第24話 騙し討ちのファルシュ

 追っ手を巻き、裏世界に帰還した黒ローブは森の中にある古い洋館の中へと入っていく。その場所は唯達の住む街からそれなりに離れており魔道保安庁の監視は行き届いていない。現状の魔道保安庁の人員と設備では表世界全ての領域をカバーすること自体ができないのに、裏世界となれば尚更把握しきれるはずもないのだ。


「遅かったな、ファルシュ」


「ただ今戻りました、ミリア様」


 黒ローブことファルシュをエントランスで待っていたミリアはゆっくりと階段を降りる。そして膝をついて頭を垂れるファルシュの前まで来ると、単身帰還した彼女に問いかけた。


「それで? 手ぶらで帰ってきたのか?」


「申し訳ありません。高山唯の捕獲に失敗しました・・・」


「お前の特殊能力を用いておきながらか?おそらく魔女の中でも特異な能力であろうに、それを活かせぬのでは意味がない」


 ミリアと呼ばれたその人物はファルシュが任務を果たせなかったことに怒りを覚えて表情を強張らせる。


「しかし私の能力で敵の記憶をリーディングした結果、思わぬ収穫を得ることができました」


「ほう? それがくだらない内容だったら容赦しないからな」


「分かっています。私が視たのはガイア大魔結晶の欠片のありかです。欠片とはいえ、これを手に入れることができればミリア様の悲願達成の手助けになると思うのです」


 膝をついていたファルシュは立ち上がり成果を訴える。


「・・・なるほど、確かに有用ではある」


 ガイア大魔結晶。それは魔女サクヤが秘匿していた天使族の遺産である。約1年半前、サクヤはその大魔結晶を用いて表世界と裏世界の融合を試みた。が、唯との決戦にてサクヤは戦死し、大魔結晶も破壊されたのだ。しかし完全に消滅したわけではなく僅かながら欠片が残り、それを当時のシャドウズが回収していた。現在は魔道保安庁本部にて保管されている。


「そうでしょう? さっそく奴らから奪い取ってきます」


「よし、行け。今度こそしくじるなよ」


「はい。必ず手に入れてみせます」






「まったく災難だったな。まさかそんな手を使ってくる敵がいたとは・・・」


 連絡を受けた神宮司と麾下の適合者達が魔道保安庁本部から唯の元へと到着した。これだけの戦力があれば小規模な敵拠点なら容易に落とせるだろうと思える。


「はい。でも彩奈達のおかげで助かりました」


 唯は退院し、第7支部内にて保護されていた。この騒動が解決しないことには帰宅が許可されないとのことで、なるべく早く事態が終息することを願っているがいまだ敵の詳細すらつかめていない。


「ともかく我々が来たからには心配ない。狙いが高山だと分かっているのだから守りを固めつつ相手の動向を探る」


「私に手伝えることはありますかね?」


「今は自分の身の安全を考えていればいい。必要となればその時に協力してもらうさ」


 神宮司は唯に対して軽くウインクをして部屋を出ていく。その去り方のカッコよさに自分もそれができるような大人になりたいと思う。





「ここは落ち着かないわね」


 唯の隣の椅子に座る彩奈は不満そうだ。


「仕方ないよ。暫くの辛抱だよ」


「そうだけど・・・」


 この部屋には生活に必要な設備が整っているが、妙な緊張感と異質な空気が漂う。それもそのはずで、監視カメラがいくつか設置されていてプライベートの欠片もないのだ。異常があればすぐに対応できるよう24時間体勢でチェックされているのだから気が休まらない。


「早く家に帰りたいわね」


「ねー」


「唯と二人きりの時間をつくれないのが私にとっては大きなストレスだわ」


「いっそのこと、あのカメラの向こうにいる人に向かって私達の仲の良さをみせつけるってのはどう?」


「ダメよ」


 彩奈はむくれながら腕を組んで正面にあるカメラを睨むようにしている。


「でも彩奈は我慢できるの?」


「・・・できる」


「ほんとぉ~?」


 唯の指が彩奈の首筋から頬を撫でる。ゆっくりと、優しくつたうその感覚に彩奈の顔は赤くなり視線が泳ぐ。


「ほらほらぁ~」


 それだけでは終わらず唯は彩奈に近づいて、耳にフッと息を吹きかける。


「ひゃっ!」


 とても普段の彩奈からは考えられない可愛い声を上げて体をビクっと震わせる。が、唯は聞きなれているのでそのことには特にコメントは無い。


「ちょ、ちょっと唯!」


「怒った?」


「べ、別に怒ってはないわ。ただここでは他の人に聞かれるかもしれないから、これ以上はダメよ」


「そんなこと言って本当はもっとしてほしいんでしょ?」


 更に近づいた唯がいじわるそうな笑みを浮かべながら囁く。


「それは、でも・・・」


「ほら、してほしいって言って?」


 おそらくはストレスと正体不明の敵に狙われているという恐怖で精神的に不安定になっているために、唯は妙なテンションになっているのだろう。そのことを唯は自覚していないが彩奈は察していた。だからこそ、本当は唯の好きなようにさせたいところではあるが、二人きりとはいえ監視されているこの状況ではそうもできない。


