第8話 あの魔女を討て

「彩奈! 大丈夫か!?」


「うっ・・・ここは・・・?」


 加奈の呼びかけで目を覚ました彩奈は、ぼやけた意識の中で周囲の確認を行う。


「彩奈、唯が見当たらない。水晶が指す方角を探してもいないんだ・・・・・・」


 次第に意識がハッキリとしてきた彩奈は唯が攫われたことを思い出した。何としても助けなければという焦りが募る。


「唯・・・! 今いくから・・・!」


 しかし体のダメージは残っており、ふらつきながら足に力をこめてゆっくりと立ち上がる。腕から血が滴るが、彩奈はそれを気にしていない。


「待て! 彩奈、何があった?」


「唯が魔人に連れていかれたの・・・助けなくちゃ・・・・・・」


 彩奈は必死に歩を進めるが、力尽きてその場に倒れる。自分の意志通りに動かない体に苛立ちながらも、再び立ち上がろうともがくようにしている彩奈の姿は痛々しく、加奈が落ち着かせようとする。


「だめだ。こんな状態で行けるわけないだろ! 今は動くな」


「そんなこと言ってられない・・・!」


 彩奈の腕にはめられたブレスレットの水晶は、唯がいる方角に向けて光を放っている。なんとしてもそこに向かわなければならない。


「一度退きましょう。神宮寺さん達と合流する必要がありますわ」


「だからそんな悠長なこと言ってられないのよっ!」


 二人の冷静さに腹が立って語気を強める。


「いいか、彩奈。唯は恐らく敵の拠点に連れていかれた。だからこのままあたし達だけで行っても、返り討ちにされて救出なんて無理だ。神宮司さん達が到着してからだ」


 加奈の顔にも悔しさが滲んでいる。それは舞も同じだ。今すぐにでも助けに行きたいが、三人だけでは現実的に不可能であり、心を殺しながら冷静な判断をしているのだ。

 それを彩奈も感じ取る。


「くっ・・・待ってて・・・必ず助けるからね・・・!」





「こいつがそうなのか?」


 ヨミに呼ばれて地下深くにある部屋へとやってきたサクヤが問う。


「はい。触れてみれば分かります」


「こないで・・・」


 唯は頭上で手首を拘束され鎖で吊し上げられていた。抵抗することもできず、弱った唯には敵を睨むだけの力もない。

 その唯に触れてサクヤは確信する。


「間違いない・・・これは天使族と同じ力だ。忘れもしない・・・・・・」


「これであのガイア大魔結晶も使えますね」


 二人の魔族は嬉しそうだ。その理由は知らないが、唯にとって碌でもないことなのだろうとは分かる。


「目的はなんなの?」


 恐怖で震えが止まらない唯が恐る恐る問う。このまま簡単には死なせてくれないだろうし、悪い予感だけが頭を巡る。


「私は今機嫌がいいからな、お前には特別に教えてやろう」


 サクヤは得意げな顔で話し出す。目的をようやく達成できるかもしれないわけで、テンションが上がっているのだ。


「私が持っているガイア大魔結晶をお前の持つ力で起動する。そして表世界へと赴き、魔素を吸い上げる。最後は表、裏の両方の世界を融合させて人間を排除し、私が全ての魔族の頂点に立つのだ。そう、この魔女サクヤが!!」


