第21話 飛翔の唯
ミヤビの指揮するカラミティの出現によって戦力のパワーバランスは魔族側が優勢になっていた。
「なんて火力!?」
カラミティの両腕の先端には発射口があり、そこから高火力の魔力光弾を撃ちだす。
「やるしかないんだよ!」
魔道保安庁の適合者達による攻撃が行われるが強力な魔力障壁を展開しているせいで通用しない。攻守共に桁違いの強さだ。
「唯、味方の攻撃が効いていないわ。あなたの力なら」
「そうだね、やってみる。援護をお願い」
唯は聖剣に魔力を集中させる。渾身の一撃を叩きこんで魔力障壁を破るつもりだ。
「いくよ・・・夢幻斬りっ!!!!」
聖剣から魔力が放出されて、それが刀身のようになって敵に振り下ろされる。カラミティは巨大で動きが鈍いので狙いを定めなくたって捉えられた。しかし、
「魔力障壁を破壊できていない!?」
唯の攻撃は確かに直撃した。が、魔力障壁にダメージを与えたものの、破ることはできなかった。
「この程度!」
ミヤビは正直なところ攻撃が自分にも当たるのではとビビったのだが、完全に防御できたことで強気になる。そしてその攻撃が飛んできた方向へとカラミティを向けさせ、砲口に魔力を充填させた。
「今の攻撃、あやつよな!? 位置が分かったんだから、叩く!」
「マズいわ! 唯、敵がこっちを向いてる!」
彩奈は魔力のほとんどを使ってしまった唯を抱えて逃げようとしたが、
「大丈夫、これを使う!」
唯は左手に佐倉からもらったガントレットを装備する。
「やれるか・・・Sドライヴ!」
ガントレットに取り付けられた細長い魔結晶が虹色にかがやき、唯に残された僅かな魔力を急速に増幅させるとその魔力を唯の体内に流す。
「これはあの時と同じ・・・」
オーバードライヴ状態となった唯の背中から白く大きな翼が展開される。そう、サクヤとの決戦時と同じだ。翼は魔力を凝縮したもので、よく見ると少し透けてみえる。
唯は彩奈をお姫様抱っこの要領で抱えると空へと飛翔した。
「やれ、カラミティ!」
魔力を凝縮した光弾が両手の砲口から放たれる。着弾地点で大きな爆発が起こり、ミヤビは相手を倒せたと確信するが、
「なんとっ!?」
爆煙を切り裂いて一筋の光が飛び上がった。その姿を見てミヤビは驚愕する。
「あれが天使族の・・・?」
「ふう~、危なかったね」
「そ、そうね」
彩奈は唯に見惚れていて自分が空中で抱きかかえられていることなど頭から抜けている。
「あっ、今降ろすから」
唯は地面まで降下すると彩奈を降ろす。その際に残念そうな顔を彩奈がしていたが、すぐに切り替える。
「行ってくるね」
「無理はしないで」
「大丈夫。すぐに終わらせて帰ってくるから」
再び翼を広げて飛び去った唯を彩奈は眩しそうに見つめていた。
「今度こそ、やる!」
唯はミヤビの放つ魔力光弾をなんとか回避しながらカラミティに向かって飛ぶ。彼女自身、飛行能力に長けているわけではないが、普段の戦闘で培われたカンや経験がこういう時に役に立つ。
「これでどうだ!」
唯は聖剣を突き出し魔力障壁に突っ込む。聖剣の先端が先ほどの唯の攻撃でヒビの入っていた箇所にヒットし、そのまま刺すようにして魔力障壁を崩していく。
「まだまだぁっ!」
更に魔力を聖剣に流し込む。Sドライヴが暫くの間、魔力を増幅してくれるので残量を気にする必要はない。
その唯の攻撃でついに魔力障壁は破られてカラミティは無防備となった。
「今度はつけよう、決着を」
唯はカラミティの上部に降り立ち、ミヤビを睨みつける。
「フっ、ここまで来れたのは素直に褒めるが・・・調子に乗るなよ」
カラミティに自立行動を指示すると、杖を引き抜いて大剣を装備する。
「いくら天使族の力があるとはいえ単純な戦闘力勝負なら魔人の方が上さ」
