第9話 Give you heart & soul

「えっ・・・?」


「ごめんなさい・・・頭の中にモヤがある感じで・・・思い出せないんです」


 唯は申し訳なさそうに謝る。本当に何も覚えていないようだ。


「い、いえ、謝らないで。唯は何も悪くないのよ・・・今、医者を呼んでくるから待ってて」


 彩奈はふらふらになりながら部屋を出て医師を呼びに行く。彩奈も精神的ショックを受けて視界がぼやけていた。




 医師の診断の結果、体に異常はないが記憶喪失状態になっているとのことだった。その原因は今のところ不明だ。

 しかし、彩奈はその原因は、魔人に捕まって相当に酷い目に遭ったためだと考えている。


「くそっ・・・」


 唯が記憶を閉ざしたくなる程、一体何があったのだろうか。想像すらできない。





 病室に戻ると、唯は窓から外を眺めていた。その横顔はいつもと変わらず美しい。しかし、いつもの唯ではないのだ。


「唯、寝てなくて大丈夫?」


「は、はい。体はどこも悪くないそうなので」


 他人行儀な唯の言葉に彩奈の心は壊れそうになる。


「あの・・・私達はどういう関係なんですか?」


「私達は友達よ。いえ・・・それ以上の・・・親友というものかしら」


「そうなんですね・・・ごめんなさい、本当に思い出せないの・・・・・・」


 唯は再び謝り、うつむく。


「いいの、唯は辛い目に遭ったのよ・・・それに、いつか思い出せるわ」


 しかし、記憶を取り戻すことが唯にとって本当にいいことなのか分からない。心に傷を受けて記憶喪失になるということは、心を守るための脳の自己防衛機能が働いたということだ。つまり、そうしなければ精神崩壊する可能性があるということである。記憶を取り戻せば、その辛い記憶も戻る可能性が高く、その時に唯は正気を保てるだろうか。むしろ今より悪化してしまうかもしれない。

 自分と、これまで一緒に過ごしたことを思い出してほしいが、唯の精神や体調がなにより大切だ。


「そうだ、自己紹介しないとね。私は東山彩奈。あなたと同じ高校で、同じクラスなのよ」


「そうなんですね。私は自分の名前は憶えているんです。それ以外はほとんど・・・・・・」


 それから彩奈が色々と唯に話した。適合者のこと以外の学校での出来事や、一緒にアクセサリーを選んだことなどを。唯は興味深そうにそれを聞いている。

 その内に日が暮れる。普通なら面会時間も終わりだが、彩奈は特別に病室に残ることを許可してもらっていた。


「ふふっ・・・・・・」


「どうしたの?」


「えっと・・・なんだか、東山さんといると心が暖まるというか、安心するんです。きっと、私達は本当に仲がよかったんだなって思って。・・・私と仲良くしてくれて、こうして一緒にいてくれてありがとう」


 彩奈が好きな唯の笑顔だ。

 それを見て彩奈はこらえきれなくなり、大粒の涙を流す。


「大丈夫ですか?」


「唯・・・私は・・・私は・・・!」


 彩奈は唯の手を握りしめながら嗚咽を漏らす。本当に辛いのは唯だと分かっているが、彩奈の心だって限界だったのだ。

 唯はその手を握り返し、彩奈の頭を優しく撫でる。そのまなざしは母性に溢れ、まるで子供をあやすようだ。

 彩奈は次第に落ち着く。


「ご、ごめんなさい・・・取り乱してしまって」


「いいんです。泣きたい時は思いっきり泣くといいって聞いたことがあるような・・・えへへ、記憶がないのにそんなのおかしいですよね」


 唯の明るさに彩奈は救われる。そうだ、唯はまだ生きているのだ。思い出はまた作ればいい。

 彩奈はこの笑顔を自分の命にかえても、今度こそ守ってみせると誓う。





「唯は・・・記憶喪失だそうだ」


 加奈が舞に報告する。普段明るい性格の彼女がこうも沈んだ声色を出していること事態が非常事態だ。


「そうですか・・・」


 二人の表情が曇る。

 サクヤ達が制圧した街の近くでシャドウズは臨時拠点を設営し、魔物と交戦していた。周辺地域は封鎖されており、関係者以外の立ち入りは禁止されていて、加奈と舞もその中にいるのだ。


