第14話 魔人に従いし者

 日ノ本エレクトロニクス研究施設占拠事件の翌日、魔道管理局内にてスパイ行為をしていた三浦莉亜の尋問が魔道保安庁で行われていた。


「どうだ? 何か分かったのか?」


 魔道保安庁長官の美影翡翠が取調に立ち会っていた神宮司に声をかける。わざわざ長官自ら出向くほど今回の事件は重く見られているのだ。


「三浦が協力していた魔人の名前がミヤビということ以外の重要なことは何も。奴は魔道保安庁や管理局の情報を流すかわりに金品を得ていましたが、魔人側のことについては詳しく教えられていなかったのでしょうね」


「捨て駒のような扱いだが、三浦の逃走に手を貸すとは敵は義理堅いやつらだな。その逃走先にあそこを選んだのはどうかと思うが」


「もともとあの研究施設の襲撃は予定していたようで、三浦が逮捕されてその事を話したら研究施設の警備が強化されて計画は頓挫します。そのため予定を繰り上げて実行したものと思われます。つまり、三浦の逃走のためでなく魔人側の都合ですよ」


 神宮司はそう断定する。


「なるほど。まぁとにかく今は敵の追尾をしなければな」


「はい。すでに調査隊を動かしていますので報告を待ちましょう」

 




「ん・・・もうこんな時間・・・」


 目を覚ました唯は時計を見て今が昼だと知る。研究施設での戦闘後、ハウンド小隊は待機を命じられていた。本来なら待機とはいえ職場に赴いて次の指示を待つべきだが、唯達はまるで休暇中のように自室で休息をとっている。これも神宮司麾下の特務遊撃隊という性質上、他のチームに比べて行動の自由度が高いことによって可能なことなのだ。

 隣でまだ寝息を立てる彩奈を起こさないよう唯はそっとベッドから出た。


「まだ夢の中か」


 唯は薄着だったために上着を羽織ってからリビングに行ってソファに座り、テレビをつけるとニュース番組が映し出された。

 それは日ノ本エレクトロニクスの研究施設襲撃事件のリポートだった。魔道管理局内に魔人と繋がる内通者がいたために大きな事件として取り扱われている。ニューススタジオでは自称専門家が大げさに解説した挙句、理論を飛躍させて適合者そのものの危険性を熱弁していた。


「まったく・・・」


 好き勝手に言ってと不快になる。魔物の脅威から人々を守っているのに、その守られる側からそんな事を言われればやる気もなくなるだろう。勿論、その専門家の意見が全ての人々のものでないと分かってはいるが、人間であるのだから感情でモチベーションが変わるのは仕方がないことだ。それは職務として取り組んでいるからとかは関係ない。

 唯はテレビを消して目を閉じ、窓から差す暖かな陽の心地よさで安らぐことにした。昨晩は遅くまで起きていたこともあり再び眠気に襲われる。


「およっ!?」


 突然、唯の顔を柔らかいものが包んだ。


「唯、私から離れちゃダメじゃない。あなたには私のそばにいるという天命があるのに」


 魔力を体に流している時は感覚も鋭敏になるので、目を閉じていても人が接近してくれば容易に察知できる。しかし今のように魔力を使用していない唯は一般人と変わらないうえ、彩奈がわざと気配を消しながら近づいていたので気が付かなった。


