第10話 決戦 Over the world

 指定された通り、23時に唯達は臨時指揮所に集合していた。決戦の時は近づいている。


「集まったな。よし、これを着ろ」


 神宮司の部下から渡されたのは本部直属の部隊が着用している戦闘着だ。黒を基調としており、体にフィットしたもので動きやすい。


「ついにこれを着れる日がきたぜ。どうだ、似合ってるか?」


「とても似合っていますわ、加奈さん」


 舞達は更衣室で着替える。


「すごい、サイズがピッタリ。いつの間に計ったんだろう」


 唯はその戦闘着がちょうど体に合っていることに疑問を持ったが、深く考えないことにした。


「よし、頑張ろう」


 両手を握りしめて気合を入れる。


 戦いの準備は整った。後は敵に思い切りぶつかっていくだけだ。





「各員、配置につきました」


 敵の制圧している街を囲うように多数の照明が用意され、魔力障壁を照らしているので昼よりも明るく感じる。高濃度の魔力によって障壁が作られているせいか、内部に光は届かず反射されている。


「よし・・・高山、10分後に戦闘開始だ。準備はいいか?」


「はい、大丈夫です」


「私がお前に合図をしたら、全力であの魔力障壁に攻撃を行え」


 唯は頷く。その手は少し震えているように見えた。


「唯、緊張してる?」


 隣に立つ彩奈が心配そうに聞く。


「ちょっとね・・・うまくあれを壊せるといいんだけど・・・」


 聖剣を持つ手に力がこもる。自分の力がこの戦いのキーを握ってるのだ。失敗するわけにはいかない。

 そんな唯に舞と加奈も近くに寄る。

 一人じゃない。唯は心を強くもつ。


「あの・・・こんな時になんだけど・・・」


「ん? どうしたの?」


 彩奈は恥ずかしそうに舞と加奈を見る。


「私もその、二人を名前で呼ぼうかと思って・・・」


 二人は驚く。まさか彩奈がそんなことを言うなんて、少し前までなら想像もできなかったことだ。


「あらあら、それは嬉しいですわね」


「あぁ、あの彩奈がついに・・・さぁ、さっそく呼んでみてくれ~」


「・・・舞・・・加奈・・・」


 その顔は真っ赤だ。


「おぉ! とても新鮮な気分だぜ。にしてもどんな心境の変化だ?」


「後悔したくなかったの。もしかしたらこれで話すのも最後かもしれないから・・・」


 加奈は彩奈に近づく。


「大丈夫さ。あたし達は必ず勝って、生きて帰るんだ。これが最後にはならない」


「そうですわ。もっと彩奈さんの照れ顔を見たいですしね」


 唯が彩奈の手を握り、笑顔で顔を覗き込んだ。


「私達は四人で次の朝を迎えるんだ。誰も欠けずに」


「・・・そうね、私が弱気になっててはダメね。皆、絶対に勝つわよ」


 唯は三人に出会ってからの事を思い出す。いろいろあったけど、この四人だからここまでこれたのだと思う。


「もうすぐ時間だね・・・」


 唯は不気味に赤く光る魔力障壁を見る。禍禍しいその壁の先に討つべき敵がいるのだ。


「成功するイメージを持つのよ。そうすればきっと道を切り拓ける」


 彩奈は唯の手を強く握って励ます。


「うん。見ていて・・・ねぇ、この戦いが終わったらさ、前に彩奈と一緒に行ったアイス屋さんに行こうよ」


「そうね。今度は私が奢るわ」


 間もなく日付が変わる。人類の存亡がかかった戦いが始まる。

 だが、もう唯に不安は無かった。





「高山、頼むぞ」


「はい、いきます!」


 唯は聖剣を構えて全魔力を流し、大きなオーラによって包まれた。


「夢幻斬り!」


 巨大な光の刃が伸びて振り下ろされる。


「いけるか!?」


 刃は魔力障壁に激突する。激しい光が四方に飛び、照明の光以上に周囲を明るく照らす。


「このおおおおおおおおおおおお!!!!」


「後少しよ唯!!」


 二つの高エネルギーの衝突が爆発に転じる。衝撃波が木々をなぎ倒し、自動車を吹き飛ばした。

