第25話 騒乱の予感
魔道保安庁本部からガイア大魔結晶の欠片の奪取に成功したファルシュは、意気揚々とミリアのもとに帰還する。任務に失敗した前回と異なり今回は良い報告ができるので高揚しているのだ。
「ミリア様! 帰りましたよ!」
その明るい声色を聞いたミリアが期待する表情でファルシュを迎えた。膝をついたファルシュは笑みを浮かべている。
「待っていたぞ。それで?」
「無事、手に入れました!」
魔法陣を展開し、ガイア大魔結晶の欠片をミリアに差し出す。
「あぁ・・・懐かしい、この感覚」
ミリアに反応した欠片が発光して周囲を明るく照らし、その輝きに両者は圧倒される。
「本当なら大魔結晶そのものが欲しかったが致し方あるまい。ファルシュ、よくやったな」
「ありがとうございます。これでも役に立ちますよね?」
「あぁ、勿論だ。本来の力は失われてしまったが、他の魔結晶では不可能な事象を起こすことはできる」
「しかし参ったな・・・」
本部からの連絡は何度もあるが、宗方に偽装した敵と、ガイア大魔結晶の欠片の行方を掴んだという報告はただの一つも無かった。
「でも何故、敵は本部に欠片があることを知っていたのでしょう? そのことは一部の人間のみが知っていることですのに・・・」
舞は極めて真剣な表情で疑問を口にする。
「しかもカプセル開錠のパスコードまでも。そもそもパスコードが必要だということ事態、あの欠片の存在を知る者達のなかでも更に限られた人間のみしか知りえないことだ。セキュリティレベル最大の情報だからな」
この部屋には神宮司と舞しかおらず、あらかじめ盗聴器がないか確認してから会話している。
「つまり、その中に敵の内通者がいるという可能性がありますわね」
「そうなんだがな、そのパスコードを持つ権限を与えられた人間の中にスパイがいるとは思えん。以前、魔道管理局にそうした裏切り者がいただろ? その事件があってから保安庁の職員全員の身辺調査が行われた。そこでは怪しい者はいなかったんだ」
「ですが確実とはいえません。パスコードを知る人間の調査をもう一回行う必要があると思いますわ」
「それならすでに本部は美影長官の指示で動いている。私達にも尋問が行われることになると思う」
珍しく声に張りが無く、いつもの強気な感じもしない神宮司だが、よほど部下の死がショックだったのであろう。
「このこと唯さんにも伝えてきますわね」
「あぁ。だが、東山は同席させるな」
「そのことなのですが、何故わたくしと唯さんだけがハウンド小隊内でこの権限が与えられているのですか?」
「高山は魔道保安庁で唯一、あの欠片を扱える適合者だからな。もしもの事態に対応してもらう時のためだ。そしてお前は幹部候補だからな」
「わたくしが幹部候補?」
舞は意外だという顔だ。自分がそのように思われてるとは知らなかった。
「そうだ。お前にはいずれ魔道保安庁を率いる存在になってほしいと思っている」
「そうなのですか。それは頑張りませんとね」
出世欲はないが尊敬する神宮司にそう言われれば嬉しくもなるし、その期待に応えたいとも思う。
「すみませんね、彩奈さん」
「仕方ないわ。私は外で待ってるから・・・」
彩奈は舞に言われて退室する。だだをこねることなく舞の言う事を素直に聞く彩奈であったが、少し悲しそうな表情であった。
「唯さんと二人になる必要があったので・・・」
「かなり深刻な話なんだね?」
「えぇ・・・」
舞は神宮司と話したことを唯にも伝える。それを聞く唯の表情も険しい。
「わざわざ盗みだしたということは、敵はあの欠片を使うことができるということだよね?つまり、天使族の力を持つ者・・・」
「そうですわね。でも、まさかまた天使族の力を持つ者が現れるとは・・・」
「そうだとしたら早く見つけないとね」
「えぇ。あの欠片にどれほどの力があるかは未知数ですが、敵が持っているとなれば我々人類にとって脅威となりますわ」
