第12話 クヴィスリング

 唯達は首都に向かって侵攻していた魔物を討伐し、魔道保安庁の本庁に帰還した。彼女達にしてみれば特に苦戦する相手ではなかったので戦闘後とは思えないほど余裕そうな表情をしている。


「今回も大手柄だったな?」


 出迎えた神宮司が四人に声をかける。大切な部下が無事に帰れたことにホッとしている神宮司だが、それを伝えるのが恥ずかしく態度には出さない。


「まっ、あたし達なら余裕っすよ」


 加奈はどや顔だ。実際には唯の戦果が大きく戦いを左右したのだが、こういう時に唯は自己主張しない。唯にとってみれば自分が評価されることよりも、魔物を撃滅して皆で生きて帰ることに意味がある。そのためなら死力を尽くして戦う。


「そうだな」


 唯達ハウンド小隊の活躍は魔道保安庁の中でも群を抜いており、神宮司のような古参適合者でも驚くほどだ。教科書にでも載せて後世まで語り継がれるべきだろう。


「そうだ。お前達に新しい任務がある」


「えぇ・・・今、戦闘から帰ったばかりなんですけど?」


 加奈はむくれて抗議する。


「お前達を酷使しているのは謝る。が、このご時世では致し方あるまい・・・で、次の任務は我ら魔道保安庁長官の美影翡翠の護衛だ」


 美影翡翠はシャドウズ時代から組織の長だった人物だ。魔道保安庁に移行した後も引き続き指揮を執っている。老齢ではあるが、優れた頭脳とカリスマ性を駆使して組織統括を行う彼女を支持する者は多い。


「護衛ですか?」


「あぁ。美影長官は明日、湾岸エリアの視察を行う予定だ。お前達も同行し、長官の身の安全を確保してほしいんだ」


 いつも唯達に指示をする時より真剣である。それは護衛対象が重要人物であるからという理由だけではなさそうだ。


「実は魔道管理局の中にクヴィスリングと繋がっている者がいると諜報部から報告があってな。現在詳しく調査中だが、これが事実なら大きな問題だ。もし敵が長官の暗殺でも狙っていたら今回の視察中に何らかのアクションを起こす可能性もある。そこでお前達を任命したというわけだ」


 クヴィスリング、それは魔族に魅了された者達のことだ。多くの人間は魔族に対して恐怖と嫌悪感を抱き、一刻も早く滅亡してほしいと願っている。しかし中には魔族に魅せられ、そちら側についた人間達がいたのだ。魔人に隷属し、魔族繁栄のために人類に対して反逆した者達を総じてクヴィスリングと呼ぶ。


「それならば視察は中止された方がよいのでは?」


 魔道管理局は魔道保安庁の動向を当然把握している。その管理局の中にクヴィスリングの内通者がいるのならば、今回の美影長官の視察だって敵に知られているだろう。


「そうなんだが美影長官はむしろこれをいい機会だと考えている。もし襲撃があれば奴らをその場で倒すことで敵の戦力を削ることができるし、捕まえることができれば情報も得られると考えているようだ」


「自分自身を囮にしようというわけですわね」


 そうならかなり大胆な人だと唯は思う。


「敵が現れるかは未知数だ。とはいえ油断せずに頼んだぞ」





 翌日、ハウンド小隊は魔道保安庁の地下にある駐車場に集合していた。そこには移動用と思われる車両が用意されており、周囲には魔道保安庁の職員数人が警戒にあたっている。


「おはようございます!」


 長官の美影翡翠が複数人の適合者と共に現れ、唯達は敬礼しながら大きな声であいさつする。


「ン、おはよう。今日は宜しく頼むぞ?」


 美影長官には歳を感じさせないスマートさがあり、只物ではない雰囲気を漂わせていた。着こなされたスーツがそう思わせるのではなく、長官そのものが放つ雰囲気がそう感じさせるのだろう。


