第11話 The devastated world

 荒廃して人気のない廃墟都市を一つの人影が駆けていく。


「こっちかな・・・」


 ダークスーツに身を包み、右手には白銀の聖剣を携えている。その栗色をしたセミロングの髪がなびき、動きの素早さが見て取れるようだ。


「唯、あたし達もそっちに向かってる。一度合流しようか?」


 高山唯はヘッドセットから聞こえてきた提案を聞きつつも止まることは無い。


「今敵を捉えたよ。数は多くないからやっちゃうね」


「油断するなよ」


 唯は了解と返すと加速した。その先には異形の怪物、魔物が6体蠢いている。


「いくよ!」


 聖剣で一閃。魔物の一体が真っ二つに切断される。その奇襲に驚いたように魔物達が蠢くが、視界に唯を捉えることはない。


「お前も!」


 高機動で魔物の側面に回り込んで斬りかかり、次々と撃破する。もはやベテランの域に達していると言えるほど鮮やかな戦闘であった。


「ふぅ・・・」


 わずか数秒で6体の魔物を撃滅し、唯は聖剣にこびり付いた魔物の肉片を落とす。


 午後7時という時間である。以前ならば人々が行き交い、ネオンの光が眩く輝いていたことだろう。しかし、唯の目の前に広がるのはひび割れた道路、崩れたビルの残骸、潰れた自動車だ。

 そんな風景を見るのに嫌気がさしたので空を仰ぐ。


「綺麗だな・・・」


 夜空を埋め尽くす無数の星の海が広がっていた。






「唯、お疲れ様」


 黒髪の女性が唯に言葉をかける。その東山彩奈もまたダークスーツを纏っていて、唯を見つけるなり笑顔になった。


「彩奈も。今日も可愛いね!」


 そう言って唯は彩奈の頭を撫でる。この二日間は別任務に従事していたせいで、あまりコミュニケーションを取れなかった。わずか二日とはいえ唯と彩奈の二人にとっては長い時間に感じられる。


「まったく、この世の終わりみたいな顔で魔物を叩きのめす様子は悲壮さすら感じたぜ」


 彩奈と同行していた加奈がからかう。


「私の知らないところで唯が死んでいたらどうするのよ。それはこの世の終わりと同じよ。バカなの?」


 唯に撫でられて惚けていた彩奈の表情が真顔になって加奈を睨む。


「親離れできない子供みたいだ」


「は? 意味の分からないことを言ってるとぶっ殺すわよ」


「ひえ~」


 加奈は唯の背中に隠れる。


「だからあたしと唯を交代するべきと言ったんだ!」


 作戦会議中に上官の神宮司からチーム編成を告げられた時の彩奈の顔を加奈は忘れない。死んだ目で神宮司を見つめ、体からは魔力のオーラが漏れ出していた。それを見た加奈が慌てて編成の変更を進言したが結局変わらなかった。

 任務中の彩奈はまさに鬼の形相。もはや魔人かと思うほどだった。同行していた加奈は胃に穴が開くかと思い、はやく唯と合流したいと願っていたほどだ。


「まぁまぁ。こうして無事に会えたんだし、めでたしめでたしってことで。さ、舞も待ってるし、帰ろう」


 舞は唯に同行しているが、先ほどまで少し離れた地点で魔物と交戦していて、今は後方の待機地点にいると連絡があった。




「皆さんご無事でなによりですわ。神宮司さんに報告を入れておきますわね」


 四人は合流して簡易拠点に入る。その建物には”魔道保安庁臨時拠点”のプレートが取り付けられている。

 魔道保安庁は唯達の所属組織である。一年半前、唯達が魔女サクヤを打ち倒したが人類の危機は去らなかった。ガイア大魔結晶から放出され、世界を覆ったオーロラに似た天使族由来の魔力によって世界は一変したのだ。世界中の空間の歪みが拡大してしまい、裏世界から魔物や魔人達が表世界に流れ込んできてしまった。結果、多くの国家が滅亡し、無数の人間が犠牲となった。日本においても表世界に魔物が現れたが優秀な適合者が多かったことや、シャドウズの初期対応が早かったことで他国に比べればまだ被害を抑えることができた。政府は非常事態を宣言し、シャドウズをバックアップ、後に国家機関として認定し再編が行われ、魔道保安庁が設立されたのだ。唯達は高校卒業後に正式に魔道保安庁に所属し、魔物と戦っている。


