第23話 暗闇の襲撃者
「もうこんな時間・・・」
小さな豆電球を頼りながら読書をしていた彩奈は、フと時計を見て時間を確認した。すでに深夜の1時を過ぎており病院内はとっくに消灯している。
顔を上げると舞は眠さを紛らわせるため立ったり座ったりしていた。加奈は外にあるテントにて待機しており、病室内にはいない。
「舞、寝てても大丈夫よ。私が起きているから」
「いいえ。唯さんの一大事に寝てるわけにはいきません!」
「体力を温存すべきよ。それにこの病室前にも第7支部の適合者がいてくれてるし」
「・・・分かりました。では何かあったらすぐ起こしてくださいね」
そう言って舞は椅子に座り目を閉じた。
彩奈は未だ意識の無い唯の手を握る。こうして触れていればその温かな体温から生きていることを確認できて安心するが、唯から触られている時が一番安らぐので早く目覚めて欲しいと願う。
「・・・ん?」
先ほど廊下より第7支部から派遣された仲間の適合者の声が聞こえた。だがその声が途切れたうえに何かが倒れる音が聞こえたため、彩奈は寝たばかりの舞を起こす。
「舞、起きて」
「うん・・・どうかしました?」
「何か起こったかもしれないわ。この感じ・・・」
病室の扉の開く音がして室内に加奈が入ってくる。
「加奈?」
「外に敵がいる。早く唯を連れ出そう」
しかし冷静な彩奈は魔具である刀を装備して、唯に近づく加奈に向ける。
「おいおい、どうした?」
「その服、よくそれでバレないと思ったわね」
よく見れば黒いローブ姿で唯を襲った人物が着ていた物に酷似している。
「加奈さんが裏切り者だとは思えない・・・でも、これは監視カメラに映っていた服装・・・」
舞は困惑を隠せず加奈を凝視していた。
「かんしかめら?」
黒ローブの加奈は知能レベルが下がったように聞き直し、その頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
「・・・なるほど・・・」
だが舞を見つめながら何かに納得したように呟き、そのまま加奈はゆっくりと後退しはじめる。
「おい! 何かあったのか!?」
「これは、どういうこと・・・」
扉の方から声がして彩奈がそちらに横目で視線を向けると、いつものスーツを着用した加奈が立っていた。
つまり今ここには二人の加奈が存在していることになる。
「なんであたしが!? もう一人!?」
当然と言えるが一番驚いているのは後から現れた加奈だ。
「ちっ・・・」
黒ローブの加奈はフードを被ると、装備した杖に魔力を凝縮させて魔力光弾を放ち、壁を破壊して外に逃走を図った。
「あっ! 逃がすかよ!」
加奈が薙刀を握って追撃する。
「彩奈さんは唯さんを!」
「分かったわ!」
舞も加奈に続いて外に飛び出す。この場で起きていた事象をすぐに理解するのは難しいが、それでも動かなければならない。少なくとも先ほどまで病室内にいた黒ローブの加奈に似た人物は怪しさの塊であるわけで取り押さえる必要がある。
「しつこいな・・・」
病院から暫く逃走をしていたが急に立ち止まった黒ローブは追手に向き直って構えた。その手には杖ではなくレイピアが握られている。
「お前! なんなんだよ! あたしに似ていてさ!」
「さて何故だと思う?」
「知らん!」
加奈は薙刀をかまえて突っ込む。
「それに、唯を狙うのは何故だ!!」
「分かるだろ? あいつは特別だ。できれば無傷で手に入れたい」
「させるかよ! それにな、あたし以上にキレてる奴がいる。そいつが絶対にお前を許さないだろうよ!」
「そうかい。どうすればあいつを譲ってくれるのだろう?」
「どうしたって無理だ! 人を物みたいに言いやがって!」
怒りと共に繰り出される加奈の攻撃が黒ローブをかすめた。だが致命的なダメージを与えられない。