「回復してくれることを祈るしかないな・・・舞も体は本当に大丈夫か?」


 裏世界での戦闘で舞も重症を負った。その後すぐに病院に搬送されて治療を受け、今はこうして復帰している。


「えぇ、問題ありませんわ。わたくしは頑丈なので。・・・それと、あの時は本当にありがとうございました」


「あたしは何もしてないさ。神宮司さんが助けてくれたから二人とも生きているんだよ」


「そうかもしれませんが・・・嬉しかったですわ。あんな状況でわたくしと一緒にいてくれて・・・・・・」


 加奈は顔を真っ赤にして舞から視線を外し、サクヤの展開した魔力障壁のほうを向く。


「あたしはただ仲間を見捨てるなんてしたくないだけさ。どんな状況になったって、必ずそばにいる・・・それだけは誓うよ」


「ふふっ、かっこいいですわね」


 加奈は更に顔を赤くする。


「そ、それより、戦況はどうなんだ?」


「現状、あの魔力障壁を突破できていないので完全に後手に回っていますわ。魔人達が次は何をするか分かりませんし、このままではきっと人類側が敗北しますわね」


 魔物の量はどんどん増えているようで、障壁から飛び出して襲ってくる数が多くなっていた。それをなんとか撃破してはいるものの、封鎖区画を突破して近隣の街を襲撃するのは時間の問題であった。


「何か策はないのか?」


「そうですわね・・・もし、唯さんが復帰できれば彼女の特殊な魔力と聖剣の力を使って魔力障壁を破壊できるかもしれませんが・・・今のところ打つ手なしといったところですわ」



 



「ヨミ、大魔結晶はどうか?」


「思ったより修復に時間がかかりそうです。しかし、ご安心を。下級魔族を多数招集しましたし、準魔人の精製も滞りなく進んでおります。このまま時間が稼げれば我々は勝利できるでしょう」