「はぁ・・・」


 唯はパイプ椅子に腰かける。部屋にあるモニターには先ほどまで唯が戦っていた廃墟都市が映し出されていた。


「あの時・・・」


 魔女サクヤを倒したあの日のことを思い出す。後に”破界の日”と呼ばれるようになったその日に大魔結晶を破壊したのは自分だ。もし破壊せず、違った方法でとめていれば世界は壊れずに済んだのかもしれない。それについて舞は、魔女の術がほとんど完成していたために起こった事象であり、あの時点で大魔結晶を破壊しなければ完全な状態で術が発動してしまい、世界は完全に終わっていたかもしれないと言った。だから唯が悪いのではない、諸悪の根源はあの魔女なんだと。とはいえ唯の中で後悔がなくなるわけではなく、今でも自責の念にかられる。

 そんな唯の様子に気づいた彩奈が後ろから抱き着く。


「彩奈・・・?」


 何も言わずに唯を優しく包み込む。唯は彩奈の気遣いに嬉しくなり、目を閉じて身を任せる。



 

「さて、今回のミッションは成功しましたが・・・」


 ブリーフィングルームにて舞が唯達の前に立って神宮司からの指示を伝達する。


「わたくし達ハウンド小隊はこれより、首都防衛隊に合流しますわ」


「東京に向かうのか」


「えぇ。どうやら中部地方の裏世界から出現した魔物達に苦戦しているようで、その一部が東京へと侵攻しているようですわ。これは我々の出番ですわね」


 他の地方に比べて多くの適合者が首都に配備されているが、絶対的な数は足りていない。

 唯達ハウンド小隊の任務には関東地方を中心に出現した魔物を現地の部隊と共に殲滅することも含まれている。自分達が担当するエリアは高校時代の場所から変わらないが最近はこうした遊撃任務が増えており、ハウンド小隊は魔道保安庁の中でも重要な部隊として認知されていた。


「私は唯と一緒ならどこへでも」


 彩奈は今回別行動だったことをよほど根にもっているのだろう。


「出発は三十分後ですから、準備をお願いしますわ」





「来たな。お前達が参戦してくれれば心強い」


 神宮司が唯達を出迎える。神宮司は舞と古くからの親交があり高校時代にも舞達のチームをバックアップしてくれていた。現在は魔道保安庁の幹部であり、ハウンド小隊は神宮司麾下の直属部隊となっている。


「当初想定していたよりも敵の数が多くてな。お前達には存分に働いてもらうぞ」


「特別手当は出るんすよね?」


 加奈が軽口を言う。


「それは活躍次第だ。上手くやれば臨時ボーナスに期待できるかもな」



 

「私達は最前線か・・・」


 唯は魔物が侵攻してくる方角を見た。魔力で目を強化することで双眼鏡並みの視力を得ており、多数の魔物の姿を視認している。


「まだ首都防衛隊の練度は高いとはいえないわ。私達ができるだけ数を減らさないとね」


 唯の隣の彩奈がそう呟く。破界の日以降、適合者として覚醒する者が各地でそれなりの数現れ、戦力増強に期待された。だが適合者として基礎から鍛える必要があり、高度な戦闘が可能になるにはまだ時間が必要だった。首都防衛隊の人数は多いがルーキーも多く、本格的な戦闘では苦戦するだろう。


「唯さん、敵が射程圏内に入ったらいつものアレをお願いしますわね」


「うん。任せて」


 唯は右手に握った聖剣を掲げる。この一年半を共に駆け抜けた大切な相棒だ。


「なぁ、もしかしてあたし達の様子って本部に中継されてんのか?」


 加奈が近くを浮遊するドローンを指し、備え付けられたカメラがこちらに向いているのを見て渋い顔をする。


「えぇ。なんといっても、わたくし達は最前線で先陣を切る期待のエース部隊ですわ。その戦いぶりを皆さん見たいのでしょう」


 加奈のヘッドセットから神宮司からの声が聞こえる。


「まじめにやれよ。こっちには保安庁の上層部だけでなく、政府高官と魔道管理局の奴らもいるんだから・・・」


 魔道管理局は魔道保安庁を監視する目的で設立された組織だ。適合者は一般人からしたら魔物を倒す英雄であり、未知なる力を持つ恐怖の対象でもある。適合者が暴走すれば一般人に対処するのは困難であり、そうした事態を防ぐためにも抑止する者が必要だという理屈だ。管理局側にも適合者が所属しているので互いに監視し合い、問題を起こさないよう注意をはらっている。


