第7話 Don't wanna lose you
唯と加奈の前に現れた魔人ヨミは余裕そうな表情を浮かべながら降り立つ。弱った適合者など敵ではなく、赤子の手を捻るように簡単に潰せると見下しているのだ。
「さぁ始めよう・・・いけ、お前達」
ヨミの号令と共に準魔人が突撃する。静かな殺気が迫る感覚に、唯は少し怖気づく。
「来いよ! 返り討ちにしてやるぜ!」
まだダメージが残っているため満足に体を動かせないが、加奈は目の前に迫る敵に相対する。戦わねば死ぬのみで、一矢も報いずただ殺されてたまるかという気合が体を引っ張っていた。
「このっ!」
唯も追従して一体撃破するが、前回に比べて準魔人の動きが速くなっていることに気づき、舌を巻く。
しかし、増援は敵だけでは無かった。
「待たせたわ」
彩奈が魔物の包囲を突破して唯達の元に駆け付ける。
「ふっ、何人来ても同じだ。この刀の錆びとなるだけだ」
ヨミは一気に唯との距離を詰めて斬りかかった。素早く重い斬撃は空気を振動させて迫りくる。
「くっ・・・」
その攻撃を聖剣で受け止めるが、その一撃を防ぎきれずに弾かれた。
ヨミは更にもう一本の腕に握る刀をよろけた唯に向けて振りかざす。
「まだっ!」
唯の展開していた魔力障壁が攻撃を受け止めるが、アリスの雷撃も受けて消耗していたこともあって砕け散ってしまった。
その前に後ろに飛びのいていたため唯は致命傷を受けずに済んだが、次同じような状況になれば確実に殺される。筋力に大きな差があるこの場合、攻撃を受け止めるのではなく、回避することに専念しなければならない。
「唯は死なせない!」
彩奈が魔人の後ろに回り込んで背後から襲う。
「いや、死ぬ。私を相手にしているのだからな。そしてお前もだ」
彩奈の刀は簡単に受け止められてしまったが、そこに唯も加勢しヨミに聖剣を振り下ろした。
「これで私を倒せると? 甘く見られたものだ」
「そうかな?」
唯は剣を受け止められるも、防がれるのは分かっていたとばかりにすぐに蹴りを放つ。人間を見下し、油断していたヨミはその蹴りをもろに受けてよろけた。
「斬る!」
彩奈の刀が一閃。ヨミは回避行動をとるが、掠めて肩を負傷する。まさか弱っていた人間からの反撃を許してしまうとはと、ヨミは舌打ちして距離を取った。
「この・・・下等生物が・・・」
プライドまで傷つけられて怒りを覚えたヨミは二人を睨みつける。
殺気を増幅させ、肩の傷をすぐに修復して武器を構えなおした。
「いくぞ・・・こんどこそ切り伏せてやるからな」
あれほど大量に現れた魔物達は次々と適合者に狩られ、戦況は人間側に有利に傾いていた。
その中でも多数の魔物を撃破して貢献しているのは舞だ。
「やれやれですわ。これほどまでに出てくるなんて」
また一体、彼女の魔力光弾によって魔物が散る。
「高山さん達の元に行かせないようにしなくては・・・」
唯達が魔人と戦闘しているのを視界に入れつつ、そこに向かおうとする魔物を優先的に倒していく。
「うっ・・・」
唯はヨミの攻撃で弾き飛ばされ地面に転がる。そこを準魔人が追撃するも、彩奈がすかさず援護に回り、準魔人を両断した。
「唯、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
まだ唯の闘志は消えていないが体の方は限界が近く、それを彩奈は察していた。魔結晶から魔力を吸収して回復するという手もあるが、その隙がないことと、完全な状態にまでは回復できないので継戦はどの道難しい。
「唯、ここは私に任せて。二木さんと一緒に新田さんのところまで後退して」
