第20話 激突戦域

 魔道保安庁から多数の装甲車とヘリが発進し、敵拠点に向けて進軍を始める。いよいよ魔道保安庁による大規模な魔人討伐作戦が実施される時がきたのだ。


「敵拠点となっている街付近まで進んで、臨時指揮所を設置した後に作戦開始だ」


 目的地近くにある空間の歪みまでは表世界から進行してシフト、裏世界にいる敵を包囲して制圧することになっている。


「こちらの戦力はかなりのものだが敵だって準備をしているだろうからな。その相手の戦力を把握できていないことが不安ではある」


「どんだけ敵がいたって蹴散らせばいいだけっすよ」


 ハウンド小隊は他チームの適合者や神宮司とヘリに同乗していた。

 唯は特異な存在であるために魔道保安庁内での知名度も高く、興味を持った他チームの適合者に話しかけられており、それを彩奈が妬ましそうに見ている。


「目的地までは少し時間がありますから、わたくしは仮眠しますわ」


「さすが舞。この緊張感と騒音の中でも動じないスタイル」


「戦士ならばいつ何時でも睡眠をとれるようにしませんとね。それに戦闘前だからといって緊張せず、普段通りの心持ちで」


「だってよ彩奈。味方に敵意をむき出しにしてちゃダメってことだぞ」


 いまだに唯と話す適合者に鋭い眼光を飛ばしている彩奈の肩を加奈が揺らす。


「ふんっ。私は別に敵意なんて出していないわ。ただ真剣に話を聞いているの」


「そんなガン飛ばしながら・・・昔はもっとクールだったのに」


「クール・・・? 違うわね。単に他人に興味が無かったから、反応が薄かっただけよ」


 唯と仲良くなる以前の自分を思い返してみれば、他者への関心などほとんど無く、自分だけの世界に閉じこもっていたと思う。そんな彩奈の心を開いたのだから唯の存在はとても大きい。


「でも雪奈とは結構仲良かったよな?」


「・・・そうだったわね」


 今は亡き三宅雪奈はコミュニケーション能力が高く、不愛想な彩奈にも明るく接してくれた数少ない人物で唯とは違った意味で親しみやすかった。


「その頃の彩奈はあたしのことは眼中にも無いって感じだったよな。まっ、それなら今の方が全然いいよ」


「そう。今後もこの調子でいくから覚悟しておくことね、加奈」


「おうよ!」





 それから暫くの後、目的のポイントに無事到着することができた。先行した装甲車の部隊が道中の魔物を処理してくれたおかげで安全に進めたわけで、そうでなければとっくに飛行型魔物に囲まれていたことだろう。

 そこから裏世界へとシフトして神宮司達が敵を観察した山へと登り、臨時の前線司令部を構築する。


「よし、これで準備は整った」


 神宮司自身は最前線にて直接指揮を執る。生来勝気な性格の彼女が後方を望むことはなく、幹部でありながらもこうして前に立つのは部下達にとっては心強い。


「もう間もなく作戦スタートですわね」


 魔道保安庁は部隊を大きく三つに分けて敵拠点となっている街を取り囲んでいるが、唯達ハウンド小隊はそのどこにも属さず独自に動いている。敵の不意を突いたり、激戦区に救援しに行ったりとその役目は多い。


「あたし達はこのまま敵に突っ込めばいいんだろ?」


「そうですが、戦況を見て動かなければなりません」


「加奈は脳筋だから、ちゃんと舞の言うことを聞くのよ」


「地味に酷いことを言うんだよ・・・」


 そんな会話をしている中、戦闘開始までのカウントダウンがヘッドセットを通じて聞こえてきた。


「始まりましたわ。さぁ、行きましょう」


 カウントダウンが終わり、各部隊が侵攻する。後方からの援護を受けながら、近接戦を主体とした適合者が吶喊して道を切り拓く。


「どけよなぁ!」


 加奈は薙刀で目に付いた魔物を次々と切り捨て、唯と彩奈が残った魔物を殲滅する。舞は唯達のことを側面から狙う魔物を狙撃し、ハウンド小隊の定型戦術で確実に敵の数を減らしていく。


