第13話 Unforgivable act
裏世界のとある盆地。そこには魔人が統治する大きな魔物の街が形成されていた。これだけの規模だと破界の日以前ならば容易に探知され適合者達の襲撃を受けていただろう。しかし表世界にも魔物が進出し、それらに手いっぱいな人間はこの場所を把握していない。
「はぁはぁ・・・戻ってこれた・・・」
数時間前まで表世界にいて、仲間たちが全滅する様子を見ながらも手出しができず逃げ帰ってきた原田多恵はほっとする。適合者でありながらも戦闘力の低い彼女はそもそも戦いに向いていない。
「もう安心だぁ・・・」
だがその安息はすぐに終わりを告げることになる。
「おい、他のヤツらはどうした?」
複数人の適合者が彼女に気づいて詰め寄ってきた。ガラの悪い連中に絡まれて今にも泣きだしそうだ。
「あ、あの・・・皆、死にました・・・」
「お前だけが生き残ったのか?」
「はい・・・」
多恵は俯きながら答える。
「ちっ、なんだよ。どうせお前は逃げ回って何もしなかったんだろ」
「そ、それは・・・」
正解だが、まさかそうですとは言えない。
「いいのかぁ? お前はミヤビ様に目を付けられてるんだろ? これじゃあますます酷い扱いになるかもな」
適合者達は多恵を小突いて笑いながら去っていく。ここでは多恵を庇ってくれる人間など存在しない。
「こんなことしたくないのに・・・くそっ・・・」
多恵はとある事情からこの街を支配する魔人ミヤビの言いなりになっている。多恵にはそれに抗う術はなく、唇を噛みしめながら先の見えない絶望に暗澹たる気持ちになった。
「まさか本当に奴らがくるとはな」
美影長官が襲撃されたために魔道保安庁は大騒ぎだ。更に言えば今回のことで魔道管理局にいるというクヴィスリングのスパイの存在がより疑われることになった。無論、魔道保安庁内部にもスパイがいる可能性があるし、慎重に調べなければならない。
「ともかくお前達がいて良かった。おかげで長官は無事だったからな」
神宮司は自分の執務室に帰還した唯達ハウンド小隊のメンバーを招集して報告を聞いていた。
「敵を捕獲しようとも思いましたが、上手くいかずに全滅させてしまったことが悔やまれますわね」
「まずは長官とお前達自身の身の安全を確保することが先決だったんだから気にするな。どうせ奴らとはまた戦う日がくるだろうし、その時に余裕があれば捕獲すればいい。それに調査部隊によって魔道管理局のスパイがある程度絞れたようだから、そちらに期待できそうなんだ。無論、保安庁内部の調査も行うが」
神宮司は数枚の書類に目を通す。そこには調査部隊からの報告が記載されているようだ。紙媒体は原始的に思えるが、PC等でデータとしてやりとりするよりもむしろセキュリティ面では安心できる。
「今日はもう帰っていいぞ。ご苦労だったな」
「あのぉ~、夕ご飯奢ってくれません?」
加奈が下手に出てお願いする。しかし、そんな下手なゴマすりが通用する神宮司ではない。
「私はまだ仕事があるんだが・・・?」
「いいじゃないですかぁ、ここ数日頑張ったんですよ?それに、息抜きも必要ですぜ」
確かに加奈達には多くの任務を与えており、他のチームに比べて酷使している。神宮司はたまには労ってやるかという気持ちになった。
「分かった。長官襲撃の調査は別の幹部が主導でやってるし、私にできることは限られているからな・・・少し休憩することにするよ」
「さすが神宮司お姉様、話が分かる!」
「・・・お前だけは別会計だ」
「なんとっ!」
加奈と神宮司のやり取りを唯達は笑って見ていた。
魔道保安庁の1階エントランスに降りてきた唯達は、いかにも官僚といった雰囲気の集団に出くわした。その中の一人がこちらに気づいて近づいてくる。
「これはこれは。神宮司さんと子飼いの猟犬さん達」
魔道管理局の中原摩耶はいつものように神宮司に突っかかってくる。
「・・・ここで何をしている」
「美影長官が襲われたとあっては我ら魔道管理局も黙ってはいませんよ?事態の把握に努め、今後はより安全にお仕事していただくためにサポートするのも我々の仕事ですからね」
その作ったような返答と笑顔に神宮司は嫌気がさす。こいつの軽薄さは逆に称賛に値するとも思った
「そうか。私はてっきりお前達が野次馬根性で首を突っ込みに来たと勘違いしていたよ」