 興奮気味に語るサクヤはとても生き生きとしていた。こんなに元気なサクヤは始めて見たと、ヨミも珍しがっている。


「そのためにお前が必要でな。力を貰い受けるぞ」


 そう言って唯の首を掴んで魔力を奪い始めた。苦しそうな唯の表情に、サクヤの加虐心がくすぐられる。


「や、やめて・・・!」


「これはっ・・・凄いっ・・・!」


 サクヤは呼吸を荒くしながら魔力を吸い出して自らの体内に収める。心臓が激しく鼓動していることが分かり、胸を押さえながら笑みを浮かべた。


「はぁ・・・はぁ・・・これほどのものとはな・・・・・・」


「サクヤ様、大丈夫ですか?」


「もともと種族の異なる者の魔力を取り込んだせいか、体に馴染まないようだ。これを扱えるようになるには少し時間がかかりそうだな・・・・・・」


 魔力を無理矢理奪われた唯は痙攣してぐったりとしている。もう言葉を発するのも辛そうだ。


「私は戻る。その人間のことはお前に任せた」


「殺すのはマズいですよね?」


「あぁ、まだ利用価値がある。生かさず殺さずでな」


 サクヤは部屋から退室し、唯とヨミが残された。


「さて、今度は私がお前に用がある」


「えっ・・・?」


 何かを準備しながらヨミが邪悪な笑顔で答える。


「個人的にお前に恨みもあるし、何より実験台としてかなり上物だからな。ただで済むとは思うな」


 ヨミが運んできた台には見たことの無い様々な器具が用意されている。それの一つを手に取り、ゆっくりと近づいてきた。


「それは・・・?」


「これらは私が作ったものでな。お前の体で試させてもらうぞ・・・・・・」


「い、嫌・・・やめて・・・!」


 唯の表情は絶望に染まり、その瞳から光が消えた。





「これでどうだ・・・」


 サクヤはアジトの最深部に隠したガイア大魔結晶に触れる。すると、これまで反応のなかった大結晶が発光しはじめた。


「おぉ! 後は私の体にこの魔力を馴染ませることと、結晶に大量の魔力を蓄えさせる必要があるな」


 もう少しで準備が整う。それを楽しみに、サクヤは世界を手にした後について考えていた。






「そうか・・・分かった。部下たちにもすぐ準備をさせる」


 翌日、神宮司の部隊が舞の家に到着して事情を聞く。


「お願いします。一刻も早く高山さんを助けたいので・・・・・・」


「あぁ。彼女の持つ力は特別だからな、我々としても失いたくない」


 神宮司は部下を整列させて戦闘準備の指示を出す。これから魔人との激戦が予想されるわけで、生半可なやり方では勝ち目は無い。


「東山さんは?」


「彩奈ならあそこだ」


 以前彩奈と唯で話をした縁側に座っている。その顔はやつれて悲しみに満ちていた。


「東山さん、もう少ししたら出撃ですわ」


 そんな彩奈のもとに行き、舞は隣に座った。


「分かったわ・・・唯を取り戻す。もし、唯が生きてなかったら・・・その時は・・・・・・」


「東山さん、悪い方に考えてはダメですわ。必ず助けるのだと気を強くもたなければ」


 舞の優しい瞳が彩奈に向けられる。それが唯と似ているように見えた。


「そうね。私が弱気になってたらダメだわ」


 彩奈の瞳に闘志が宿る。彩奈が気を強くもたなければ、助けを待っている唯と再会することは叶わない。


「そうだ、わたくし決めましたわ。これからわたくしも皆さんを下の名前で呼びます。いいですわよね、彩奈さん?」


「どうしたの、突然」


「もっと皆さんと仲良くなりたいと思いまして。どうして今までそうしなかったのか」


 珍しく舞が照れており、顔が赤い。


「高山さん・・・いえ、唯さんに名前呼びしたらどんな反応をしてくれるのかを知りたいですから、絶対に連れて帰らねば」


「きっと喜ぶわ、唯ならね」


「それならいいのですが・・・ふふっ、期待で胸が膨らみますわね」


 もともと大きな胸を突き出して笑顔で言う。


「おーい。二人共、そろそろ時間だぞ」


 加奈が後ろから声をかけて、二人は立ち上がる。この戦いは今まで以上に重要なものになるわけで、絶対に負けられない。


「分かりました。加奈さん」


「んおっ! なんだなんだ、舞がそう呼ぶなんて何か企んでるのか!?」


 その反応に舞はショックを受けたようだ。てっきり喜ばれるとばかり思っていたから。


「な! 失礼ですわ・・・・・・」


 その様子を見て加奈は慌てて駆け寄って抱き着く。


「ごめんごめん。ただちょっと驚いてさ。へへっ、なんか照れるぜ」


「まったくデリカシーのない人間はこれだから・・・・・・」


「うぐっ・・・彩奈の言葉が突き刺さる・・・・・・」


 ヤレヤレと呆れて首を振る彩奈に反論できない加奈。しかしいきなり名前呼びだったので、驚いて照れもあったのだ。


「彩奈さんの言う通りですわ。唯さんにも糾弾してもらわねば」


「そのためにもちゃんと助けないとな?」


 二人は頷きあい神宮司達の元へと向かった。




「揃ったな。よし、これより魔人に捕まった高山唯を救出に向かう。彼女は旧文明時代に存在した天使族の力を持つ貴重な人材だ。簡単に失うわけにはいかない。必ず助け出すぞ。そして我ら人間の力を見せつけて魔人共を拠点ごと消し炭にしてやれ!」


