第19話 討つべき敵
裏世界に来てからまだ唯達の出番は無く、ただ装甲車の振動に身を任せているだけだった。
「退屈ね・・・さっさと敵の拠点を見つけて、なんなら叩き潰したいわね」
探知用水晶の欠点は相手との距離が分からないということだ。だからこうしてどれほど離れた場所にいるとも知れない多恵を見つけるために地道に走り続けている。
「結構走ったけどねぇ・・・」
外の様子はモニター越しに見ることができ魔物の影も捉えている。どうしても対処が必要な魔物は装甲車のブレードで倒すが、なるべくは回避するようにしていた。バッテリー駆動の魔道コンバータは残り電力を考慮しながら使わなければならず多用できない。
「淑女たるもの、冷静に、そして辛抱強くですわ」
「そ、そうだね・・・」
舞のその優雅な態度と裏腹に、車体の揺れにともなって手に持ったカップからコーヒーをこぼしている。
「利尿作用を考えれば別の飲料の方がよかったでしょうか・・・」
「違うよね!? 今気にするべきなのはそこじゃないよね!?」
おもわず唯が突っ込みを入れた。しかし舞は動じない。
「そろそろ休憩だそうだ」
覗き窓から加奈が声をかける。神宮司の荒っぽい運転のせいか加奈の表情は優れない。
「ふぅ。そろそろ立たないとエコノミー症候群になるところだったよ」
ずっと座っているのも案外ツライものだし、こうも揺られていれば普段乗り物酔いしない唯でも酔いそうになる。
「ミヤビ、こちらに向かって敵が進行中だ」
瞑想していたミヤビはゆっくりと目を開け、報告してきたヒュウガを見やる。
「・・・そうか、数は?」
「少ないようだが、間違いなくここを目指しているそうだ」
ミヤビには焦る様子もない。いつかは特定されると思っていたので覚悟はできていた。
「さて、では敵を捻ってくるか」
「出撃するのか?」
「あぁ。どうせならこちらから出迎えてやる。ここに来られても困るし、その前に潰せばいい」
玉座から立ち上がり全身に魔力を流す。先ほどまでの落ち着いた様子から一変し、戦闘モードになったミヤビの瞳には闘志が宿る。
「私も行くか?」
「いや、お前は残れ。ここにいる人間共の監視者は必要だからな」
ミヤビは飛行型の魔物を招集し、自らも漆黒の翼を展開して飛び立つ。
「まだ先なのか・・・」
彩奈の探知用水晶が多恵が持っている水晶の方角に向かって光で指す。方角はあっているが、まだ目的地は見えない。
「遠くまできたもんだ・・・それにしても・・・」
神宮司は魔法陣から魔具を取り出す。
「気配を隠す気もないようだな」
「えぇ、強い魔力と殺気を感じますわ」
舞の視線の先、いくつもの黒い飛行物が近づいてきていた。
「魔物だけじゃない・・・魔人もいるな」
加奈は険しい顔で敵の戦力を分析する。
「では、まずわたくしから・・・」
舞は杖を構えて魔力を凝縮させると高威力の魔力光弾を放つ。眩い残光が光弾の軌跡を描き、数体の魔物が直撃して撃墜された。
「次は私ね」
唯も杖を用いて魔力光弾を撃ちだした。
「これは・・・」
ミヤビはその攻撃を回避しながら、その魔力が普通ではないことに気づく。
「そうか、あやつが例の・・・」
唯を視界に捉えて滞空し大剣を装備する。
「見せてもらおうか・・・天使族の力を引継ぎし者の強さを・・・」
そのまま急降下し、唯に斬りかかった。
「やっぱり魔人か!」
「そうさ」
唯は咄嗟に杖を格納して聖剣を取り出し敵の攻撃を受け流しつつ反撃を行う。
「ついに姿を現したね・・・私達が討つべき敵が!」
唯が距離を詰めて斬撃を繰り出すも大剣で受け止められてしまう。
「その力は邪魔だ。ここで排除する」
「どうしてこうも目を付けられるんだ・・・」
唯はこの力のせいで魔人に興味を持たれることに辟易しており、普通であることは素晴らしいことなんだなと思う。
「結構な敵の数だな」
ミヤビと共に急襲してきた飛行型魔物の数は多く、一人で何体もの相手をする必要があり、思ったように倒せない。
「数で私は倒せん」
しかし神宮司は数体の魔物を一度に切り裂き敵を確実に減らしていく。その戦いぶりは戦闘力の高さを見せつけるようだ。
