第27話 Just for you

 飛翔していった唯とファルシュを走りながら追いかけていた彩奈は攻撃されて墜落していく唯の姿を視界に捉えて焦り加速していく。


「唯っ!!!」


 このままでは地面との激突は避けられないだろう。そうなればいくら適合者とはいえ即死だ。


「間に合え・・・間に合えぇぇっ!!」


 更に加速する。体の限界や魔力残量などどうでもいい。唯を救うことができなければ彩奈にとっては全てが無に帰する。生きる意味を失うも同義だ。


「絶対に、死なせない・・・!」


 もう唯と地面との距離は近い。


「ならっ!!」


 地面を蹴って飛び出す。そして伸ばした腕で唯をキャッチして抱き寄せるが、このままで上手く着地できるわけもなく二人は勢いよく地面を転がる。


「いてて・・・」


「・・・大丈夫?」


 どうやら怪我はしたものの重症ではないようだ。目が合い互いに安堵する。


「ありがとう、彩奈。助かった」


「お礼なんていいのよ。唯が無事なら私はそれでいいの」


 身を挺して救ってくれた彩奈を唯が撫でる。


「無理ばっかりするからいつもヒヤヒヤするわ」


「ゴメンね・・・前にも彩奈に無理するなって言われたけど、やらなきゃいけないことがあるとそうもいかなくてさ・・・」


 二人が立ち上がると近くにファルシュが降り立った。


「なかなかやるな貴様」


「ふん・・・言ったでしょ、唯が一番大切だと。私がいる限り絶対に死なせはしない」


 強い敵意を込めた鋭い眼光がファルシュに向けられる。彩奈にしてみればこうも唯を傷つけるファルシュは許すことのできない存在であり、できるなら自分の手で仕留めたいと思っている。


「死なせる気はないんだがそいつが弱くてな・・・まぁいい、ここで最後の問いをする。高山唯よ、私達と共に新世界を築きあげる気はないか? 我が主と同じ特別な力を持つお前にはその資格がある」


「何が新世界よ。そんなのお断りします」


 即答にファルシュはそう言うと思ったという表情でレイピアを構える。


「こちらに来る気がない以上、その力は障害となる。このファルシュ、我が主のためにもお前を始末する」


「そうはさせないわ。逆に私が貴様を殺す」


 両者の魔力がオーラを形成し、まるで闘志が可視化されたように見える。

 しかしまさに激突寸前というこのタイミングで彩奈と唯に通信が入った。


「唯さん、彩奈さん、聞こえますか? 神宮司さんの指示で撤退が決まりました。その場から退避し、わたくし達と合流は可能ですか?」


「目の前の敵が逃がしてくれそうにないんだ・・・」


「分かりました。すぐにそちらに向かいますわ。それまで持ちこたえてください」


「了解」


 唯は役に立てなかったことに悔しさを感じつつ、この場を切り抜けることを考えるべきだと思考を切り替える。


「増援が来る前に!」


 ファルシュが高速機動で彩奈に襲いかかり、鋭いレイピアの突きが放たれる。


「見える!」


 戦闘経験豊富な彩奈は冷静に攻撃を見切って回避。先ほど肉体を酷使したこともあり動きが鈍っているが気力が体を引っ張っている。


「私もやらなきゃ・・・!」


 オーバードライヴが解除されて体内の魔力が尽きた唯は取り出した魔結晶から魔力を吸収するが、その量は戦闘を行うためには充分とは言えない。今の状態での戦闘力はいつもの半分以下といったところだ。

 そんな状態であるが相手の側面から接近して聖剣を振りかざしてファルシュの肩を狙う。


「遅いな!」


 その動きは視界に入っており、ファルシュは華麗な身のこなしで避けて反撃する。レイピアの先端が唯を捉えたかにみえたが割って入った彩奈の刀に弾かれて逸れた。


「ゴメン、彩奈」


「いいのよ」


 今日は何度死にかけたのだろう。そのたびに助けてもらって、その不甲斐なさに心が折れそうになるがここで膝を折るわけにはいかない。それこそ余計に迷惑だし彩奈を見捨てることになる。