「「「「了解!!!」」」


 神宮司の部下達と彩奈達が返事をする。士気は最高潮になっており、彼女達の闘志が見てわかるほどだ。


「必ず・・・!」


 適合者の数は20人。シャドウズの中でも実力のある者達がこの場に集っている。その中には以前共闘した第08特務隊の柳瀬、加藤、辻村もいた。彩奈はこれなら勝てると自信を持つ。






「サクヤ様、人間共に動きがあります。先ほど、表世界から魔素を吸収していた部隊のひとつが装置ごと殲滅されたようです」


「あの装置はいくつかあるんだろ? なら問題あるまい?」


「それが、どうも人間共はここに向かってきているようです」


 それを聞いてサクヤの顔は険しくなる。


「まさか。ここを突き止められたのか?」


「分かりません。魔素を回収していた他の部隊には撤退してここの防衛に回るよう指示しました」


 サクヤは立ち上がる。もう少しというところで野望を邪魔されることだけは防がなければならない。


「分かった。引き続き人間の動きを注視しろ。そしてここに来るようなら迎え撃て。私は今一度あの人間から天使族の魔力を吸い出してくる」


「かしこまりました。もしかしたらガイア大魔結晶を使う必要があるかもしれません。その準備をお願いします」


 ヨミは退室して準魔人や低級魔族達にアジト防衛のための指示を出す。


「こざかしい人間め・・・ここはやらせん」




「この方角で合っているな?」


「はい、間違いないっす。水晶がこっちを指しているので」


 加奈達が着けるブレスレットの水晶に従って進軍する。道中魔物と出会うが難なく殲滅されていき、彼女達を止められるのはそれこそ魔人くらいだろう。


「この雑魚共・・・その存在が不愉快なのだ!」


 特に神宮司の戦闘力は凄まじく、通常の魔物で対抗できる相手ではない。魔人すらも凌駕するという噂は嘘ではないようだ。

 そうして進むうちに、見るからに魔物達の数も増えてきた。


「どうやらこの先に敵の拠点がありそうだ。ちょうどエリア間の死角となる場所だ・・・帰ったら防衛網の見直しが必要だな」


「神宮司お姉様、ここに我らの簡易拠点を作りましょう」


 柳瀬が提案し、神宮司が頷いて拠点構築の指示を出す。


「そうだな。ここの近隣エリアからも増援がくる。この地点を中継ポイントとして敵拠点攻略を行う」


 神宮司の部下が運んでいた荷物から簡易テント等が取り出され、瞬く間に拠点が作られた。


「三名がここで待機しろ。残りは敵陣に突っ込むぞ」


 神宮司を筆頭に適合者達が魔物達に向かって突撃する。それを発見した魔物達が迎撃態勢を整え始めた。


「唯はどこだっ!」


 彩奈は鬼神の如き戦いで次々と魔物を撃破する。神宮司にも勝るとも劣らない強さを発揮しており、それはひとえに唯への想いからくるものだ。


「彩奈、いきなり力を入れすぎたら肝心な時にへばるぞ」


 そう言う加奈もいつもより勢いよく薙刀を振っている。彼女に切断された魔物の残骸が地面に崩れ落ちた。


「わたくし達の怒りを思い知れ・・・!」


 舞の強力な魔力光弾が魔物をまとめて消し飛ばす。


「あいつらもやるな・・・私も!」


 神宮司はそんな後輩達の活躍を目にし、自分も負けていられないなと更に素早く敵を切り伏せた。




「やはり来たか。だがここで殲滅してやる」


 ヨミは準魔人の部隊を率いて適合者達と対峙する。自分達の支配域に踏み込まれたこと自体が、ヨミの怒りを沸き立たせていた。


「いけ、お前達。我ら魔族の力を見せてやれ!」


 ヨミの命令を受けて準魔人は一気に滑空していく。




「あれが準魔人とやらか。まぁ私の脅威にはなりえんさ・・・・・・」