「あたしだって!」
その様子を見た加奈も薙刀で2体の魔物を倒す。
「もっと! いける!」
更に敵を両断して舞の援護に向かう。近接戦となれば舞には荷が重い。
「申し訳ありませんわ」
「気にするな。近接戦は任せろ」
「唯、私達のコンビネーションを見せてやりましょう」
「よし! いくよ!」
唯と彩奈はミヤビを挟むように左右から接近し攻撃する。
「遅いな!」
ミヤビは彩奈の攻撃を大剣で防ぎつつ、唯の斬撃を躱した。
だが二人のその攻撃は本命ではなく次の動きに繋げる。
「斬るっ!」
「やるな・・・」
ミヤビは彩奈に肩の表面を斬られたが気にせず、追撃しようとする唯の方を向いて蹴りを放つ。
「なんとっ!」
唯は回避が間に合わず蹴り飛ばされるが防御態勢をとっていたのでダメージは少ない。
「貴様・・・唯に・・・!」
彩奈は怒りながら刀を振るう。しかしミヤビは空中に飛んで回避し、手から魔力光弾を多数発射する。
「これしきっ!」
唯と彩奈は飛びのいて避け体勢を立て直した。
「人間にしてはやるな。我々側にいる役立たず共にも見習ってほしいくらいだ」
ここ最近の敗戦続きを思い出しながら呟く。
「ふむ・・・まぁ今回はここまでだな」
ミヤビが連れてきた魔物達の多くが倒されてしまい、その戦力はもう少ない。こんなにも早くやられるとは思っていなかったが、ここにいる適合者は実力者揃いなので仕方のないことではある。
ミヤビは残った魔物に撤退の指示を出して元来た方角へと飛び去っていく。
「逃げたか。よし、追うぞ!」
神宮司は魔具を収納して急いで装甲車に戻り、他の四人もそれに続いて搭乗した。
「敵が拠点まで案内してくれる。ラッキーだな」
「別の場所に誘き出されて囲まれるかもしれませんよ?」
「そのときは突破するだけだろ?」
戦闘後ということもあり、テンションが上がっている神宮司はアクセルを全開にし追いかけていく。ミヤビはもうすでに遠く姿は確認できないが、手負いの飛行型魔物が低速で飛んでおり、それを追尾の対象にする。
「この先なら・・・そうか!」
暫く魔物を追っていた神宮司は片手に地図を開き目を通す。そして不意に脇道にそれて山道を走る。
「どこ行くんすか?」
「敵拠点に目星がついたのでな。まぁ見てろ」
裏世界でも地形はほとんど同じなのでこうして地図を活用できる。
そうして山頂付近で停車させて降り、双眼鏡を覗く神宮司は笑みを浮かべた。
「見つけたぞ・・・ほら」
加奈が双眼鏡を受け取って神宮司が見ていた方角に向ける。するとそこは盆地となっていて街が存在し、先ほどまで追っていた飛行型魔物が降りて行った。それ以外にも見渡せば魔物の他に適合者までもが確認でき、敵の拠点である可能性は高い。
「よし、望遠カメラで何枚か写真を撮って帰ろう。これで敵を討つための準備ができる」
神宮司は装甲車にある機材を用意する。
「多恵ちゃんの導きを無駄にしないように頑張らないと」
彩奈の持つ探知用水晶がその街の方に光を向けているのを見た唯はやる気に満ち溢れる。このまま攻め入りたいと思うほどに。
「この辺は破界の日から間もなく破棄された地域だからな。魔物が巣くっていてもおかしくはないが、相手は結構な規模の団体様のようだ。これは簡単に落とせないぞ」
減らしたとはいっても見えるだけでも相当数の敵がいるので、こちらも戦力を多数投入する必要があるだろう。
「よし、後退する」
撮影を終えて唯達は元来た道を引き返していく。今度ここに来るときには敵を撃滅すると誓って。
「ミヤビ様、どうするおつもりですか?」
敵が近くまで来たということを知った時雨は焦った様子だ。いつもはこちらから敵地に攻め入っているからこそ優位にいるという安心感があるが、脅威が迫っているのだからそうもなる。
「いちいちこんな事で狼狽えていたら裏世界では生きていけぬぞ。どうやら敵は退いたみたいだし、時間はまだある」
対するミヤビは頬づえをつきながら何やら考え事をし、フと時雨を見る。
「時雨よ、あれを動かそう。今度敵が来る時は決戦の時だ。こちらも盛大に迎えてやらんとな?」
「はぁ・・・しかし、安定するかどうか・・・」
