第16話 束の間の休息、そして不穏
「はぁはぁ・・・」
時雨と共に裏世界へと帰ってきた多恵は体全体に痛みを感じてうずくまる。魔力を制御することができず、暴走した力が強い負荷をかけたためだ。
「どうだ? 天使族の魔力の味は」
「天使族・・・?」
聞きなれない言葉に多恵は困惑する。
「そうだ。お前には太古の昔に存在した天使族の力が宿っている」
空からミヤビが降り立ち、その様子から多恵が力を覚醒させたことを確信して満足そうに見下ろした。
「我ら魔人ですら得られなかった力をお前のような人間が持っているのは納得できないが・・・上手く利用させてもらうだけだ」
「私の力で何を・・・?」
「色々試すのさ。まぁ、その話はまたいずれにな。それより今回の成果は?」
ミヤビの問いかけに対し、時雨はその鋭い眼光に怯みながらもまるでゴマをするような態度で答える。
「魔道コンバータを埋め込んだ人間を戦かわせることはできました。が、まだ奴らをコントロールしきれておらず、ほとんど有効には立ち回れずに全滅しました」
「戦闘がある程度できればいい。もとより数合わせの使い捨てだから戦闘力には期待していない」
「そうですね。魔道コンバータの生産も可能になりましたので、表世界から人間共を連れてくれば万事OKです」
時雨とミヤビの会話を聞きながら、多恵はなんて恐ろしい事を考えているのだろうと恐怖を感じる。そしてそれに仕方なくとはいえ協力している自分への嫌悪感もまた心の中に巣食い、静かに涙を流したが誰にも気づかれることはなかった。
「ほう・・・君と同じ力をねぇ・・・」
唯は彩奈と共に佐倉の元を訪れていた。唯から提供された魔力が尽きてしまったのでその補充をしているのだ。
「はい。その可能性が高いと思います」
「是非その人にも私の研究に協力してほしいねぇ。敵なのはもったいない」
佐倉は作業をしながら視線を動かさずに言う。
「そういえば白衣を着た人もいたんですよ。ボロボロでしたけど」
「それは本当か!? どんな奴だった?」
先ほどまでの薄い反応とはうって変わった派手なリアクションに唯は驚く。
「ほ、本当ですよ。どんな人だったかって言われても・・・」
すると佐倉は部屋の奥にある棚の引き出しから写真を持ってきた。薄汚れており本来の鮮明さは失われているが、そこに写る人物の顔はしっかり見てとれる。
「こいつじゃなかったか?」
「あっ、そうです。こんな感じの人だったな」
「そうか・・・」
佐倉は何やら複雑そうな顔で写真の女性を見ている。
「知っている人なんですね?」
「・・・あぁ。私の同期だったやつなんだ」
椅子に座って写真を机に置き話を始める。昔を懐かしんでいるように目線は遠い。
「こいつは大里時雨。私ほどではないが天才と言われる部類の人間だったな。けど倫理観や常識が欠けた奴でさ。私と対立することもあった」
「マッドサイエンティストってやつかしら」
彩奈の呟きに佐倉は小さく頷く。
「破界の日から少し経ったある日、時雨は突然姿を消した。その行方は分からなかったがクヴィスリングの一員として魔人の元にいたとは・・・」
大きなため息をついた後、写真をもとあった場所にしまう。その背中から寂しさのようなものを唯は感じたが二人の関係についてこれ以上追及はしなかった。
「疑似適合者を見た時、もしかしたらと思ったんだ。昔、時雨は動物に魔結晶を無理矢理埋め込んで反応を見るという実験をしていたことがあってね。魔道コンバータを人体に埋めるという発想も奴だからこそというか・・・」
佐倉は唯に向き直る。
「今回の件といい、時雨のしたことは許されない。もしまた見かけたら葬ってやれ」
「・・・分かりました」
唯は返事をして、自身が魔力の充填を行っている魔結晶の鈍い輝きを見つめていた。
「よし、今日は遊ぶんじゃ!」
加奈達は魔道保安庁が所有する保養施設にやってきていた。ここ最近は激務であったこともあり、気をきかせた神宮司によって休暇を与えられたのだ。これは調査部隊によるクヴィスリングの捜索が難航しているために、一旦捜査を中止して方針の見直しが行われることになってその空白のタイミングを見計らってのことでもある。