彩奈の気遣いに感謝しつつも、唯には彩奈を置いて下がるなんて選択肢は無い。
「彩奈も一緒にだよ。あいつと戦いながら舞と合流しよう」
魔物の多くが撃破されたことで、戦況はほぼ人間側の勝利で決まったも同然だ。これなら追撃されても他の適合者の援護が期待できる。
「よし、一気にさがるよ!」
唯、加奈、彩奈は全速力で後退する。
「今回はここまでだな」
ヨミは三人を追わず、アリスの死体を見下ろす。下手に深追いして怪我をするのは馬鹿のすることだと冷静に考えたのだ。勝利を収められなかったことに悔しさはあるが、ここで無理をして自滅しては元も子もない。
「哀れだな。だがお前の力は私が有効活用してやる。ありがたく思えよ」
そう言ってヨミはアリスの心臓を抜き取った。そしてそれを自分の胸部に押し当てて取り込む。
「これで更に私は強くなった。次に貴様ら人間に会った時にこの新たな力を試させてもらうぞ」
配下の準魔人達を引き連れて飛翔し、戦場を後にした。
「二木さんはだいぶやられたようですわね」
戦闘は終結し、四人は表世界へと帰還していた。戦闘中は魔力と精神力で何とか耐えていたが、緊張が解けたこともあり、全身に痛みを感じて加奈は立ち上がることすら困難な状態になっていた。
「救急車を呼ぶ?」
「それならわたくしにお任せを。既にわが新田家の自家用ヘリがここに向かっていますわ」
唯は今さら驚かないが、舞だけは敵に回してはいけないなと思った。
ほどなくしてヘリが到着し、以前舞が唯に紹介した病院まで運ぶ。ドクターヘリでもない自家用機がなぜ離発着できるのかはもはや突っ込むまい。
「サンキュー、舞」
「いえいえ。今回も誰一人欠けることなく帰ってこられて良かったですわ」
加奈は一日入院することになり、唯達三人は帰宅する。
「ふい~、私は帰ってきたー」
唯は彩奈の部屋に帰ってそのまま倒れるように床に寝転がる。唯もかなり疲労しており、しばらく動きたくない。
「お疲れ、唯」
まだ体力的には余裕のある彩奈は唯の隣に座って頭を撫でる。
「ん~・・・落ち着きますなぁ・・・・・・」
ここ最近は何かと忙しく、こうして二人だけの時間を作れるのは久しぶりな気がした。
「お風呂入らないと汗臭いかな?」
「そうね。今用意するわ」
彩奈が浴室へと向かう。唯はもう暫く自宅に帰っていないこともあり、ここが自分の家だという錯覚に陥る。それくらい馴染んで安心できる場所なのだ。
「彩奈・・・・・・」
唯は時々不安に駆られる時がある。それは彩奈が死んでしまったらどうしようという不安だ。もし彩奈が先に逝ってしまったら自分は耐えられない。しかし、戦場に出る以上は死は隣り合わせだ。自分が死ぬ分には構わないが、彩奈を看取らなければならないような事態には決してなってほしくない。もし彼女に二度と触れられないのなら・・・二度とその笑顔に会えなくなったとしたら・・・その時は、後を追おうと思う。
そんな事を考えながらウトウトしていると、
「唯、お風呂が沸いたわ」
彩奈が唯の頭を撫でながら言う。
「ありがとう。・・・ねぇ、一緒に入ろうか?」
「そうね。そうしましょう!」
見るからにテンションの上がった彩奈と共に浴室に行く。
体を洗い、温かなお湯の張った浴槽に身を沈める。
「彩奈、おいで」
元々一人用の小さな浴槽で二人は密着する。お湯が溢れて流れ、汗すらも交わるほどの距離感だ。
「いい匂い・・・」
唯は彩奈を背後から抱きかかえるようにした。彩奈は唯のぬくもりを背中いっぱいに感じる。
「唯・・・」
彩奈はこれ以上にないほどの安らぎと幸福感で蕩けそうになる。この世のどこを探してもこれほど彼女をリラックスさせるものは見つからないだろう。
