第17話 救いの手、繋がる心
廃都市に侵入した魔道保安庁の適合者達が敵との交戦を開始する。あちこちで爆発音や怒声が響いており、まさに戦争といった雰囲気だ。
「魔物もいるのか」
クヴィスリングの適合者は魔人に味方する者達なのだから魔物と徒党を組んでいてもおかしくないが、どうやって味方と敵の人間の区別をつけているのかを唯は知りたいと思った。
「こりゃあ参ったな」
適合者だけが相手ならばまだ対処しやすい。しかし魔物が加わることで物量差をつけられる。
「唯、さっき言ってた妙な感じの正体は掴めた?」
「まだなんだ。でもさっきより強く感じる」
唯は魔物を切り裂きながらも回避運動を行う。近くの建物の屋上から敵の適合者が魔力光弾を放ってくるのを横目で捉えていたからだ。そういう勘の良さは生死に直結する。
「これだけの数をよく用意したもんだ」
加奈は自分の周囲を囲んでいた魔物を薙刀で斬り払い、一旦後退する。
「わたくし達も建造物を利用したほうがいいですわね。正面から突破するのは難しいですわ」
舞の助言に従ってビル内に退避、階段を駆け上る。こうすれば魔物は追撃しにくい。
「後続の部隊が戦いやすいように、まずは適合者を倒しましょう」
「そうだな。それにあたし達は敵の防衛線をかき乱して注意を引き付ける役目もある。このまま敵陣に突撃かましてやろうぜ」
建物から建物へと飛び渡って侵攻して敵の気を引くようにした。
「派手に行こうぜ!」
その様子を見ていたクヴィスリングの適合者達が追いかけていき、それを唯達が返り討ちにする。もはや並みの実力の者では彼女達四人を止めることはできないだろう。
「来たみたい・・・」
多恵は敵が来る方角を見る。その相手がこの前出会った、自分と同じ力を持つ人間だと直感した。
「よ、よし! やるぞ!」
「この感じ・・・あの娘がいる」
唯が多恵の気配を感じ取ってそちらを見た。今は姿が見えないが近くまで来ているのは分かる。
「唯の言ってた例の娘か。よし、ここはあたしと舞で受け持つから唯と彩奈で行ってこい」
「了解」
唯は彩奈を引き連れて気配のするほうへと向かう。複数の魔物が立ちふさがるがそれらは唯の敵ではない。
「もう近いよ・・・そこかっ!」
魔物を倒して進んだ先、多恵が数人の適合者や魔物と共に待ち構えていた。
「いくわよ」
「うん」
唯と彩奈が一気に距離を詰めて斬りかかる。
「こ、怖っ」
多恵は味方が倒される中、恐怖を感じて近くのビルの中に逃げ込んだ。
「待って!」
後を追おうとするが敵に行く手を阻まれる。それに苛立ちを覚えつつ、しかし冷静に対処していく。
「このっ! 邪魔をして!」
魔物を切断し、適合者を蹴り飛ばして気絶させた。
「向こうから敵の増援がくるわ。ここは魔物達を無視してあの娘を追いましょう」
「分かった。どうやらまだこのビルの中にいるみたい」
二人はビル内部に入り逃げた少女の行方を捜す。人影の無い屋内は薄暗く心霊スポットのような不気味さを醸し出している。
「そう遠くないと思うけど・・・」
唯が先に階段を上ると多恵は仕掛けていたダイナマイトを起爆させて階段を破壊した。爆光が辺りを明るく照らし、同時に発生した爆圧が物を弾き飛ばす。
「くっ・・・彩奈、大丈夫!?」
爆風で唯は吹き飛ばされるが、すぐに体勢を立て直した。目立った怪我もなく戦闘に支障は無い。
「えぇ、私は平気よ。唯こそ大丈夫なの?」
「うん、なんとか」
「良かった。今行くわね」
彩奈は跳躍して唯のいる上の階に向かおうとするが追いついてきた適合者の攻撃を受けて妨害されてしまう。
「本当に邪魔なヤツらね!」
「私がそっちに行くよ・・・うわっ」
「そうはさせないよ!」
