第26話 立ちはだかる災厄な破壊者
第1ブリーフィングルームに集まった適合者達は皆真剣な面持ちで神宮司の話を聞いている。これから彼女達が向かう先で起こる戦闘は厳しいものになると分かっているし、強敵を相手にするには明らかに戦力が足りていないので一人が背負う負担を考えれば表情も硬くなるだろう。
「現地にいる部隊の情報では、敵はデストロイヤーの起動に成功したようでその場から動き始めたそうだ。まぁ、あの巨体なので歩行速度は遅いものの、戦闘力はずば抜けて高い。どこに向かっているのか現状不明だがなんとか止めなければならん」
デストロイヤーがもし表世界にシフトし、例えば東京で暴れまわれば日本は壊滅的なダメージを負う。このまま放置することは絶対にできない。
「今自由に動ける我々がやるしかない。数こそ少ないが君達個々の強さは特筆に値するものであるし、切り札と言える高山もいる」
周囲の目が自分に向けられていることを感じて唯は少し赤面する。元々目立つのは好きではないのだ。
「勝利を収めて無事帰還するぞ。では、出撃」
ブリーフィング中にすでに数機のヘリが用意されており、神宮司麾下の適合者達が乗り込む。
「敵も数はそんなに多いというわけではないようですわね。とはいってもこっちよりは多いですが・・・」
「あのデカいのさえ破壊できればこっちは勝てる。いつも通り唯に大技を打ってもらって、あたし達が一気に叩くんだな?」
「そのパターンでいいと思います。唯さんにSドライヴを使ってもらうという手もありますが、体への負担もありますのであくまで奥の手としてとっておきましょう」
「了解」
前回デストロイヤーと交戦した時、唯はSドライヴを使用したことでオーバードライヴ状態となり、その天使族由来と言われる魔力で翼を展開。空中から斬り込み、敵の虚を突いて接近戦に持ち込むことができた。しかしその後のミヤビとの戦闘中に魔力切れを起こして致命的な隙をつくってしまったのだ。たしかにSドライヴは形勢逆転を狙える物ではあるが、使い所も慎重に見極めなければならない。
なるべくなら使わないでも決着が付けられることを願うばかりだ。
「さて、ここから裏世界にシフトし敵を追尾する」
ヘリでの移動が終わり、ついに裏世界へと向かうことになる。敵の移動速度の遅さのおかげで追いつくのにはそれほど時間はかからなかった。
「覚悟はいいな?」
神宮司の言葉にその場にいる全員が頷く。この場に集う戦士たちに恐怖はない。人々を、ひいては自分や仲間にとって脅威となる敵を倒せるという嬉しさのほうが大きかった。
「相変わらずすげぇ威圧感だ」
まだデストロイヤーとの距離には開きがあるがそれでも異様さは分かる。手足は付いているが首や頭部の無い形状は不気味だし、そもそもの大きさが人間とは桁違いだ。
「呑まれるなよ。強気でな」
「勿論です。あたし達ハウンド小隊でアイツを潰しちゃいますから」
その加奈と神宮司のやりとりを聞きながら唯は聖剣を装備して集中する。自分の一撃が勝負に大きな影響を及ぼすことになるのだから失敗はできない。
「よし、私たちが先行して敵に近づき陽動を行う。その間に高山の攻撃を頼む」
「分かりました」
神宮司の指示の元、適合者達が次々と駆け出していく。その少し後ろを唯と彩奈が続き、唯が大技を使いやすい見晴らしのよい場所へと移動する。
「ミリア様、敵が来たようです」
「そのようだな。私がこいつを使って敵に対するからお前達は私の死角を頼むぞ」
「はい。お任せを」
ファルシュは配下の魔物を引き連れてデストロイヤーの周囲に展開した。デストロイヤーの欠点は運動性能の低さだ。大火力を駆使して遠距離戦で敵を仕留められればいいのだが、適合者に接近されてしまった場合の対処は困難で支援は欠かせない。
「唯、準備はオーケー?」
「オーケーだよ」
「あいつに唯の力を見せてやりましょう」
「任せて!」
聖剣に魔力が集中することで煌めき輝く。近くにいる彩奈も溢れだす魔力を感じ取ることができるほどだ。
「よし・・・夢幻斬りっ!!」
頭上から振り下ろされた聖剣から閃光が迸る。まさに光の滝のようにも見えるそれはデストロイヤーに向かって一直線に伸び、魔力障壁を破壊した。
「頼んだよ、皆・・・」
今の一撃で体内の魔力を使い果たした唯は回復する必要がある。彩奈を同伴させたのもその警護のためだ。
「不愉快だな・・・」
魔力障壁が破られたことに腹を立てたミリアは、デストロイヤーの両腕から高出力の魔力光弾を次々と撃ちだして人間達を迎撃する。これだけの火力ならばそう簡単に近づかれることもないだろう。とはいえまた先ほどの攻撃がくれば今度はデストロイヤー本体に深刻なダメージが発生することは明白だ。
「さっきの攻撃の位置は特定できました。私が向かいます」
「頼むぞ。私は魔物達と他の人間共を潰す」
「はい・・・人間のくせにミリア様を妨害するなど・・・!」
闘志に燃えるファルシュは敬愛するミリアに盾突く敵への怒りも携えて飛び出していった。
「そろそろいけそう?」
「うん。これだけ回復すれば問題ないな」
唯は立ち上がり、もう一度大技を放つべく集中する。体への負担もあるのでいくら魔力が回復したとはいえ連発するのは推奨されていない。しかしこの状況ではそうも言ってられないし、想像以上に抵抗の激しい敵に苦戦する友軍を支援する必要がある。