互いに相手の心臓の鼓動を感じ、そのリズムがとても心地いい。
「彩奈の肌ってすごい綺麗だよね」
力が抜けてもたれかかる彩奈の素肌を唯の手が這う。
「んっ・・・唯だって・・・」
彩奈にしてみれば唯は芸術のような綺麗さだ。今までこんなに心動かされる美しさを見たことがない。
「こうしてるとさ・・・時間なんか止まっちゃえって思うよ」
「私もよ・・・唯とずっとこうしてたい・・・・・・」
幸福な時間こそ速く過ぎ去る。その一瞬の輝きのために人は生きているのかもしれないが、それにしてもこの世は困難や苦痛が多すぎると思う。
「そういえば彩奈、私にお仕置きをするって言ってたの覚えてる?」
「あの旅館での事?それならもういいわよ。こうして一緒にいてくれているし・・・・・・」
「ううん。あのね・・・その・・・してほしいの・・・・・・」
唯は恥ずかしそうに言う。妙なテンションになっているために自然と言葉にしていたのだ。
「えっ、してほしいの!?」
「・・・うん・・・・・・」
「・・・分かったわ。お風呂を出たら覚悟して」
いつから自分からお仕置きを望むようになってしまったんだろうと思いながらも、期待して胸が高鳴る。
「彩奈は私を縛るの好きだよね」
風呂を出て、さっそく彩奈は唯の手首を紐で縛る。
「そうね。そのほうが雰囲気も出るでしょう?」
布団に押し倒され彩奈が腹部にまたがった。
「前もこんなことがあったよね」
「そうだったわね。でも前よりも厳しくいくわよ」
「はい・・・・・・」
二人の幸福な時間は始まったばかりだ。
「申し訳ありません、サクヤ様。アリスの援護に急行しましたが間に合わず、奴は戦死しました」
ヨミは今回の戦闘についてサクヤに報告する。その声は淡々としており、心から謝っているようには聞こえない。
「・・・アリスまで失うことになるとはな」
「しかし、ご心配無く。私が作り出した準魔人のアップデートは順調です。今後の戦闘において奴以上の戦果をもたらしてくれることでしょう」
自分の研究成果を語り出し、急に自信に満ち溢れた声となる。もはや戦死したアリスのことなど思考にない。
「そうか・・・しかし、我々の戦力がいつまで保つか分からん。次の打つ手を考えなければなるまい」
「それならば私にお任せを。色々と策を考えていますから、サクヤ様に良い報告ができるよう努めてまいります」
「お前に前線のことは任せるが、あまり下手に動きすぎるな」
ヨミが退出した後でサクヤはため息をつく。人間との決戦のためには戦力が足らず、現状のままでは心許ない。
「奴だけには任せられん。何か新たな一手が必要だ・・・」
「さて、さっそく私の新たな発明品を試してみようか」
ヨミは研究室にて、目の前の大きな円筒状の装置を見ながら薄ら笑いを浮かべて呟く。
「またまた厄介な事が起こっているようですわ」
最近有事が多くなって、こうして呼び出されることに唯は慣れていた。魔物も長期休暇をとって、地球ではない他の星に旅行でも行ってしまえばいいのにと唯は思う。彼女は何よりも彩奈との時間が奪われることにストレスを感じており、その原因の魔物に対しては恨みと憎しみしかない。
「今回はどうやら空間の歪みに魔素が吸われているようなんですの。そこには魔物の反応もありますわ。これまでにないケースですわね」
「それはまずいんじゃ?」
加奈はいまいち何がまずいのか分かってないが、これまでにないって言うなら異常なことなんだということは分かる。