「こんなご時世とはいえたまには仕事から離れませんとね。わたくし達は生身の人間ですから休養は絶対に必要ですわ」
まるで大型商業施設のような場所で、さまざまな娯楽設備の他に店舗なども入っている。一般人にはレジャーを楽しむ余裕があまり無い現代において、こうした施設を使用することに若干の申し訳なさがあるものの、日々魔物と戦う適合者なのだから特権があってもいいだろうと舞は思う。
「まずは温水プールだな」
四人は屋内にある大きな温水プールへと向かう。そしてそれぞれ水着へと着替えてプールサイドに立つ。
「加奈さん、その水着とてもお似合いですわ」
加奈が着用するのはスポーティなタイプのもので、飾り気は無いがとても健康的に見える。
「いやぁ、実は高校時代に買ったものでさ」
「つまり、成長していないってことね」
彩奈の一言に加奈は大ダメージを受ける。目の前の三人の発育の良さと自分を見比べて現実は何て非情なんだと思わざるを得ない。
「くっ・・・なぜあたしだけ・・・」
「彩奈さんと唯さんはお揃いなんですわね」
「うん。彩奈がさ、コレがいいって言うんでね」
唯と彩奈は黒くてきわどいものを着ている。こんなものを着る人間はそうはいないだろうと思えるくらいに過激だった。
「唯・・・とってもいやらしいわよ」
「それ、褒め言葉じゃないからぁ・・・やっぱり恥ずかしい・・・」
その二人を見て舞は微笑ましそうににやついており、こんな光景をいつまでも見ていたいと心で願う。
「舞のは上品な感じで、お嬢様って雰囲気があるな」
なんとか立ち直った加奈が舞を見て感想を言う。ヒラヒラとしたフリルがついており、それが上品さを醸し出している。
「ありがとうございますわ」
自分がそう言ってもらえるとは思ってなかったので赤面し、もじもじと体を小さくくねらせた。
「舞が照れるなんてレアシーンだな」
「か、からかわないでくださいな」
魔物の侵攻さえなければ、こうして四人とも年相応の女の子として生活できていたはずであった。
「あまり人はいないな。よし、競泳大会を始めるぞ!」
加奈は高いテンションで宣言する。こういう元気さが彼女の取柄であり、ムードメーカーたる所以と言える。
「私、泳げないんだ」
唯は申し訳なさそうに言う。
「私はパス」
彩奈はそっけない。
「わたくしも実は泳ぐのは得意ではありませんの」
「なんだと・・・!? 仕方ない、あたしが教えてやるかぁ」
加奈は舞の手を引いて連れていった。それを見ていた彩奈は何かを思いついたように手をポンと叩く。
「なるほど・・・それはいい手ね・・・」
彩奈は何やら呟いているが、唯は聞き取れずに首を傾げる。
「ん? 何か言った?」
「も、もしよかったら私が唯に泳ぎを教えてあげましょうか?」
「そうしよっかな」
唯と彩奈はプールの中に入る。
「魔力を使って身体能力を上げれば上手くいくかな?」
「泳ぎ方を身につけないと上達はしないわ。さぁ私の手を握って」
それから暫く練習したものの、彩奈のコーチングが下手なうえ、唯には絶望的なほど泳ぎのセンスがなかったために全然上達しなかった。もし海にでも放り出されたら唯は確実に死ぬだろう。
「つ、疲れた・・・にしても、泳ぐのがこんなに難しいなんて・・・」
魔力で肉体を強化しているとはいえ、慣れない動きをすれば疲労が溜まるのは早い。
「思ったより密着できるわけじゃなかった・・・」
彩奈は別の意味で落胆している。普段から唯には密着しているものの、こういう特殊なシチュエーションでは話は別だ。できるならいつもでは味わえない感触が楽しめると思っていたが、期待通りにはならなかった。
「おいおい。だらしないぞ」
加奈と舞も戻ってくる。
「適合者はアスリートじゃないですぅ・・・それより舞は泳げるようになった?」
「はい。上手くはないですが、それなりに」
舞の自信のある顔を見て唯は落ち込む。舞のスペックの高さがただ羨ましかった。
「そっかぁ・・・じゃあもし、水難事故に遭ったら私だけが沈んでいくのね・・・」
「大丈夫よ。私が引き上げてみせるわ」