いつも煽られるのでここぞとばかりに嫌味を言う。
「おやおや。失礼ですね」
「お前には言われたくない。この前のことも忘れてないからな」
中原は何のことか考えて、少し前にハウンド小隊に関して神宮司に手懐けておくように言った事を思い出した。
「あぁ、そこの適合者達に首輪でもつけて管理しておくように言ったことですか?案外あなたは根に持つタイプなんですね」
「なんだと・・・?」
加奈が怒りを露わにする。自分達にそんなことを言っている相手に嫌悪感を持つなというのは無理な話だ。
「そんな怒らないでくださいよ、怖いなぁ。私はただ、力は適正に管理しろと言っただけです。特に・・・」
中原は唯を見る。
「あなたは他の適合者とは違うんですってね?特別な力だか知りませんが、その力を用いて暴走されたらどんな被害が出るか分かったもんじゃない。なんなら私がペット代わりに飼育して・・・」
そこで中原の言葉は途切れる。とてつもない殺気を感じたためだ。
「貴様・・・黙って聞いていれば・・・!」
唯に対する態度と言葉にキレたのは彩奈だ。全身から魔力の放出によるオーラを放ちながら中原に詰め寄ろうとする。が、神宮司が片手で制止して、もう一方の手で中原の胸倉を掴む。
「ここで貴様を肉塊にしてやってもいいんだぞ・・・?」
「神宮司さん、すぐに手を放しなさい。さもなくば恐喝と暴行であなたを警察につき出しますよ」
事態に気づいた中原の秘書の相坂静江が止めにかかる。
神宮司は仕方なく手を放すが、その目は鋭く中原を睨みつけている。
「まったく、適合者とやらは暴力的でいけないですね・・・鎮静剤でも服用されてはいかがですか?」
中原は服を整えながらまだ減らず口をたたく。これだけ敵意を向けられながらも飄々としていられる根性はたいしたものだ。
「我々はこれで失礼します。あなた達も帰って頭を冷やしてくださいな」
そう言って魔道管理局一行は保安庁本部から帰っていった。
「あいつ・・・いつかぶっ殺す」
怒りが収まらない彩奈は今にも飛び出しそうな気迫だ。
「まぁ落ち着け。その時は私が殺る。お前達を犯罪者にはできんからな。・・・さて気を取り直して行くぞ」
唯は中原に言われたことを気にしていた。自分自身、天使族のものと言われる力のあり方を把握しているわけではない。魔女サクヤとの一連の戦いを思い出して、自分が皆にとって害悪な存在にならないことを祈っていた。
食事を終え、唯達は魔道保安庁が寮として所有している大型マンションへと帰ってきた。唯達の担当エリアは高校時代と変わらないが、保安庁本部での任務も多いので東京に寮を用意してもらっている。
「久しぶりにゆっくりできるね」
この数日は任務に従事していたこともあり気が安らぐ時間はあまりなかった。
「えぇ。やっと部屋で唯と二人きりね」
彩奈は嬉しそうだ。唯との時間が何よりも幸せであり、こうして二人だけになれるだけでも癒される。
唯と彩奈は二人で一つの部屋を使っており加奈と舞は隣室だ。
「ふぅ~・・・」
唯はソファに腰かけて息をつく。普段は魔力で肉体強化をしていることで体力も増強されているために、こうして強化を解除すると本来体に蓄積されている疲労が表面化する。
「彩奈・・・」
彩奈は唯の膝にまたがって向き合うように座り、唯の着用する黒いスーツと灰色のワイシャツのボタンを外す。その手つきは相当に手慣れているようだ。
「唯、また胸大きくなったわね。このシャツじゃキツイんじゃない?」
「そうなんだよ。成長期は終わってるはずなのに。それにしてもよく分かったね」
「フフッ、私を誰だと思っているの?唯のことならなんでも分かるわ」
彩奈は露わになった唯の胸の谷間に顔をうずめた。こうして密着するのが彩奈のリラックス方法である。
「甘えん坊なんだから・・・」
唯は彩奈の背中を撫でた。その優しい表情も相まって、まるで母親のように見える。
「私はどんな事があっても味方だからね、唯」
保安庁本部での中原とのやりとりを思い出して彩奈はそう言う。
「・・・時々不安になるんだ。私の力は普通の適合者とは違っていて、私自身よく分かってないし・・・」
「大丈夫よ。適合者についての研究も進んでるし、いつか天使族の力とは何なのかも分かるはず」
「そうだといいね・・・」
唯は不安を打ち消すために彩奈を抱きしめた。
翌日、唯達は緊急招集をかけられて再び魔道保安庁本部にある神宮司の執務室に呼ばれた。