「えぇ。魔力の源である魔素は裏世界より表世界のほうが豊富で、そのことを魔物達が知っていて今回の現象を起こしているのなら問題ですわね。奴らが表世界から魔素を吸い上げて力を付ける気なのかは知りませんが、阻止する必要がありますわ」
「よっしゃ。ならさっさと魔物退治に向かおうぜ。あいつらに好きにさせるのは癪に障るしな」
「ここですわ」
唯達の住む街のはずれにある廃工場にやって来た。ここは以前彩奈に連れてこられて唯が舞と加奈に初めて会った場所だ。もはやその事が懐かしく感じる。
「この周囲の魔素が少ないようですわ。・・・今から裏世界にシフトするわけですが、恐らくすぐに魔物と交戦することになりますわ。皆さん、準備を」
魔具を装備して四人は裏世界に赴く。
「来たな。人間奴」
「またお前か」
見覚えのある魔人ヨミを捉えた唯は怯まず対峙する。前までなら魔人との遭遇に恐怖を強く感じていたが、慣れとは恐ろしいもので、ヨミを前にしても恐怖より戦意が勝っていた。
「あれは・・・?」
舞は準魔人が囲む円筒の機械を見る。見たことの無いそれが恐らく魔素を吸っているのだろう。
「さっさと壊すに限りますわね」
舞の杖から魔力光弾がその機械に向かって飛ぶ。
しかし、そばに控える準魔人が武器を使ってその攻撃を防いだ。
「そう簡単にはやらせんよ。これを作るのになかなかの苦労をしたんだ」
ヨミの指示を受けた準魔人数体がその機械を持ち上げて飛び立つ。
「お前達の目的はなんだ?」
唯はヨミに斬りかかりながら問う。
「我らはただお前達人間を滅ぼしたいんだ。そして魔族によって世界を統治する。そのためにこうやって色々試しているんだ」
淡々と答えるヨミは唯の攻撃を容易に回避する。アリスの力を吸収したことで更に強くなったようだった。
「まったくお前達人間は脆弱な癖に傲慢で困る。まるで自分達が生物の頂点にいるかのように」
アリスのように腕を四本に増やして、ヨミは雷撃を放つ。唯はギリギリで回避するが、単独で交戦しても勝てないと悟る。しかし彩奈達は襲い来る準魔人の対処をしており、暫くは援護なしに戦わざるを得ない。
「せめて私くらい強くないとな?」
ヨミの攻撃を避けることで精一杯だ。このままの防戦では殺されるのは時間の問題であり、なんとしても攻勢にでなければならない。
「このっ!」
雷撃をくぐり抜けてヨミとの距離を詰める。
しかし、
「遅い!」
ヨミの刀が一閃。唯は聖剣で防御するがその一撃で弾き飛ばされてしまった。
「くっ!」
「まだまだ甘いな」
ヨミが追撃し、唯に刀を振り下ろす。
「ほう・・・」
その斬撃は唯を切断することなく魔力障壁に阻まれる。唯は咄嗟に杖を取り出して障壁を展開していたのだ。
「これで!」
聖剣で突きを放つが、ヨミのもう一本の刀で防がれる。
「お前のその魔力は他の奴とは違う。お前は何者だ。ただの人間ではないな?」
その問いに答えず、更に聖剣をヨミに向かって振る。
「それにこの剣からも変わった力を感じる。これは・・・」
「魔物を討つための力だよ!絶対にお前達を倒すという私の力」
唯は自分が特殊な性質を持つとかそんなことはどうでもいい。それがこうして魔物を倒すために有効に使えるなら利用するだけだ。
「・・・なぁ、私と共にこないか?」
唐突にヨミが唯を勧誘する。
「・・・何?」
「お前は恐らく古代の力を持っている。人間でも魔族のものでもないその力は天使族のものかもしれない」
以前神宮司から言われたことをこの魔人も言う。天使族とやらについては詳しく知らないが、魔人から見てもその素質を感じられるようだ。
「それならばお前は貴重な存在だ。世界を握ることもできるやもしれん。・・・どうだ? 我々と全てを手に入れてこの世界の頂点に立つ気はないか?」