 サクヤは唯から吸い上げた天使族の力もだいぶ体に馴染んでおり、その力と大魔結晶を利用して城を築き上げた。後はガイア大魔結晶を使って世界中の魔素を集めるだけだ。


「そうか。もうすぐ私の想い通りに世界が変わる。ここまで長かった・・・」


 窓から人がいなくなり魔族によって支配された街を眺める。この光景がいずれ世界中でみることができるようになるはずだ。


「我々はもう後戻りも敗北もできない。ここまできたら必ず成し遂げてみせよう」






「唯、退院できてよかったわね」


「うん、ありがとう」


 退院の手続きをして病院を出る。ちなみに費用はシャドウズ持ちだ。


「そうだ・・・私の家を知ってますか?」


「えぇ。でも唯はこの夏休みは私のマンションで一緒に過ごしてるのよ。だから・・・唯さえよければこのまま私の部屋に来ない?」


「そうだったんですね。・・・分かりました、東山さんの部屋に行きます。・・・そういえば、私の両親は来てくれませんでした・・・・・・」


 唯は悲しそうだ。それはそうだろう。普通、自分の娘が入院ともなれば親は真っ先に来てくれるものだ。


「唯のご両親は仕事でお忙しいのよ・・・唯はいつも、一人で家で過ごしてるって聞いているわ」


「そっか・・・まあいいか。東山さんが一緒ですから」


 そう言って微笑み、それを見て彩奈は嬉しくなる。記憶がなくなったってこうして自分と一緒にいてくれるのだから。

 その時、けたたましくサイレンが街に鳴り響く。


「えっ、何?」


「まさか・・・ここまで来たのね・・・!」


 サイレンと共に屋内へと避難するよう放送で呼びかけられる。どうやらこの街にも魔物が飛来したようだ。


「唯、一度病院の中に避難して」


「東山さんは?」


「私は行かなくちゃならないわ。ここに、魔物がやってくる」


「魔物?」


「そう、私達人間の敵よ。私と唯は・・・その魔物と戦っているの。そのための力を持った適合者として」


 彩奈の説明を唯はいまいち理解できていない。だが、嘘ではないと唯は思っている。


「戦うなら危険なことなんですよね?一人じゃ危ないんじゃ・・・・・・」


「そうね。でも私がやらなくちゃならない。なにより、唯を守りたいから」


 彩奈は聖剣を取り出す。唯が攫われた時に放棄されたものを回収しておいたのだ。


「これは唯専用の魔具・・・つまり武器だったのよ。一応渡しておくわね」


 唯は剣を受け取る。その瞬間、頭に強い衝撃を受けたような目眩を起こす。


「うっ・・・!」


「大丈夫!?」


「だ、大丈夫。ちょっと目眩がしただけですから・・・でも、これを持ってても使える自信はないですよ?」


 唯は自分を普通の人間だと思っているので、こんな剣を受け取っても魔物とかいう存在と戦える自信は無い。


「自ら戦いに行く必要はないわ。もし、魔物が近くに現れた時のためよ。今の唯は魔力を使えないかもしれないけど、きっと無いよりはマシよ」


 近くで悲鳴が聞こえる。魔物はもうそこまで来ているのだろう。


「それじゃあ行くわね。唯、これは覚えておいて・・・私という存在と、その私があなたを大切に想っているということを」


 唯は頷く。そして彩奈は駆け出し、敵がいると思われる方へと向かって行った。


「東山さん・・・・・・」


 渡された聖剣を見る。その刃に唯の顔が反射して映った。


「あうっ・・・!」


 また目眩が襲う。先ほどよりも強い衝撃が脳内を駆け巡った。

 そして、記憶がフラッシュバックして全てを思い出す。


「そうだ・・・私は・・・!」


 適合者として戦っていたこと、彩奈や舞、加奈という戦友がいたこと。記憶を失うきっかけとなったあの魔人との出来事も・・・・・・

 吐き気がする。あの辛い記憶が唯を蝕む。

 けど、高山唯は倒れない。

 そう。なにより大切な彩奈との思い出が彼女を支えていたのだ。 


「彩奈、思いだしたよ・・・全部を・・・!」


 全身に魔力が巡る。力が湧いてくる。


「私は高山唯っ! 東山彩奈の親友なんだぁあああ!!!!」


 唯は嫌な記憶を振り払うように叫び、聖剣が光輝いた。


「今行くからっ!」


 彩奈を追って走り出す。


 駆ける。駆けていく。大切な彩奈の元へと。




「こいつ!」


 表世界の豊富な魔素を吸収した魔物達は強くなっており苦戦していた。


「マズいか・・・・・・」


 彩奈は回避行動を取りながら敵の動きを見て、隙あらば攻撃を行う。


「くっ、ぬかった!」


 一人で相手にできる数にも限界はある。数体の魔物が彩奈を無視して病院の方へと向かっていく。


「ダメ! そっちには行かせない!」


 追いかけようとするも、他の魔物に妨害されてしまう。


「ここでやらなきゃ、唯が・・・!」


 今の唯では戦えない。きっと殺される。

 無理に突破して一体の魔物を切断するが、後方から襲いかかってきた魔物に蹴り飛ばされた。

 唯を守ることができずに、ここで死ぬのだと思ったが、


「待たせたね!」


 聞き覚えのある声が聞こえる。


「唯・・・?」


「遅くなってごめんね」


 幻聴ではない。唯は彩奈を抱えて跳躍し、魔物と距離を取る。


「唯、記憶が・・・?」


「うん、戻ったよ。だから彩奈のこともちゃんと分かる」


 彩奈は再び泣きそうになるのをこらえる。まだ魔物が残っているからだ。