「試してみる? 私だって伊達にここまで生き抜いてきたわけじゃあないよ」
唯はカラミティの表面を蹴ってミヤビの目の前まで瞬時に距離を詰めると、聖剣を横薙ぎに振るう。ミヤビはそれを大剣で防御するとそのまま唯を弾き飛ばす。
「パワーが足りなければなぁ!」
唯が肉体を強化してもミヤビの力には及ばない。そもそもの身体能力が違いすぎるから仕方ないが、これは負けた時の言い訳にはならない。スポーツと違っていつだって戦いは不平等な条件の元で行われるものだ。
「だから、こっちはスピードなんだよ!」
物理的な力比べをするつもりは毛頭ない。相手より少しでも上回ってると思える分野で挑むしかなく、唯は速さなら敵を超えられると思ったのだ。
実際、人間よりも大柄なミヤビは唯ほど小回りが利かない。常に動き続けて翻弄すればいずれチャンスも生まれるだろう。
「ちょこまかと・・・」
ミヤビは空中に逃げて仕切り直しを試みる。これは普通の人間相手ならば効果的だ。しかしミヤビは失念していた、唯も飛べることを。
「遅い!」
聖剣がミヤビの足に傷をつける。もはや空中すらも唯は戦場にできるのだ。
「人間のくせに、空を飛ぶな!」
ミヤビの大剣が振るわれるが唯には当たらない。逆に唯によって大剣を握った左腕を切断される。
「くっ・・・だがなぁ!」
「うっ・・・」
ミヤビの蹴りが唯の右腕に直撃してへし折った。肘から先があらぬ方向に曲がってしまい、聖剣がカラミティの上に落ちる。
「こいつっ!!!」
残った左腕で全力のパンチを繰り出す。拳はミヤビの腹部に直撃し、カラミティに叩き落とした。
「人間め・・・この私・・・ミヤビが後れを取るとは・・・」
ミヤビが立ち上がると聖剣を拾った唯と目が合う。
「しかし・・・負けん!」
魔法陣を展開して予備の剣を取り出す。大剣に比べれば貧弱な武器だが仕方ない。
「これで終わりにっ! するっ!」
右腕が動かないのでバランスが取りにくくなっており唯はよろける。だが、それを気にする様子もなくミヤビに突っ込んでいく。
両者は負傷していることもあり、先ほどまでの機動力はない。
「こうも押し込まれるとはっ・・・!!」
二人の武器がぶつかり合い、激しい鍔迫り合いとなる。その衝撃で唯のヘッドセットが落下した。
「ダメだ! これじゃあ!」
唯は利き腕でない左手で聖剣を扱っているために上手く振るうことができない。ただでさえパワー負けしているのにこれでは勝ち目は薄い。
聖剣でミヤビの攻撃をいなし、唯は回し蹴りを放つ。普段のミヤビなら防げた攻撃だが左腕が無いために防御できずに直撃する。
「くあっ・・・」
体勢を崩されたミヤビは反撃する間も無く、聖剣によって胸部を切り裂かれてそのままカラミティから落下していった。
「今のうちに・・・」
唯は聖剣を格納して杖を装備、少し宙に浮かんで先ほどまで立っていた場所に向ける。
「多恵ちゃんの感覚はこの中から!」
杖が耐えられる限界まで魔力を溜め、高威力の魔力光弾を撃つ。カラミティの上部に大穴が穿たれ、内部の空間が露わになる。
唯はその中へと侵入すると大きなカプセル状の物体を発見した。その中に多恵が収容されているのが見えた。
「多恵ちゃん!」
カプセルを破壊し、中から倒れてきた多恵を支える。
「あっ・・・高山さん・・・」
救出されて意識を取り戻した多恵は目の前にいる唯の姿を見て安堵しながら小さく笑みをこぼす。これでもう自分が魔人に利用される日々も終わるわけで、唯が本物の救世主のように思えた。
「迎えにきたよ。美春ちゃんも既に助けてるから安心してね」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
「うん。さぁ帰ろう・・・」
唯は多恵をかかえようとしたがその場でよろけ、翼が消失する。