「ごめんね? ゆっくり寝させてあげようと思ってさ」


「・・・分かってないわね」


 彩奈は唯の隣に座った後、横になって唯の太ももに頭を乗せる。いわゆる膝枕だ。


「私は唯の近くにいないとゆっくり眠ることもできない体になってしまっているのよ」


「そうだったね」


 互いに陽の光よりも暖かさを感じる。


「加奈と舞もこんなことしてるかな?」


「どうかしら。まぁ加奈のほうが恥ずかしがって逃げそうだけど」


「確かに」


 唯は逆に加奈が甘えていたら面白いなと思う。


「おや?」


 唯のスマートフォンに着信が入る。相手は神宮司だ。


「私だ。日ノ本の佐倉研究員からお前に協力要請があってな、今から迎えをやるから研究施設に行ってくれ」


「了解です」


 通話を終えて唯は彩奈の体を起こそうとするが彩奈は目を閉じて動こうとしない。


「ほら、早く着替えないと」


「いやよ」


 彩奈は唯の足にしがみつく。まるで駄々っ子のような態度に思わず笑いがこみあげてくる。


「もう、あまり時間ないんだよ?」


「今日は出かけない予定だったのに・・・」


 しぶしぶ起き上がるがまだ強い眠気が彩奈を襲っており、目は半開きだ。

 唯はすでに服を脱いで、いつもの黒いスーツに着替え始めていた。


「そのままだとお留守番だよ。いいの?私が一人で行って、佐倉さんに好き勝手されちゃっても?」


 その煽りに彩奈は一気に目が覚める。


「それはダメよ!」


「なら、着替えようね。手伝ってあげるから」





「やぁやぁ。待ってたよ」


「こんにちは。お元気そうでなによりです」


 あんな事件があったばかりなのに佐倉は明るい笑顔で唯と彩奈を出迎える。


「なぁに、研究はすぐ再開できたしね。なによりこうして生き残ったんだから」


 佐倉が二人を研究施設内に案内する。

 建物内には戦闘による被害が残っており、血痕や焼け焦げた壁などが目に付く。一部封鎖された区画もありまだ元には戻っていない。


「そわそわした雰囲気で落ち着かないんだ」


 警察や魔道保安庁、管理局の職員が事件の捜査のためにひっきりなしに出入りしており、その慌ただしさはピリピリとした緊張感を生んでいる。


「それにしても高山君への協力要請がすんなり通って良かったよ。てっきり重要人物だから認可されるのに時間がかかると思ってた」


「私から上司に協力したいと伝えてありましたし、理解の速い人達が上層部にいますからね」


「そうかそうか。こういうのは早くやっておかないと君が死んでしまったら手遅れになるからね」


 その言葉にすかさず彩奈が反応する。


「唯は死なせないわ。私の目が黒いうちは」


「頼もしいね」


「彩奈はいつも私を守ってくれるんです」


 唯は彩奈の頭を撫でる。




「ここが私の研究室だよ。少々散らかっているが気にしないでくれ」


 地下にある佐倉の研究室は物が散乱していて変な匂いまでしている。唯は綺麗好きというわけではないが、こんなところに長時間いたら精神が不安定になってしまいそうだと思う。


「そこの椅子にでも座っていて。今準備する」


 唯と彩奈は言われた通りにパイプ椅子に座った。軋んだ音が耳につき、今にも壊れそうな古さに不安を感じる。


「この魔結晶に魔力を充填してくれ」


 佐倉が複数個の魔結晶を差し出す。特徴はない普通の魔結晶である。


「それだけでいいんですか?」


「地味に思うかい?」


「てっきり派手な装置にでも入れられるのかと思ってました」


 唯は魔結晶に自身の魔力を流しはじめる。こんな単純な作業でいいのかという拍子抜けな感じは否めない。


「それはまたいずれ。まずは高山君の魔力について調べないといけないからね。魔結晶にストックしておけば暫くはもつだろう」


 魔力を注入された魔結晶は鈍い輝きを放っている。


「実験に使うのはいいんですが、私のこの魔力を佐倉さん自身が取り込むのは注意したほうがいいですよ。私がかつて戦った魔女はこの魔力を多量に、しかも長時間取り込んでいたせいで体に異常をきたしていましたから」