物陰から飛び出した多恵が唯に剣をふりかざす。しかしその攻撃は唯には掠りもせずに空を斬っただけだ。
「唯! こっちは何とかなりそうだから、その娘の相手を!」
「分かった! でも危なくなったらすぐに呼んで!」
「了解!」
唯は彩奈の救援要請を聞き逃すことのないようにヘッドセットの音量を最大にする。
「私はあなたと戦うより話がしたいの」
唯が多恵にそう伝えるが多恵は無視して攻撃する。全くヒットする気配はないが。
「そんな暇は私には無いの! あなたに恨みはないけど、こうしないとならないの!」
「この前言ってたよね? 守りたい人がいるって。詳しく聞かせてくれないかな?」
「あなたに話して何になる!?」
「もしかしたら私達が力になってあげられるかもしれないよ?」
唯の言葉に多恵の動きが鈍る。もしかしたら、この人なら自分と美春を助けてくれるかもしれないという期待がよぎったためだ。
「でも、そんなこと・・・」
多恵は自分を支配する魔人達の恐怖を思い出してその期待を振り払う。あのような強大な存在に勝てる者などいないという先入観があるためで、例え特殊な魔力を持つ唯でもどうしようもないと思いこんでいるのだ。
「私にできることするだけなんだ・・・!」
多恵は後退して部屋のひとつに逃げる。
「そんな必死になって・・・」
唯もその部屋に入るが、
「何っ!?」
「ごめんなさい・・・」
唯の足元に置いてあった黒い円盤に多恵が魔力を流した。するとその円盤が発光して数本の触手が現れる。
「なっ・・・」
その触手が唯の腕と足に巻き付いて動きを止める。
「こんなものでっ・・・」
唯は触手を引き裂こうとするも体の自由が奪われたために失敗した。これではヘッドセットのマイクのスイッチを入れることもできない。
「くっ・・・」
更に触手が唯の服の中まで侵入し、その素肌に絡みつく。
「う、上手くいった・・・」
狙い通りに相手を捕らえて多恵はほっとする。
「こんなことして、どうするつもりなの?」
肌の表面を這い回る触手の嫌悪感を一刻も早く振り払いたい唯は、何とかこの状況を抜け出す方法を探しながら多恵に問いかける。
「あなたを捕まえるように命令されているんです。申し訳ないですけど、一緒に来てもらいます」
「そっか・・・ねぇ、本当にそれでいいの?」
「えっ?」
「あなたをこき使っている奴らはさ、あなたを都合よく使って、用が済んだら捨てるつもりなんじゃないかな」
多恵にだってそうなるかもしれないという不安は以前からある。けれど他に方法がないのだ。
「でも・・・」
「・・・そうだ。まずは名前を教えてくれないかな。ちなみに私は高山唯っていうんだ」
「・・・原田多恵、です・・・」
素直な娘だなと唯は思う。話の通じない相手ではないことをここで確信した。
「多恵ちゃんね、覚えたよ。ねぇ多恵ちゃん、あなたの置かれている状況をさ、話してみてよ」
自分を捕らえて酷い目に遭わせている相手に対してそんなに優しく話かけられるのはなぜだろうと多恵は思う。そしてその唯の態度は多恵の心を開かせようとしていた。今まで孤独だったのだから、こうして人の優しさに触れれば頼りたくもなるだろう。
「私の大切な友達が魔人に捕まって・・・私には特別な力があるから、その子・・・美春を助けたければ従えって・・・」
涙ぐみながら唯に話す。その姿からは敵意など全く感じない。
「なるほど、ね。ならその人を助けられれば、多恵ちゃんはこんなことしなくてもいいわけだね?」
「それはそうなんですけど・・・」
「私にも大切な人がいる。その人を守るためなら私もどんなことだってするだろうね。だから多恵ちゃんの気持ちも分かるよ」
唯の真剣な眼差しに多恵は引き込まれる。
「私に協力させて。きっと多恵ちゃんもその人のことも助けてみせるから」