 神宮司は自分に向かって突進してくる準魔人の一体を両断する。


「一気に片付けてやる」




「あそこにいるのは・・・!」


 彩奈の視線の先には唯を連れ去った魔人ヨミがいた。絶対に許せない敵を目の前にして、彩奈の瞳に強い恨みの念が宿る。

 その魔人に向かって跳躍し、刀で思い切り斬りかかった。


「貴様っ! 唯を返せ!」


「まだ生きていたか。だが残念ながらあいつを返すわけにはいかぬ」


 ヨミは攻撃を受け止めてカウンターを放つ。

 しかし、動きのキレがいつもと違う彩奈はそれを避けて魔人の腕を蹴る。


「返せ・・・唯を、返せえええええええええええええ!!!」


 叫びと共に更に蹴りを放つ。


「くっ! 貴様のどこにそんなパワーが!」


 以前戦った時と比較にならない威力だ。なぜそんなにパワーアップしたのかヨミには理解できない。


「これは私の想いの力だ!」


 気持ちの持ちようで人間の力は変化する。理屈ではない。


「そんなもので魔人を倒せるとおもうなっ!」


 オーラを纏いながら彩奈は更に追撃を行う。目にも止まらぬ斬撃がヨミに襲いかかる。


「なんと!?」


 ヨミはその攻撃を防御するので精一杯だ。こうも押されることに焦りを覚えずにはいられない。


「人間がっ!」


 雷撃を放つも彩奈に掠ることもなく虚空へ消える。


「このっ!」


 彩奈の刀が先ほど雷撃を放ったヨミの腕の一本を斬り飛ばす。血が噴き出し、それが彩奈の右頬を赤く染め上げて魔人のような恐ろしい形相に見えた。


「くっ! だがっ!」


 ヨミはこうまで苦戦するとは思っていなかった。このままでは殺されかねない。


「まだ死ねんのだ」


 屈辱ではあるがそのままアジトへと飛び去る。志半ばで死んでは、これまでの苦労が無駄になってしまう。


「逃がさない・・・!」


「待って! あたし達も一緒に行くぜ!」


 加奈と舞がそばに着地し、彩奈の顔を覗き込んだ。


「分かったわ。きっとあの魔人の向かった先が拠点のはず。乗り込むわよ」


 三人は駆け出す。かけがえのない唯のもとへと。




「あの三人を守れ! 敵を我々で引き付けて討つぞ!」


 彩奈達が魔人を追って突貫する様子を見た神宮司は味方にそう叫ぶ。仲間を想う気持ちは神宮司にもよく分かる。本来なら戦闘力の高い神宮司から突入すべきだが、ここは彩奈達に託す。


「若さが常識や理屈を超えた力を発揮するものさ・・・・・・」


「何を仰いますか。お姉様だって若いじゃないですか」


 独り言のつもりだったが、柳瀬が聞いており突っ込みを入れられる。


「まぁな。まだ私も若いつもりだ。負けてられんな」




「ここから地下に向かえばいいんだな」


 魔人が入っていった地下に続く薄暗い空洞へと突入する加奈達。当然魔物達がその行く手を邪魔するように現れた。


「どけって!」


 加奈の怒りを乗せた攻撃が敵を切り裂いていく。もはや通常の魔物など相手にならない。


「ここはわたくしが」


 舞の魔力光弾が薄暗い地下を照らすように炸裂する。一気に敵が減り、道が拓けた。

 彩奈は駆け出し、ブレスレットの水晶が導く場所へと進んでいく。




「サクヤ様、ここは長くは保たないでしょう。早急にこの魔結晶を起動し、表世界へと赴く必要があります」


「そうか・・・しかし、まだ準備は万全ではない。無理に魔結晶の力を使えば損傷する可能性もある」


 ガイア大魔結晶にはいくつかのチューブが取り付けられ、ヨミが作った装置から魔素が送り込まれていた。このガイア大魔結晶は普通の魔結晶とは異なり、魔素を魔力に変換する能力を持っている。