「大丈夫ですか?」
「魔力が切れた・・・こんな時に・・・」
Sドライヴの効果は切れており、再使用できるようになるまで時間が必要だ。仕方なく魔結晶を取り出して魔力を吸収しようとするが、
「ここにいたか!」
ミヤビが唯の開けた大穴から現れ、剣をかまえる。
「しぶといヤツめっ!」
唯は一旦魔結晶を置いて聖剣を取り出す。こういう時、両腕が使用できないと行動にラグが生じる。そしてそれは致命的な隙となるのだ。
「貴様がいなければ!!」
そう叫びながら急降下して唯に斬りかかる。
「ダメかっ!」
まだ魔力を完全に取り込めなかったために力が出ない。それではミヤビの攻撃を防御できるわけもなく唯の聖剣が弾かれる。
「これまでだな! 魔人に勝とうなど、人間ごときがっ!」
唯は咄嗟に魔結晶を拾い、少しでも魔力を吸収しようとするも間に合いそうになかった。次の攻撃を繰り出そうとする敵の動きがスローに見えるがそれを防ぐ手立てはない。
「彩奈、ごめんね・・・」
唯は死を直感し、ここにはいない彩奈に生きて帰れないことを謝る。
「このっ! やめてよ!」
多恵が立ち上がって唯に襲い掛かろうとするミヤビに体当たりをした。ミヤビには全くダメージはないが、注意を引くことはできた。
「多恵ちゃん!?」
「俗物が!」
行動を妨害された怒りのままミヤビは多恵の腹部に剣を突き刺した。血が噴き出し、辺りに飛び散る。
「貴様っ!」
「邪魔をするからっ! 次はお前だ!」
剣を引き抜いてミヤビは唯を睨む。支えを失った多恵の体は、まるで糸の切れた操り人形のように倒れた。
唯は目の前の悲劇に怒りと焦りを感じるが、多恵が作ってくれたわずかなチャンスを逃さない冷静な理性をギリギリのところで保っていた。魔結晶からある程度魔力を吸い出し、後ろに飛びのいて床に転がる聖剣を拾い上げる。
「倒す! お前は!」
「やれるものか!」
すでに唯の手前まで移動していたミヤビが剣を振り下ろした。それを軽く身を捻って回避した唯が聖剣を突き出し、ミヤビの右腕を肩から斬りおとす。
「ぬぅ・・・これまでか・・・」
継戦不能に陥ったミヤビは飛び去った。そのミヤビには目もくれず、唯は倒れた多恵を背負いあげてカラミティの体内から脱出する。
「すぐに拠点まで連れてくからね、もう少しの辛抱だから」
「は・・・い・・・」
多恵の呼吸は弱弱しく、今にも止まりそうだ。
「もうすぐ・・・もうすぐだからね」
声をかけ続ける。だが、多恵の意識は混濁していて返事をするのも困難だ。
「唯さん!」
臨時指揮所に到着すると舞が出迎えた。
「舞! 救護班を! それと、美春ちゃんも!」
「分かりましたわ!」
その唯の言葉を聞いて瞬時に事を理解した舞が各所に連絡する。
「着いたよ、多恵ちゃん・・・」
「あぁ・・・こ、ここに・・・美春が・・・」
ブルーシートの上に多恵をそっと降ろす。腹部からの出血によって多恵の服は真っ赤に染まっている。
「多恵!」
舞に付き添われた美春が多恵に駆け寄ってしゃがむ。血にまみれた多恵を見て絶望の表情を顔に張り付けながら・・・
「多恵! 多恵! しっかりして! 死んじゃいや!」
「美春・・・よかった・・・無事で・・・」
苦しいはずなのに多恵の表情は穏やかだ。
「多恵・・・」
「ごめんね・・・もっと、早く・・・美春を・・・助けられなく・・・て・・・」
必死に言葉を紡ぐ。
「謝らないでよ・・・謝らないで」
美春は震える手で多恵の頬に触れる。
「美春・・・あなた、に・・・会えて・・・しあわ・・せ・・・だった・・・よ・・・」
「多恵・・・?」
美春の顔を見ながら、多恵は静かに目を閉じた。
「そんな・・・」
唯は多恵の死を目の当たりにしてその場に両膝をついた。目から涙が溢れる。それは折れた腕の痛みとは関係ない。
