第22話 幻影

 ミヤビとの戦いから一か月近い時が流れ、怪我が治った後に唯達は地元に戻り通常任務に就いていた。


「今日も平和に終わりそうで、なによりですわね」


「まだ午前中だぞ・・・」


 ハウンド小隊の本来の配属先である魔道保安庁第7支部の一室にて四人は平穏を満喫している。あれから大きな戦闘も無く、最近の唯達はこうして待機していることが多い。それは良い事ではあるのだが、とはいえ敵に動きがないというのも不気味なものだ。


「さて、あたしはトレーニングしてくるけど舞はどうする?」


「わたくしは遠慮しておきますわ」


 優雅なティータイムを楽しむ舞は加奈の誘いを断ってカップを口元に運ぶ。まるで休日のお嬢様といった様子で勤務中にはとても見えない。


「それにしてもこのチームは本当に自由だな・・・」


 加奈の視線の先、舞が持ち込んだソファで唯と彩奈が寝ている。手を繋ぎ寄り添うその姿はとても微笑ましい。


「今さらですわね。もともと個性的な人物が集まっているのですから」


「それには自分も含まれてるんだぞ?」


「勿論分かって言ってますわ。わたくしのようなおかしな適合者は中々いないでしょう。それより、今がシャッターチャンスですわね」


 舞は鞄からカメラを取り出す。


「なんの?」


「決まってますわ」


 カメラを向けた先にいるのは唯達だ。


「それを撮ってどうするの?」


「目の保養のために必要なんですわ」


 そしてシャッターをきる。静穏なので唯達の眠りを邪魔することはない。


「あぁ、もう少し角度を調整しなければ・・・」


「なんなら三人一緒に撮ってやろうか?」


 その加奈の言葉に舞は深いため息をつく。


「まったく分かっていませんわね・・・」


「な、なにを?」


「唯さん、彩奈さんの二人だけだからこそ良いのではありませんか!!あの空間は何人たりとも犯してはならない神聖なる場所となっているのですわ!!それを二人の間に入れと!?」


 今まで見たことないと思えるほどの激しい感情を言葉に乗せる。戦闘中ですらこんな檄を飛ばしたことはないだろう。


「えっ、あぁ・・・そ、そうなのか・・・?」


 加奈は困惑して言葉を失う。一体舞が何を伝えようとしているのかさっぱり分からない。


「どうしたの・・・?」


 その舞の剣幕で目を覚ました唯が目をこすりながら立ち上がる。その際、唯にもたれかかって寝ていた彩奈が倒れないように、ソファの背もたれに寄りかからせるという細かい気遣いを忘れない。


「い、いえ、何でもないですわ。あぁ・・・せっかくの機会が・・・」


 心底残念そうに俯く舞を唯は不思議そうに見ている。


「唯、舞のためにも、もう一度寝てくれ」


「えっ? それはどういう?」


「いいから! これが世界の平和のためと思って!」


 加奈が唯を押してソファに戻す。


「こ、これでいいのかな?」


「あぁ! 舞、ほらもう一度カメラを!」


「違う・・・違うんですの・・・あの雰囲気は故意に作れるものではありませんの・・・まるで、天然記念物のような、人の手の加わっていない自然な状態でこそ輝くのですわ!」


 力説して再びうなだれた舞は燃え尽きたボクサーのようであった。


「ねぇ、加奈。一体何が・・・」


「説明は難しい。ただ一つ言えることがあるなら、これからも彩奈と仲良くしていてくれということだけだ。そうすればとある人物の救済となる」


「よく分からないけど、彩奈とはこれからも仲良くしていくよ!」


 唯は満面の笑みで答える。彩奈と仲良くするなど人間が空気を吸うのと同じくらい普通で当たり前なことだ。


「それより唯はあたしとトレーニング行くか?」


「ううん、また寝るよ。昨日は夜遅くまで起きてたから眠くて・・・」


「今日が出勤日だって分かってたろうに、何してたんだ?」


「ナニってそりゃあ・・・」


 唯が口ごもる。


「加奈さん、人のプライベートに無遠慮に踏み込むのは感心しません」


 その唯を見た舞が助け船を出す。こういう時の舞の察しの良さはピカイチだ。


「そりゃそうだが・・・まぁいいや、後は任せた」


 加奈は舞には勝てないと踏んで部屋を出る。


「私はトイレ行ってくるね」


「分かりました。もし彩奈さんが目を覚ましたら唯さんは遠くの世界に旅立ったと伝えておきますわ」


「それを聞いたらきっと彩奈は発狂するだろうね」


 唯は苦笑して廊下に出る。こうして彩奈と離れて行動することはあまりないため、少しの時間であっても寂しさを感じる。普通の人ならば一人の時間も欲しくなるものだが、この二人にいたっては例外である。





