第18話 光の指す方へ

 廃都市から帰還した唯達は神宮司の執務室へと呼ばれていた。神宮司が原田多恵に関する情報を直接聞くためだ。


「通信で私が聞いた報告に相違ないな?」


「はい」


 唯が戦場で多恵と接触し、協力要請をして了承してもらったことを経緯と共に伝える。ただしトラップにかかって一時的に捕まったことは伏せている。それは個人的に言いたくなかったことと、省いても問題ないだろうと考えたためだ。


「それならば凄い成果だ。調査チームによる捜索も行き詰っていたし、これで敵地が分かるのなら、攻め入ることも可能になるだろう」


「いよいよ、敵のボスを叩けるってことっすよね?」


「あぁ。だがな・・・」


 神宮司の表情は固い。


「その相手、原田多恵が本当にこちらに協力してくれるならばの話になる」


「それはつまり、多恵ちゃ・・・原田さんが実は嘘をついていて、私達を騙そうとしているということですか?」


「それがあり得るかもしれないということだ。例えば本拠地に行ったとみせかけて別の場所に我々を誘導し、罠を張って一網打尽にするつもりかもしれない」


 多恵が拠点に誘導してくれる確証が無いのだから、そう危惧するのも仕方ないだろう。敵対している人間を信用するのは大きなリスクを伴う。


「原田と直接対話したのは高山と東山だけで、それ以外の人間は接触していない。そのために原田については伝聞でしかないんだ。もちろん私は高山と東山の報告ならば信用するに充分だと思うが、それでは組織全体を動かすには説得力に欠ける」


 事実、唯と彩奈以外に多恵と遭遇した者はいないのだ。


「しかしその真偽を確かめる方法がありますでしょうか?」


「裏世界に行って実際に敵拠点を確認するとかな。物証というか、証拠があればいいのだが・・・そこが本当に拠点と分かれば我々も本格的に動くことができる」


 魔道保安庁は国家機関であり、魔物討伐の要である適合者を多数抱える組織だ。その運営には合理性や確実性が求められる。つまり唯のもたらした情報だけでは上層部やその他関係各局を納得させるには不十分なのだ。


「今すぐ出発するんすか?」


「いや、待て。この件については私の一存で決めることはできない。美影長官達にも報告し協議する必要がある。それまではお前達は通常任務だ」





 翌日、唯達はハウンド小隊に割り当てられているブリーフィングルームで待機していた。本来、この保安庁本部に配属されている部隊のみに部屋が与えられるのだが、唯達は特別扱いであるためにこうして用意されている。


「私はいい娘だと思うんだよ、多恵ちゃんはね。まぁ個人的な印象だけどね」


「唯さんがそう言うのですから、きっとそうなんでしょう。わたくしだって神宮司さんと同じで唯さんの言うことに疑問はありません」


 舞はそう言って上品にお茶を飲む。


「あの様子から嘘をついているとは思えないんだけど、神宮司さんの言う通り確証があるわけじゃないんだよねぇ」


 唯は自分の感性を信じつつも、神宮司の意見も最もだなと思う。いくら唯の力が特殊でも相手の心を読めるわけではないのだから多恵がこちらを欺こうとしている可能性は捨てきれない。


