第15話 疑似適合者

「よし・・・これで終わりかな」


 唯は魔物を切り裂いて、周囲を見渡し一息つく。周囲には魔物の残骸が多数転がっていた。


「そうね。もう敵の気配はないわ」


 近くで戦っていた彩奈がスーツについた汚れを払いながら答える。

 裏世界にて唯達は魔物の討伐任務にあたっていた。魔道コンバータを盗んだ敵の捜索を行うには調査部隊の行動範囲を広げる必要があるため、脅威となる魔物が多く生息している地域に踏み入って敵の数を減らしていく。当然危険度の高い任務になるが唯達ハウンド小隊のメンバーは臆することなく戦っている。


「唯、本部から一旦後退しろとの指示だ」


 加奈と舞が合流して唯に下がるよう促す。


「了解。結構な数の敵を減らせたし、任務は成功だね」


「あぁ。けど魔物は無限に出現する。ここもいずれまた魔物でごった返すだろうな」


 例え一時的に魔物を殲滅できてもまた産まれてくる。その発生源を絶つか、裏世界と表世界の繋がりを断絶しない限り人類は魔物の脅威にさらされるのだ。





 裏世界の前線拠点に帰還した唯達は次の指示がくるまで休憩にはいる。


「それにしても最近また物騒なことが起きて困るよな」


 ここ数日、クヴィスリングの適合者と思われる者達による誘拐事件が起きている。適合者でない一般の人間が無理矢理裏世界に拉致されており、かなりの数が連れていかれたがいまだ一人も帰ってきていない。魔道保安庁は警戒を強めているが犯人を確保できずに被害だけが広がっているのだ。


「何が目的かは分かりませんが、早急に敵の拠点を突き止めて事件を解決しませんと」


 連れ去られた人たちがどのような扱いを受けているかは不明だが、魔人に捕まったことのある唯はその時のことを思い出して身震いする。それを察した彩奈は唯の手を握って安心させようとする。