 その瞬間、障壁は砕け、光の刃も消滅する。


「やった・・・!」


 ついに魔力障壁が消滅したのだ。もう、適合者達を阻むものはない。


「総員、前進! 敵を血祭りにあげろ!」


 神宮司の号令で次々と適合者が街へ突入していく。


「唯! やったわね!」


 彩奈は唯に抱き着く。唯は全魔力を使ったのでふらふらだ。


「うん、これで勝てるかも・・・」


「唯はここで魔力を回復させるんだ。あたしと舞は先に行ってるぜ。彩奈、唯を頼む」


 加奈と舞は敵陣に向かう。


「唯、これを」


 彩奈は魔結晶を渡す。ここから魔力を吸収して回復時間を短縮させることができるのだ。


「ありがと。表世界は魔素が多いからすぐに魔力がたまるね」


 その魔素をサクヤは奪おうとしている。そうなれば対抗手段を失い、人類はただ蹂躙されるだけだ。


「唯、あれを見て」


「あ、あれは・・・」


 街の中央に城が見える。その異様な建造物は、もとからあった物ではないだろう。


「あんなものを作ることができるなんて・・・」


 彩奈も驚いているようだ。


「でも、逆にあの魔女の居場所が分かるね。あそこに行って、倒してやろう」




「さすがに敵が多い・・・」


 街に侵入できたのはいいが、展開する魔物の数はかなり多く、突破は困難だ。


「わたくしにお任せを。血路を開いてみせますわ」


 舞は魔結晶を杖に取り付ける。


「皆さん、射線上から退避を!」


 杖が眩く発光する。

 唯の一撃ほどではないが、極太の光が放たれ、敵を一気に消滅させる。

 防衛線の一角が崩壊し、そこをめがけて多数の適合者が突撃する。


「さすが! あたしも負けてられないな!」


 魔物をすれ違いざまに切り裂きながら先に進む。

 だが、魔物もやられるだけではない。城のほうから増援が飛来し、適合者を攻撃する。


「通してもらう!」


 加奈は薙刀を構えて立ち向かっていく。




「よし、もう大丈夫。彩奈、行こう!」


 唯と彩奈も加奈達を追って街を突き進んでいく。その途中、魔物の残骸だけでなく適合者の遺体も目にした。今までにない規模の戦いであり、いつ死ぬか分からない。


「散っていった人達のためにも、必ず勝つ!」


 唯は前方から突進してきた魔物を切断する。


「見ていて三宅さん・・・あなたの分まで戦うわ!」


 今はなき戦友のためにも未来を掴む。大切な仲間と共に。





 各地で一進一退の攻防が続く。戦闘開始から一時間以上経過しているが、まだ城にたどり着いた適合者はいない。


「やるな、人間・・・」


 サクヤはまだ安全な城から外を見る。魔力障壁が破られ、人間が侵攻してきているが焦りはない。


「サクヤ様、もうすぐ準備が整います」


「あぁ、分かった。敵は頑張っているが、ガイア大魔結晶の修復が完了すれば後は全て我らの思い通りになる」


 サクヤは大結晶が置かれる広間へと向かう。





「加奈さん、あれを・・・」


「ちっ、敵も本気だな」


 徐々に人間側が敵を押し込んでいくが、準魔人と大型の融合型魔物の投入によって押し返される。

 融合型が魔力光弾を乱射して牽制する。適合者達は回避を行うが、そこに準魔人が襲いかかってきた。


「ダメか・・・」


 加奈の近くで戦っていた適合者の首が飛んだ。


「厳しい戦いですが、諦めるわけにはいきませんわ!」


 舞の魔力光弾が敵を撃ち落とす。魔力回復が容易な表世界では、裏世界での戦闘よりも技を多用できる。そのため、舞は移動砲台のように光弾を放ち、多数の敵を撃破している。

 そんな中でまた一人の適合者が散る。もう一体何人戦死者がでているか分からない。


「お前達がいなければっ!」


 加奈は薙刀に怒りを乗せて振る。もう誰も死なせないためにも戦う。




「お姉様、第23部隊が全滅しました」


 部下の報告を聞きながらも戦闘を続ける。