「そういえば唯の探知用水晶を渡したんだんだよな? そしたら向こうからあたし達の居場所も探せるんじゃ?」


「もしサーチされても、そう簡単には手を出せないでしょうから大丈夫ですわよ」


 舞の余裕そうなその雰囲気は大人びていて唯はいつか自分もそうなりたいなと思う。

 そんな会話をしている三人の隣で彩奈は黙々とお菓子を食べている。別に話題に興味がないわけではないが、唯の言葉に異論がないので特に喋ろうとしないだけだ。


「今日は食いしん坊ね」


 唯が彩奈の顎下を指でくすぐるように撫でる。そんな彩奈の幸せそうな顔を引き出せるのは過去にも未来にも唯だけだろう。


「いいですわねぇ。こういうのを見ていたいんですわ」


「本当に変わった趣味だよな・・・」


「いつか加奈さんにも分かる日がきますわ」


 そんな穏やかな雰囲気の部屋にインターホンの呼び鈴が響く。この部屋を訪れるのは神宮司くらいで、彼女が来る時は大抵次の作戦の打ち合わせなので唯達に緊張が走る。


「はい、ただいま」


 舞が応対して来客を招き入れた。


「やぁ」


「あれ、佐倉さんじゃないですか。どうしてこんなところに?」


 薄汚れた白衣の人物、佐倉が右手を振りながら現れた。その反対側の左手で銀色のアタッシュケースを持っている。


「今日はこれを届けにね。本当だったら廃都市戦前に渡したかったんだけど、調整がギリギリ間に合わなくて」


 佐倉はテーブルの上に置いたアタッシュケースを開き、中から片手分のガントレットを取り出した。照明の光を鈍く反射するソレからは重厚感が伝わってくる。


「これは旧文明時代の魔具だったものだ。これを高山君の手に合うように調整してある。とはいえ、これ自体に特殊な能力があるわけじゃないんだ」


 そう言ってガントレットの手甲部分を見せる。


「ここに取り付けてある特殊な細長い魔結晶に秘密があってね。こいつを作動させることで任意のタイミングでオーバードライヴ状態になれるんだ」


 適合者は肉体の許容量を超えて魔力を精製できないようになっており、いわばセーフティリミッターがかけられている。しかし魔結晶等の外部から魔力を吸収することで許容量を超えた魔力運用ができ、その状態をオーバードライヴと呼ぶ。オーバードライヴを発動すると数分間能力が向上するものの、肉体への負荷も大きく解除後はしばらくの間大幅に戦闘力がダウンする。

 又、オーバードライヴを発動した状態で、魔力を全て使って肉体強化を行うことでフルドライヴ状態となる。この状態では戦闘力が通常時の3倍程と圧倒的なほどまで強化されるが十数秒しか保たず、解除後は肉体へのダメージが発生して動くことすら困難になる。魔女サクヤの城にて魔人ヨミと戦った彩奈がこのフルドライヴを発動しており、まさに瞬間移動するような動きを披露して勝っている。


「これには使用者の魔力を多量に増幅させる能力があって、それを体内に流すことでオーバードライヴ状態になる。普通は魔結晶から魔力を取り入れる必要があるが、こいつを使えば簡単に発動できるんだから凄いだろ?しかも魔力の増幅効果は数分続くからその分長い間オーバードライヴを使えるんだ。ただ、再使用できるまでのクールタイムも長いから気を付けてくれ」


 佐倉は自慢げに語る。実際、切り札としてのオーバードライヴを容易に使えるようになれば戦術にも選択肢が増えるというものだ。使用者の負荷を無視すればの話だが。


「さぁ、これを着けてみてくれ」


 唯は渡されたそのガントレットを左手に着ける。唯用に調整されただけあってサイズはピッタリだ。

「残念ながら現状では量産の目途は立っていないから、高山君専用だな」


「唯さんの特殊な力は戦局に影響を与えることもありますから、それを使うに相応しいと思いますわ」


 舞はそう言うが自分よりも単純に戦闘力の高い者が使ったほうがいいのではと唯は思う。


「そうそう、それの名前は佐倉式オーバードライヴ発現装置、略してSドライヴだ」


 佐倉はアタッシュケースを閉じて手に持つ。


「では、私はこれで。また実験を手伝ってもらうこともあるだろうから、その時は宜しく頼むよ、高山君」


「はい。Sドライヴ、ありがとうございます。有効に使わせてもらいますね」


 唯は礼を言って佐倉を見送った。





「唯、オーバードライヴを使う時は声をかけてね」


 魔道保安庁からの帰り道、彩奈はマジメなトーンで言う。


「うん。解除後で動けなくなったところに群がられたら大変だもんね」


 単独行動時に発動させるのは危険極まりない行為だ。解除後のリスクを考えると仲間の支援を受けながら使用することが望ましい。


「それと多用しないこと。過去にはオーバードライヴを頻繁に使用したことで肉体が保たずに死んだ適合者もいたらしいわ」


「分かった」


 彩奈自身がフルドライヴを駆使して戦ったこともあってかその危険性を理解しているし、なるべくなら唯には使ってほしくないとも思っている。強すぎる力は時に自分を滅ぼすことだってあるのだ。


「本当に分かった?私は心配なのよ」


 唯の返事が軽いので不安になった彩奈が唯の頬を両手で挟みながら聞き直す。


「本当、本当に」


「それならいいわ。でも唯は時々、無茶をすることがあるからもっと注意して見ていないとダメね」


「問題児みたいに言うんだからぁ」


 唯が拗ねたように唇を突き出す。


「そう言われたくなかったらちゃんと私の言う事を聞くのよ?」


「はぁい。彩奈先生♪」


 満更でもない顔で彩奈は頷き、唯から手を放した。





「さて、次の任務だが・・・」


 廃都市戦から二日後、ハウンド小隊のブリーフィングルームにて神宮司が新たな任務を唯達に与える。あれだけの戦闘があった直後ではあるが悠長なことを言っていられないのが現状だ。