「いつあたし達は地元に帰れるんだ?」
「まだ先になるかもしれませんわね。人手不足ですから」
そんな話をしているうちに神宮司が部屋に入ってくる。昨日から帰っていないのか、少しスーツが着崩れていた。
「遅くなった。さっそくだがお前達に任務がある」
「知ってた」
もはや加奈は抗議する気も起きずに話を聞こうとする。いつか魔物を殲滅できたら少なくとも一年間はだらけた生活をしてやろうと思う。
「昨日話した魔道管理局のスパイを調査部隊が特定してな。身柄の確保に向かったのだが・・・」
唯はこんなに早くスパイを特定した調査部隊の優秀さに驚く。
「対象の人物、魔道管理局幹部の三浦莉亜が逃走してな。クヴィスリングの適合者と合流して日ノ本エレクトロニクスの研究施設に立てこもった。現在、警察と我ら魔道保安庁が周囲を取り囲んでいるが、施設には日ノ本の職員もいることから手を出せずに膠着状態に陥っている。とはいえこのまま時間が経つのを待っていられないことから強行突入が実施される予定だ」
普通の犯罪者とは異なり話し合いなど期待できない。しかも相手には適合者もいる上、立てこもったのが日ノ本エレクトロニクスの施設であることもあり早急に解決する必要がある。
「そこでお前達にも現場に行き、突入時には現地にいる部隊とともに戦ってもらう」
「まったく迷惑なヤツらだ」
加奈は自分の仕事を増やす敵に対して怒りを覚えずにはいられない。
「屋上にヘリを用意した。それに乗って向かってくれ」
「にしても、何で日ノ本エレクトロニクスの研究施設なんかに立てこもったんだ?持久戦に持ち込むならもっと別の場所でもいいような気がするけどな」
ヘリの中で加奈は疑問を口にする。
「そもそも適合者を味方に含んでいるのですから、さっさと裏世界に逃亡するのがいいような気がしますわね。何か目的があるのかもしれません。スパイを捕まえられればいいのですが・・・」
唯は窓から外を見つつ、また人間を相手にしなければならないのかと暗い気持ちになっていた。
「お待ちしていました。ハウンド小隊の皆さん」
ヘリから降りた唯達を魔道保安庁の適合者が出迎える。
「皆さんを指揮車に案内しますね」
その適合者に連れられて臨時の指揮所になっている大型のバンへと向かう。現場一帯は閉鎖されており、緊張感と重い空気が支配している
「よう。私がこの現場の指揮を執っている相場詩子だ。お前達のことは神宮司から聞いている。期待してるからな」
三十台前半に見える相場が目の前のモニターを見ながらそう挨拶する。
「来たばかりのところ悪いが、後二十分後に建物内部に突入する。どうやら敵は研究所の重要エリアに侵入したようで、日ノ本会長が技術流出を恐れて早急な制圧を希望しているんだ。お前達は本隊と別の場所から突入し敵を討ってもらう」
相場の部下が唯達に施設の見取り図を渡す。そこには本隊の突入経路とハウンド小隊の配置がしるされている。
「了解いたしましたわ。これより配置に向かいます」
「頼む。本隊の動きを無線を通じて知らせるからヘッドセットの周波数をこれに合わせておけ」
「敵の数が分からないのがネックですわね。それに屋内では動きが制限されていつものように派手には動けないので注意が必要ですわ」
いつもは外で戦っているので自由に動けるが、屋内は武器を振り回すのも魔力で強化された体で動きまわるのにも狭いので適合者の戦闘場には向いていない。
「魔具を使うには狭いよな。相手は人間なわけだし、銃器をメインに戦うほうがいいかもな」
そう言っているが加奈は銃器の取り扱いは得意ではない。斬るほうが手っ取り早いので、人間相手でも大抵の場合は魔具の薙刀を使う。
唯はホルスターに収納されたハンドガンに手を添える。
「間もなく作戦開始ですわ。皆さん、準備を」
それぞれが武器を装備して突入に備える。
「任務開始ですわ」
四人のヘッドセットに指揮車のオペレーターから連絡が入る。
「派手に行こうぜ!」
加奈がハンドグレネイドを投擲する。施錠された頑丈な扉が爆散して入り口ができた。
四人が一気に内部に突入するも敵の姿はない。
「本隊は交戦中か」
遠くから銃声が聞こえる。恐らく別の場所から突入した本隊だろう。
「ならわたくし達は最深部を目指して進みましょう」