「相手も数を用意していますわね。融合型の大きい魔物までいる・・・」


「あたし達ならやれるな?」


「もちろん!」


 加奈と唯は動きの速い魔物を連携して倒し、少し先にいる巨大な融合型魔物のことを睨む。


「でかけりゃいいってもんじゃないという事を教えてやる」


「・・・なんで私の胸を見ながら言うの?」


「行くぞ!」


「ねぇ、なんで?」


 その唯の問いを無視して加奈が魔物を斬り倒しながら進撃していく。

 融合型魔物もこちらに気づいて魔力光弾を多数飛ばしてくるが加奈は得意の高機動で避けつつ接近して触手を斬りおとす。


「この距離なら光弾は撃てないな!?」


 高威力の光弾は脅威だが、近づいてしまえば発射器官の死角にもぐり込めるために撃たれないし、近接用の触手は大振りなので、よく見ていればそう当たるものではない。融合型魔物が相手ならば、怖がって離れるよりむしろ近づいたほうが戦いやすいのだ。


「もらったな!」


 唯の一撃で抉れた部分に加奈が渾身の攻撃を叩きこむ。すると融合型魔物はその部分から折れ曲がるように崩壊した。


「よし! 次!」


 加奈は地面に転がる敵の残骸を踏み越え別の魔物に襲い掛かる。まさに戦闘マシーンのような戦いぶりで、普通の適合者ではその戦闘スピードについていくのは困難であろう。




「皆さん、救援要請ですわ」


「あぁ。出番のようだ」


 ハウンド小隊のメンバーに向けて指揮所から通信がはいる。ここから近いところで戦闘中の部隊が孤立して包囲されてしまっているためにその援護を依頼されたのだ。


「そこの建物の向こう側の道路にいるみたい」


「迂回すんのも面倒だから突き破っていこうぜ!」


 商業ビルの扉から中に突入してハンドグレネイドを壁に投げつけて破壊する。そして爆煙の中から飛び出した唯と彩奈が道路にいる魔物を捉えて強襲した。


「うわ、凄い・・・」


 その場にいた部隊の適合者は唯達の俊敏な動きを見て驚く。魔物に対して全く恐怖を感じていないような、その堂々たる戦いぶりは見習いたいと思うほどだ。


「今のうちに下がってください!」


 魔物の一団を殲滅したことで味方を敵の包囲から逃がすと、舞は魔力を凝縮させた強力な光弾で多数の魔物を消し去った。


「あ、あの! ありがとうございます!」


「へっ、まぁいいってことよ。じゃ、次の現場に向かうんで」


 加奈はカッコつけながらその場を去る。


「今の最高にキマってたよな?」


「えぇ。唯のクールな去り方は最高にカッコよかったわね」


「違う違う。あたしのさ・・・」


「えっ? 唯しか見てなかったから分からないわ」


「うん、ですよね」


 もはや分かり切っていたことだと、悲しい笑みを浮かべながら加奈は頷く。


「・・・ん? この感じ・・・変な魔力を感じる」


「唯さんの感覚はアテになります。どこからですか?」


 唯の指さす方向にあるのは大きな役所と思われる建物だった。窓はすべてカーテンで閉め切られており中の様子を伺うことはできない。


「中を確認してみましょう。もし敵がよからぬ物を隠しているのならば、破壊しなければなりません」


 ハウンド小隊はその建物に近づき裏口にまわって鍵のかかったドアを破壊する。


「お邪魔しますよっと」


 いつも通りに加奈が少し先行して内部の様子を確認しながら進み、その後ろを唯と彩奈がついていく。中は電気が点いておらず各所にランタンが吊るされている。まるでお化け屋敷のような雰囲気ではあるが、唯達は構わずに進んで行く。


「人の気配はするけど、こうも広いんじゃあ見つけるのも難しいね」


「上の階もありますし油断せずに密集陣形で」


 建物内は物資が多数貯蔵されていて、長い時間をかけて略奪したのであろう魔結晶や魔具などの貴重品がいたるところにある。そうした物が死角を作っているのでいくら敵の気配を感じても隠れられれば見つけるのは困難だ。