「・・・この感じ・・・」
「どうしたの?」
「嫌な感じが近づいてくる・・・」
聖剣に魔力を流すことを止め、唯は身構える。
「敵が来ているって言うの?」
「多分。凄い邪気だよ」
その唯が察知していた気配が現れる。
「また会ったね・・・お姉ちゃん」
「違うな、お前は由佳じゃない。姿を偽装するのは辞めたら?」
ダークスーツを身に纏った由佳は苦笑いを浮かべ、黒いオーラに包まれる。
「そうか、同じ手は通じないよな」
偽物であることを見抜かれたファルシュは本来の姿を現し、その虚ろな目が唯を見つめる。
「貴様はやはり特別・・・私の気配を察知できるのだな」
「最初の時はあまり変な気配がしなかった。でも、今回は凄い邪気を感じたから」
「それはミリア様の邪魔をする貴様への怒りがあったせいだろう。私の失態だな」
そう言いながらレイピアを握り、唯へと向かってくる。
「唯はやらせない」
彩奈が唯の前に立ち、ファルシュの攻撃をいなす。金属のぶつかり合う甲高い音が周囲に響き渡った。
「東山彩奈・・・そんなにその女が大切なのか?」
「私の名前を・・・!?」
動揺するがそれで隙をつくったりはしない。鋭い眼光でファルシュを睨みつける。
「まぁいいわ・・・そうよ、私は唯がこの世界で一番大切なの。だから貴様ごときに傷つかせはしない!」
「そうか。だが、今のところ別にそいつを殺したいわけではない。ただ欲しいだけなのだ」
その言葉が彩奈の怒りを買うのには充分だろう。瞬時にファルシュとの距離を詰め、刀を振るう。
「唯が欲しいだと・・・?」
「そう。我が主の今後に役に立つだろうからな」
「ふざけるなっ!! 絶対に唯は渡さない!!」
いつもよりも苛烈な攻撃で攻める彩奈だが、ファルシュも軽快な身のこなしで難なく回避していく。
そこに唯も参戦し聖剣がファルシュを掠めるたがヒットしない。
「さすがに二人同時に相手は難しい・・・」
数の差で不利な状況になればさすがに余裕はなくなる。ファルシュ自身の機動力に加えて相手の記憶を読むことで戦闘スタイルを知り、優位に立つ戦い方をするのだが複数人が相手では対処する暇がないのだ。
とはいえここで二人に勝つ必要はない。時間さえ稼げればデストロイヤーの魔力障壁も回復し、唯以外の攻撃ではそう簡単に突破されることはないのでミリア達が優勢になるだろう。
「・・・これは困りましたわね」
「あぁ。突破できねぇな・・・」
雨あられのように飛んでくる魔力光弾を避けるのに精いっぱいで、デストロイヤーに接近できないでいた。その火力はミヤビが起動した前回よりも強く想定を上回っている。
更に魔物も同時に相手をしなければならないので思うように動けない。他の適合者達も同じで、こうも苦戦するとは思っておらず唇を噛む。
「唯さんのところにも敵が出現したようですし、なんとかわたくし達でアレを倒したいところですが・・・」
「なんなら、あたし達が唯の近くにいる敵を蹴散すか?そうすりゃ唯にもう一度大技を使ってもらう隙もできるだろ」
「ですが、ほら・・・」
加奈達の目の前でデストロイヤーの魔力障壁が復活していく。
「一度破壊しても、あまり時間をかけずに再展開できるようですわね。あいつの懐に潜り込むにはすぐに近づかなければ」
「それは難しいな・・・あたし達も空を飛べれば・・・」
付近の地面が光弾で抉れるのを見ながら、そう呟いた。
「こうなったら・・・」
「唯、どうするつもり?」
「Sドライヴで!」
左手に装着されたガントレットを掲げ、起動する。
「でも!」
「やるしかない! 私が敵を討つ!」
オーバードライヴ状態となり、白い翼を羽ばたかせて唯が飛び立つ。状況を変えるためには何か手を打たなければならない。
「やっと本気をだしたな・・・」
その唯を追うようにファルシュも漆黒の翼を生やして空に舞い上がった。彩奈はただそれを見送るしかできない。
「唯・・・」
震えながら握られた刀の刀身に飛翔する二人の姿が映っていた。
「やっぱり飛べるよね・・・」
飛行速度はファルシュの方が速いようで追いつかれてしまう。
「甘く見てもらっては困る」
レイピアが唯の近くの空を突く。それをなんとか避けるが、反撃する間もなく次の攻撃が襲う。
「ちっ・・・」
そもそも唯は空中戦に慣れているわけではない。となれば当然後れを取るし、ファルシュのように小回りがきいて素早い動きの敵への対峙は難しいだろう。
「この程度ではな」
聖剣とレイピアが交錯する。互いに致命的ではないもののダメージが発生し、腕を斬られたファルシュは反射的に身を引く。血が噴き出して顔にもかかる。
対する唯は翼に穴を空けられてしまった。魔力で構成されたその翼は実体が無いとはいえ、攻撃されれば魔力の流れを乱されて脆くも崩れる。
「しまった!」
落下しながら焦るが翼を再構成できない。見る間に地面が迫る。
「くそっ・・・」
こんな死に方をするのかと思いながらも、恐怖よりも勝つことに貢献できなかった悔しさの方が強い。
「彩奈・・・」
最期に交わした言葉も思い出せず、もう一度だけでもいいから顔が見たいと願うことしかできなかった。
-続く-
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