「貴様の動き・・・私には分かる」
素早い動きで黒ローブに斬りかかるも、その動きを読んでいるように的確な回避をして反撃を行う。
「なんとっ!」
加奈は自分の高機動に自信をもっていたがこうも追従されては焦りを感じる。
「戦闘慣れしている者に限って攻撃に定型パターンがある。それを見切れば対処するのは容易い」
「そうかよ! なら!」
攻撃のアプローチを変え、四肢を用いた打撃も繰り出す。しかしそれも黒ローブには届かない。
「そのやり方も視えていたさ・・・」
黒ローブは加奈の蹴りをレイピアを持った腕で受け止めると逆の腕で拳を突き出す。
「くはっ・・・」
その拳が加奈の腹部にめり込み、姿勢を崩す。
「これまでだな」
レイピアが加奈の頭部に突き出されるが、
「させません!」
間一髪間に合った舞がタックルして黒ローブを突き飛ばした。邪魔された黒ローブはイラつきながらも距離をとる。
「はぁ・・・まったく、一対一の勝負に水を差すとは無粋な・・・」
「これは競技ではありませんから」
舞は加奈の前に立って杖をかまえる。
「すまん、舞・・・」
「ふふ、謝らないで下さい。いつも助けてもらっていますからね。たまにはわたくしだって助ける側にさせてくださいな」
その不敵な笑みとは裏腹に強い殺気を漲らせて黒ローブを見ている。唯だけでなく加奈まで傷つけられて舞が黙っているわけがない。
「貴様は魔術に関して自信があるようだ・・・が、貴様程度の実力では私は倒せん」
「そうかしら? 試してみましょうか」
「いや、それは遠慮しておく。どうやら仲間を呼んだようだからな。貴様達だけなら余裕だが、さすがに数で押されてはたまらん」
そう言って黒ローブは身を翻して夜の闇に紛れて逃げていった。追おうと思えばそうできたが負傷した加奈を置いていくことは舞にはできなかった。
「大丈夫ですか、加奈さん」
「あぁ・・・だけど、あいつはなんなのさ・・・あたしに似て・・・」
「えぇ、まさか加奈さんの偽物が現れるとは・・・」
「自分が本物かどうかも信じられなくなる衝撃だよ・・・とにかく、混乱してるんだ」
「わたくしの目の前にいる加奈さんは本物だと保証します。長く一緒にいればガワだけ似せた張りぼてと本物の区別をつけることくらいできますからね?」
服装の違いもそうだが、その身に纏う雰囲気などから判別することはできる。戦場を共に駆け、多くの日常を過ごした相手なためにそれができるし、だから舞は目の前の加奈が本物だと信じられるのだ。
「・・・分かったわ。こちらにはあれから敵の姿は無いけど、正体のつかめていない相手だから警戒は怠らないようにするわ」
彩奈は舞との通信を終えて唯の傍に控える。魔道保安庁にはすでに連絡をいれており、多数の適合者や職員の他、魔道管理局や警察までもが動員されていた。
唯は別の個室に移動させており病室内では彩奈のみが警護についていた。さきほどの襲撃者のように身内にカモフラージュした敵が唯のそばに来ないようにするためであり、増援の適合者達は部屋の外にいる。
「東山、入るぞ」
「ちょっと待ってください。あなたが敵でない証拠を示してくれないと」
「それは困ったな。自分が本物だということを証明するのは意外と難しいものだからな」
声からして第7支部長の平井志保であることは分かるが、また敵の変装である可能性も捨てきれないので彩奈は部屋に入るのを拒否する。
「新田舞から報告は聞いている。敵は二木加奈の姿をしてきたそうだな?」
平井は部屋には入らず、扉越しで会話を行う。
「えぇ。声も姿も加奈そのものだった・・・服装で判別したけれど、あの黒いローブ姿でなければ気づかなかったかもしれません」