案外把握してないだけで天使族の力を持つ者はそれなりの数いるのだろうかと唯は思う。周囲にはそうした適合者はいないために、できれば会ってみたいものだ。
「今回も唯さんの出番がありますわね」
「天使族の力に対する有効なカウンターは同じ力を持つ私ということだね?」
「そうです。わたくし達、一般の適合者には無い魔力が必要になる可能性が高いわけですからね」
「荷が重いな」
自分にしかできないことがあるというのは誇らしいことであるのだが、それは命がけの戦い以外のことであってほしいし、他者の命までもがかかっているとなれば萎縮もするだろう。
「確かにそうですわね。でも唯さんにはわたくし達がいることは忘れないでください。微力ではありますが、わたくし達があなたを支えますから」
「舞・・・」
「それに唯さんには彩奈さんという唯一無二のパートナーもいることですしね。自分だけで背負わず、頼ってくださいな」
「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ」
舞は席を立ち、ドアへと向かう。
「また何かありましたらお伝えしますから、今はしっかり休んでいてくださいね」
「はいよ」
「舞と何を話してたの?」
「ん?ほら、本部で起きたことをさ。中には機密も含まれてるから立場上言えないこともあるけどね」
舞が退室した後、すぐに入ってきた彩奈は唯の横に座って問いただす。
「私に隠し事なんて」
「こればっかりはしょうがない。別に彩奈を裏切ったりしてるわけじゃないから許して」
唯は可愛らしく手を合わせて片目を閉じる。それを見れた彩奈の顔がにやけるが、これもカメラ越しに見られていることを思い出し頑張って真顔に戻す。
「まぁそれはいいのよ。そうじゃなくて、なんていうか・・・個人的な話みたいなことがあったか気になるの」
「そんなに?」
「私が嫉妬深くて独占欲の強い面倒な女なのは知ってるでしょ? 唯に関することなら些細なことでも気になるのよ」
「それは知ってる。けど、どうしようかな~。教えようか迷うな~」
いたずらっぽい笑みを浮かべる唯は、彩奈を焦らす。
「もう!」
「ごめんごめん。彩奈が可愛いから、いじわるしたくなっちゃうんだよ」
「むう・・・」
可愛いと言われて赤面しながら視線を逸らすあたり、彩奈はだいぶちょろい。
「話は特にはなかったよ。一人で背負わずに頼ってよねってことを言われたくらいで」
「そう。舞なら言いそうね」
「優しいもんね」
「私もよ」
「知ってる」
不安になることばかり起こっているが、この仲間達とならそれも乗り越えられるだろうと唯は前向きに考える。
しかしそうしている間にもミリア達は次の計画を実行に移そうとしている。事態は新たな局面をむかえようとしていた・・・
「次のターゲットはあれだ」
ミリアの指さす先にあるのは、約一か月前に魔人ミヤビが戦闘に投入した巨大な生物兵器カラミティだ。唯の攻撃で損傷した後、動力であった多恵を失った事で機能を停止して擱座していた。今は魔道保安庁の管理下にあり、大きさのせいで移動させることもままならず、その場に置かれていたのである。解体するなりして破棄するのも手であったが、研究のために状態保存をしたかったというのも理由の一つだ。
「人間達はデストロイヤーと呼んでいるようです」
カラミティという名称はミヤビ達が使用していたものだが、そのことを魔道保安庁は知らない。そこで独自にデストロイヤーという名を付けたのだ。
「そうなのか? まぁ名前などなんでもいいがあれは戦力になる。これからのためにも確保しておいて損はないだろう」
ミリアの配下にいるのはファルシュと低級の魔物達だけであり、現状の戦力では不安だ。人間達と矛を交えるにはより強力な軍勢を作り上げる必要がある。
「よし、始めよう・・・魔物達を招集せよ。やつらに陽動させて、そのうちに私が奪取する」
「はい」
「探知用水晶に反応があります」
「魔物共か・・・こんな時に」