そんな勧誘に悩むことはない。唯は即答する。
「断る」
「・・・そうか。残念だ。我らのもとにこないなら死んでもらうしかないな。それか、私がお前の力をもらいうけるのも悪くない」
「そうはいかないわ」
二人が問答しているうちに準魔人の多くが倒され、彩奈が唯の援護に回る。
「ならお前から死ね」
ヨミは邪魔が入ったことに苛立ちながら彩奈に襲い掛かる。
「させない!」
唯が加勢し、ヨミは同時に二人の攻撃を捌かなければならなくなった。単純なパワーはヨミの方が上だが、こうも連携をうまくとる相手は厄介だ。
「これしきではなぁ!」
彩奈を弾き飛ばし、唯と切り結ぶ。
「強い・・・!」
再び雷撃を使おうとするヨミだったが、不発に終わる。
「ちっ・・・まだ完全ではないか」
もともと自分の力ではないため、完璧なコントロールができていない。
「今なら!」
唯の剣がヨミの腕を掠め、その痛みで刀を落としてしまった。
「ちぃ・・・まぁよい。試したいことはできたし、ここは退く。だがお前のことは諦めないからな」
そう言い残して飛び去っていった。
「唯は私のよ。ふざけたこと言わないで」
彩奈の怒りがヨミに届いたかは分からないが、残りの準魔人を撃破し、四人の適合者は生還する。
「敵はここ最近になって次々と新たな試みをおこなっていますわ。今回の謎の装置のこともありますし、本部に本格的な支援をお願いする必要がありますわね」
「そうだな・・・それにこれだけ魔人と遭遇するんだから、このエリアの近くに魔人の拠点がありそうだ。それを見つけて叩きたい」
加奈は闘志を滾らせる。いくら敵を追い払っても、もとを潰さなければ戦いは終わらない。本部の調査隊を再び呼んで、敵の住処を突き止めて制圧することが今後の目標になるだろう。
さっそく舞が神宮司に連絡を取る。
「サクヤ様、わざわざ呼び出してしまい申し訳ありません」
ヨミがわざとらしく頭を下げた。
「よい。してどうした?」
「はい。ついにこいつの起動が可能かもしれません」
二人は巨大な結晶体を見上げる。
「このガイア大魔結晶を?」
ガイア大魔結晶。それは既に滅び去った古代から存在する巨大な魔結晶である。天使族の所有物であり、その力は文字通り世界を変えるものだったという。天使族が滅亡した後は放置されていたが、復活したサクヤが回収して修復し、世界を自らの物とするための最終兵器とした。しかし、肝心の起動方法が分からず、様々な手段を試してみたがいまだに使用できない。
ちなみに人間の言う旧文明と魔族の言う古代は同じ時代を指す。
「そうです。天使族の力を持つと思われる人間を見つけました。そいつを捕まえて魔力を吸い出し、これに流せば恐らく起動できるのではないかと」
「今はどんな可能性にもかけなければならん。我々がここ最近活発な活動をしたことで人間共の警戒心も強くなっているはずだ。このアジトを発見されるのも時間の問題だろう。その前に何とかせねばな」
これほど大きな結晶を運ぶのは容易ではない。人間は勿論、他の魔族に見つかって強奪されるかもしれない。そうなる前にケリをつけなければサクヤの野望は叶わなくなる。
「お任せを。準備が完了次第、奴を捕らえてみせます」
ヨミは強い高揚感を感じていた。もうじき世界が変わるその瞬間を見られるかもしれないからだ。
「必ず成功させよ。そして世界を手に入れよう」
「神宮司さんから連絡がありまして、こちらに部隊を引き連れて来てくださるそうですわ」
唯達は河川敷で行われている夏祭りへと来ていた。いつ魔物の襲撃があるかわからないので浴衣ではなく動きやすい私服であるが。