「ですがこれを奪われてはどうしようもありません。損傷したら修復すればいいのです」


「・・・そうだな」


 大魔結晶を使用するためには膨大な魔力が必要となるのだが、魔力充填が完全ではなかった。とはいえ準備が終わるのを待っていたら、適合者達に乗り込まれてしまうだろう。

 サクヤは大魔結晶の起動に取りかかり、次なる手を打とうとしていた。




「この近くにいるはずよ」


 彩奈達は地下深くへと侵攻していた。道中、多数の魔物が防戦に出たが、難なく撃破されて三人の行く手を阻むことはできなかったようだ。


「敵が多いな。ここはあたしに任せて彩奈と舞は行け!」


 通路の後方から迫る魔物の方を向いて加奈が叫ぶ。


「行きましょう、彩奈さん。一刻も早く唯さんの元に!」


 彩奈は頷き、二人が更に奥へと進む。

 そうして暫く進み、魔物を切り捨てながら一つの部屋へと辿り着いた。


「この部屋だわ!」


 唯の気配を感じ取った彩奈が叫ぶ。


「彩奈さん、わたくしが敵を引き付けておきますから中へ!」


 彩奈は扉を開け、中に入る。


「唯っ!」


 すると鎖に吊るされた唯がそこにいた。彩奈の呼びかけに返事はなく、ぐったりとして動きもしない。


「今助けるから!」


 駆け寄り、唯の体に纏わりついている小型の魔物を引き剥がして殺す。


「こいつ! 離れて!」


 数体の魔物が唯から魔力を吸い出しているようで、中々離れようとしない。


「いいかげんにしてっ!」


 最後の一体を剥がして切り捨てる。こんなヤツらが唯の体に触れていたという事実だけで許せず、どんな扱いを受けていたかを想像して心が苦しくなった。


「唯、しっかりして!」


 鎖と首輪を切断して唯を降ろす。その光の無い目は半分白目を向いており、意識も無い。

 その姿を見て彩奈の目から涙が溢れてくる。


「ごめんなさい・・・遅くなってしまって・・・・・・」


 しかし泣いてばかりはいられない。すぐにでも唯を連れてここから脱出しなければならないのだ。

 彩奈は唯を抱えて部屋を出る。


「唯さんが見つかったんですわね!」


「えぇ、でも意識が無い。すぐに地上へ戻るわ」


 二人は来た道を走って戻っていく。


「加奈さん、無事で良かった」


「へっ、こんな奴らに負けねぇぜ。唯が見つかったんだな?」


 彩奈は頷いて先を急ぐ。

 帰りはほとんど魔物に会うこともなく地上近くへと到達できた。


「お前達がしぶとくて安心したぞ」


 出口にさしかかった時、これから突入しようとしていた神宮司達と会った。彩奈が唯を抱えているのを見て、作戦の第一目標を達することができたと一安心する。


「素直によくやった! とか言って下さいよ」


「悪いな。私は素直じゃないんだ」


 加奈はむくれるが、神宮司は軽くいなす。


「東山は高山を連れて後方の簡易拠点まで下がれ。柳瀬、お前達の部隊が護衛に付くんだ。新田と二木は敵拠点内の案内を頼む」


 神宮司が指示を出してそれぞれが動く。後はこの魔物の拠点を叩くだけだ。


「暗いからって迷子にならないでくださいよ?」


「ふっ、お前こそ」


 適合者の部隊が最深部を目指していく。




 簡易拠点にたどり着いた彩奈は唯をブルーシートの上に横たえた。


「目は覚まさないか・・・唯、起きてよ・・・・・・」


 やはり、彩奈の呼びかけに答えはない。死んでしまっているようにも見えて、彩奈は血の気が引く思いで唯に縋りつく。


「私が応急処置を行います」


 拠点で待機していた適合者が唯の治療を始める。


「すでに表世界のこの付近までヘリがきていますから、手当が終わり次第病院へ運びます」


「お願いします・・・・・・」


 彩奈はこれで何とか唯が助かりそうだと少しだけ安堵する。

 まだ戦っている加奈達の身を案じながら、彩奈は大切な唯の手を握って傍に寄り添っていた。




「よし、もう少しだな。各員、魔人との交戦が予想される。気を引き締めろよ」