「唯、それは後でしてもらうわ。それよりも」


 椅子から立ち上がった彩奈がベッドに腰かけて、


「ほら、ここに寝て」


 自分の膝に手を当てて来るように誘う。


「分かった」


 唯は素直に従い、彩奈の太ももに頭を乗せてベッドに横になる。


「あぁ・・・幸せ・・・」


「それは良かったわ。いつもは私がしてもらっているから、たまにはね」


「・・・ねぇ、彩奈」


「何?」


「そばにいてね・・・」


「勿論。だから今はおやすみ」


 それを聞いて嬉しそうな顔をして、ゆっくりと目を閉じる。




「新田はどうした?」


「あぁ、舞なら唯達の隣の部屋でモニターチェックしてますよ。”監視カメラ越しとはいえ、唯さん達を観察できる機会ならわたくしがやります”って自分から志願したんすよ」


「よく分からんが、やる気がある人間にやらせた方がいいのは確かだ」


「やる気・・・やる気ねぇ・・・」


 たまにある舞の意味不明な行動理由に困惑しつつも、舞なら些細な違和感などにも気づけるだろうから安心だと加奈は全幅の信頼を寄せていた。



 

「唯さんと彩奈さんはどうしてこうも素晴らしいのでしょう・・・」


 食い入るようにモニターを凝視しているのは舞だ。ここに送られてくるカメラの映像はいくつかのモニターに角度ごとに映し出されており、それをチェックしている。こんなことをする必要があるのかと加奈は疑問に思ったようだが念には念を入れておいておくべきであろう。敵は姿を偽装する以外の方法も持っている可能性だってあるのだから。


「新田さん、そろそろ交代したほうがいいのでは?結構な時間が経っていますよ?」


「えっ? ま、まだ平気ですから、わたくしにお任せを。今は休んでいてくださいな」


 彩奈が唯を膝枕しているというレアなシーンを見ている状況で他人に譲る気など無い。




 こうして第7支部では唯を守る体勢は万全となっており、これならあらゆる事態に対応できると誰もが思っていた。しかしながら次の敵の一手を予測できた者はいなかった・・・





「さぁ・・・始めようか・・・」


 魔道保安庁本部のすぐ近くまで来たファルシュは内部に侵入すべく姿を変える。その容姿はどう見ても神宮司そのものであり、服装もいつもの黒いローブではなく盗みだしたダークスーツだ。これを偽物と見抜くのは唯でなければ不可能であろう。

 怪しまれることなく建物に入り、まずは神宮司の執務室を目指す。この時、本物の神宮司は第7支部に援護に向かったのだから本部にいることに違和感を持った誰かが確認をとればいいのにそうする者はいない。人間は案外他人のことを気にかけない上に、自分の仕事以外のことに労力を使うことを面倒がる生き物。それは社会人であれば問題であるが、人間の悲しい性なのだ。


「こうも危機感がなければな・・・」


 前回の任務は失敗したが今回は楽に達成できそうだと安心する。ファルシュが通常の魔物でなく魔族の中でも特殊な存在の魔女であるためか、適合者達の持つ魔物探知用の水晶に反応はない。だから自由に動き回ることができる。




「あれ?第7支部に向かったはずでは?」


 ファルシュが神宮司の執務室に入るとそこでは一人の女性職員が書類整理を行っていた。ここにいるはずのない神宮司の姿を見て不思議そうな顔をしている。


「あぁ。ちょっと・・・用があってな。そのまま作業を続けてくれ、若菜」


 記憶を読み取ってその職員が宗方若菜であることを知る。


 その若菜は席から立ち上がって、まとめた書類を別のデスクに運ぼうとしていた。その様子を見ながらファルシュはレイピアを取り出して握って近づく。


「事前に連絡をいただければ私がお出迎えしましたのに。これでも一応第2秘書なので・・・」


 しかし言葉はそこで途切れてしまう。なぜなら背後から若菜の胸部にレイピアが突き刺され、貫通しているためだ。


「お前と無駄な話をしている暇はない」


 ファルシュがレイピアを引き抜くと若菜の体はその場に崩れ落ちた。傷口から血が噴き出して周囲の床を真っ赤に染め上げる。


「さてと・・・」


 若菜の遺体をあさって職員証を回収する。これから向かう場所で必要なので本来なら神宮司本人の予備の物を入手する目的だったが、若菜のものでも問題ないことを読み取ったためにそうしたのだ。

 更にファルシュは再び姿を変化させて若菜そのものの見た目になる。手に入れた職員証を使う時に怪しまれないよう用心するためである。


「運が悪かったな。私が来るタイミングに部屋にいなければ死なずに済んだのにな?」


 ゆっくりと立ち上がり、若菜を見下ろしてそう呟くと部屋を出る。ファルシュにとってはここからが正念場だ。ここまできてミスはできない。





「これは、宗方さん。お一人で?」


「はい。神宮司お姉様に頼まれたことがありまして」


 ファルシュは最終目標であるガイア大魔結晶の欠片が保管されている保管庫の前まで到達する。地下にあるこの保管庫に来るまでには警備についている何人もの適合者とすれ違った。だが誰も不審には思わず、それどころか敬礼をしてくる始末だ。