本部での騒動の後、各部隊に警戒レベルを上げるよう指示があり、デストロイヤーの警備にあたっている適合者達も気を張っている。そんな中で魔物の襲来となればいつもよりも緊張するだろう。
「全員配置につけ。敵がここにくるとなれば、狙いはこのデカブツだろう。何としても守り抜く」
この場にいる適合者の数で果たしてそれができるのかと現場指揮官は不安を拭えなかった。それでも逃げ出すわけにはいかない。
「本部より緊急入電! デストロイヤーの警備についていた部隊との連絡途絶!」
「なんだと!?」
第7支部に届いたのは、これまた味方のピンチを伝える報であった。神宮司は勿論、それを聞いた舞と加奈にも動揺が走る。
「敵襲でか?」
「直前には魔物の襲来のために迎撃を行うと言っていたそうです・・・現在、本部の部隊が増援に送られており、そこからの報告待ちですね」
「そうか・・・敵にいいようにやられているな。対応が全て後手に回っている・・・」
唯への襲撃から始まった今回の騒動は完全に敵が優位に立っている。いずれ攻めに転じなければ滅びの時もそう遠くないだろう。
「どうです? デストロイヤー、使えそうです?」
「損傷しているが問題ないだろう。修復にちと時間が必要だが、終わり次第、次の目的地に向かう」
ファルシュの奮戦もあって適合者狩りはそう時間もかからずに終えることができた。今はミリアがデストロイヤーの様子を確認している。
「ですがこの巨体を移動させるとなれば目立ちます。敵の妨害に遭うのでは?」
「そうであろうが、蹴散らせるさ。道中にいる魔物も傘下に加えつつ行けばいい。問題は高山唯という奴だが、そいつさえ抑え込めれば勝てるだろう。その上でうまく高山唯を確保できれば上々だ」
実際、ミヤビも唯に攻撃されなければ形勢逆転できただろう。
「私が頑張りますよ」
「期待している」
以前、多恵がカプセルに収容されていた箇所に到達すると、ミリアはガイア大魔結晶の欠片を床に突き刺してデストロイヤーを再起動させる。
「よし、動く・・・」
そして装備した杖を介して、自らの魔力を流し込みはじめた。徐々にデストロイヤー全体に魔力が浸透し、再生が始まる。
「私はここで修復作業を行った後、コントロールするから護衛を頼むぞ」
「分かりました」
それから少しの時間が過ぎ、魔道保安庁本部から派遣された部隊がデストロイヤーを視界に捉える。デストロイヤーを警備していた部隊に何度も呼びかけを行うも返答はない。
「ここで止まるぞ。アレから強い魔力を感じるし、魔物も確認できるな」
「まさかあのデカブツが動き出すというのでしょうか?」
「分からん。だが、恐らく警護の部隊の生存は絶望的だろう。この状態で我々が突撃をしても勝ち目があるとは思えない」
「ならどうするっていうんです?」
「このまま監視を続ける。そして得た情報を本部に送り続けるんだ」
「了解です」
「それと、第7支部にいる神宮司に連絡。彼女なら何か解決策を用意できるかもしれない。例えば、高山唯とかな」
前回のミヤビ率いる魔族との戦闘で活躍した唯は魔道保安庁内では英雄視されており、皆にとってその特別な力は希望である。
「神宮司お姉様、いかがいたしますか?」
「本部からの提案は受け取った。それに従おうと思う」
「高山唯の動員ですね?」
「あぁ。恐らくだが、デストロイヤーを奪ったのはこれまでの一連の襲撃者だろう。だとするならば敵の居場所も分かったことになるし、あのデストロイヤー対策に高山は必須だ。このままでは埒が明かないし、私自身守りに徹するのは性格ではない。攻勢をかけるいい機会だな」
やっと敵を討てるかもしれないという期待から、神宮司は気合を入れる。ここ最近は鬱憤としていたものが溜まっていたからそうした感情をぶつけてやろうと心で思う。
「よし、私の部隊とハウンド小隊員を第1ブリーフィングルームに集めろ」
「了解!」
いよいよ、適合者達による反撃の時が来たのだ。
-続く-
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