「そうか・・・」


 魔物の数は無尽蔵にも思えるほどキリがない。神宮司の圧倒的な戦闘力をもってしても苦戦している。


「しかし、我らに後退することは許されない。ここで勝たなければ!」


 数体の魔物が切り裂かれ、その破片が飛び散る。


「あの城にさえ辿り着ければ・・・!」


 しかしまだ城までは遠い。


「我ら人類の底力を化け物どもに見せてやれ!」


 神宮司に続いて何人もの適合者が跳躍する。最後の一人になったとしても彼女達は戦うだろう。それだけの覚悟をもってここにいるのだ。



 

「舞! 加奈!」


 魔力を回復した唯と彩奈は加奈と舞と合流した。


「きたか! これで百人力だな」


 加奈は敵の攻撃を避けながら舞の元へと退避する。


「これくらい!」


 魔力障壁を展開して敵の光弾を弾き、自分と加奈を守った。

 その攻撃をする魔物を彩奈が切り伏せる。


「敵が多いね」


「このままではキリがないわ。あの城に乗り込んで親玉を叩かないと」


 彩奈の視線の先、サクヤのいる城は健在だ。


「近づいたら唯にまたあの強力な一撃を放ってもらって破壊するか?」


「そうですわね。あの城ごと吹き飛ばせれば・・・」


 四人は近づく敵を倒しつつ、城を目指すことにする。電波障害が発生しており、本部や他部隊との連絡は不可能な現状では、もはや現場判断で動くしかない。一般的に考えれば連携の取れてない戦闘など論外ではあるが、この異常事態の中ではそんなことを言っている場合ではない。各人が今できる最善を尽くして人類の未来のために戦うしかないのだ。

 唯達が吶喊したことで敵の防衛線の一部が乱れる。この好機を周囲にいる適合者達は見逃さない。これがチャンスとばかりに攻勢にでて唯達と同じように城を目指して進んでいく。


「止まったら囲まれる! 一気にいくぞ!」


 敵も唯達を城にたどり着かせないように、狂気に憑りつかれたように追撃する。


「いける! これで!」


 立ちふさがる大型の融合型魔物を四人は機動力を活かして翻弄し、攻撃をされる前に細切れにする。

 城までの距離はかなり詰められた。


「もう少しですわ!」


 後方から四人を追う魔物達の数は多いが、更にその後方から進撃する適合者達によって次々と撃破され、その勢いは衰えている。


「この距離ならいける! 皆、援護をお願い!」


 唯は聖剣を構え、魔力を集中させる。


「よし、敵に唯をやらせるな!」


 加奈は敵の気を引くように派手に動き回り、魔物を切り裂いていく。


「いけえぇぇぇぇ!」


 唯が魔力障壁を破壊したときのように光の刃による一撃を放つ。

 しかし、その一撃は城を両断することはなかった。


「なっ!」


 虹色に輝く魔力障壁に防がれてしまう。唯の攻撃に合わせてサクヤが展開させたのだ。





「甘いな。この私も貴様と同じ、天使族の魔力を手に入れたのだ。貴様だけが特別だと思うな」


 サクヤは城の屋上から唯を見下ろして自信に満ち溢れた笑顔を浮かべる。





「くっ、あの魔女が・・・私から吸収した力で・・・」


 魔力の切れた唯はその場で動けなくなる。


「マズいわね・・・」


 彩奈は唯に近づこうとする魔物を撃破しつつ、物陰へと唯を誘導した。


「ごめん、失敗しちゃった・・・」


「謝ることはないわ」


 彩奈は唯の手を握って魔力を送る。少しでも早く唯を回復させるためだ。


「きっと同じ手は通じない。こうなったら城に乗り込んで直接倒すしかないか・・・」


 この周囲にも魔物が多数集まりつつある。この状況ではあのような大技を使うためのチャージなど不可能だ。仮に攻撃できても、また魔力障壁を展開されて弾かれる可能性が高いうえ、魔力切れを狙われて唯が殺されるかもしれない。あの魔女が天使族の力を持つ以上、同じ力を持つ唯が数少ない有効な対抗手段であり、失うわけにはいかない。