「第7支部で何か動きはあったのでしょうかね。それで何が必要なんです?」


「それは・・・極秘なので。詳細は神宮司お姉様に直接どうぞ」


 そう言って職員証をタッチパネルにかざし、扉のロックを解除する。この保管庫はセキュリテイレベルが高く限られた人間しか入室できない。神宮司は勿論入れるが秘書である宗方にもその権限が与えられていた。そのためにわざわざ職員証を盗んできたのだ。





「ほう・・・」


 保管庫には旧文明時代の遺産や貴重な物品が置かれていた。その部屋の奥にある大きなカプセルにしまわれているのがガイア大魔結晶の欠片だ。


「これか・・・記憶を読んだからな。余裕さ」


 カプセルに備え付けられているキーパッドに暗証番号を入力する。するとカプセルは開かれて中から鉄のアームが伸び、ファルシュの目の前に差し出されるようにして欠片が現れる。


「フフフ・・・」


 それを手に取って自らが展開した魔法陣の中に収容すると早足で部屋を後にした。





「あれぇ・・・これって宗方さんですよね? 神宮司お姉様んとこの第2秘書の」


 施設の特に重要なエリアを担当する第3警備室にて、一人の職員がモニターを見ながら近くにいる同僚に訊く。さっきまでお菓子を食べながら適当にモニター監視をしていたが珍しくモニターの向こうに動きがあったことでマジメな目つきになる。異変を見逃したら処分を受けることになるので、こういう時だけはやる気を出す。


「そう見えるな。入室記録、出してよね」


「あいよ」


「やっぱり宗方さんか」


 そうしている間にも画面の中では宗方がガイア大魔結晶の欠片をとりだしている。


「あれってかなり大切な物じゃなかったっけ?」


「そう聞いたな。でも高山唯と同じ力を持った者でなけりゃ使えないはずだがね」


「そんな物をどうすんのかな」


「ほらさ、神宮司お姉様の部隊が、高山のいる第7支部に向かったろ?それで必要になったとか」


 すでに宗方は部屋を出て廊下を歩いていた。


「一応神宮司お姉様に連絡を取ってみようよ。これで何かあって怒られるのもイヤだし」


 自己保身のためとはいえまともな選択ではある。





「ん?」


 第7支部にいる神宮司は着信音の鳴る自分の携帯をポケットから取り出し、ディスプレイの表示で魔道保安庁からの連絡であることを確認する。


「神宮司だが、どうした?」


「宗方さんが神宮司お姉様の指示で、ガイア大魔結晶を保管庫から持ち出したようなのですが?」


「何!? 私はそんなことは指示していない! 宗方は今、保管庫にいるのか?」


「い、いえ。もう出てますが・・・」


「すぐに呼び戻せ!」


 嫌な予感がする。あのマジメな宗方が勝手にそんなことをするとは思えなかった。


「それと一応だが私の部屋も確認しておいてくれ」


「分かりました!」


 神宮司は通話を終え、宗方に電話をかける。しかし応答は無く留守番電話サービスに繋がってしまう。


「・・・繋がらん」


「何かあったんすか?」


「二木か。本部で少しな」


 再び本部からの着信が入り、ワンコールで出る。


「神宮司お姉様・・・落ち着いて聞いて下さい・・・」


「なんだ、早く言え」


「はい・・・それがお姉様の執務室無いで、宗方さんの遺体が発見されました」


「何だと・・・! やられた・・・」


 神宮司は全てを察した。


「・・・分かった。至急、逃げたほうの宗方を追え。そいつは偽物だ」


「は、はい」


 そのまま壁にもたれかかり、俯く。


「・・・結構な大事みたいっすね?」


「あぁ・・・本部に例の姿を偽装する敵がいたようだ。そいつが私の秘書の宗方を殺害し、なりすまして保管庫からガイア大魔結晶の欠片を盗んだらしい」


「マジですか・・・でも、なんで・・・」


「分からん。ともかく、本部からの報告を待つしかできん。私はここを離れるわけにはいかんからな」


 唯がまた危険に晒されては意味がない。ここは冷静にならなければいけない場面だ。とはいえ大切な部下を殺された怒りが収まるわけもなく、神宮司のその肩の震えを見て加奈は暫く話しかけないほうがいいなとその場を離れた。





「こっちにはいなかった」


「そうか・・・こちらも見つけられない」


 本部では職員総出で宗方に偽装した敵を探すも発見できずにいた。


「これじゃあ何て神宮司お姉様に報告すればいいんだ・・・」


 


「まったく甘い連中よ」


 ファルシュはすでに別人になりすまして建物から出ている。後はこのまま裏世界に帰り、ミリアに欠片を届けるだけだ。


「待っててくださいね、ミリア様。すぐに帰りますから」



 その邪悪な笑みは誰にも気づかれることはなかった。


                              -続く-

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