「高山君、私の車に同乗してくれ」


「はいっ」


 唯は長官に以前も会ったことはあるが、緊張を隠せず声が若干上ずる。


「じゃあ、私も・・・」


 自然な動きで唯についていこうとした彩奈だったが、


「おい、彩奈はこっちだ」


「え? あっ、ちょ・・・」


 それを見逃さない加奈に首根っこを掴まれ別の車両に連れていかれた。

 この場にある四台は全車共通の形状で大型ワゴンタイプだ。美影長官と唯は前から三台目に乗り、彩奈達はその後ろの四台目に乗る。




「君とはこうして話してみたくてね」


 走り出した車の中で美影長官が唯に話しかけてきた。座席が向き合っており、唯は美影長官の正面に座っている。唯は少し気まずさを感じていたが美影長官はそうでもないようだ。


「ありきたりな質問だが君はどうして戦っている? その特別な強さをどう使いたいと思っているのだ?」


「私は・・・」


 唯は取り繕わずに素直に答えようと思った。この人には建前だとかごまかしは通用しないと直感したからだ。


「私は自分の大切な人を守りたいから戦っています。この力もそのために使おうと・・・それが、結果的に世界を守ることに繋がればいいなと思います」


 模範的な回答をするなら逆だろう。世界を守るのが適合者の使命といえるので、例えばこれが面接なら失格だ。それなのに、組織の長にそう答える唯の度胸も大したものである。


「そうか。フッ、かつての私と同じだな」


 唯の返答を咎めるでもなく、昔を思い出しながら美影長官は語る。


「現役で戦っていた時、私も大切な人を守るために剣を握っていた。当時の私には世界がどうこう言われてもピンとこなかったのでな。だが・・・私はその人を失ってしまった・・・」 


 その表情は寂しそうだ。


「私は個人的な理由で戦うことを否定しないし、むしろそう答える人間の方が信用できる。君なら道を踏み外すことはなさそうだ」


 美影長官は一転してマジメな顔つきになった。


「君も知っての通り、この日本もあの日以降魔族の侵攻を受けた。滅亡した他国もある中で我らは被害を抑えることができた方だ。それでも多数の人間が死に、いくつもの都市が廃墟となってしまった。最近では魔族の巣すら作られてしまったりと、油断ならない状況が続いている。それなのに・・・」


 唯は静かに聞き入る。


「魔族側についた愚か者共がいる。私はそうした奴らを許す気はない。私は心の底から魔族を憎んでいて、この世界から滅ぼしてやりたいと思っているのでな。だから例え人間であっても魔族の肩を持つなら容赦はしない」


 その声から強い決意を感じる。瞳にも闘志が宿っており、自分自身で魔物を切り倒したいという意思すら感じさせるほどだ。


「魔道管理局にクヴィスリングの内通者がいるかもしれないという中、視察を中止しなかったのはもしかしたら敵を誘き出せると思ったからだ。君達には負担をかけることになってしまったことは謝るが・・・」


「負担とは思っていません。私も自分の守りたいものを脅かす敵を倒したいと思っています」


 唯は長官のように真剣な眼差しでそう答える。それを見て美影長官は心強い味方がいるものだと思った。


「君は、私に似ているな」




「見えない・・・」


 彩奈は前方の車を凝視する。ガラスにスモークが貼られているので、いくら魔力で視力の強化をしても中を見ることはできなかった。


「落ち着けよ。目的地までそんなに遠くないんだ、すぐ会えるだろ? それに今は仕事中だぞ」


「は? 唯を守る事が私の仕事よ。バカなの?」


 加奈に視線も向けずに彩奈がそう言う。唯のこととなれば他のことは視界にも思考にも入らない。


「まったく・・・何とか言ってくれよ、舞」


「いいではありませんか。モチベーションを保つ理由は個人によって違いますし、彩奈さんは今までもちゃんと任務に従事してきましたわ」


 舞は微笑ましそうに彩奈を眺めている。


「今回の事で私は決意したわ・・・」


 ようやく彩奈は席にちゃんと座る。


「え、何を?」


「唯の服に盗聴器を入れておくことを」


「すみません、この人を逮捕してくれませんか?」


 加奈は運転手にそう言うが、運転手も困惑して何も答えない。余計なことに巻き込まれるのはゴメンだとばかりに無視を決め込む。


「だって唯がたぶらかされていたらどうするの!?」


「いや、そんなことはないだろ・・・」


「分からないでしょ! あぁ・・・今ごろ唯があんな事やこんな事をされているかも・・・」


 彩奈は爪を噛む。


「もうダメだ、この人・・・」


 これ以上言っても仕方ないと、加奈は呆れ顔で外の景色に視線を移した。





 目的地に到着して美影長官の視察が始まる。このエリアは半月前に魔物に襲撃されて被害が出ていたが現在は復興も順調に進み、部隊の再編も行われたのでその様子を美影長官らが見て回る。