「くっ、敵か」


 彩奈達の近くに準魔人が現れる。

 唯と彩奈はすぐに立ち上がり、防御を行う。


「ちっ。邪魔して・・・」


 まだ唯の回復は完全ではない。彩奈は反撃に移り、準魔人を両断する。


「ここまできたのに・・・負けるわけにはいかない・・・!」


 唯は飛行型の魔物を切り捨てるが、背後からの攻撃を受けて地面に転がった。


「うっ・・・」


 唯を蹴り飛ばした飛行型魔物がトドメを刺すべく接近する。

 しかし、唯のもとにたどり着くまえに光弾を受けて絶命した。


「大丈夫ですか!?」


 唯の近くに降り立ったのは二人の適合者だった。見覚えのないその二人は唯と同じくらいの年齢に見える。


「ありがとう。助かった」


 唯は立ち上がって礼を言う。


「へへっ、きにするなって! それより、あんたは高山唯だよな?」


「そ、そうだよ。でもなんで私のことを?」


 元気が取柄と言った感じの一人の適合者が唯の手を握りながら得意げに答える。


「そりゃ、あんたがシャドウズでは有名人だからだよ。いやあ、こうして会えたのは嬉しいよ」


「こらこら、まだ戦闘中なんだよ。あの、高山さんはあの城を目指してるんですよね?ここは私達が引き受けるので、先に進んでください」


 もうひとりが唯にそう言う。


「・・・分かった。敵のボスは私が必ず討つからね。二人とも死んじゃダメだよ」


「唯、行きましょう」


 唯と彩奈は城に向かって走っていく。


「あの二人はきっと硬い絆で結ばれているわね」


 二人を見送りつつ、唯に城に向かうよう促した適合者が呟く。


「分かるのか?」


「なんとなくそう思ったの」


「私達だってそうだろ?・・・さっさと敵を片付けて遊びにでも行こうぜ」


 照れくさそうに言って魔具を構える。


「うん。私達の力を見せつけてやろう」


 この戦場にはたくさんの適合者が集っている。その一人一人に物語がある。そうした人々が明日を迎えるために命を懸けるのだ。




「皆さんを見失いましたわ・・・」


 舞は敵に囲まれており、防御に専念していた。近接戦を得意としていないために焦りを覚える。


「くっ・・・」


 右足に敵の攻撃が掠める。姿勢を崩してよろけるが、杖で魔力障壁を展開して魔物を寄せ付けない。

 とはいえ、障壁にも限界がある。このまま攻撃を受け続ければ破壊されてしまうだろう。


「ここまでですわね・・・」


 周囲は魔物だらけで、突破は困難だ。味方とはぐれてしまい、援護は期待できない。


「少しでも多く道連れにしてやりますわ!」


 舞は杖に残った魔力を凝縮させて最期の大技を放とうとする。


「諦めるには早いぜ!」


 だが、その一撃を放つ前に加奈の声が聞こえた。


「加奈さん!?」


「すまねぇ、遅れた。舞はそのまま魔力障壁を解くなよ。あたしがなんとかする」


 魔力を全身に巡らせてブーストをかけながら、目にもとまらぬスピードで魔物達を切り伏せていく。


「このあたしが生きている間は舞に手出しはさせない・・・!」


 舞を囲っていた魔物を撃滅して薙刀にこびり付いた肉片を落とす。