「ロープで体を繋いでおこうね」
そう言って手を取りあう二人の周りにはキラキラしたエフェクトが見える。
「まったく幸せだな。この後はどうする?」
「お腹が空いたし、何か食べたいな」
四人はプールから引き上げることになった。着替えながら彩奈は水泳の練習ばかりで唯の水着姿をじっくり見れていないことに気づき、再び落胆した。
唯達が休暇を楽しむ一方、裏世界ではまたもや時雨達が暗躍していた。
「さて、攻勢に向けた準備は進んでいるわけだが・・・」
時雨は多恵と助手の小毬の前に立って話を始める。魔人の目の届かない場所では本来の高慢な性格が現れ、こうして人への指示を喜々としてやりたがるのだ。
「まずは敵の戦力を減らしておく必要がある。我々の方が物量差では上だが、個々の戦闘力を鑑みれば敵の方が優位だ。それに敵にも天使族の力を持つ者がいるわけでこれが厄介だ。できるなら捕まえたい」
「そんなに警戒する相手なんですか?」
「そりゃあ勿論。魔女サクヤだってあいつが倒したんだ。その力の性能は未知数だが今後の事を考えれば対処すべきなんだ。そしてその役目はお前が適任だろう」
時雨は多恵を指さす。
「そんな無茶な・・・」
「無茶ではないよ。お前も同じ力を持っているんだ。少しでも可能性のあるものをぶつける他にあるまいて」
多恵は戦闘に不慣れであるし勝てるとは思えない。首を横にブンブンと振り、無理だという意思表示を行う。
「まぁこのまま戦っても厳しいだろうから、少しでもやりあえるように小毬に鍛えてもらえ」
「えっ? 小毬さんは戦闘が得意なんですか?」
「実は小毬は結構強いんだ」
小毬本人はいつもの無表情である。彼女には喜怒哀楽という言葉は無縁なものなのかもしれない。
「それに戦うのはお前一人ではない。私もバックアップするし、ビビることはない」
「でもどうやるんです?」
「敵を誘き出して罠を張り、まとめて叩くのさ」
時雨はまた悪そうな顔をする。どうしたらそんな顔ができるのか不思議だと多恵は思うが、言ったら怒られるのが目に見えているので口にはしない。
多恵は時雨の不気味さに嫌悪感を抱きつつも、その指示に逆らうことはできず、ただ視線をそらすことしかできなかった。
それから一週間が経ち、多恵は時雨達と共に表世界にあるひとつの廃都市へと来ていた。
「この街で敵を討つ。そのための準備をしよう」
「裏世界で戦った方がいいんじゃあ?」
「いや、より多くの敵を誘い出すためにはこの方がいい。相手は表世界に現れた我々を確実に排除しようと必死になるだろうし、ここは首都に近いからな。相当数の戦力を寄越すだろう」
時雨の読み通りになる保証はないが。
「さて、ここにそれをセットしろ」
時雨の指示で適合者達が運んできた大きな魔結晶を置く。
「これは何ですか?」
「こいつは魔結晶を改造した爆弾さ。私の自信作でこの街を吹き飛ばすだけの威力はある」
時雨はその魔結晶のそばに腰かける。
「このサイズの魔結晶は滅多に手に入らないから量産はできない。一度のチャンスを無駄にしないようにしなくては・・・後、お前にはこれを渡しておく」
掌サイズの黒い円盤が多恵に渡される。宇宙を飛行してそうなデザインだが、そんなSFチックな代物でないことくらい多恵にも分かる。
「また妙な物を・・・」
「私が作ったわけじゃない。それは旧文明時代の遺物さ。罠の一種で、発動させたら範囲内の人間を拘束することができる。間違ってもお前自身が効果範囲に入って動けなくならないようにな」
なんだか危険そうな物を渡されて多恵は不安になる。
「これで私と同じ力を持つ適合者を捕まえればいいんですね?でもその人が来るか分かりませんよ?」
「もしこなければその時はさっさと街を敵ごと爆破するだけさ。さぁ、残りの準備も進めよう」
魔道保安庁の大会議室に多数の適合者が緊急招集を受けて詰めていた。その中にハウンド小隊の面々もいるがまだ事情は把握していない。
「集まっているな」
会議室の前方にある壇上に神宮司が上がる。