 神宮司達は最下層に到着し、魔物を殲滅していく。ここまで来れば、あとは魔人を討伐すれば勝てると思った。

 しかし、順調なのもここまでだった。準魔人の集団が出現して襲い掛かってきたのだ。


「こいつらか。まぁまぁ面倒な相手だ・・・・・・」


 いくら神宮司でも戦闘力の高い相手を複数同時に相手にするのは容易ではない。一瞬の隙が死に繋がるので、油断はせず相手の動きをよく見て対処する。


「この先に何かありそうですわ」


 舞は通路の奥から何か強大な力を感じて警戒する。唯を殺さず捕らえたのにはきっと意味があり、この先にその答えがあると確信した。


「ならさっさと蹴散らしちまおう」


 加奈の薙刀が敵の腹部に突き刺さって絶命させる。


「唯をあんなにボロボロにした奴もいるかもしれないしな。そいつを見つけたら・・・・・・」


「わたくし達の手で存分に痛めつけて、この世から消してやりますわ」


 二人は傷ついた唯の姿を思い出して怒りの炎が燃え上がる。




「もうそこまで人間がきています。サクヤ様」


「あぁ。仕方ない、大魔結晶を使うぞ」


 サクヤがガイア大魔結晶に触れ、唯から奪った魔力を用いて魔術を行使する準備を始める。


「そこまでだ!」


「何?」 


 サクヤが振り返ると二人の人間が扉を破壊して大広間へと突入してきていた。


「お前が親玉か!」


「そうだ。私はサクヤ、魔女である。この私の足元にも及ばぬ下等生物のくせに、ここまで来たことは褒めてやる。だが、ここまでだ」


 サクヤは杖を装備して魔力を凝縮した魔力光弾を放つ。その威力は舞のものよりはるかに強力だ。

 加奈達は回避するも、先ほどまで立っていた床が大きく抉れており、その強さに驚く。


「私もいるぞ」


 今度は側面からヨミが加奈を襲う。


「お前! 唯に何をしたんだ!」


「あぁ、あいつか。魔力を分けてもらって、後はちょっと実験台になってもらっただけさ。ふふっ、あの声と顔は忘れられないな」


 加奈の怒りは頂点を通り越し、もはや爆発している。


「てめぇえええ!」


「怒りの感情を見るのは好きだ。ほら、もっと怒れ。そして死ぬがいい」


 魔力のオーラを纏う加奈を挑発し、ヨミは楽しんでいる。


「絶対に殺す! 生まれてきたことを後悔させながらな!」


「やれるかな? 威勢はいいがな!」


 加奈とヨミは激しく斬り合う。互いにかすり傷を負いながらも、攻撃をやめない。




「人間にしてはなかなかだな」


 舞の魔力光弾を弾きながらサクヤが呟く。余裕そうな態度に、舞は負けているなと焦りを感じる。


「必ずここで倒しますわ」


「無理だな。私は魔女だ。そこらの魔物よりも断然強い。お前一人に遅れはとらん」


 自身の周囲に魔法陣を展開し、サクヤはそこから次々と魔力光弾を放つ。


「くっ・・・」


 舞はその場から飛びのいて、コチラを狙う魔力光弾を魔力障壁を展開して防ごうとするが、


「そんな・・・」


 容易に障壁は破壊されて、足元に着弾した魔力光弾が爆発する。

 その衝撃波で吹き飛ばされ、舞は壁に叩きつけられた。


「かはっ・・・・・・」


 血を吐いてその場に落ちる。急いで立ち上がろうとするが、足に力がはいらない。


「舞っ!」


 加奈はヨミを蹴って距離を取り、舞のもとにすぐさま駆け付ける。


「これで終わりだ」


 サクヤが杖に魔力をチャージして加奈達に狙いを定める。この一撃で煩わしい人間を消し、はやくガイア大魔結晶の整備に取り掛かりたかった。


「加奈さん・・・逃げて、早く・・・!」


「そうはいくか!」


 加奈が舞を抱える。


「これでは間に合いませんわ・・・・・・」


「いいさ。舞を見捨てるくらいなら」


 優しい表情で舞を見る。舞はそんな加奈の目を見つめ返しながら静かに目を閉じた。こんな状況でも見捨てないでいてくれることが嬉しく、加奈となら心中したって構わないとさえ思えたのだ。