「そっか。それなら安心だね。そろそろあの魔人とも決着を付けて少しは平和を取り戻したいな」
舞の報告を聞いて唯は心強くなる。神宮司なら魔人だって簡単に倒しそうだし、敵の拠点を破壊できれば今よりは落ち着いた生活を送れそうだ。そうすれば皆との、そして彩奈との時間ももっとつくれるだろう。
「ふふっ。もう高山さんは立派な適合者ですわね」
「そうかな?」
舞は優しいまなざしを向ける。
「えぇ。本当にあなたがいてくれて良かった」
「えへへ、ありがとう」
素直に舞の感謝に答える。
「唯、もうすぐ花火よ」
彩奈が唯の腕に抱き着いて言う。少々拗ねたような表情を見て、唯は優しく頭を撫でてあげる。
「もうそんな時間か。いつもは家から見てたから、こうして外で見るのは新鮮だろうな」
向かい側の河原から花火が打ちあがる。その煌めきが炸裂音とともに夜空に広がった。舞の派手な魔力光弾だって迫力があるが、それとはまた違う。平和を象徴する光が唯の心を明るく照らす。それを大切な人達と見られることが嬉しかった。
彩奈と繋いだ手を強く握る。
「きれいだね・・・」
「えぇ・・・」
夏の夜の空気と花火の光が二人を包む。
暫くそうやって空を見上げ続けていたが、この時間ももうじき終わる。
「彩奈。来年も一緒に来ようね」
「うん」
最後の方は花火を見ておらず、お互いに見つめ合っていた。二人の間に入る余地はなく、顔を照らす七色の光さえ端役になっていた。
「いやぁ、今年の花火も派手でよかったですなぁ」
加奈は老人のような感想を言いながら焼き鳥を頬張る。
「よし、このまま徹夜であそぼうぜ!」
「そうしたいところですが・・・これを」
舞が手に持っているのは水晶だ。赤い輝きを放っている。
「嘘・・・こんな時にまで」
「本当に空気の読めないヤツらだな。この有り余った力で粉砕してやるぜ」
近くに空間の歪みがあったため、そこから裏世界へと向かう。
「反応が多数。しかもばらけている・・・」
どうやらこのエリアの様々な地点に魔物が出現したようだ。
「二人一組でいこう。敵の位置がこんなにばらばらじゃ四人固まって戦っていたら対処しきれない」
「危険ですがそうする必要がありますわね。もしこの前のように表世界から魔力を吸っているとしたら、早めに撃滅しないと何が起きるか分かりませんわ」
唯は頷き魔具を装備する。
「わたくしは一度表世界に戻って周囲のエリアの適合者に応援を要請しますわ」
「唯、彩奈、気を付けろよ。無理だと思ったら後退することも忘れるな」
唯と彩奈は加奈達と別れて敵がいる方角に向かう。
「あいつらには風情というものがないのかしら」
彩奈はせっかくの楽しい時間を台無しにされて怒っていた。
「人間の気持ちなんか分からないんだよ。とにかくさっさと倒して帰ろう。まだまだ遊ぶんだから」
唯が敵を視認する。表世界と同じく裏世界も夜で暗いが、魔力で視力も強化されているので遠くからでも敵を見つけられる。
「魔人や準魔人はいないな。これくらいならやれる!」
二人が斬り込んでいくが、魔物は攻撃より回避に専念して二人から距離を取る。
「何? いつもと動きが違う」
飛行型が敵の主戦力で、その軽快な動きで回避されたら攻撃を当てるのも一苦労だ。
「敵が二手に分かれたわ。唯、そっちの群れをお願い」
「わかった!」
ビルを回り込むようにして魔物が逃げる。それを唯と彩奈は二手に分かれて追う。
「おとなしく倒されるがいいわ」
彩奈は追いながら一体、また一体と敵を倒していく。敵単体の強さは大したことはないので、このままなら特に問題なく殲滅できるだろう。
「これならもうじき倒し切る・・・・・・」