「早く助けないとね」


「えぇ。でも焦りは禁物よ。私達が死んだら助けられるものも助けられないし、こういう時だからこそ慎重で確実にいかないと」


 今はとにかく自分達にできることをするしかない。それをもどかしく感じる唯だが、彩奈の言う通り冷静さを持ちながら任務に邁進していこうと思うのであった。






「よし、実験は成功だ。これで実戦にもだせるだろう」


 大里時雨は満足そうな顔で作業をしている。変な匂いのする薄汚れた白衣を着替える気はないようだ。


「小毬、魔道コンバータの生産体制は整ったのか?」


 時雨の助手である小毬は無表情で答える。


「はい。表世界から奪ってきた設備を使って生産可能です。ただし、大量には無理なので少数ずつですけど」


「構わないよ。ふふっ、やはり私は天才のようだ。私の才能を認めなかったクソな人間どもに思い知らせてやる」


 時雨は魔道コンバータの解析を終えて、それを自分の技術と知識として吸収した。そして魔道コンバータを使った計画を実行に移そうとしているのだ。


「ではさっそく生産に取り掛かってくれ。私は今ある分で例のあれを動かす」


「分かりました」


 小毬は部屋を出ていく。そして時雨は隣室に行き、邪悪な笑みを浮かべながら魔道コンバータを手に持つ。


「よし、これで・・・」


 時雨の目の前には表世界から連れてこられた人間達がいる。しかしその人々は時雨の作った薬を投薬されていて、自我が無い状態で光の無い目が虚空を見つめている。





「あのぉ・・・時雨さんの準備ができたそうです」


 多恵は魔人ミヤビに報告する。声が震えているのは魔人への恐怖からだ。


「そうか、上手くいったようだな。よし、ではあやつの研究成果とやらを見せてもらおう。お前は時雨に同行しろ」


「はい・・・」


 なるべくなら戦闘には巻き込まれたくないが、ミヤビの指示には逆らえない。





「こんなことを実行するなんて・・・」


 多恵は時雨の作り出した新戦力を見て呟く。


「おいおい、今さら何言ってるんだよ。君だって魔人に協力しているくせに善人ぶるのか?」


「私は時雨さんとは違います! 好きでここにいるんじゃないんです」


「そんな言い訳が通じるか。例え君がどう思っていようと、魔人の協力者という事実は変わらないんだ。ごちゃごちゃ言ってないで早く行くぞ」






「皆さん、緊急事態ですわ。表世界にてクヴィスリングの適合者による襲撃が発生したようです」


 神宮司からの連絡を受けた舞が唯達に知らせる。


「またか!」


 加奈が椅子から立ち上がり、怒りを露わにする。


「現場はここから近い場所です。わたくし達はこれより表世界にシフトし、戦場に急行しますわ」




 都心部から離れた住宅街にて、いくつもの火の手が上がっている。その様子はまさに戦争といった感じだ。


「だいぶ激しくやりあっているな」


 ハウンド小隊が到着した時にはすでに敵と魔道保安庁の適合者による戦闘が始まっていた。


「よし、いつも通り敵を殲滅するだけだ」


 加奈が先陣を切って突撃する。


「そこか!」


 視線の先には魔具を振り回し、破壊行動を行う適合者の姿がある。


「ちょっと待って。様子がおかしいよ」


「確かに・・・なんだあの動きは」


 その適合者は虚ろな目でただ暴れまわっていて、とても理性があるようには見えない。魔物の行動に似ているようにも思える。


「なんだってんだ?」


 加奈は慎重に近づく。すると加奈を見つけた相手が突進してきた。


「こんなんで!」


 敵の動きを冷静に見極めた加奈が薙刀で相手の魔具を弾き飛ばす。


「もう動くな!」


 薙刀を突き付ける。しかし相手は恐怖といった感情を感じないのか加奈に掴みかかろうとしてくる。それを避けた加奈は相手を組み伏せた。


「こいつ正気じゃないな・・・んっ?」


 暴れ続けたその適合者の動きがピタリと止まる。そしてそのまま気絶したのか全く動かなくなった。


「マジで危険な薬物をキメているみたいだったな」


「えぇ。この人はわたくし達で拘束しておきますから、お二人は先に行ってくださいな」


 唯と彩奈は舞に促されて先行する。


「あれも同じ感じね」


 彩奈が示す先にも、先ほどの敵のようにおかしな動きの適合者が複数人いる。


「なんだか嫌な感じ。今までの敵とはなんか違うよね」


「そうね。気を付けましょう」


 唯が敵のすぐ近くに着地すると、まるで獲物を見つけた猛獣のように襲いかかってくる。


「そんな動きではねっ!」


 唯が装備する刀が相手の魔具を弾き、拳を叩きこんでダウンさせる。戦闘力では大きな差があるようで敵はそんなに強くはない。


「殺気は感じない・・・ただ凶暴という感じ・・・」


 相手から感じるのは狂気だけで、普通の敵ではないと分かる。

 その場にいた適合者達を沈黙させて唯は周囲を見渡す。


「視線を感じる・・・」


「それは私ね」


「彩奈がいつも私を見ているのは知ってるけど、それとは違う感じなんだ」



 