敵が研究棟の中でも地下にある重要なエリアに侵入したことはセキュリティアラートの発動によって判明している。
「おっと、敵ですわ」
二人の適合者が通路の先から魔力を凝縮した魔力光弾を飛ばしてきた。それを舞が展開した魔力障壁によって防御する。
「魔術勝負をわたくしに挑むなど・・・」
舞は杖を敵に向けて、高威力の光弾を放つ。その光は二人の敵の体を吹き飛ばして絶命させる。
「よし、行くぞ!」
「ここまで敵はほとんどいなかったな」
本隊は敵の足止めをうけており、唯達が先に目標地点のエリアに近づく。ここに来るまでに一般の研究員とはすれ違ったがクヴィスリングの適合者とは数人しか会わなかった。
「本隊と交戦中の敵が主力なのかもしれませんわね。とはいえ、油断せずに進みましょう」
ハウンド小隊は順調にそのまま侵攻し広間に出る。
「人がいるな・・・」
魔結晶等が保管されている広間の奥に数人の人影が見える。何やら揉めているようだ。
「ちっ。もう来たのか・・・」
その人影のうち数人が魔具を装備して唯達を睨む。
「へっ、お前達に勝ち目はない。さっさと降伏するんだな!」
加奈が薙刀を敵に向けながら叫ぶ。しかし相手は聞く耳を持たないようで殺気を隠さない。
「誰が降伏なんか! それより、こいつがどうなってもいいのか?」
その適合者が指し示す先には一人の研究員がいる。武器を突き付けられて動けないようだ。
「あの方は、佐倉真理亜さん!?」
「知っているのか、舞」
「えぇ、日ノ本の有名な研究者ですわ。日本でもトップクラスの頭脳をお持ちだとか・・・」
白衣を着たその女性は舞の言葉を聞いてどや顔になる。
「そうとも。私こそ天才中の天才、佐倉真理亜だぞ」
こんな状況なのに大した度胸の持ち主である。
「黙れ! さぁ、どうする? こいつを死なせたくなければお前達はそこで自殺しろ!」
「無茶苦茶な奴らね・・・」
彩奈は呆れ顔だ。当然ながらそんな要求に従う気は微塵もない。
「まぁ君達。私には構わずこいつらを倒してくれよ」
佐倉は余裕そうに唯達に言いいながらクヴィスリングの適合者には見えないように手に持った何かをちらつかせる。
「佐倉さんには何か策があるのかも」
それを見逃す四人ではない。佐倉の意図は分からないが、何か解決策があるのだろう。そしてそれを唯達の攻撃に合わせて使う気のようだ。
「よし、行くぞっ!」
加奈に合わせて四人が吶喊する。
「こいつらめ!」
クヴィスリングの適合者の一人が佐倉を盾にするべく掴みかかる。しかし、
「馬鹿なやつ!」
佐倉は手に持った魔結晶を地面に叩きつけて割る。すると衝撃波が発生し、佐倉と掴みかかった適合者を吹き飛ばす。
「こういう時は逃げるに限る!」
「ま、待て!」
佐倉もまた適合者のようで、立ち上がると素早い動きで相手の追撃を躱して物陰に隠れた。
「そこだっ!」
唯が佐倉を追う適合者を射殺する。
「さっすがやるねぇ」
「あなたは私が守ります。私の後ろにいてください」
唯は佐倉の前に立ち、近づく敵を銃撃する。
「あっけなかったな」
その場にいた敵を倒して安全を確保する。
「ありがとう、助かったよ。いやぁ~怖かった」
佐倉が礼を言う。その表情には余裕すらあり、言葉に反して自分が命の危機に陥っていたことなど気にもしていなかったようだ。
「あたし達にかかればこいつらなんか余裕だぜ。・・・で、そこに隠れているやつはまさか見逃してもらえるとは思ってないよな?」
四人に包囲されて物陰に隠れていた人物が姿を現す。
「くそっ、ここまでかっ・・・」
「三浦莉亜、あなたがスパイですわね?」
「はっ、だからなんだ。捕まらないぞ私は・・・」
そう言って銃を取り出し自分の頭に向ける。
「させない!」
唯が目にもとまらぬ速さで銃を構えて、銃を握った三浦の腕を撃つ。
「ぐあぁっ・・・!」
そして加奈が取り押さえる。
「観念しな!」
「くそがっ・・・!」
三浦の身柄を本隊に引き渡して唯達の任務は完了した。
「よくやってくれた。さすが神宮司が重宝するだけのことはある部隊だ」
相場は部下を引き連れて撤退する。それと入れ替わるように別の部隊が到着して現場の調査を始める。
「あたし達の活躍はとどまるところをしらないな!」
「この四人だからこそですわね」
まるで映画のような突入を行うことになるとは思ってもみなかったが、無事に解決できて安堵する。
「おーい!」