勝ちが見えたと思った瞬間、
「そうはいかないな」
「なっ!」
魔人ヨミが上空から飛び降りてきた。
「こいつ・・・・・・」
「お前を利用させてもらうぞ」
ヨミは不敵に笑い、武器を構える。
「よし、倒した」
唯は追っていた群れを全滅させ、彩奈の元に向かおうとした。
「見つけたぞ」
「お前は・・・!」
上空からヨミが降り立ち、その腕にはぐったりとした彩奈が抱えられている。
「彩奈に何をした!!!」
それを見た唯は怒りに震えて叫ぶ。一瞬で血が沸騰するような感覚とともに、魔力が体から溢れてオーラを形成した。
「私はお前に用があってな。こいつは人質になってもらったんだ」
彩奈を放り捨て、その体を踏みつける。大きなダメージを受けた彩奈は反撃できずにうめくことしかできない。
「やめろっ! それ以上彩奈に触れるな!」
「命令できる立場じゃないだろ?」
更に強く踏む。
「うっ・・・!」
「彩奈!」
「唯・・・私の・・・ことはいいから・・・逃げて・・・」
そんなことができるはずがない。唯は必死に彩奈を助ける方法を探す。
「さてここで提案だ。お前が私に服従すればこいつは助けてやる」
「くっ・・・」
どうやっても彩奈を救う手立てが見つからない。瞬時に魔人の背後に回り込む術でもあれば逆転できるだろうが、そんなワープ能力などなく、唯は歯を食いしばりながら焦ることしかできなかった。
「返事は? 早くしないとこいつを殺すぞ」
「分かった! 分かったからもうやめて・・・・・・」
とっさに承諾してしまった。他に考えが思いつかないのだから、こうするしかない。
「ダメ・・・ダメよ・・・唯・・・・・・」
「黙れ。話をしているのは私と奴だ。口を挟むな・・・さて、まずは武器を捨てろ。そして動くな」
唯は言われた通りに聖剣を捨てる。
「お願い・・・言う通りにするから彩奈は殺さないで・・・・・・」
「あぁ。お前さえ手に入れればいいのだからな。こいつが生きていようがどうでもいいことだ」
ヨミは警戒しながら少しづづ唯に近づく。
「動くなよ。少しでもおかしな真似をしたら・・・分かっているな?」
「・・・分かってる」
「よし・・・まずはこうだ」
唯の背後に回って、紐で後ろ手に腕を縛る。
「これもつけさせてもらうぞ・・・・・・」
更に唯の首に、どこから取り出したのか漆黒の首輪を付けた。
「服従の首輪だ。これでお前は私に抵抗できなくなった」
「そんな・・・唯・・・・・・」
彩奈は目の前の出来事に絶望する。自分のせいで唯が敵に捕まってしまったわけで、必死に体を起こそうとするがまだ動くことはできない。
「ふふふ・・・これで素材は集まった。後は全てが我らの支配下になる・・・!」
ヨミは喜びを隠しきれずに笑いだした。
「ごめんね。彩奈・・・・・・」
唯は涙を流しながら彩奈を見る。自分がもっと早く敵を倒していれば、彩奈があんなに痛めつけられることもなかったはずだと自分を責めていた。
「唯・・・謝るのは私のほう・・・ごめんなさい・・・・・・」
彩奈もまた涙を流し、何もできない不甲斐ない自分を呪いすらした。
「さて、こいつはもらっていく。お前はそこで寝てろ」
ヨミは唯を抱えて飛び去る。彩奈が手を伸ばすが、もうその姿は見えなくなっていた。
「唯・・・!」
彩奈はそのまま意識を手放して気絶した。
主を失った聖剣もまた、光を失って地面に転がっている。
人間側にとっては大きな痛手であり、サクヤにとっては夢にまた一歩近づいた瞬間であった。
-続く-
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