 サクヤの放った光が二人を包み込もうとするが、


「くっ・・・あれ?」


 加奈達の前に神宮司がいた。全力で魔力障壁を展開して二人を庇ったのだ。


「全く、まだまだ未熟だな・・・私が来なかったら今頃消し炭だぞ・・・・・・」


 防いだとはいえ、全ての魔力を使い果たしてしまった上にダメージも大きい。

 しかし倒れることはなく、膝をつきながらもサクヤ達を睨む。その後ろ姿にはまだ負けてないというオーラがあった。


「ほう、あれを防ぐとは。だがこれは無理だな?」


 再び杖に魔力を貯める。


「よくもお姉様を! 許しませんわ!」


 神宮司の部下達も突入して、サクヤ達に攻撃を始める。サクヤは防御に専念して的確に対処を行うが、物量差を現状で覆すのは難しかった。


「キリがないな。ヨミ、あれをやるぞ」


 ヨミは頷いてサクヤのそばに寄る。


「ガイア大魔結晶よ。今こそその力を開放する時だ!」


 サクヤの叫びに呼応するように大魔結晶が発光する。眩い光が周囲を照らした。


「マズい予感がする・・・総員、後退!」


 適合者達は一気に部屋の外へと退避する。

 次の瞬間、轟音とともに部屋ごとサクヤ達が消えていた。


「なんだ、どういうんだ・・・・・・」


 神宮司ですら理解が追い付かない。


「舞! おい、目を開けるんだ!」


 加奈は舞に呼びかける。返事はないが、弱弱しくもちゃんと呼吸をして生きていることは分かる。


「新田はまだ生きている。二木、すぐに新田を連れて脱出しろ。このままではいずれ死んでしまう」


 神宮司に促されて加奈は頷いて駆け出す。それを数人の適合者が囲うようにして護衛につく。


「それにしても・・・これはかなり大変なことになりそうだな・・・・・・」


 先ほどまでと空気が違うのは錯覚ではない。この感覚は空間の歪みと同じものだと確信する。そして、最悪な事が起こってしまったのだと理解し、全身から血の気が引いた。




「成功です。我々は人間共の巣くう表世界へとシフトできました。が、やはり大魔結晶は損傷したようです。この修復には時間がかかります」


「問題ない。人間共の余命が少し伸びたに過ぎぬ。裏世界とこの表世界から大魔結晶の修復に使えそうな素材を集めろ。まだこいつを使う必要があるからな」


 神宮司の予想通り、サクヤ達は表世界へと”シフト”していた。ガイア大魔結晶の力で裏世界から表世界に干渉し、無理矢理空間をこじ開けたのだ。結果、魔族達ですら通れるほどの、これまでに無い規模の空間の歪みが発生した。


「まずはここに城を築こう。そしてここから我らの蜂起が始まるのだ。人類よ、覚悟しろ!」


 空間の歪みを通って魔物が次々と”シフト”する。そして何も知らずに生活している人間達のもとへと羽ばたいていく・・・・・・





 二日後、世間の大混乱をよそに彩奈は唯の入院する病室にいた。唯達の住む街にはまだ魔物は現れていなかったこともあり、舞が以前唯に紹介したシャドウズと関わりのある病院に入院したのだ。そのおかげで個室を用意してもらえた。


「唯、皆大騒ぎよ。魔物が表世界に現れたから・・・・・・」


 まだ意識の戻らない唯の顔を見つめる。

 サクヤ達は転移した場所の近くにある街を瞬く間に占拠、更にその勢力を伸ばそうとしていた。適合者達が多数投入されるも、戦況は芳しくなかった。

 自衛隊や駐留米軍も偵察機やヘリを飛ばして事態を把握しようとしたが、それらは魔物の攻撃でことごとく破壊されている。警察の特殊部隊も投入されたものの、通常の装備では魔物に効果は無く、あっという間に全滅してしまった。

 更に厄介なのは、サクヤが大規模な魔力障壁を展開したことである。制圧した街全体を覆うほどの規模で、適合者達でもそれを突破できていない。


「唯、これから私達はどうすればいいのかしらね・・・・・・」


 彩奈の心は不安で満たされている。それをまぎらわせるように、彩奈は唯の手を握った。


「うっ・・・・・・」


「!?」


 唯の目がゆっくりと開く。


「唯! 気が付いたのね! ここは病院よ、安心して」


 彩奈は唯の手を握りしめ、意識が回復したことを喜ぶ。このまま目覚めなかったらどうしようかと思っていたから、こうして目を覚ましてくれただけで嬉しくて泣きそうになる。


「心配したのよ。でも本当に良かった・・・・・・」


「あ、あの・・・・・・」


 怪訝そうな顔の唯の瞳がこちらに向く。


「唯?」



「あなたは・・・誰ですか・・・?」



              -続く-

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