「あの人・・・」


 多恵は敵の中に特異な魔力を放つ相手がいるのが分かり、そちらを注視していた。彼女は適合者としては半人前だが視力強化くらいはできる。


「何か見つけたのか?」


 近くで戦闘を見ていた時雨が問いかける。


「はい。あの人、なんていうかな、魔力の感じが違うっていうか・・・」


「ほう。お前がそう感じるならもしかして・・・」


 時雨もそちらを見る。そして何かを得心したように指をさした。


「よし、多恵。あいつと戦ってこい」


「えっ!? 無理ですよ!」


 多恵はぶんぶんと首を振り、拒否する。あんな強い適合者とやりあえるわけがない。


「いいから行ってこい。もしかしたらそれが刺激となって、お前の力が覚醒するかもしれない」


「そんなこと言っても・・・」


「支援をしてやる。だから行け。さもなくばミヤビ様に言いつけるぞ?」


「くっ・・・」


 その脅しに屈した多恵は仕方なくその敵のもとに向かう。




「唯、何かくる」


 彩奈が何者かの気配を感じ取る。


「うん。一人じゃないね」


 その気配は複数人。


「くる・・・!」


 炎上する住宅を飛び越えた数人の適合者が彩奈の近くに着地し、斬りかかった。

 それを見た唯が加勢しようとするが、


「こ、このっ!」


 唯はその集団とは違う方向から来た適合者に攻撃されて行く手を阻まれる。


「邪魔しないで!」


 唯はその攻撃をいなして相手に刀を振り下ろす。


「うわっ!」


 しかし、敵が転倒したためにその攻撃は外れた。


「この人には自我がある・・・」


 脅威を感じる相手ではないが、他の敵と違って明確な意識があるようだ。


「ねぇ、これは一体どういうこと?あなたの仲間はどうしておかしくなってるの?」


「そ、それは・・・私にもよく分かりません。私だって戦いたくない・・・でもこうしなきゃいけないの!」


 そう言って多恵は剣を握りしめる。唯にはその手が震えているように見えた。


「あなた本当にクヴィスリングの人間?」


 今まで遭遇したクヴィスリングの適合者とは雰囲気が違いすぎる。戦場に出るような相手ではないと唯は思う。


「そ、そうです、今はっ!」


 再び唯に攻撃しようとしてくる。


「甘いよっ!」


 しかし唯に剣を蹴り飛ばされて多恵は魔具を失った。多恵では到底唯には勝てそうにない。


「もう、やめよう」


 唯が多恵の腕を握る。殺気よりも悲壮感が伝わってきたために唯の戦意も削がれた。


「放して!」


 その手を振り払って叫ぶ。


「どうして・・・」


「私には守りたい人がいるの!こんなことで立ち止まれないんだっ!」


 その多恵の感情の昂りに呼応するように体の周りに魔力のオーラが放たれる。


「こ、この力・・・!」


「う・・・うぐぁぁああああああ!!!」


 多恵の魔力が暴走し、周囲に魔力が放出された。その圧に唯は後ずさる。


「これは!?」


 敵の攻撃を切り抜けた彩奈が唯の隣に来て驚く。


「分からない。でもあの人は・・・」



 

「ふーむ・・・これ以上は危険かな」


 その様子を近くで見ていた時雨は頃合いと判断し、多恵を後退させようと前に出る、


「多恵、逃げるぞ」


「は、はい・・・」


 苦しそうに返事をしながら時雨の指示に従い下がる。


「行かせない!」


 唯が追いかけるが、


「悪いが、来てもらっては困るんだ」


 時雨がフラッシュグレネイドを投擲する。まばゆい閃光が周囲を照らした。


「しまった・・・」


 唯と彩奈は視界を奪わる。気配で敵が離れるのが分かるが、これでは追撃できない。


「彩奈、大丈夫?」


「いえ、やられたわ。視力が回復するのに時間がかかるわね」


「私もだよ・・・油断しちゃったな」


 唯はヘッドセットを通じて加奈と舞に応援を要請した。




「おい、大丈夫か?」


「なんとかね。少し見えるようになってきた」


 唯と彩奈のもとに到着した加奈が周囲の警戒を行う。


「もう敵はいないようだ。何人か捕まえることもできたけど、この辺りの被害は大きいな・・・」


 敵がいなくなったことで消火や救護活動が行われ始めたが、一体どれだけの一般人が死んだのか見当もつかなかった。





「もう大丈夫なのか?」


 戦闘が終わった後、唯と彩奈は医師の診察を受けた。


「はい。一時的に目をやられましたが、今はもう問題ないそうです」


「それなら良かった。さて、今回の敵についてだが・・・」


 神宮司が話を始める。


「お前達も戦って分かっただろうが、敵はまともじゃなかっただろう?その理由なんだがな・・・実は、今回の相手は敵に拉致された人達だったんだよ」


「それってどういう・・・」


「彼女達の体には魔道コンバータが埋め込まれていてな。元は一般人だったのに、無理矢理に適合者のような肉体に変化させられていたというか・・・詳しくは調査中だが」


 捕獲した敵は日ノ本エレクトロニクスの研究施設に運ばれ、佐倉達研究員によって調査されている。そこで分かったことを魔道保安庁に報告しているが、まだ完全に調べられてはいないようだ。