 そのまま何者かの気配を感じつつ進んだ先には大きな結晶体があって、その中に人が入っている。その女の子は唯達に近い年齢であるように見えた。


「舞! これはどうなってるのかな?」


「今調べてみますわ」


 舞がその結晶に触れて解析を始めた。こういう場合、魔術に詳しい舞に任せれば大抵なんとかなる。


「何っ!?」


 舞に向かって飛ぶ光る物体を視界に捉えた唯が聖剣で弾き飛ばす。


「やりますね」


 奇襲に失敗した小毬は物陰に身を隠し、先ほど投擲したナイフと同型の物を握る。


「舞には指一本触れさせねぇ!」


 加奈は隠れた小毬の位置を認識しており、障害物ごと切断しようとする。

 しかし小毬も加奈の接近に気づいて直前に飛びのいていた。


「まずは敵の排除を優先しましょう」


 舞は一度結晶から離れて敵を目で追う。小毬は加奈の素早さでも追いつけないほど俊敏に動き、上手く物影を利用してナイフを投擲してくる。


「挟み撃ちにするほうがいいですわね。唯さんは敵を挟むように回り込んでください」


「了解」


「彩奈さんはわたくしと共に。チャンスがきたら畳み込みますわ」


「分かったわ」


 舞の指示を受けた唯は敵の背後が見える位置に移動する。


「これは困りました」


 数の差で負けているので立ち回りに気を付けても勝ち目は薄い。しかし、ここは貴重な物資が置かれているし、上の階は魔道コンバータの生産工場となっているので敵に渡すわけにはいかない。


「少しでも敵にダメージを負わすしかないですね・・・」


 小毬は覚悟を決め、自分を包囲する敵に攻撃をしようとしたが、その瞬間、


「ここへの立ち入りを許可した覚えはないぞ、人間」


 魔人ヒュウガが壁を破壊し建物内に現れた。


「ミヤビに手間をかけさせたくないんでな、このヒュウガが引き千切ってやる」


 ヒュウガの指先の爪がまるで刀身のように長くなり、ランタンの光を反射して鈍く光る。


「死ねぃ!」


 ヒュウガは彩奈に襲い掛かりその爪で刀と切り結ぶ。

 もう一本の腕も振り下ろされるが、彩奈は身を捻って避けると刀を振りあげて反撃する。


「ちっ!」


「そう簡単にはやられない!」


 更に加奈が支援に入り、ヒュウガの腰を薙刀が掠める。


「しかし・・・私も魔人なのだ! この程度!」


 魔人の強靭な肉体は軽度のダメージならばすぐに回復する。それよりも傷をつけられたことに対する怒りのほうが大きい。魔人から見て貧弱な下等生物である人間に後れを取ること自体が屈辱なのだ。

 彩奈と加奈の攻撃を弾き、いなしながら攻勢に出るチャンスをうかがう。




「くっ、速い・・・」


 唯と舞は一刻も早く彩奈と加奈の援護に向かいたいのだが小毬がそれを妨害しているせいで足止めを食らっていた。

 小毬は動きで翻弄しながら近接戦の苦手な舞に照準をつけて攻撃をしかける。


「そこっ!」


 ナイフを投擲しつつ、背中に背負ったボウガンを取り出して狙いを定める。


「マズいですわね・・・」


 舞はナイフを杖で弾き飛ばすことには成功したものの、ボウガンから打ち出されたワイヤーアンカーが腕に巻き付いてしまった。それを切断しようと試みるも、そのワイヤーに電流が流されてしまい舞は体を痙攣させて気を失った。