「どうするか・・・」


 舞達が到着するまで後少しだろう。その間さえどうにか生き残ればいいのだが、戦闘中はたった1分さえも長く感じる。実際に一瞬の判断ミスが命取りだし、たった数秒の駆け引きで勝負が決まることもあるから決して油断してはならない。


「唯、私から離れないで。ここは守りを固めるしかない」


「うん。すぐそばにいるね」


「小賢しい・・・まとめて消してやる!」


 近接戦を主体にしているファルシュだがこれでも魔女であり魔術攻撃も不得手ではない。唯に斬られた腕のダメージが残っているために遠距離戦で勝負を決めるほうが安全だ。

 自分の身長よりも長い杖を魔法陣から取り出して握り唯達に向ける。


「マズいな」


 それを見た唯もとっさに杖を装備、迎撃体勢をとる。


「これを使うのは久しぶりだが・・・直撃させる!」


 ファルシュが杖を地面に突き刺すと唯達の周囲の地面が隆起しまるで二人を覆うに囲みこむ。


「唯!」


「うん!」


 それを見て咄嗟に跳躍してその場から離れる。すると先ほどまでいた場所に土による山が形成されている。もし逃げなければその中に封じ込められていただろう。

 だが、それはファルシュの本命の攻撃ではない。


「強い魔力を感じる!」


 唯は杖を掲げて魔力障壁を展開する。その瞬間、


「くっ・・・」


 先ほど作られた山を撃ち抜くようにして魔力光弾が二人に飛んできた。何とか防御することはできたものの、魔力障壁は破壊され唯の体内にはもう戦闘できるだけの魔力は残されていなかった。次の攻撃が飛んでくれば今度こそ殺されるだろう。

 しかし攻撃されることはなかった。


「お待たせしました、お二人さん」


「えっ? あぁ、舞か・・・」



 

「邪魔してくれるな、貴様達は」


 増援として現れた加奈の斬撃を上空に逃げてやり過ごしたファルシュは唯にとどめを刺せなかったことで苛立つ。


「ここからでも・・・」


 杖に魔力を集中させるが、


「ちっ」


 更に別の適合者達からの魔力光弾が向かってくるのを見て不利と判断してミリアのもとへと飛び去る。数の差を覆すのは容易ではないのだ。ここで無理して死んでは元も子もない。 

 振り向くことはなく、今回の戦いは自分達の勝利だという満足感に浸っていた。





「申し訳ないです・・・」


 表世界への帰還後、最寄りの魔道保安庁施設の第4支部に退却。そこの一室で唯は神宮司に今回戦果を挙げられなかったことを謝罪する。


「謝ることはない。前準備もろくにできないままの出撃だったんだ。私こそ指揮官としての判断が甘かった。そのせいで部下を危険な目に遭わせてしまったのだから、責められるべきなのは私さ」


 難しそうな顔をしながら机の上で組んだ腕を解く。幸いにして味方に死者は出なかったが敵に有効なダメージを与えられたわけでもない。現在も敵は進行中で、魔道保安庁や魔道管理局の適合者による足止め部隊が展開中ではあるも効果はあまり無いようだった。


「次の手はあるんですか?」


「美影長官から政府と日ノ本エレクトロニクスに協力要請を行ったそうでな。新兵器がどうとか・・・あまりアテにはしてないが」


 前線の兵が好むのは使い慣れていて信頼性のある兵装であり、運用実績のない新兵器などは嫌われる傾向にある。


「それってどういうんです?」


「なんでも高威力の魔力光弾が撃ち出せるらしい。まだ試作段階で機密レベルが高い代物だから詳細は合流したときにならないと分からん」


「事前に詳しい情報が無いんじゃ、私達も作戦の立てようがなくないですか?」


「元々は国防軍に配備される予定だったらしく、軍や政府の高官が情報漏洩に過敏になっているのさ。組織間での駆け引きというか、無駄な縄張り意識も手伝って秘密主義になってる。現場の我々にとってみればいい迷惑だがな」