「諸君らも知っての通り、世界は危機に瀕している。魔族がこの表世界に出現して以降、無数の命が失われた・・・」


 適合者達が招集され美影長官の訓示が始まる。唯達は長官の近くに控えて有事に備えていた。


「しかし我が日本は他国に比べて優秀な適合者が多くいたこともあり、上手く防戦できたことで世界で最も国力を維持していると言ってもよい。つまり今後世界を牽引するのは我々であり、それを担うのは君達のような若者だ」


 その声には迫力があり、さすが大組織のトップだなと唯は思う。


「その未来を担う人材を戦いに向かわせなければならないのは心苦しいが、人類の・・・なにより君達自身のために魔族や裏切り者のクヴィスリングを打ち倒し、平和を取り戻せるよう頑張っていただきたい」


 そう締めくくって美影長官が敬礼して降壇する。適合者達の士気も上がったようだった。





「久しぶりに海を見たな」


 美影長官がこのエリアの指揮所にいる間、唯は建物周囲の警戒を彩奈としつつ、海を視界に入れていた。


「昔、海水浴に来た時にさ、クラゲに刺されてひどい目にあってね。あれ以来、海には入るのが怖くて」


「もしその時に私がいたらそのクラゲを八つ裂きにしていたわ」


 彩奈はかつて唯に危害を加えたクラゲに激怒する。そんな彩奈を見て微笑を浮かべつつ、警戒も怠らない。


「ふふっ・・・いつか平和になったら皆で海行きたいね」


 このご時世では海水浴などのレジャーを行うような余裕は無い。二人は皆で遊んでいる光景を思い浮かべて、平和を取り戻した後のことに想いを馳せる。

 その二人の近くを円筒状の機械が通過する。


「あれでちゃんと機能しているのかしら」


 それは単純な構造をしたパトロール用の自立型機械だ。胴体には日ノ本エレクトロニクスと刻印されている。

 日ノ本は日本のトップ企業グループだ。重工業や衣類などの様々な分野の子会社を持ち、今や生活に必要不可欠な存在となっている。そもそも日ノ本はシャドウズに資金提供を行っていた企業で、適合者も多数在籍していた。そのことから魔具を製造していたり、破界の日以降も柔軟に対応することで現在の地位に上り詰めたのだ。


「安心安全の日ノ本製だよ? 弱そうに見えてもちゃんと働いてるんだよ」


 自慢そうに唯が言う。日ノ本の製品をよく使う彼女にとっては身近な存在なのだ。

 こうした機械が警戒任務にあたっているが、やはり人間でなければ見落としてしまうようなことはまだ多い。そのため要人警護の際などはこうして人間の目は欠かせないのだ。





「これで本日の視察は終了です」


 美影長官の秘書がそう告げて、行きと同じ編成で各員車に乗り込む。アクシデントもなく順調にスケジュールをこなすことができたが帰るまでが任務であり、ここにいる誰も油断してはいない。


「おかしい・・・またも私と唯が離れ離れなんて・・・」


「そう落ち込むな。彩奈、たまにはあたしと一緒なのも悪くないだろ?」


「えぇ・・・何、言ってるの・・・?」


 彩奈は本当に引いた顔をする。まさか加奈にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。


「いいから行くぞ!」


 加奈が嫌がる彩奈を引きずっていく。




「まだ気を抜くなよ? 安心は隙を生む」


「はい」


「と、言ったそばから・・・」


 美影長官が前方を指さし、唯はそちらを見る。


「来たか・・・」



 

 湾岸エリアから離れ町はずれの寂れた公道を走っている4台の魔道保安局の車列に対し、大型トレーラーが猛スピードで突っ込んでくる。


「やるか・・・」


 唯は窓から身を乗り出し杖から魔力光弾を放つ。その一撃はトレーラーの前輪の一つを吹き飛ばすことに成功し、トレーラーは車列の少し前で横転して停止した。


「しまったな」


 狭い道路であったためそのトレーラーで塞がれてしまった。脇には廃屋が立ち並んでおり、迂回もできないのでこのまま来た道を戻るしかない。しかし、


「あっちが本命だな」


 唯が振り返ると車列の後方から複数台の車が接近して道を塞ぐように停車する。これでいよいよ身動きがとれなくなった。


「長官はここにいてください。私が対処します」


「あぁ。任せたよ」


 唯は車から降りて腰のホルスターからハンドガンを取り出して右手に持つ。こうした通常火器は魔物に対しては効果は無い。しかし、これから相手にするのは人間だ。それならば充分な脅威として機能する。

