第6話 漆黒の翼が裏世界に羽ばたく

「こりゃすげぇ立派な旅館だ。こんな凄いのが隣町にあるなんて知らなかったぜ」


 唯達は舞の親族が経営している大きな旅館へとやって来た。前回の戦いの後、すぐに舞が連絡して部屋を確保してくれたのだ。唯は夏休みシーズンの混み合う時期であるのに、事前予約も無しでこんな立派な旅館の部屋が取れるなんてすごいなと思うと同時に、一体彼女とその家族はどんな権力を持っているのだろうと興味をそそられる。


「さぁ、中に入りましょう」


 舞に続いて唯達もエントランスに向かう。旅行などあまり行く機会のない唯は高揚感で頬が緩む。


「ようこそ、舞様とご友人の皆様。お部屋に案内いたします」


 恐らく一般客以上の丁寧さで出迎えられ、部屋に案内される。


「すげぇ・・・」


 四人が通された部屋はこの旅館の中でも豪華な部屋で、格調の高さが伝わってくる。今回はお代を払わずに泊まることができるからいいものの、本来なら普通の家庭にはきっと縁遠いくらいの宿泊料が請求されるんだろうなという庶民的感覚を唯は忘れない。


「それではごゆっくり。何か御用がございましたらお呼び下さい」


 唯は軽く会釈して運んでもらった荷物を受け取って席に座るが、どうにもこの雰囲気にのまれて落ち着かない。しかし舞はそんな様子もなく、いつもの柔らかな表情を浮かべており、さすがお嬢様は違うなと思った。


「よし! あたしは探検してくるぞ。唯も来るか?」


「私はいいや。ここで休んでるよ」


 加奈は残念そうだったが、すぐさま期待に満ちた顔をして部屋を出て旅館内の探検に向かう。子供心を全開にする加奈を羨ましく感じるのは、きっと唯が高校生になるよりも前から枯れた性格になってしまったからだろう。


「あらあら元気ですわね。わたくしは大女将に挨拶してまいりますわ。お二人は部屋でゆっくりなさってくださいな」


 舞も部屋を出て、唯と彩奈が残された。自分の隣で席ではなく床にちょこんと正座する彩奈を見て唯は癒される。まるで飼い主に懐いた小動物のようで愛らしい。

 そんな彩奈の頭を撫でる。


「今日は皆もいるからあまりこういうことできないね」


「別にいけないことをしてる訳じゃないのだから、全然私は構わないわ!」


 彩奈は必死な感じで言う。彼女にとって唯と触れ合えないというのはもはや拷問である。


「そうだけど・・・あっ、それと今日は一緒に寝られないね」


 それを聞いて彩奈は絶望の表情をする。二泊三日だから二晩も一人の布団で寝ないとならない。唯とこうして仲良くなる前なら当たり前のことだったが、今の彩奈には受け入れがたい事実であった。