「ふふっ、また助けてもらいましたわ」


「何度だって助けるさ」


 舞にそう言う加奈の背中はとてもかっこよく見える。


「唯達ともはぐれちまったからな・・・探さないと」


 加奈はブレスレットの水晶を使って唯達のいる方角を確かめる。


「もう城に入ったのか? よし、後を追うぞ」


「えぇ、行きましょう」





 唯と彩奈は城の内部に侵入に成功する。敵の数は少なく、今の唯達の敵ではない。


「上の階から強い力を感じる・・・きっと大魔結晶はそこにある」


 二人は階段を駆け上がっていく。


「この先かな」


 数体の準魔人を倒して大きな扉の前に辿り着いた。その扉越しに強い魔力を感じ取り緊張で唯の手は少し震えているが、思い切って開いていく。


「よくぞここまで到達したな」


 扉を開けた先の大きな部屋で待っていたのは魔人ヨミだ。闘志に溢れた瞳で唯達を睨む。


「お前か・・・」


 彩奈も殺気を漲らせて魔具を構える。唯を捕らえた魔人を目の前にすればそうもなるだろう。


「ここは任せて。唯は先に行って!」


 唯は彩奈の瞳を見つめて頷き、駆け出す。

 その唯をヨミは見送り、何故か手出しをしない。


「なぜ見逃す?」


「サクヤ様はあいつと会うことを望まれているからな」


 彩奈の問にそう答えて武器を構えた。


「また前のように痛めつけてやろう」


 邪悪そうな笑みを浮かべながら地面を蹴り、一気に彩奈との距離を詰める。

 ヨミが突きを放つが彩奈はそれを避けて距離を取った。


「甘い!」


 しかし、その攻撃は本命ではなく回避されることは想定している。

 彩奈の回避先に雷撃を放つ。


「そうきたっ!」


 だが彩奈もそれは分かっていた。だからあえて回避距離を短く取り、次の攻撃に備えていたのだ。

 雷撃を見てすぐさまサイドステップで避ける。


「やるな」


 刀を腰だめに突っ込んでくる彩奈をいなし、ヨミも斬撃を行う。


「以前の私と思わないで・・・!」


 彩奈はその攻撃を受け止めた。その目はヨミの動きをしっかりと捉えており、高速で行われる攻撃を見逃さない。


「ほう・・・」


 もう唯と離れたくないというその気持ちが彩奈を強くする。人の想いは時に自分の限界すら超えた力を与えてくれるのだ。





「見つけた!」


 唯はヨミのいた部屋の奥にある扉を開けて大魔結晶を発見した。その手前には余裕そうな表情のサクヤが立っている。


「やぁ。元気そうでなによりだ」


 ゆっくりと歩を進めて唯の方に向かってくる。


 唯は聖剣を構えてサクヤを睨む。


「そんなに気を昂らせるな。私はお前に話があるのだから」


 当然そんなことを言われて油断する唯ではない。聖剣を構えて魔力を漲らせながら聞く。


「私の元にこないか?」


「・・・何を言ってるの?」


 唯はサクヤの意図が読めず困惑する。


「言った通りだ。私と共に来い。お前のその力を失うのは惜しい。私の元に来れば、お前もこの世界の頂点に立てる。その特別な力があれば、我らの支配力は盤石なものになるだろう」