 破界の日以降、在日米軍は本土防衛のために日本から撤退し国防を自力で担う必要がでてきた。自衛隊のままではとても現状に対応するのは不可能であり、長い時間とプロセスを経て国防軍に組織改革されたのだ。とはいえ対魔族戦においては無力と言わざるを得ず、戦闘ノウハウの豊富な魔道保安庁が魔族との戦闘を担っており現状ではそのバックアップしかできていない。そこで対魔術科を設立し、独自に魔族に対抗できる手段を得ようとしていた。今回神宮司と唯の話題に挙がった新兵器は国防軍が日ノ本エレクトロニクスに発注したものであり、魔道保安庁に代わって自分達が魔族との戦闘で実権を握るためのキーアイテムであった。


「まあ美影長官が各所に頼み込んでくれたのだからそれを無下にはできない。兵器ならば有効に活用するだけさ」


「私も頑張ります。次こそは勝つために」


 神宮司は頷き、席から立ち上がる。


「こちらで次の動きを考えておくからしっかり休んでおけ。それも適合者の大切な任務だ」


「はい」


 敬礼をして部屋から退室し、唯は今度こそは上手く敵を仕留めてみせると心に強く誓った。




 それから唯はハウンド小隊用に用意された部屋には行かず屋上へと足を運ぶ。特に理由があるわけではないが、なんとなく外の空気が吸いたくなった。


「それにしてもなぁ・・・」


 神宮司は唯を責めなかったが、だからといって唯の心がほっとしたわけではない。憧れの人物である神宮司をがっかりさせてしまったのだろうと唯は思いこんで落ち込む。知らない人間にどう思われようと対して気にしないが親交のある人物からの評価は気になるし、失望されたくはない。自分の持つ力は特別であるのに、それを活かせず宝の持ち腐れとでも言われればそれはとてもショックだ。


「こんなところにいたのね」


 不意に後ろから声をかけられ、ボーっとしていた唯は少し驚いて振り返る。屋上の扉を開けてこちらに来るのは彩奈だ。


「なかなか部屋に戻ってこないから心配したのよ」


「そっか」


「そんなに怒られたの?」


「ううん。そういうわけじゃないんだけどね・・・」


 隣に立った彩奈が唯の瞳を覗き込むようにしている。


「ねぇ、彩奈」


「何?」


「もしだよ?もし、私に天使族のものと言われる力が無かったとして、それでもこうして私を大切に思ってくれる?」


 その問いに彩奈は怒った顔をしながら唯の顎をつまんで自分に向かせる。


「唯、その質問自体が無意味だと思わない?」


「えっ?」


「・・・いいわ、教えてあげる。そもそも私があなたを特別に想うのはその力があるからではないわ。そんなの関係なく、高山唯という人物そのものに惹かれたからよ」


「でもこの力がなかったら私達出会わなかったかもしれない」


 自分でもめんどくさいことを言ってるなとは思いつつも勝手に言葉がでてくる。


「そんなことはないわ。少し出会うのが遅れたかもしれないけど、絶対に私達は出会ってる。例え唯が適合者でなくても仲良くなって、私はあなたのために命をかけて戦っていたでしょうね」


 そう確信する彩奈が断言する。理屈ではない、運命とも言うべきものを唯に感じているからこそだ。


「・・・ふふふ」


「どうしたの?」


 さっきまでの落ち込んだような表情だったのに突然笑うものだから彩奈は驚く。


「ごめんごめん。意地悪なこと聞いちゃったね。反省します」


 唯は謝り、彩奈を抱き寄せた。その温もりが唯の心も体も暖める。


「ここ最近、ちょっと情緒不安定だったかも。なんか不安ていうか、追い詰められてる感じがあってさ・・・」


「知っていたわ。きっと心に余裕がないんだなって。でもそんな唯も可愛かった」


 今、世界には二人だけしかいないと思えるほど静かで、澄んでいた。裏世界では強大な敵が闊歩しているとは想像できないほどに。


「ありがとう。やっぱり、私の元気の源になるのは彩奈だね」


 いつだって唯の気力を呼び覚ましてくれるのは彩奈だ。彼女と一緒だから頑張れる。


「そろそろ皆のところに戻ろうか?」


「私はもうちょっと唯と二人でいたい」


「分かった」


 何者も介入させない独特な空気を纏う二人の距離感。彩奈はまだ、その二人だけの時間を楽しみたかった。


                           -続く-

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