「あいつらを一気に倒しちゃおう」


「えぇ、行くわよ」


 二人の刀剣が次々と敵を切り裂いていく。

 形勢は逆転し、周囲の魔物は殲滅された。


「ふう~倒せたぁ。というより、ついに表世界にも魔物が来たんだね・・・・・・」


「そうよ、魔物達は街一つを占拠しているわ。シャドウズも頑張っているんだけど・・・とにかく新田さん達に報告しないと」


 彩奈はスマートフォンを取り出して連絡する。





「彩奈さんから連絡がありまして、唯さんの記憶が戻ったそうです。魔物とも交戦できるほど回復したそうですわ」


「そうか、これで希望ができた。すぐに迎えを送ろう。魔物共に一矢報いるぞ」


 神宮司は舞の報告を聞いて各所に連絡を取りはじめる。


「良かったぜ。早く会いてぇな」


 加奈は嬉しそうに言う。この異常事態のせいもあって、もう長い間会っていないような気がする。


「えぇ。それに、名前で呼んだらどんな反応をするのかが楽しみですわね。きっと誰かさんと違って喜んでくれるはずですわ」


「まだ根に持ってたんだな・・・・・・」


「ふふっ、冗談ですわ」


 平穏な時間は長くは続かない。サイレンが鳴り響いて魔物の侵攻を知らせる。


「またかよ。あいつらもよく性懲りもなくやってくるぜ」


「今回は一体たりとも逃がすわけにはいきませんわ。必ず封鎖区画内で倒してみせましょう」


 二人は他の適合者と共に出撃していく。




 それから暫く時間が経って唯達が神宮司達と合流した。


「よく戻った。待っていたよ」


 臨時指揮所で神宮司に出迎えられる。周囲ではシャドウズ所属の適合者が慌ただしく動いていて、各所に連絡を取ったり、出撃要請を出していた。


「遅くなりましたが、東山、高山両名は現時刻を持って復帰いたします」


 指揮所内に入り、状況の説明を受ける。


「現在の敵の動きといえば散発的に魔物を差し向けてくるだけだ。しかし、その数は増しており、取り逃がしたことで近隣の街に被害が出てしまっている」


 実際唯達も街で魔物と遭遇しているし、市民に死者も出てしまった。


「我らはこの事態を終息させるために敵の中枢を叩かなければならん。そのためには高山、お前の力が必要だ」


「私のですか?」


「あぁ。我々では敵の魔力障壁を破壊できない。もはや、お前の特殊な魔力と聖剣の力に期待するしかない。やれそうか?」


 それは大役である。自分の力に文字通り、世界の命運がかかっているのだから。


「敵は・・・あの魔女はガイア大魔結晶という物で表世界の魔素を吸い上げようとしています。そして表と裏世界を一つに融合させて人間を滅ぼし、魔物の世界を作ると言ってました・・・絶対にそれは止めたいと思います。全力でやります!」


 唯の闘志が神宮司に伝わる。


「分かった。よし、20分後に対策会議を開く。お前達も出席してくれ。それまではここで待機してろ」


 神宮司は指揮所を出ていく。それとすれ違うように舞と加奈が入ってきた。


「おぉ~唯、久しぶりだな! よくぞ帰って来てくれた!」


 唯の手を握ってぶんぶんと振る。


「お帰りなさい。唯さん」


「あれっ、今唯って呼んでくれたよね!? 皆聞いた? ねねっ、もう一回呼んで!」


 輝いた目でそうお願いする。


「恥ずかしいですわ・・・でも、喜んでくれて嬉しいですわ、唯さん」


「えへへ~なんだか照れますなぁ」


 危機を乗り越えて再びこうして揃った。それだけでも四人は嬉しかった。


「これで彩奈だけだぞ。ささ、私を加奈と呼んでみましょう」


「な、なによ。私はいつも通りに呼ぶわ」


 顔をそらして言う。本当はそうしたいのだが、照れくさくてできないのだ。


「まぁまぁ、それはお楽しみとしてとっておきましょう。唯さん、無理はしないでくださいね。いつだってわたくし達がサポートしますわ」


「ありがとう。私は大丈夫だよ。休んでた分も頑張ります!」





「集まったな。それでは会議を始める」


 臨時指揮所からほど近くにある公民館を借りて会議が始まる。ここには各部隊の小隊長クラスの適合者と唯達が集まっている。


「さっそくだが、敵の魔力障壁を破壊できる可能性がでてきた。高山、こちらへ」


 神宮司に呼ばれて壇上に上がる。


「この高山唯は我々適合者の中でも特異な存在でな。天使族の力を持ち、聖剣をも起動してみせた。彼女の魔力ならば、恐らくあの障壁を打ち破れるだろう」


 適合者達がざわめく。


「私は彼女の力にかけてみようと思う。まず、高山の攻撃で魔力障壁を破壊する。その後敵陣に突撃し、敵を殲滅する。しかし、ただ倒すだけではだめだ。敵に捕まっていた高山が聞いた話では、ガイア大魔結晶という特殊な魔結晶を用いて人間を滅ぼす気だそうだ。その魔結晶を見つけて破壊しなければならない。その事も頭に入れておいてくれ」


 皆真剣な表情で聞いていた。自分達が人類滅亡を防ぐための戦いに身を投じるのだという覚悟を感じる。


「作戦決行は本部からの更なる増援が到着した後にするので、今夜日付の変更と同時だ。何か質問は?」


「もし、魔力障壁が破壊できなかった場合はどうするのでしょう?」


 一人の適合者が質問する。それは当然の疑問と言えるだろう。


「その場合は、はっきり言ってもう打つ手なしだ。だが、ただ滅んでやる気はない。魔力障壁に取り付いて無理にでもこじ開けてやるか、とにかく攻撃を続けて悪あがきするかだな」