「ど、どうやって・・・?」
「その魔人の場所さえ分かれば私達魔道保安庁が攻撃をかけることができる。そうすれば救い出すことだってできるはず」
「でも魔人は強いです・・・いくらあなた達でも・・・」
「やってみなけりゃ分からないよ。ただ私は全力で戦うし、それは私の仲間達も同じ。そのためにも多恵ちゃんの力が必要なんだ」
唯の言葉を聞いて多恵は決断する。この人に賭けてみようと。今の多恵が置かれている状況を打破するためには新たなきっかけが必要だと思ったのだ。
多恵は唯を拘束していたトラップに魔力を流すのを止める。すると触手は消えて唯は解放される。
「ふう、やっと自由だ・・・」
唯は乱れた服を直す。まだ体の表面に違和感があるが気にしないよう努める。
「ごめんなさい・・・私、どうしようもなくて・・・」
「いいんだよ。今までよく頑張ってきたね」
唯は多恵の頭を優しく撫でる。多恵は我慢していた感情が一気に溢れて大粒の涙を流す。
「唯! 大丈夫!?」
敵を殲滅した彩奈が唯の元へと到着した。
「わ、私の特権が・・・!」
唯の手が多恵の頭に乗せられているのを見た彩奈が絶望の表情をする。それはもうこの世と言わんばかりのリアクションだ。
「まぁまぁ、落ち着いて。あっ、多恵ちゃんに紹介するね。この娘は東山彩奈。さっき私が言った大切な人だよ」
そう言われて赤面しながら元気を取り戻した彩奈はどや顔になる。加奈がこの場にいたら彩奈のちょろさに呆れていたことだろう。
「そう、この私こそ、高山唯の最大の理解者にして最高のパートナーなのよ!」
「そ、そうですか・・・」
多恵は若干引き気味である。
そして彩奈に多恵を紹介し、彼女が置かれている状況も伝えた。
「なるほど、事情は分かったわ。あなたも大変だったわね」
彩奈にしては珍しく唯以外の人間を労う言葉をかける。彼女にもきちんと優しさはあるのだ。
「多恵ちゃん、これを持って行って」
唯は身に着けていた水晶付のブレスレットを渡す。
「これは?」
「ここに付いてる水晶が自分の居場所を発信してくれるの。これを魔人の拠点まで持って行ってくれれば、それで場所が分かるんだ」
「なるほど、すごいんですね」
多恵はそのブレスレットを腕に巻く。
「それじゃあそろそろ私は行きますね。あんまり遅いと怪しまれるかもしれませんから。高山さんのことは取り逃がしたって上手くごまかしておきます。あっそれと・・・」
多恵は時雨が仕掛けた魔結晶を改造した爆弾のことを思い出した。
「この街の中心にある一番高いタワーの展望室に爆弾が仕掛けられてるんです。それは魔結晶の形をしていて、この街をまるごと破壊するだけの威力があるそうです」
「それは困ったね」
「あの爆弾で味方もろとも保安庁の人達を消そうとしているんです。でも、私がこの街から撤退するまでの間は起爆されませんから、その隙に破壊してください」
「壊した時に誘爆しない?」
「はい。あれは専用の起爆装置を使わなければ爆発しないようにされてるらしく、強い衝撃が加わっても真っ二つになっても問題無いとのことです」
多恵は時雨から聞いたことを唯達に伝える。
「分かった。急いで壊しちゃうね」
「お願いします。それでは」
「多恵ちゃん! 忘れないでね。あなたは一人じゃないってことを。私達はあなたの味方だから」
その唯の言葉に多恵は頷いて去っていった。
「よし、皆にも爆弾のことを伝えておこう」
「そうね。加奈達とも合流してあのタワーに向かいましょう」
二人もビルから出てタワーを目指して進んでいく。
「時雨さん、今戻りました」
多恵は唯達より一足先にタワーに到着し、時雨と合流した。
「遅かったじゃないか。それで?」
「あの人は取り逃がしちゃいました」