 更に左手には刀を装備する。唯のメイン魔具の聖剣は魔物との戦闘では有効な武器だが、取り回しが悪い。機動力の高い人間相手ならば刀の方が聖剣で戦うよりもやりやすい。


「彩奈、行くよ」


「えぇ」


 クヴィスリングの適合者達が一斉に襲いくる。車列の直掩は加奈や舞、他の魔道保安庁の適合者に任せ、唯と彩奈は敵に斬りこんでいく。


「そこっ!」


 唯は銃のトリガーを引く。弾丸は的確に相手の適合者の胸部を撃ち抜いて絶命させる。


「悪く思わないでね・・・」


 最初にクヴィスリングと交戦した際、敵とはいえ人間を倒すことにためらいがあった。しかしこちらがためらっても相手はそうではない。殺意を漲らせて攻撃してくる相手と和解などできるわけもないのだ。唯は意識を切り替えて相手を切り捨てた。その時からもう唯に迷いはない。敵対するのならば撃滅するだけだ。


「当てるっ」


 更に敵の適合者の一人を撃つ。




「死ねぇっ!」


 唯の背後から敵の適合者が剣で斬りかかってくるが、その攻撃を振り向きざまに刀で受け流し唯は距離をとる。


「甘いよ」


「ちっ」


 その緑髪の適合者は間合いを測りつつ剣をかまえる。殺気が唯に伝わってくるがこの程度ではひるまない。


「何故、魔人に協力するの?」


 唯が唐突に問いかけた。それに相手は驚いたようだが、気味の悪い笑みを浮かべながら答える。


「私はね、人間が嫌いなんだ。でさ、魔物って魅力的だし、だったらいっそのこと魔物と一緒に人間をぶっ殺してさ、楽しもうと思ったんだよ!」


 発狂しているようにそう叫ぶ。もはや薬物中毒者のような異常なテンションに唯は眉をしかめた。


「・・・狂ってる」


「お前だってさっき人間を撃ったり、斬ったりしたじゃん。それじゃあ私達と変わらな・・・」


 緑髪の適合者の言葉は途中で遮られた。一気に距離をつめた唯によって剣を持った右腕を斬りおとされたからだ。


「私はお前達とは違う。好きで殺したわけじゃない。ただ、私や、私の大切な人の邪魔をするなら容赦はしない。そもそも私は魔物が嫌いだし、その悪行を許さない。だからそれに加担するあなた達のことも・・・」


「く、くるなぁあああ!!」


 緑髪の適合者は残った左腕で唯に殴りかかる。が、そんな攻撃があたるわけがなく、


「さようなら」


 唯は冷静に避けて刀で相手を両断する。


「こんなことに慣れていく私も狂ってるのかな・・・」





 襲撃してきたクヴィスリングの適合者達はあまり時間もかからずに倒された。この場にいる魔道保安庁の適合者は実力の高い者達ばかりで、戦闘力に差がある。


「どうして人間同士で戦わなければならないのか・・・」


 唯の呟きを彩奈は聞き逃さない。


「どうしたって分かり合えない相手はいるものよ。世界のピンチでも、それを利用しようとする者だって現れるだろうし、全ての人間が一丸となるなんて無理でししょうね」


「悲しいね。皆が私と彩奈のように分かり合えればいいのにね?」


「私と唯の繋がりは特別なのよ。他の皆が同じようにはできないわ」


 ドヤ顔で彩奈がそう言う。こんな世界の中で、そんな彩奈だけが唯にとっての癒しだった。





「これまでかぁ・・・」


 物陰に隠れていた一人のクヴィスリングの適合者が逃げ出す。すでに味方はおらず、一人でどうにかできる相手ではない。


「あんな強いとは・・・帰って報告しないとな・・・」



                            ―続く―

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