 サクヤから敵意は感じない。どうやら本気で唯を勧誘しているようだ。


「悪い話ではないだろう? そうだ。お前と共に来た仲間も加えてやる。それならどうだ?」


 唯の意志は決まっている。


「断る」


 きっぱりと言ってサクヤの提案を切り捨てた。それが予想外と言わんばかりにサクヤは困惑している。


「私は別に世界を手に入れたいなんて思わない。彩奈や皆とただ静かに、幸せに暮らしたいだけ」


「愚か者め・・・いいだろう。この私に従わないのならば排除するだけだ!」


 杖を右手に装備して魔力光弾を唯に飛ばす。

 それを回避しつつも駆け出し、聖剣を振るう。


「この威力はさすがだ」


 サクヤは左手に装備したレイピアで受けるが簡単にへし折れる。

 次の攻撃を躱すべくすぐさまバックステップで下がると、別の剣を取り出して握った。


「だが、負けん!」


 あくまでサクヤの戦闘スタイルは遠距離からの魔術攻撃だ。近接戦ができないわけではないが、分が悪い。


「これでどうだ!」


 自身の周囲に魔術紋章を展開。そこから多数の光弾が放たれて唯を狙う。


「見えるっ!」


 唯は光弾の軌道を予測し、くぐり抜けながら突撃する。こういう時、冷静に敵の攻撃を見れるかというのも生死の分かれ目になるのだ。


「この程度でっ!」


 とはいえ激しい攻撃全てを避けるのは困難であり、腕に魔力光弾が掠める。しかし、戦闘に支障をきたすほどの大きなダメージではない。


「ならっ!」


 このままジリ貧になる前に決着をつけるべく、唯の攻撃は激しさを増していきサクヤでは捌ききれない。腕や胴に致命傷までではない傷が増える。


「こうなれば・・・」


 サクヤはありったけの魔力で光弾を撃ち、唯を怯ませて後退すると、大魔結晶の近くに降り立った。


「力を・・・」


 大魔結晶に触れて魔力を引き出す。


「くぅ・・・」


 サクヤは苦痛に顔を歪ませながらも諦めてはいない。


「まだだ、まだ終わってない」


 傷は修復され、体の各所から魔結晶を生やす。

 血走った瞳で唯を見下ろし、黒いオーラをまといながら攻撃する。


「パワーがダンチだ・・・」


 更にパワーアップしたサクヤの光弾が次々と飛んでくる。避けてもその爆発の規模が大きく、その爆風で唯の動きが鈍る。

 とどめとばかりに大量の光弾で集中砲火を浴びせた。

 サクヤは勝利を確信するが・・・





「唯、待ってて」


 長期戦になれば魔力量の多いヨミの方が有利だ。ケリを付けるために彩奈はこの戦いに持ち込んだ魔結晶の全てを使い切る勢いで、魔力を吸い出す。


「斬るっ!」


 彩奈の体から溢れた魔力がオーラとなってあらわれ、彩奈の動きの軌跡を描くように見える。


「だからなんだ!」


 ヨミは身構え、それに対して目にもとまらぬスピードで動く彩奈。当然肉体の限界を完全に超えているため、長くは保たない。後数秒で決着をつけなければ彩奈は負ける。


「そこっ!」


 彩奈は刀をヨミに投げつけた。


「勝負を投げたかっ!?」


 ヨミの注意は一瞬とはいえ刀に向けられる。だが、それで充分だった。


「くっ・・・」


 彩奈は瞬間移動するかの如くヨミの懐にもぐり込み、全力でその顔面を殴りつける。

 いくら魔人は肉体が丈夫とはいえ、魔力で強化された適合者に殴られればダメージは大きい。それが頭部ともなればなおさらだ。


「あっ・・・ぐっ・・・」


 ヨミの首の骨は完全に折れているようだ。それでも絶命しないのは魔人だからこそか。

 魔力で自己修復できるが、このような深刻なダメージの回復には時間がかかる。こうなれば、勝負は決まったも同然だ。


「さようなら」


 彩奈は刀を拾い、ヨミの心臓を突き刺す。


「唯、勝ったよ。今、行くね・・・」


 勝利したとはいえ、彩奈の体も悲鳴を上げている。その場に膝をつくが闘志は消えていない。唯のもとへと少しずつ向かっていく。





「ヨミの気配が消えた・・・!?」


 隣の部屋で戦っているはずのヨミが死亡したことをサクヤは察知して動揺した。彼女がやられるわけがないという思い込みがあったためだ。


「なにっ」