「おいおい・・・」
その報告に時雨はがっかりした表情をする。
「こんなところからさっさと逃げましょうよ」
「そうだな・・・仕方ない」
時雨と多恵はタワーを後にして、街はずれにある空間の歪みを目指す。そこから裏世界に退避して爆弾を起爆する計画だ。
「高山さん、お願いします。私はどうなったって構わないから美春だけは助けてあげてください・・・」
多恵の呟きは戦場の音に掻き消され、誰にも聞こえなかった。
「ここか」
加奈と舞と合流し、多恵の言っていたタワーに到着、突入する。内部に敵の姿は無い。
「展望室にあるって言ってた。急ごう」
唯達は階段を疾走し、目的の展望室へ向かう。エレベーターが使えればいいのだが廃都市であるため電力等のライフラインはとっくに死んでいた。
「あぁ、この感じが・・・」
「唯、どうしたの?」
「私が言ってた妙な感じはきっと魔結晶型の爆弾だったんだよ。どんどんその気配が近づいてる」
唯達は目的のフロアに着いて大きな魔結晶を見つける。
「これだな」
その魔結晶は強い魔力障壁を纏っていて、まるでその一角は空気が揺らいでいるように見えた。
「硬いな、こいつ」
「任せて」
唯が魔法陣を展開し、聖剣を取り出す。
「これで!」
魔力を流し、輝く聖剣の一振りが魔力障壁を破った。
「さすが唯」
そして聖剣で魔結晶を縦に切断、それによって魔結晶内の魔力は霧散して消滅する。
「ふう。これで一件落着ってね」
これで街ごと吹き飛ばされる心配は無くなったわけで、残った敵戦力の討伐に専念できる。
「後一息だ。頑張ろう」
「さて、これで仕舞いだ」
空間の歪みから裏世界に撤退した時雨が仕掛けた爆弾の起爆を試みる。しかし、
「ん? おかしい、爆発しないな!?」
時雨は何度も試す。
「もしかしたら、あの爆弾を壊されちゃったのかもしれないですよ」
「なんと!」
唯達が上手く爆弾を処理できたのだなと悟り、多恵は一安心する。
「これはマズい・・・」
自分が主導した作戦が失敗したのだから焦るのも仕方がない。魔人達からどんなお叱りを受けることになるのか今から体が震えてくる。
「とりあえず帰りましょうよ」
「このまま帰れるか! 何も戦果を挙げられないで・・・」
時雨は爪を噛む。
「だが、まぁ仕方ない・・・それに、この私をそう簡単には切り捨てられまい・・・」
時雨は魔人ミヤビに従う者の中でも重要なポジションにいる人間だ。彼女の研究者としての才能は貴重なものであり、重宝されているのだからそう易々とは消されないはずだと自信を持つ。
第2陣で投入された戦力によって敵の多くが撃破される。これは第1陣の先行部隊が敵陣をかき乱したことによって、優位に戦える戦況を作り出せたためだ。とはいえ損害は決して少なくない。
「お前達は後退していいぞ」
神宮司からの通信を受けてハウンド小隊は退く。
「唯が言ってた通りなら敵の本拠地が分かるってことだな?」
「うん。多恵ちゃんが持って行った私の水晶の位置をサーチすれば分かるよ」
「これはかなり大きな成果ですわ。神宮司さん達にも報告しておきましょう」
舞が神宮司に唯からの情報を伝える。
「そういえば敵の魔人をまだ見たことないわね」
これまで相手にしてきたのは配下の魔物や適合者であって、魔人自体とは戦っていない。
「そうだね。さすがに拠点に攻め入れば戦うことになるだろうけど、彩奈と一緒なら怖くないよ」
「そうね。私達ならどんな相手だって」
彩奈は唯だけに見せる笑顔で同意する。
多恵のことを思い出しながら、唯は来るべき魔人との戦いに向けて闘志を燃やしていた。
-続く-
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