「そんな・・・誰かが私を精神崩壊させようとしているの・・・?」


 狼狽え、正座が崩れて床に倒れた。まるで魔物に討たれたようなオーバーなリアクションだが、彩奈の心境を行動に的確に表現している。


「ちょ、ちょっと彩奈大丈夫?」


「私はもうダメだわ・・・唯、せめてあなたの手で私を葬って」


 唯に抱えられ、その腕の中で彩奈は力なく言う。本当に死にかけているように見えるくらい弱弱しい。


「少しの間だから頑張って。私だって彩奈と寝たいけどこればっかりは仕方ないよ。それに、学校が始まって私が帰ったら一人で寝ないといけないんだよ?」


 更に彩奈は絶望する。


「唯・・・私はもう生きる気力を無くしたわ・・・こんなに辛い思いをするなら植物にでも生まれればよかった・・・・・・」


 完全に体から力の抜けた彩奈を支えながら唯は優しい表情で語りかける。


「何を言ってるの彩奈。人間として生まれたからこうして出会って、触れ合えるんだよ。それに永遠に離れるわけじゃないし、私達はいつだって一緒だよ」


「唯・・・・・・」


 少し気力が戻ったようで顔色が良くなる。その時、襖が空いて舞が戻ってきた。予想より早い帰りに唯は焦る。


「あら! なんという素晴らしい光景・・・ではなくお取込み中のところ申し訳ありませんわ」


「ま、舞!? 違うのこれは!」


 唯が彩奈を押し倒しているように見えなくもないし、舞は完全にそうだと思っているらしい。


「いいんですのよ。若い者が二人きりになれば情熱も燃え上がるというものですわ。さ、わたくしに構わず続きを」


「唯、新田さんもああ言ってるわ。もっと私を慰めてちょうだい」


 更に誤解を与えるようなことを言う彩奈の視線を受けながら、唯はほどよく冷やされた部屋にいるにも関わらず大汗をかき、いったいこの後どうしたものかと頭を抱えた。




 その後、探検から戻ってきた加奈が三人を展望室に誘ったことで難を逃れた唯は、戦闘から無事帰還した時並みの安堵を感じた。


「唯・・・私はまだ満足してないわ・・・」


 小さな声で耳打ちをしてくる彩奈の目は真剣だった。それを聞いていたのか舞は相変わらずにこやかにほほ笑みを浮かべており、唯の心労は増すばかりだ。


「この景色、凄いだろ?」


 展望室は旅館の上階にあり、そこから町を一望することができる。唯達の住む町の隣ではあるが担当エリアの一角であり、間違いなく自分たちの手で守っている場所だ。


「すごい綺麗」


 唯は日ごろ見慣れないこうした景色に見惚れている。裏世界だって非日常の空間であるが、それとは大違いだ。


「皆さん並んでくださいな。写真を撮りますわ」


 三人が窓の手前で横に並ぶ。


「けど、これじゃ舞が入らないぜ?」


「いいんですの。わたくしは皆さんを収めておきたいんですから」


 そういってシャッターを押す。


「じゃあ次は私が撮ってあげるから舞が並んで」


 唯が舞からカメラを預かり皆を撮る。その後も交互に撮り合い、平和な時間が流れた。




「やっぱりこれは欠かせないよな!」


 夜となり露天風呂に入ることにした。ここの旅館には二つの露天風呂があり、一つは時間による貸し切りが可能で、今から一時間は唯達の貸し切りの時間だった。


「へへ、唯さん本当にスタイルがいいですな」


 体を洗う唯を加奈がじろじろと見る。その怪しい視線は不審者のそれと同じだ。


「そ、そんなことないよ。ほら彩奈と舞の方がすごいよ」


「いやいやぁ・・・ほらこんなに凄いのをお持ちじゃありませんか!」


 加奈が唯の背後に迫り、後ろから胸を鷲掴みにした。


「ひぃ~」


「くっ、何故こうも違うんだぁ!」


 加奈は自分との差に涙する。


「うっ・・・もの凄い殺気を感じる・・・」


 加奈がその方向に向くと、全身から魔力を放出させてオーラを纏った彩奈がいた。その目に光は無い。


「そんなに死にたいのなら言ってくれればよかったのに・・・・・・」


 ゆらゆらと動きながら加奈に近づく。魔物なんか比にならないくらいの殺気に加奈は唯を盾にしつつ様子を窺う。


「ま、待て! 落ち着け彩奈!」


 言葉は通じない。


