに追撃部隊が富士山周囲に臨時指揮所を設置しています。敵の観測を行いつつ、牽制攻撃もしています」
「我々も合流し、早急に敵を排除する」
適合者達による包囲は進んでいる。しかしイヤな予感が神宮司の頭から離れることはなかった。
-続く-
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