 更にサクヤを驚かせたのは、爆煙が晴れてその中に立っている唯の存在だ。ダメージを負っている様子はない。


「しぶとい奴め・・・」


 唯は咄嗟に魔力障壁を展開して防御したのだ。しかし、その魔力はかなり消耗している。


「まだ死なないよ・・・お前を倒すまでは!」


 肉体強化用の魔力もほとんど残っていない状態だが、サクヤに向かって駆けていく。

 サクヤもまた、魔力の多くを使ったために光弾を放つ余裕はない。剣を片手に携え唯を迎撃する。


「こいつっ!」


 唯の攻撃を剣で防ぐ。先ほどまでのような激しさはなく、これならばとサクヤは自信を持つ。

 サクヤは右手の杖で魔力光弾を放つようにみせかける。当然唯はそれを警戒して聖剣をサクヤの右腕めがけて振るう。


「甘いなっ!」


 すぐに右腕を引っ込めて攻撃を避け、隙のできた唯にむかって剣を突き出す。


「くっ」


 唯は咄嗟に体をひねってそれを回避する。しかし、無理な動きをしたため体勢を崩してしまった。


「終わりだな!」


 杖で唯の右腕を叩き、聖剣で防御できないようにする。そしてサクヤは剣を振り下ろした。


「けどっ!」


 唯は諦めない。左腕のブレスレットに取り付けられた探知用水晶で剣を受け止めたのだ。そしてうしろに下がって体勢を立て直す。


「危なかった・・・」


 水晶は半分砕けてしまい、もう使い物にならない。


「運のいいやつだ・・・」


 お互いに魔力が切れて動きが鈍る。

 しかし、この場合有利なのはサクヤだ。近くに大魔結晶があるので、再びそこから魔力を取り出せる。

 サクヤはなりふり構わずに大魔結晶に向かって走り出す。


「マズい・・・」


 唯は焦るが、魔力が切れたことで疲労が一気にのしかかり、体が思うように動かない。

 空気中から魔素を吸収して魔力を生み出せるとはいえ、瞬時にできるわけではない。どう考えても唯が回復するより先にサクヤが回復してしまう。


「ダメか・・・」


「まだよ!」


 唯の隣を駆けて行ったのは彩奈だ。ヨミとの戦闘で魔力を使い切り、体にも大きな負担がかかって暫く満足に動けなかったが、魔力を回復させてこうして援護に現れたのだ。


「覚悟!」


「ちぃ! 後少しなのに!」


 サクヤは中途半端な回復で彩奈に対峙せざるを得ない。とはいえ、大魔結晶から取り出せる天使族由来の魔力は通常の魔力を上回る力を持つ。サクヤは剣に魔力を充填して彩奈と切り結ぶ。


「小娘が!」


「なんとっ!」


 サクヤの剣とつばぜり合いを行ううちに彩奈の刀にヒビが入る。


「いけるぞ!」


 サクヤの追撃でついに彩奈の刀が折れてしまった。


「お前如きの魔力がこの私の魔力を上回るわけがないのだ」


 サクヤと対等に殺陣を演じられたのも唯の天使族の魔力あってのことだ。いくら回復が完全ではないとはいえ、サクヤと彩奈の力の差は明確だ。


「まだっ!」


 彩奈は刀を捨て、己の肉体を用いて近接戦を挑む。もはや悪あがきであるが、ここで退くわけにはいかない。


「通じないな!」


 とはいえ武器を持つ相手に素手では不利だ。彩奈の注意がサクヤの剣に向けられていることをいいことに、サクヤは杖で光弾を撃つ。


「彩奈! 下がって!」


 叫びを聞いて彩奈は唯の元へと後退した。先ほどまで彩奈がいた場所に魔力光弾が着弾して大きな爆発が起こる。


「どうする!?」


「私と彩奈で挟撃しよう。彩奈が敵の気を引いて、私が聖剣で倒す!」


 彩奈は頷く。


「それはどうかな?」


 その隙に魔力を吸収したサクヤは次の攻撃を行おうとした。消耗した二人の適合者よりも自分が優位にいると確信したのだが、しかし、


「ぐあっ!」


 体の各所から生えた魔結晶が砕けて、魔力が放出される。こんなことになるとはと、信じられないという驚愕の表情を浮かべてうずくまった。


「なぜっ・・・」


 起動された大魔結晶はとりこんだ魔素で魔力を生成する。その魔力は天使族のものと同質だ。それをサクヤは大量に取り込んでいたが、もともと天使族の力を持たない彼女の体が耐えられるものではなかった。いくら、唯から奪った魔力で馴染ませたといっても完全ではない。