「なるほど。魔女といえども高山君の特殊な魔力には耐え切れなかったのか」


 大きすぎる力は時に身を滅ぼすということだ。


「この魔力を制御できるのも高山君だからこそということだな。今のところいわゆる天使族の魔力を持つのは君だけだが、他にもいるのか気になるね」


 現状、唯と同じ力を持つ者は確認されていない。だからと言って唯しかいないということにはならない。


「そもそも天使族って何なのかしら」


 彩奈と同じ疑問は唯も感じている。天使族と言われてもそれがいったいどんな存在なのか知らない。


「天使族は旧文明時代にいた人類と魔族の創造主ということ以外はよく分からない存在だね。もし高山君がその末裔ならば、君は人類に大きな何かをもたらす存在になるかも」


「すでに私に大きな幸福をもたらしているのは事実ね」


 彩奈が自慢げに言う。


「今後研究を続ければ何かわかるだろうさ。もし解明できれば歴史に名を残せる偉業になるだろうね」





 佐倉の用意した魔結晶に魔力を入れ終わって唯達は帰宅しようとしたが、ふと疑問に思ったことを聞く。


「そういえば敵に盗まれた物って何だったんですか?」


「特別に教えてあげよう。どっちみち間もなく公開する技術だからね」


 そう言って部屋の奥にあるアタッシュケースを開けて中身を取り出す。


「これさ」


 佐倉が手にしているのは掌サイズの金属の球体だ。四角いバッテリーがコードで繋がっている。


「これは魔道コンバータ。電力を用いて魔素を魔力に変換する装置なんだ」


「適合者と同じことができる機械ってことですか?」


「そうさ。でも適合者ほど効率よく魔力に変換できないし、これ自体のコストが高い。更に言えば電力が必要だから稼働時間に限りがあるのさ」


 とはいえ科学と魔道をかけあわせることに成功したという大きな進歩である。


「これを兵器に搭載し、魔具を装備させることで魔力を帯びた攻撃が可能になる。人手不足の現代において新たな戦力として期待できるってわけさ」


 そうした兵器が配備されれば適合者の損失を抑えることができる。それは人類の延命に繋がるのだ。


「これの先行生産型が地下の保管庫に置いてあったんだが、それを盗まれた。まぁ敵がこれを有効に使えるのかは疑問だけど」


「私達が奪還しますよ」


「そうしてくれるとありがたい。でも、無理に持ち帰ろうとせずに破壊してもかまわない。これは所詮物だし、どうせ追加生産されるのだからね」






「ミヤビ様、お呼びでしょうか?」


 ボロボロの白衣を着た女性が膝をついて魔人に頭を下げる。やつれた顔から不健康さが伝わってくるが、ここにそれを心配する者はいない。


「あぁ。お前が欲しがっていた物が手に入ったのでな。おい、渡してやれ」


 ミヤビの指示で多恵が盗んできた魔道コンバータをその白衣の女性に渡す。


「そうそう! これが欲しかったんですよ」


「それを手に入れるために払った犠牲は少なくない。時雨よ、確実な成果を上げろ。さもなければ・・・」


「ご心配なく。これの解析が終わり次第、さっそく私の研究で役立たせてみせますから」


 白衣の研究者、大里時雨は上機嫌でミヤビの部屋から出ていった。それがおもちゃを買ってもらった子供のようでミヤビは呆れたように首を振る。


「あのぉ・・・私はまだここで働かなきゃならないんですか?」


 多恵は恐る恐る聞く。


「あたりまえだ。まぁお前があの人間を見捨てるというならば逃げ出してもかまわないが?」


「それは・・・美春だけは・・・」


 多恵の唯一の友人である仁科美春はミヤビに捕らえられている。その美春を救うためにはミヤビに従っていなければならない。


「でも、どうして私をこき使うんですか?私は何もできないのに・・・」


「前に言った通りだ。お前には他の人間とは違う力がある。そう、我ら魔人ですら持ちえない力をな」


 ミヤビは玉座から立ち上がって多恵に睨みをきかせた。その威圧感に多恵は動けなくなる。


「しかし、まだ覚醒にいたっていない。敵と戦う中でその才能を開花してもらう必要がある」


「そんなこと言っても・・・できないことだって・・・」


「言うことに従えないならあの人間を殺すまでだ」


 多恵に美春を見捨てるという選択肢はない。彼女は多恵にとって最後の希望で、それを失うということは生きる意味を失うのと同義だ。


「・・・わかりました。でも、せめて美春に会わせてください」


「いいだろう。おい、ヒュウガ。こいつを連れていけ」


 ミヤビの近くにいた魔人ヒュウガは面倒そうな顔をしながら多恵の首根っこを掴む。


「痛っ」


「黙れ。この私がわざわざお前ごときのために動くんだから文句を言うな」


 そう言って多恵に目隠しをして持ち上げる。


「それじゃあ行ってくる」


「あぁ」




 部屋に一人残ったミヤビは再び玉座に座って目を閉じる。


「まったく人間は情弱な上に気色悪い。が、利用できるものは利用するまでだ」


 せっかくこうして一大勢力をつくりあげたのだ。どんな手段を使ってでも勝利してやると静かな闘志を燃やしていた。





「美春・・・」


 目隠しをとった多恵の目に美春が映る。しかし意識の無い美春は多恵に反応することはなく、大きな結晶体の中に閉じ込められている。


「ふん、こんなことで人間を支配できるんだもんな。ちょろいもんだ」


 ヒュウガがあざ笑うように呟く。彼女にとっては人の感情など、どうでもいいことだ。


「かならず助けるからね・・・」


 結晶体に触れようとするが、


「おっと、お触り禁止だ。変な行動をすればお前も、その人間も細切れにしてやるからな」


「くっ・・・なんとしても美春だけは・・・」


 多恵は手が届く距離にいながらも触れることのできない美春を、涙をためながら見つめていた。


                           -続くー

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