「そこをどうにかするのがお前の仕事だろう?幸い動力となるコアはあるのだから、いよいよ実行するときがきたのさ」
「時雨さん、今日は何を?」
多恵は時雨に呼び出され椅子に座らされた。時雨と関わるとろくな事がないので気が進まないままではあるが。
「あぁ、今日はお前にいいものをやろうと思って」
その時雨の手には注射器が握られている。
「いや・・・いいものには見えないんですけど・・・」
「これは・・・栄養剤だ。最近、戦いにも出て疲れてるだろう?」
「別に大丈夫ですから・・・」
多恵は恐怖を感じてこの場を離れようとするが、
「私に逆らうのは、ミヤビ様に逆らうのと同義だが?」
そう言って時雨は多恵を止める。ミヤビの名前を出されて多恵が反抗できるわけがない。
「それズルいです・・・」
「最初から素直にいう事を聞けばいいんだ」
時雨は多恵の腕に注射器をあてがい、ゆっくりと針を挿入する。
「うっ・・・痛っ・・・」
「我慢しろ」
最後の一滴まで薬物を入れ終わると多恵の意識は朦朧として座っているのが難しくなる。
「あの、これは・・・?」
「安心しろ。死にはしない」
その時雨の言葉を最後に多恵は完全に意識を失った。
「悪く思うなよ。こうしなければこっちの身が危ないんから」
倒れた多恵を見下ろしながら時雨は次の準備に取り掛かる。
「小毬、こいつをあの場所まで運んでくれ。私は後から行く」
「はい」
いつものゼロの表情で小毬は多恵を担ぎ上げ、指示された場所に向かう。
「キミに恨みはないが、キミのその力がいけないんだよ」
「フム・・・もう完成していると見えるが」
「いえ、外から見ればそうですが、中身はまだ完全とはいえないんです」
街外れにある巨大な地下貯水施設にヒュウガと多恵を運んだ小毬がいた。ここはその空間の広さから本来の目的ではなく実験場として利用されている。
「そうか。だがあまり時間はないがな」
「はい。なので原田多恵を動力源に稼働状態にしながら実戦投入できるように調整を行います」
小毬達の目の前にあるその異形の新兵器は擱座した状態でも天井に届きそうなほど巨大であった。人型にも見えなくはないが共通しているのは二本の腕と脚部くらいなもので、頭部と胴体は一体化しているという変わった形状だ。また、魔物と同じようなグロテスクな生物感がある上、一部機械化されていてよりおぞましく感じる。
「それにこの人間を搭載するのだな?」
「そうです。原田多恵の特殊な魔力を用いれば魔力障壁はより強固になり、攻撃の威力も上がる。表世界で暴れさせれば・・・」
小毬は気味の悪い微笑を浮かべており、ヒュウガは小毬が初めて感情を表に出したところを見た。
「ついに人間を蹴散らせるな。ミヤビも喜ぶだろう」
魔人達が迎撃の準備をする中、人間達も侵攻の準備を急ピッチで進める。魔道保安庁全体が熱気に包まれるように活性化していた。
「美影長官の裁決も下った。我々は敵拠点に突入し、制圧する」
「あの、その作戦には囚われている人の救出も含まれますよね?」
唯は多恵やその友人の美春のことが気がかりで、助けると約束した手前、敵を倒す以上に達成しなければと思っている。
「勿論それも任務の内だ。が、主目標ではない。あくまで第一目標は敵の殲滅だ。非情ではあるかもしれないが今の世界では致し方ないのさ」
何人がいまだ敵に囚われているか定かではないし、ここで敵を殲滅できなければ被害は今後も広がるばかりだ。
「気にしているのは原田のことか?」
「はい。彼女は私と同質の魔力を持つ人間で、ぜひ我々の方に引き込んでおくべきだと思うんです。だからこそ優先して保護したいのです」
もっともらしい理由を咄嗟に考える。
「それは確かにそうだ。なら、戦いの中でどうにかして救うしかない。それは難しいことではあるが、これまで幾多の戦闘をこなしてきたお前達ならきっとできるさ」
「はい!」
唯の力強い返事に彩奈達も頷き合う。
決戦の時は、もう間近に迫っている。
-続く-
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