 適合者達は狼狽えない。もう覚悟を決めたのだ。とにかく自分にできることをやるしかない。


「皆さん、私からもいいですか」


 唯が前に出て口を開く。


「私のことを知っている方は少ないと思うし、そんな相手を信用してと言っても無理があるかもしれません。でも私も皆さんと同じように適合者です。そして、敵の計画を阻止したいという強い意思も持っています。私の特別な力がその役に立てるなら命尽きるまで頑張りたいと思います。ですからどうか私を信じてください」


 頭を下げる。その真剣さは皆に伝わり、適合者達は勝てるかもしれないという希望を胸に抱いていた。


「おうとも! 私達はあんたにかけるぜ!」


「そうさ、私らじゃ埒が明かなったんだ。希望ができて嬉しいしな」


「やってみる価値はあるわね」


 適合者達のテンションは最高潮に達する。


「ふっ。高山、お前は我ら人類の救世主たりえる存在かもしれんな。よし、では解散!部下達にもちゃんと伝えておけ」



 

「唯、かっこよかったわ」


「ありがと」


 唯はなんだかすっきりしたような気がした。


「唯さん、私達は深夜11時に指揮所集合となりましたわ。それまでは待機せよとのことです」


 残りは7時間。


「了解であります。でも、他の部隊の人たちは警戒任務についてるんだよね?なんだかちょっと気が引けるな」


「唯さんは大役を任されているのですから、しっかり休んでくださいな。あのアパートをシャドウズが拝借していて、その103号室が割り当てられていますわ」


 舞が近くにあるアパートを指さして、唯にキーを渡す。


「分かった。それじゃ行こうか」


「わたくしと加奈さんは指揮所で待機するのでお二人でゆっくりしてくださいな」


「えっ? 一緒に来ないの?」


 舞は唯に耳打ちをする。


「この戦いで命を落とすかもしれませんわ。もしかしたら人類そのものが消滅するかも・・・ですから、せめて最後の休息は大切な人と水入らずで過ごして欲しいんですの。きっと彩奈さんだってそれを望んでいますわ」


「舞・・・・・・」


 舞は加奈の手を掴んで指揮所に向かう。


「ふふっ、よほどの事が無い限り邪魔は入りませんわ。ですから安心してお楽しみくださいな」


 二人は行ってしまった。


「それじゃあ行きましょう、唯」


「うん。そうだね」


 唯達は指定されたアパートへと向かう。




 アパートの中には備え付けの家具と布団があるだけであるが、休憩するだけなら充分だった。


「さてと・・・一緒に寝よっか?」


「そうね」


 そのまま二人で一つの布団に入る。


「こうするのもなんだか久しぶりだ」


「確かに。最近は唯のぬくもりがなかったから寝つけなくて寝不足だったのよ」


 彩奈は唯に近づき、そして二人は見つめ合う。


「ねぇ、彩奈。私、彩奈に伝えたいことがあるの」


 唯はこれまでにないほど真剣な顔つきになる。


「私ね、あなたと出会えて、こうして仲良くなれて本当に良かったと思ってるんだ。そのおかげで今の私がある、これまでに感じたことの無い幸福を知ることもできた。だからね彩奈、生まれてきてくれて、私のそばにいてくれて本当にありがとう」


 そう言って彩奈を抱きしめた。鼓動が伝わり、今確かに生きているのだという証を彩奈は実感する。


「私だってそれは同じよ。唯に出会えて私の世界が変わった。あなたに出会うために生きてきたんだと思えるくらいに。だから、私もあなたに感謝してる。ありがとう、唯」


 彩奈も唯を抱きしめ、二人の心は完全に一つになっていた。


「それとね、その・・・私は、自分の全てをあなたに捧げます」


「唯・・・?」


「記憶が戻って良かったけど、同時に魔人に捕まってヒドい事をされたことも思い出しちゃって・・・それがたまに頭によぎって辛くなるの。だからそれを忘れることができるくらい彩奈に染められたい・・・彩奈、私を離さないで、ずっと一緒にいて・・・・・・」


 それを聞いて彩奈は改めて決意する。この人を必ず守ろうと。


「分かったわ。もとより唯と離れる気なんかないし、どんなことがあっても私はあなたのそばにいる」


「ありがとう・・・もし死を免れられないなら・・・その時は、せめて一緒に逝こうね・・・・・・」


 二人は再び目を開けて相手をしっかりと見て、その目に焼き付ける。


「綺麗・・・・・・」


「唯こそ・・・・・・」


 唯と彩奈は他の物は視界に入っていない。ただ大切な相手だけを見て、感じている。




 夏の夕暮れ、少女達は二人だけの世界の中にいた。



                            -続く-

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