「ふぅ・・・」


 トイレから出た唯は部屋に戻ろうとするが、


「フフっ・・・見つけたよ・・・お姉ちゃん」


「えっ?」


 後ろから聞き覚えのある声がした。

 振り向いてみるとそこに立っていたのは亡くなったはずの唯の妹、高山由佳そのものだ。黒いローブを着ていて少々不気味に感じる。


「なんで・・・そんなはずは・・・」


 死んだ人間が目の前にいるという不可思議な現象に唯の心臓は激しく鼓動し、立ちくらみに襲われる。


「由佳、なの?」


「そうだよ、お姉ちゃん。会いたかったぁ」


 由佳は唯に近づいてくる。


「由佳は死んだ・・・死んだんだよ・・・」


「そうだね。だからこうして死後の世界から会いにきたんじゃん・・・私ね、寂しかったんだよ?ずっと一人で・・・」


 そのまま唯に抱き着いて背伸びをしながら耳元に囁く。


「なのに、お姉ちゃんは私をほったらかしにした・・・」


「そんなことは・・・今まで由佳を忘れたことはない。そもそも死者に会うなんてできるわけないでしょ」


「試したこともないのに?」


 抱き着く腕がきつくなり、唯の体を締め上げるようになっていく。


「お姉ちゃんは薄情だね・・・」


「待って・・・私が戦う決意をしたのは、もしかしたら由佳の死に魔物が関係あるかもしれないから、その魔物達に復讐するためだったんだよ?」


「へぇ・・・でも今はそんなことはどうでもいいんだよ・・・私はお姉ちゃんと一緒にいたいだけ」


「そうは言っても・・・」


 由佳の目が怪しく光り始めるが唯はそのことに気がつかない。


「私と一緒に来て?」


「それは・・・できない」


「やっぱり私のことなんかどうでもいいんだ・・・まぁどっちにしろ連れていくけどね・・・」


「うっ・・・」


 由佳は唯から生気を吸い取っていく。全く対抗できずにされるがままの唯の瞳から光が消えはじめる。





「忘れ物をするとは社会人として良くないな。人にどうこう言う前に自分がしっかりしないと」


 トレーニングに向かったもののスマートフォンを忘れたことに気がついた加奈が部屋に戻ろうとしていた。その道中、変な魔力を感じ取り様子を窺いに向かう。


「あれは・・・おい! 何してる!」


 偶然、唯のピンチに遭遇した加奈は魔具を装備する手間も惜しんで加速。唯に取り付く由佳の手を掴もうとした。


「ちっ・・・邪魔を・・・」


 唯を放して後退し、由佳はローブにあるフードを目深に被ると杖を装備する。


「お前は何者だ!?」


「私は・・・いや、それはまたの機会に」


 黒ローブは加奈の足元に向かって杖から魔力光弾を放つと、その場から逃げ去った。


「くっ・・・」


 光弾はギリギリで回避したものの床が砕けてしまい、倒れている唯の身の安全を確保することを優先したために追撃できなかった。


「唯! しっかりしろ!」


 気を失っている唯から返事は無い。呼吸は弱いがしており、生きていることを確認しながらも、唯を抱えたまま近くの病院に向かって全速でダッシュする。救急車を呼ぶよりこの方がよっぽど速い。