「こいつっ!」


 それを阻止できなかった唯は自分の情けなさと小毬に対する怒りで手が震る。

 小毬を牽制しつつ舞に近づいてワイヤーを斬って救出する。


「舞! しっかりして!」


 反応はない。ぐったりとしている体を抱きかかえた唯は小毬のナイフを躱して物陰に飛び込む。


「ここで待ってて・・・」


 舞を横たえてから唯はハンドガンを引き抜き、近づく小毬に発砲する。しかし銃を見た瞬間に咄嗟に回避行動をとられたことで直撃させることはできなかった。


「相手の場所が分かれば充分!」


 唯は小毬の隠れた場所に一気に接近して聖剣を振り下ろす。


「見切った!」


 小毬はその斬撃をギリギリで避けてナイフを突き出すが、


「甘いよ」


「なっ!?」


 唯はそれを予測していた。肩スレスレを通過したナイフは空を斬り、唯が握ったハンドガンから放たれた銃弾が小毬の腹部を貫通する。


「くそっ・・・」


 血が溢れてきて小毬の意識は朦朧としてきた。


「まだだ・・・」


 その手にはハンドグレネイドが握られており、ピンも抜かれている。


「唯さん・・・こっちに・・・」


「舞!」


 意識を取り戻した舞がその様子を見ており唯を呼び戻す。


「これで・・・防げますわ・・・」


 唯がそばに寄ってすぐに魔力障壁を展開し、その直後に爆発が起きる。周囲を爆光が照らし、その衝撃波が物を吹き飛ばす。


「危なかった・・・それより、舞は大丈夫?」


「えぇ・・・なんとか。唯さんが助けてくれたのですわね。ありがとうございますわ」


「ううん。舞が攻撃されるのを防げなかったから・・・ごめんね」


「いえ、謝る必要はありませんわ」


 舞は体が痛むなかでも笑顔を唯に向ける。




「やられたか・・・」


 小毬の自爆を視界の隅で見ていたヒュウガは不利を察して撤退する。


「逃げんな!」


 加奈が追いかけようとしたが空中に飛ばれてしまってはどうしようもない。


「皆さん、無事ですわね?」


「えぇ。舞は辛そうだけど、大丈夫なの?」


「ご心配なく。これしき、問題ありませんわ」


 そう言って舞はさきほどの人間が入った結晶の解析の続きを始める。


「これなら解除できそうですわ・・・これで!」


 結晶は霧散するように消滅し、中の人間が倒れてくるが加奈がしっかり支える。


「う・・・ここは・・・?」


「意識はあるようだ。大丈夫か?」


「は、はい・・・あなたは?」


「詳しいことは後だ。すぐに指揮所に連れて行ってやるよ」


 まだふらつくその女の子を加奈が背負う。


「あ・・・あの、私くらいの歳の女の子を見ませんでしたか?私と一緒に捕まった友人なんですけど・・・」


「いや、見てないけど・・・もしかして・・・」


 加奈が唯を見る。その加奈の想像していることが分かった唯はその女の子に問いかけた。


「その娘の名前って原田多恵ちゃん?」


「そうです! どこにいますか?」


「えっと・・・この街にはいるんだけど、ちょっと事情があって・・・ちゃんと連れ戻すから。それと、あなたの名前は美春さんで合ってるかな?」


「はい。多恵から聞いたんですか?」


 自分の名前を知っていることを不思議そうにしている美春はキョトンとしている。


「そうだよ。大切な友達だから助けて欲しいって言ってたんだ。それに多恵ちゃん自身もそのために頑張っているから」


「そっか、多恵がそんなことを」


 嬉しそうな表情の美春は多恵と再会できることを期待する。


「よし、じゃあ行くぞ。舞もあたしと来い」


「えっ? わたくしもですか?」


「あぁ。口では大丈夫と言ってるけど、辛いんだろ?ここは一度退くべきだ」


「ふふっ。加奈さんは優しいですわね」


 加奈に続いて舞も臨時指揮所まで後退することになり、唯と彩奈は多恵の居場所を探ることにした。


「多恵ちゃんに伝えないとね」


「そうね。そうすれば、彼女が戦う必要もなくなるわ」


 戦況は魔道保安庁側が優勢になっていて、勝利までは時間の問題と思われたのだが・・・


「この感覚は・・・?」


 唯は強烈な魔力を感知しそちらを見る。


「これって・・・多恵ちゃんの?」


 多恵の魔力だと直感した唯だったが、同時に恐ろしい感覚もあった。

 地響きと共に少し離れた場所にある建造物が倒壊する様子が見える。


「地震かな?」


「違うわ、唯。あれを見て」


 彩奈が指さす方向にて、地面からゆっくりと立ち上がる魔物がいた。


「なんて大きさなの・・・?」


 地下から地面を突き破って現れたその魔物は融合型魔物すら小さく感じるほど巨大でおぞましい見た目だ。




「こいつで貴様らを消し去ってやる・・・いけ! カラミティ!」


 胴体の上に頭部は無く、まるで大地とも思える広いスペースとなっていてそこにミヤビが立っている。杖を突き刺していて、それを通じてこの怪物カラミティに指令を送っているのだ。


「ふふふ・・・我らにひれ伏すがいい、俗物!」


 戦いは新たな局面に突入する・・・


                           -続く-

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