唯達が声のする方向を見ると佐倉がこっちに向かってきていた。
「あぁ、佐倉さん。あなたが無事で良かったですわ」
「そうだぞ~。私を失うということは科学、魔道学における大きな損失になるわけだからね」
佐倉は全く嫌味を感じさせずにそう言うのだった。
「だが今回の事件で私の研究成果の試作品が盗まれたのは痛いな」
「えっ? 何か盗まれたのですか? あの場にいた者は全滅させたはずですが」
「それがさ、君達が来る結構前に何人かがあの部屋から出て行ってさ。さっき魔道保安庁の指揮官にたずねたら、私が見た部屋から出て行った人間は確保されてないし、遺体も確認されてないそうだ。戦闘のどさくさに紛れて逃げてしまったのかも」
そうだとしたら大変なことである。日ノ本エレクトロニクスは日ノ本グループの根幹を成す企業で電子工学製品を主力に扱いつつ、破界の日以前から魔道に関する研究も行っており、科学と魔道を組み合わせた新たな分野の確立を目指している。つまりここでは世界の最先端となる研究がなされているわけで、機密性の高い重要エリアから盗まれた物があるならば大きな問題だ。
「まぁ慌てても仕方ないねぇ。後は魔道保安庁に任せるしかないや」
佐倉は焦る様子もなく淡々と言う。
「それはさておき、君が高山唯君だね?」
「はい、そうですけど、どうして私の事を知っているんですか?」
「そりゃあ、君はこの界隈では有名だからだよ。なにせ天使族の力を持つ適合者だというのだからね」
唯は自分がいつからそんな有名人のようになってしまったのか困惑する。
「こうして会えたのは運命だ。是非、私の研究に協力してほしい」
その佐倉の勧誘に誰より早く反応するのは彩奈だ。
「ちょっと、唯はモルモットじゃないのよ! それと、唯はあなたと運命で繋がってなんかいないわ」
「まぁ聞いてくれ。何も人体実験の材料にしようってわけじゃないんだよ。ただ、高山君の特殊な魔力を調べさせてもらったりしたいだけさ。きっと魔道学の進歩に繋がる。人類に大きな貢献ができることなんだよ?」
唯はそれを聞いて、
「分かりました。私でよければ」
そう答える。自分の力について少しでも解明できるならば断わる理由はない。
「それはありがたい! 魔道保安庁にもかけあっておくから、よろしく頼むよ」
佐倉は事件のことなど過去のことであるかのように笑顔を見せる。研究熱心な彼女にしてみれば、新たな知識やデータを得られるチャンスであるのだから嬉しくないはずがない。
「唯がそう言うならいいけれど・・・ただし、条件があるわ。その時は私も同席させて」
「まぁいいだろう。君がいたほうがきっと高山君も安心できるんだろうからね。・・・では私は戻るよ」
佐倉は唯と握手して施設のほうに去っていった。唯達も帰るために、駐機された魔道保安庁のヘリに向かって歩き出す。
「私の力について何か分かるといいな」
「そうね。ただ、変な実験で唯がキズ物にされないか心配だわ」
「大丈夫だよ。ふふっ、彩奈は心配性なんだから」
唯が彩奈の頬を突っつく。
「そりゃ心配よ・・・私にはあなたしかいないんだから」
「彩奈を一人にはしないよ・・・」
唯が優しく彩奈の頭を撫でた。彩奈の顔が赤くなるのを見ながら、唯は絶対にこの人を残して死ぬものかと硬く心で誓う。
「上手くいってよかったぁ」
裏世界へと転がり込むようにシフトしたのは原田多恵だ。
「あぁ緊張した。ちゃんと持ち帰れたよね・・・」
多恵はリュックの中を覗いて、日ノ本エレクトロニクスの研究施設から盗んできた物があることを確認する。
「よかった・・・」
多恵は仲間と共に、魔道管理局にいたスパイの三浦莉亜と合流して日ノ本エレクトロニクスの施設を襲撃した。そして三浦の指示で最深部から試作品を盗んだのだ。多恵は戦いたくないので、研究員たちが使うロッカールームに侵入して奪ったリュックに盗んだ物を詰め込み、白衣を着用して自分を日ノ本の研究員に見せかけた。そうすることで他の研究員達に混ざって施設から逃げ、こうして帰還できた。
「・・・もう、私は後戻りできない・・・」
望んでいないとはいえ、魔人の手先として活動しているのだから到底許される行為ではない。多恵に達成感などなく、ただ暗い気持ちしかなかった。
―続く―
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