「原田多恵の居場所を確認し、彼女のいる地点が本当に敵の拠点かを調査する」


「やっときましたね」


 加奈はやる気に満ち溢れている。


「当然、敵の支配地域に入るわけだから危険度は高い。それに拠点の近くまで行くのだから魔人にも察知されるだろう」


「我々に拠点の位置を知られたのならば敵の警戒も強くなると思うのですが?」


「だろうな。だがそれで何らかのアクションを起こすならばそれはそれでいい」


 敵はここ最近の一連の戦いで戦力を損耗している。このままこちらが引き下がっては敵に回復の時間を与えるだけだ。


「というわけで1時間後に地下駐車場に集合だ」


 そう言い残して神宮司は退室し、残った四人は待機室に戻ってロッカーを開けた。


「よし、準備をはじめるか」


「これを着るのは久しぶりな気がするね」


 以前、サクヤとの決戦時に着用した戦闘着の改良型に着替える。

 唯達はいつもダークスーツで職務をこなしており、これは魔道保安庁という公的な組織のメンバーであるためそれに相応しい服装をということからそうしているのだが、裏世界で長時間に及ぶ任務に従事する際には戦闘着を着用するよう推奨されている。


「あまり着ないから違和感があるんだよな」


 フィットしているので動きやすく体への負担は少ないものの、繊維が薄い為に耐久性は低く、外気の影響を受けて体温が下がりやすい。又、ボディラインがくっきり出るので衣服としての役割は全く果たしていないという問題点もある。



 


 準備を終えた唯達は集合時間の10分前には到着したものの、既に神宮司は待っていた。


「さすが、早いっすね」


「私は私で準備があってな」


 その指が指すのは新型の装甲車だ。見た目には他の車種と大きな差はない。


「今回はこいつを使う。走破性も高いし、速度も従来型より上だからな。お前達には目的地まで体力を温存してもらって、あらゆる事態に対応してもらわないとな」


「でも、わたくし達では扱えませんよ?」


「大丈夫だ。私が運転するんだからな」


 それを聞いた四人は驚いた表情をする。魔道保安庁の幹部である彼女が前線に赴くことへの驚きだ。


「えっ? 幹部なのに前に出るんですか?」


「私だけが幹部ではないし、これは特務だ。それに古来から前線で指揮官が暴れまわる例はいくらでもある」


 神宮司は装甲車の搭乗ステップに足をかけて振り向く。その姿はまさに強者といった感じの佇まいだ。


「ほら、いくぞ」




 都市部外縁にある空間の歪みから裏世界にシフトする。適合者は単独でシフト可能だが装甲車のような物体は適合者がシフト魔術をかける必要がある。

 彩奈が持つ探知用水晶が多恵のいる方向を光で指し示し、そちらに向かって進んで行く。


「もう少し進んだら魔物の数も増えてくるだろうから、何かあったら頼むぞ?」


 神宮司は運転しながら助手席の加奈に話しかける。ちなみに、唯達三人は後ろのカーゴ部にいる。


「神宮司さんだけで敵を倒せるじゃないですか」


「そうだな。まっ、私だけでも余裕だが後輩の強化も仕事だからな。こうして私が同行しているのだから、厳しくいくからそのつもりで」


「ういっす・・・」


 敵より隣の人物の方がよっぽど怖いんだよなと加奈は思う。


「あっ、言ってるそばから魔物ですよ」


「あぁ。このまま突っ込むぞ」


「えっ!? 降りて戦うとか避けるとかしないんすか!?」


「なんだ、ビビってるのか?」


 神宮司は不敵な笑みを浮かべて、


「これを試してみたかったんだ」


 ハンドル横にある操作盤のレバーのひとつを引き、スイッチを押す。すると装甲車前部と、横に折りたたまれたブレードが展開した。


「こう出るのか。これはいい」


 そのままアクセルを全開にし、数体の魔物に突進する。


「うえぇっ! すごい衝撃!」


「どうだ、二木。すごいだろ、これ」


 ブレードによって魔物は切断されて死んだようだ。


「でもどうして倒せたんすか?」


「ブレード自体が魔具でな、この装甲車に搭載されている魔道コンバータで精製した魔力を流したんだ。それで魔物にも攻撃が通じたのさ」


 これが本来想定された魔道コンバータの使い方であり、人に埋め込む物ではないのだ。


「へ~。科学の力って凄いっすね」


 適当に感想を言いつつ、他にはどんなビックリ装備が付いているのか気になってマニュアルに目を通しはじめる。


「高感度熱探知レーダーもあるんすね。これを使えば敵のいる場所を回避できそうっすね」


「だが、適度に倒しておかないと囲まれる可能性もあるからな。判断は慎重にする必要がある」


 多数の魔物と遭遇することになるだろうから、上手く立ち回らなければ包囲されて容易に全滅してしまうだろう。


「さぁ、ここから先は相手の領域だ。覚悟はいいか?」


「勿論っす!」


 高い走破性を駆使して荒れた区画を突き進む装甲車は、いよいよ敵の支配地域に入っていった。


                             ―続く―

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