「つまり、魔道コンバータを埋め込まれたことでわたくし達適合者のように体内で魔素を魔力に変換させているのと同じ状態となり、更にその魔力を行使できたということですか?」


「恐らくな」


 舞の理解の速さにさすがだなと唯は思った。


「でも、どうしてわたくし達に襲い掛かってきたのでしょう?」


「何かしらの薬物が投与されていたようで、それによって自我を失った状態となり、誰かのコントロール下に置かれていたというのが佐倉研究員の見解だ」


「そんな非人道的なことを・・・」


 それを平然とやるのだから、魔族もそれに従う人間達も許すことはできない。唯はもとから魔族を殲滅してやろうと思っていたが、今回の事でよりその意思が強くなる。


「そうした魔道コンバータを埋め込まれた人間を暫定的に疑似適合者と呼称することとなった。今後も交戦することになると思うが、なるべくなら身柄を確保してほしい。しかし戦場ではその余裕が無いことが多いだろう。その場合は気の毒ではあるが・・・倒すことも躊躇うな」


 クヴィスリングに拉致された被害者達は好きで疑似適合者となったわけではない。できるなら敵の支配から解放して連れて帰りたいところだが、戦況によってはそうも言ってられない。その時は心を殺して武力を用いて制圧するしかないのだ。


「了解です・・・あ、それと今回敵の中に私と同じ魔力を持つ人がいました」


「それはつまり、天使族の力を持った者ということか?」


「あれは恐らくそうだと思います。逃がしてしまいましたが・・・」


「そうか・・・」


 唯と同じ天使族の力を持つ適合者がいたということ自体が驚きだが、その者が敵にいることに神宮司は危機感を持った。いまだ解明されていない天使族由来と言われる魔力を用いれば、世界を一変させられることが可能だと魔女サクヤとの一連の戦いを通じて分かっている。唯はその力を悪用する気が無いので大丈夫だが、敵がどんな使い方をするか分からない。最悪の場合、それこそ世界が終わってしまうことだってありえるかもしれないのだ。


「まだその適合者が天使族の力を持つ者と断定されたわけでないが、高山がそう言うなら可能性は高い。再び会敵した際は優先的に狙い、捕獲してくれ。それができなそうなら撃破しろ。少しでもリスクを減らさなければならんからな」


 唯は頷くが、その適合者の言っていたことが気になり、もう一度会って話をしてみたいと思った。






 唯達は自室へと帰り、体を休める。戦闘の疲れがどっとのしかかった。


「今日会った、私と同じ力を持った娘なんだけどさ・・・」


 唯と彩奈はベッドの中で向き合いながら話していた。


「戦いたくはないんだけど、守りたい人がいるから戦ってるって言ってたんだ」


「そうなの?」


「うん・・・きっとその守りたい人のために仕方なく魔人に従ってるんだよ。つまりさ、その問題さえ解決できればあの娘はクヴィスリングの適合者でいる必要もなくなるんじゃないかな。見ず知らずの人だけどなんかほっとけない感じだったし、何かしてあげられればいいんだけど」


 唯にはその適合者の気持ちが分かる。彩奈のためならば唯だってどんなこともする心づもりだ。


「大切な人のために無茶をするその人の気持ちは理解できるけど、唯に危害を加えるならば私は容赦しないわ」


「私だって、彩奈を危険にさらしてまでは入れ込もうとは思わないよ。ただ、私にできる範囲でやれることをやってみようと思ったんだ」


「唯は優しいわね」


 彩奈はそう言って目を閉じ、唯に抱き着いた。


「そんなでもないよ」


 唯もまた彩奈を抱き寄せて眠りについた。


                           -続く-

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