「敵の目的は一体・・・」


「唯を意図的に狙ったのかも分からんしな。保安庁支部内に侵入するとは大胆なヤツだ」


 病院内にて舞達は険しい表情をしていた。

 唯は衰弱しているために治療を受けており、それを近くで護衛しているのだ。


「・・・絶対に・・・絶対に、殺す・・・」


 唯に起こったことを聞かされた彩奈は怒り狂った。今はなんとか落ち着いてはいるものの、殺気を振り撒いて唯を襲った敵への憎悪を隠さない。


「しかし敵が何者なのか分かりません。例え不意の奇襲でも唯さんなら対処できたと思うのですが、抵抗した痕跡もない・・・」


「知っている人物だとか?」


「それはありえますが・・・まぁ、監視カメラのほうの解析も行われていますし、唯さんが意識を取り戻せば手がかりも得られるはずですわ」


「そうか。それと唯には護衛が必要だな?」


「その件については第7支部の適合者を派遣してもらう手筈になっていますし、わたくし達も交代で唯さんのそばに控えることにしましょう」


 唯はその魔力の特別性から魔道保安庁の中でも重要人物のひとりとしてみなされている。そんな人物を戦闘に出したりして保護しないのはどうかと思うが、戦闘可能な適合者の不足や、カラミティの魔力障壁を破った時のように彼女自身が特殊な敵に対するカウンターとしての役割もあるのだから仕方がない。


「私はずっとここにいるわ」


 いつまた敵が現れるか分からない現状、唯の近くから離れるという選択肢は彩奈には無い。


「分かりました。連絡はいつでも取れるようにして、連携は緊密に」





 別チームの適合者も合流した後、加奈は警戒のために病院周囲を偵察する。舞と彩奈は唯のいる個室内にて警護していた。


「こうしているとあの時を思い出すわ・・・」


 まだ意識の無い唯の頬を彩奈は優しく撫でる。


「魔女サクヤとの決戦前のことですか?」


「えぇ。あの時、唯は意識を取り戻したけれど記憶を失っていた。それは一時的ではあったけれど、私はこの世の終わりだと思ったわ」


「実際にこの世の終わりが近づいていましたわね」


「そうね。でも唯が状況を覆してくれた。私のもとに戻ってきてくれた・・・」


 彩奈が唯以外の人間にこうも長く話をするのは珍しい。そうでもしてないと彩奈は不安に押しつぶされそうだからで、話していれば少しはその不安も和らげられると思ったからだ。


「今回もちゃんと目を覚ましてくれる事を祈るしかないわ」


「きっと大丈夫ですわ。彩奈さんのために唯さんなら意地でも目を覚ましますわ」


「えぇ。そういえば敵の情報は何か分かった?」


 彩奈にとって気がかりなのはその事だ。唯を襲った相手を早く特定して抹殺しなくてはならない。


「今分かっていることは敵は黒いローブを身に纏っていること、そして唯さんに接触した時の画像を見ると・・・」


「・・・見ると?」


「にわかには信じられないのですが、以前、唯さんに見せてもらった写真に写っていた妹さんに似ているのです」


「・・・死んだはずよ」


 唯が嘘を言っているわけがない。唯と共に由佳のお墓参りだって行ったこともあるし、そもそもそんな事の嘘をつく理由が無い。


「そのはずです。しかし、これを」


 舞がタブレット端末を操作し、画面を彩奈に見せる。


「・・・確かに、似ている・・・」


「そうでしょう? 一体どういう事なのか・・・ただのソックリさんなのか、蘇ったのか・・・」


「まさか。いくら魔術を用いたって死者を生き返らせるのは不可能よ」


「そのはずですが、もはや何が起きてもおかしくない世界になってしまいましたから。とにかく調査を継続し、同時に唯さんの身の安全も確保しなければ」


 これから来る夜はより警戒しなければならない。あんな黒いローブで来られたら闇夜に紛れられて見つけるのも困難だ。





「さて・・・ここにいるのは分かっているが・・・」


 黒いローブを揺らしながら歩くその人物が唯の入院する病院を見つめる。空には星が輝いており、襲撃をかけるにはいい時間だ。


「どうしたものか・・・」


 最初の奇襲に失敗したことで警戒されてしまっている。病院の周囲にも適合者と思われる人間が巡回しているうえ、敷地内には簡易テントまで用意されていた。これでは当然、唯に接触するのは難しくなるだろう。


「しかし、どうにかして連れ去らないとな」


 月明りに照らされながら、フードを被りなおした。


                            -続く-

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