「しょうがねぇな・・・じゃあここであたし達の活躍をしっかり見てもらわねぇとな」


「また私の唯が目立ってしまうわね」


 彩奈は複雑そうな顔で呟く。それはいらぬ心配ではと思うが加奈は口にはしない。口論で彩奈に勝てるわけがないのはこれまでの経験でよく分かっている。


「そろそろかな。三十秒後に大技を使うよ」


 唯は聖剣に魔力を流す。


「了解。唯、いつだって私があなたを守るわ。だから目の前の敵に集中して大丈夫よ」


「ありがとう。頑張るね」


 唯の気力増大に呼応するように聖剣の輝きが増した。攻撃の準備は整い、後は実行に移すだけだ。


「いくよっ・・・無限斬りっ!」


 剣の刃の形をした閃光が伸び、振り下ろされる。

 その光が多数の魔物を捉え、先ほどまで唯達の目の前に迫っていた敵の多くが消滅した。戦略兵器並みの攻撃力はいつ見ても圧巻の一言に尽きる。


「よし、残った奴はあたしがいただく!」


 加奈が薙刀を構えて飛び出す。もう魔物の数は少なく、この程度なら加奈達にとっては脅威ではない。


「あまり突出しすぎないでくださいね」


 舞が加奈を援護する位置につき、身長ほどの長さの杖から魔力を凝縮した魔力光弾を放って魔物を粉砕する。




「さすが唯ね」


 彩奈は唯のそばに控える。魔力のほとんどを使った唯は回復するまで自衛するのは不可能だ。その隙に唯がやられないよう護衛するのが今の彩奈の役割だ。


「上手くやれたね。これで勝てればいいけど・・・」


「別の魔物の群れが進行中のようだけど、あの程度の数なら防衛隊でも充分対処できるはず」


 ちなみに彩奈のいうあの程度の数とは、並みの適合者にとっては恐怖するレベルである。いくつもの激戦をくぐり抜けてきた彼女だからこそ、そう言えるのだろう。

 唯の視線の先で戦っている加奈と舞も多数の魔物を撃破する。このエリアの勝利は決定的だった。





「やるな」


 神宮司は唯達の戦いぶりを大型モニターで確認していた。 

 今彼女がいる魔道保安庁の大会議室には多数の人間が集まっていた。その場の多くの者が不安げな表情で大型モニターを見つめ、ダークスーツを身に纏う四人の適合者の戦いを観戦している。戦闘は唯達ハウンド小隊の有利なまま推移しており、モニターは別方向から侵攻する敵を迎撃する首都防衛隊の映像に切り替えられた。

 神宮司は席を立ち別室の指揮所に向かおうとしたが、声をかけられて立ち止まる。


「あの子たちが神宮司さんのお気に入りなんですね?」


「・・・私に何か?」


 神宮司は面倒そうに聞く。相手が魔道管理局の中原摩耶だったからだ。何かと突っかかってくるので会いたくない相手なのだ。


「いえ、彼女達を称賛しようと思いまして。おかげで被害を抑えることできましたからね」


 薄ら笑いを浮かべながら心にも思ってないことを言う。


「けれど時に大きな力は災いに転じることもある・・・」


「何が言いたい? 彼女達が人類の脅威になるとでも?」


 神宮司は苛立ちを隠さない。唯達は人々を救うために命をかけて戦っているのだ。その彼女達に対して失礼極まりないし、神宮司自身、ハウンド小隊のメンバーとは付き合いも長くそんな風に言われれば腹も立つ。


「そうならないように、あの猟犬達にちゃんと首輪を付けて、手懐けておいてくださいよ。力は適正に管理、制御されるべきです」


 そう言い残して中原は去っていく。神宮司はその背後から殴りつけてやろうかと思ったが、理性を働かせて殺気を振りまくだけにとどめた。


                            ―続く―

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