「敵に新たな動きがあった。表世界にてクヴィスリングの者達を発見したために我が保安庁の部隊が追撃すると、敵は廃都市のひとつに逃げ込んだ。そこは敵の拠点となっていたようで、多数の適合者が待ち構えていたそうだ」
これまでに確認されていない情報であり、表世界での活動拠点を増やしていたとなると大きな脅威に相違ない。
「これより、我ら魔道保安庁はその廃都市に部隊を派遣して制圧する。ここに集まってもらった諸君らにはその任を担ってもらう。これより2時間後には出撃できるようにスタンバっておけ」
会議室内の適合者達はすぐに部屋を出て準備に取り掛かる。いきなり戦闘用意を言い渡されても彼女達は動じることはなく、冷静にやるべきことに取り組む。
「わたくし達はいつでもいけますわね?」
「あぁ。これで敵を叩けるんだな」
これまで魔人の配下にいる者達、クヴィスリングによって一方的に攻撃を受けてきたが、ようやく反撃できるわけだ。
「敵の戦力がどれほどか分からないから慎重に行くべきね」
「そうだね。それに戦場は廃都市なわけだから、面と向かって戦うというよりもゲリラ的戦法でくるかも」
以前に廃都市で適合者と交戦した際には建物内に身を隠して魔力光弾を撃ってくるといった戦い方で唯達を攻撃してきたことがある。
「もしかしたら敵の親玉である魔人もいるかもしれませんわ」
「そうだとしたらまとめて倒すだけだな。むしろいてくれた方が事態を終息させるためにもありがてぇよ」
加奈は余裕そうな表情だ。彼女にとっては戦いへの恐怖よりも敵を討てることへの喜びのほうが大きい。
「そんな事を言ってると足元をすくわれるぞ」
神宮司が加奈の背後からまじめな声色で言う。いつにも増して怖い顔つきだが、四人はそれにビビることはない。
「お前隊ハウンド小隊は第一陣で存分に暴れてくれ。敵の注意を引き付けてくれれば後続の部隊が展開しやすい」
「あたし達は囮みたいなもんすか?」
「まぁそうだ。これはお前達だからこそ私も任せられることだ。だが油断はするなよ。自分達の事も守りつつやれ」
唯達は頷いて気合を入れる。
「さて、用意はいいな?」
ハウンド小隊は装甲車に乗って目標の廃都市近くまで来ていた。
「あそこに敵がいるのね」
彩奈は強化した視力を用いて敵の姿を探す。その視界内には敵影はないが、恐らく相手はこちらに気づいているだろう。
「準備が整い次第戦闘を開始する。各員、用意を」
以前、日ノ本エレクトロニクスでの戦闘で会った指揮官の一人である相場がヘッドセットを通じて第一陣で出撃する部隊に声をかける。
「こちらハウンド小隊、準備は完了していますわ」
その他の部隊からも出撃準備完了の報告が相場に伝えられ、いよいよ戦闘が始まろうとしていた。各人の気合は充分で、目の前の廃墟都市にいる敵を撃破するべく魔力を滾らせる。
「何か妙な感じがする・・・街の中から変な魔力を感じるな・・・」
唯は今までにない違和感のようなものを感じていた。彼女の特殊な魔力によって感知したもので、彩奈達にはその感覚はない。
「この前会った唯と同じ魔力を持つ娘かしら?」
「それとは違うの。なんか言葉にしにくい感じ。行けば分かるかな」
唯は聖剣ではなく刀を装備する。対人戦を想定しての選択だ。
「よし、戦闘開始だ。各員の健闘を祈る」
「行くぜ!」
相場の号令を受けて適合者達が次々と廃都市に向かって突撃していく。
「来た・・・!」
多恵はビルの窓から敵がこちらに向かってくる様子を見ていた。
「訓練したように上手くやってくださいね」
小毬はそう言い残して去っていく。ドライな性格の彼女にしては珍しく励ましの言葉を口にしたわけで、多恵はそれに少し驚いた。
「上手くねぇ・・・」
多恵は小毬による特訓を受けたことでそこそこ戦えるようにはなっていたがその期間は短く、付け焼刃であることに違いはない。
「でも、私がやらなきゃ」
そうでなければ美春を救うことはできない。今はただ、魔人達の望むように動かざるを得ない。
多恵は剣を装備し、全身に魔力を巡らせた。
両陣営の激突の時はすぐそこまで迫っていた・・・
-続く-
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