「唯!」
帰還した彩奈は、その唯と、多恵の遺体にしがみついて号泣する美春の姿を見て全てを察する。
「私は・・・助けると約束したのに・・・死なせてしまった・・・」
「唯・・・」
彩奈は唯を抱き寄せてそっと頭を撫でる。落ち着かせようとそうしたが唯の涙は止まらない。
「この腕は・・・?」
彩奈は折れ曲がっている唯の右腕を見た。
「唯! 腕が折れてるじゃない!」
「そんなの、どうでも・・・」
「どうでもよくない! こっちにも医者を! 早く!」
彩奈のその叫びを聞いて指揮所から出てきた医師が唯の腕を確認する。
「今すぐ治療するべきですね。医師が同乗した負傷人を輸送するヘリの準備はできていますから、そちらに」
「分かりました」
放心状態の唯を彩奈がかつぐ。
「唯、あなたは無茶をするから・・・」
「手酷くやられたな、ミヤビ」
「あぁ・・・こんなザマだよ」
ヒュウガとミヤビが合流する。もう魔人側の戦力は壊滅しており、カラミティも失ったことで反撃は不可能だった。
「だが、これで終わりではない」
「無論だ。今回は負けたが、必ず再起する」
ミヤビは屈辱の怒りを人間共に必ずぶつけてやると誓い、去ろうとしたが、
「ま、待って下さい! 私も連れて行ってください!」
息を切らした時雨が現れてミヤビに懇願する。
「生きていたか。まぁ・・・いいだろう。ヒュウガ、こいつを連れてこい」
「分かった」
ヒュウガは時雨の首根っこを掴んで持ち上げる。
「私は戻ってくるぞ・・・必ずな」
憎悪の感情を目に宿らせ、これまで拠点としていた街を睨みながらその場を後にした。
ミヤビの率いていた軍勢との戦いから二日後、唯と彩奈は病院にいた。腕を骨折した唯が入院し、彩奈は護衛という名目で付き添っているのだ。
「もうすぐ治るってさ。医学の進歩は凄いね」
貴重な適合者の損失を防ぐため、破界の日以降、医療分野へ多大な投資が行われた。結果、化学や魔術をも応用した新たな医術が確立したことで従来よりも高度な治療を可能とし、完治するまでの期間も大幅に短縮された。
「良かったわ。治らなかったらどうしようかと」
「彩奈は心配性なんだから」
「そりゃ心配するわよ、唯のことだもの」
二人は屋上に向かい、フェンスの先に広がる街並みを見下ろしながらここ最近の戦いを振り返っていた。
「ようやく一息つけそうね」
「そうだね。でも、魔人を逃がしちゃったから・・・きっとまた戦うことになるだろうね」
「その時こそ倒せばいいのよ」
唯は頷いて、彩奈の瞳を見る。
「私ね、決めたことが二つあるんだ」
「どんなことを?」
「まず一つは、これからも私は戦い続けるってこと。魔物をこの世から消し去るために」
唯の目に硬い意志が表れていると彩奈は思った。多恵の死が唯の心に突き刺さり、魔族に対する憎悪が増したのだ。
「これまでにだって魔物は私達の暮らしを破壊して、多くの人間を殺した・・・だから、私は絶対にあいつらを許さない。地の果て、裏世界の果てまでだって追いかけて潰してやる」
「そうね。奴らはやりすぎたわ。必ず報いを受けさせる」
「そして、もう一つは・・・」
先ほどと打って変わって、いつもの優しく温和な表情に戻る。
「もっと彩奈との時間を増やすこと」
「それは良い事ね」
「私は今回の事で死はいつ訪れてもおかしくないって再認識させられた。だから、生きているうちにもっと彩奈といろんな事をして思い出を作ろうと思ったんだ。死ぬ時に後悔しないように」
「私ももっと唯と一緒にいたい。これからもずっと」
二人は自然と手を繋ぐ。
今はただ、お互いの温もりだけを感じていたかった。
―続く―
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