「ここまでだなっ!?」


 唯はサクヤから放出された大量の魔力を吸収する。唯は当然その魔力を取り入れても問題ない。それどころか、真の力を発揮する。


「これは・・・?」


 唯の背中に大きく、白い翼が生える。聖剣も眩く発光し、その姿はまさに天使。


「綺麗・・・」


 彩奈は戦闘中であることを忘れてその姿に見惚れている。


「貴様・・・!」


「どうやらあなたは天使族の力の適合者ではなかったようね」


 唯は彩奈に手を差し出す。


「彩奈。一緒にこの戦いを終わらせよう」


「でも、私の力じゃあ・・・」


「大丈夫。私にとっての天使は彩奈、あなただよ。その彩奈の力が私には必要なの」


 唯は優しい笑顔でそう言う。

 彩奈は唯の手を取り、聖剣を一緒に握る。


「いくよっ」


「「夢幻斬り!!!!」」


 二人の叫びと共に聖剣から閃光が迸る。

 その光はサクヤと大魔結晶に向かって伸びる。


「あぁ・・・」


 最期の瞬間、サクヤは何か呟いたようだが、その言葉は誰にも届かず、閃光の中に消えていった。


「終わった・・・?」


 大魔結晶も両断され、内部で凝縮された魔力が爆発するように放出される。その魔力は一気に広がっていき、まるでオーロラのように輝いて空を覆い、地球全体に広がっていった。一部は宇宙にまで拡散されるほどだ。

 だが、唯と彩奈はそれを見ている余裕はない。なぜなら城が崩壊し始めたからだ。


「早く逃げないと!」


 二人は部屋から逃げ出そうとするが、床の崩落に巻き込まれてしまう。


「彩奈!」


「唯!」


 手を伸ばして相手を掴もうとするが、瓦礫に阻まれてしまった。

 そのまま二人は落下して暗闇に消えていった。





 各所で人間側が魔物に勝利し、ついに戦いは決着した。


「状況を知らせ!」


 最後の一体を倒した神宮司は被害状況を部下に確認させる。


「あいつらが上手くやったのだな・・・」


 城が崩れ去るのを見て、唯達が勝利したのを確信した。




「唯と彩奈は!?」


 城の周囲で魔物達と交戦していた加奈と舞は二人を探す。





「うっ・・・」


 意識を取り戻した唯は起き上がる。瓦礫に潰されないようギリギリまで回避運動を行っていたこともあってなんとか五体満足で助かった。魔力を攻撃で使ってしまったため、その背にはもう翼はない。


「彩奈・・・彩奈、どこにいるの・・・」


 近くに彩奈の姿が見当たらずブレスレットを見るが、探知用の水晶はサクヤとの戦いで砕けており使用できない。


「今、見つけるから!」


 唯は周囲の瓦礫を持ち上げたりして彩奈を探す。

 オーロラのような魔力の光は少し薄れ、うっすらと空が白み始める。夜明けの時が近い。


「あれは!?」


 何かが光っている。その物体は夜明けを予告する薄い光を反射しているのだ。


「これって・・・」


 それはネックレスだった。そう、以前二人で買った、月の飾りの付いたお揃いのネックレスだ。

 彩奈はこの近くにいる。そう確信した唯は必死に探す。


「彩奈!」


 唯は瓦礫の隙間に挟まっている彩奈を見つけた。頭部から流れる血が頬を赤く染めているのが見えて唯は焦る。


「待ってて!」


 覆いかぶさる瓦礫をよけて、意識のない彩奈を抱き寄せる。


「彩奈! 目を覚まして! 彩奈!」


 その唯の声に呼応するように彩奈が目を開けた。


「唯・・・唯!」


 ぼやけた視界が晴れ、彩奈は目の前の唯に抱き着く。


「良かった・・・生きてた・・・」


「ありがとう、唯。私を見つけてくれて・・・」


「えへへ・・・あたりまえだよ。どこにいたって探しだすよ」


 お互いに相手のぬくもりと鼓動を感じ、生き残ることができたことを実感して心底安堵する。

 そんな二人を、暁の光が包んでいった。


                            第一部 完 

                            第二部に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る