「しかも高山唯を最初に襲った敵は亡くなった高山の妹の姿をしていたとも聞いた。もし、敵が何等かの方法で姿を偽装することができるのならば、かなり厄介だな」
「だからこそ唯には誰も近づけたくないんです」
「そうだな。ともかく私のほうで神宮司にも連絡しておいた。すでに本部を出発しているから、到着次第こちらに来ると思う」
それだけ言い残して平井は部屋の前から去ったようだ。
「まったく、これじゃあ気が休まらないわね」
敵の正体が分からないのがこれほど恐ろしいものかと彩奈は思う。
「んあ・・・ここは・・・?」
「唯! 気がついたのね! 私が誰だか分かる? 分かるわよね!?」
彩奈は唯の顔すれすれに近づいて興奮気味に訊く。
「分かるよ、彩奈。ここは病院か・・・」
「良かった。また記憶が無くなってたらどうしようかと」
「もしそうなっても何度だって思い出すから安心して」
唯は起き上がり、騒がしい廊下のほうを怪訝そうに見る。
「なんだか人の気配がたくさん・・・」
「えぇ。唯が寝ている間にも襲撃があったのよ。それで保安庁支部からの増援がきているわ」
本来なら医者を呼ぶべきなのだろうが彩奈は現状では人を呼びたくなかった。完全に疑心暗鬼になっているのだ。
「唯、第7支部で襲われた時のことも覚えている?」
「うん。あれは・・・由佳だった・・・」
「やはりそうなのね・・・」
唯も彩奈も深刻そうな顔をする。まさか本当に由佳が蘇って襲ってきたのか、加奈に変装した者のように何者かが由佳に偽装したのか・・・
「彩奈さん、ただ今帰還しましたわ。部屋に入っても?」
扉の向こうから今度は舞の声がする。
「悪いけれど本物と確証が得られなければ入れられないわ」
「大丈夫だよ。私はもう起きてるしさ」
「唯がそう言うなら・・・」
彩奈が扉を開けて舞と加奈を部屋へと入れた。
「もしわたくし達が怪しいと思ったらその時は遠慮なく斬ってください」
「そうするわ」
彩奈はすぐに唯のそばに戻る。もし、この二人が敵だった場合に唯を守るためだ。
「唯さん、目が覚めて良かったですわ」
「ありがとう。迷惑かけちゃってゴメンね」
「全く迷惑なんて思っていません。ですから謝らないでくださいな」
「そうだぞ。唯は何も気にすんな」
その舞と加奈の優しい笑顔に唯は安心感を覚える。
「私ね、こうして二人に会ってみて、舞も加奈も本物だと思えるんだ。私を襲った由佳からはなんていうか・・・不気味? な感じがして違和感があったけど、そうした感覚は二人からは感じないからね」
「分かるの?」
「うん。でもあの時は動揺してたからおかしいと感じながらも動けなかったんだよ」
こういう時の唯の感覚は信用できる。唯自身のその特殊な魔力ゆえか、他の適合者には分からない魔力や気配を探知したりすることができるのだ。実際、魔結晶型の爆弾や、美春が収容されていた結晶体などを唯だけが探知していたし、そうした鋭敏さはこういう時にも役に立つだろう。
「しかし今回の事で相手が唯を狙っているのが明確になった。唯にはもっと警護をつけないとな」
「その事ならすでに上にも掛け合っていますわ。唯さんの保護のため他の支部からも動員されます」
かなりの大事になったもんだと唯はベッドに横になりながら思う。まだ体にはけだるさが残っており、座った姿勢でいるのがツラかった。
「いつかは平穏に暮らせるんだろうか・・・」
自分から適合者の世界に身を投じたものの、こうして付け狙われたり、辛いことも多ければストレスも溜まる。いずれまた昔のような普通の日常が戻ってくることを期待しつつも、魔物が跳梁跋扈している現状の世界ではそれが叶わぬ希望であることは明白だった。
-続く-
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