「くっ、それ以上近づくと唯の命はないぞ!」


 もはや彩奈からの言葉すら無い。


「まずいな・・・・・・」


 本能的な恐怖を感じて震えが止まらず、腰を抜かしてその場に尻餅をつきそうになる。


「彩奈落ち着いて、ね?」


 見かねた唯が彩奈の元に駆け寄り抱きしめた。彩奈を落ち着かせるにはこうするのが一番だと分かっている。

 それを待っていたかのように、彩奈が唯の背中に手をまわしてホールドする。


「ふふふ・・・もう離さないわ・・・・・・」


「彩奈・・・?」


「二木さんにいいようにされて抵抗しないなんて・・・お仕置きが必要ね・・・・・・」


 魔力の放出は止まらず、オーラは唯をも覆うほど強くなる。もはや嫉妬の感情は隠しきれていないが、気にする様子はない。


「あらあら、目の保養となる光景が沢山見られてわたくしは幸せです」


 舞は目の前の修羅場を拝むようにして見ていた。




 夕食も食べ終わって今日はもう寝ることにした四人は床に就いた。こういう時は枕投げが定番だが、さすがにこんな豪華な部屋ではできないと自重する。もし備品を壊してしまったら、一体いくら払うことになるか想像もできない。


「ふう、なんて寝心地のいい布団なんだ・・・」


 加奈は完全に脱力してすぐに眠りに就く。舞は布団に入った瞬間に寝てしまっていた。


「唯、もう寝た?」


「ううん。まだだよ」


 お互いに寝付けなかった。唯は彩奈にああ言っておきながらも、自分もだいぶ彩奈に依存していることを自覚して笑いがこみあげてくる。


「どうしたの?」


「いやぁ、誰かさんのぬくもりが恋しくて・・・・・・」


 そう言って布団の中で手を動かし、隣の彩奈の方に向ける。すると同じように彩奈が唯の方に動かしていた手に当たる。柔らかく、温かな感触が伝わってきた。


「あっ・・・・・・」


「ふふっ。同じこと考えてたんだね」


 二人は手を握り合う。こうするだけでもとても安心する。薄暗い中でもお互いの顔を見つめ合って視線を外さない。


「ねぇ彩奈、帰ったらまた一緒に寝ようね」


「うん・・・それにお仕置きのことも忘れてないわ」


 加奈に好き放題されて抵抗しなかったことをまだ根に持っているようだ。


「お手柔らかに頼みます・・・・・・」


 二人は幸せな気持ちのまま目を閉じる。

 唯はその晩、彩奈らしき人物と向かい合いながら手を握るという夢を見た。何か言葉を交わすもその詳細は起きるころには忘れたが、どこか悲しく、でも暖かいという不思議な夢だった。




 翌日は旅館近くの観光スポットを散策したり、商店街に寄ったりとこの旅行を楽しんだ。ありがたいことに魔物の出現もなく、このまま永遠に出てこなければいいのにと唯は思う。


「楽しい時間は一瞬で過ぎ去るのだ・・・・・・」


 最終日、旅館を出ながら加奈はうなだれる。


「また皆で来ましょう。それに夏休みはまだまだ終わりませんわ」


 舞は加奈の肩に手を置きながら笑顔で言う。それで元気が出たのか、いつも通りの快活な雰囲気に戻る。

 唯は振り返って旅館を見る。こうして思い出の地を増やして、歳を取っても皆と巡ることができればいいなと思った。






「よし、これで準備は完了だ。人間共の驚く顔が目に浮かぶ」


 魔人ヨミはアジト内で準魔人の量産を行い、攻撃の準備を行っていた。彼女の邪悪な笑みが仄かな光の中に浮かぶ。


「アリスなどいなくてもこの私の部隊で決着をつけたいところだな」


 サクヤの計画達成のためには充実した戦力も必要だ。人間は勿論、サクヤ達に出し抜かれて怒る魔人をも相手にしなくてはならない。そのためにも準魔人の完成度を高めて充分実戦に耐えうる存在にするのは急務だった。


「実際に戦わせてデータが得られればよりこいつらは強くなる。今にみていろ・・・」


 彼女の闘志は人間だけに向けられたわけではないようだ。






「やれやれ、敵さんがおいでになったか」


 旅行から帰った翌日、魔物の出現を感知して唯達は裏世界へと移動する。


「今回は様子が変ですわ。わたくし達のエリアだけでなく、近隣のエリアにもほぼ同時に魔物が出現したようですの」


 舞はいつになく難しい顔つきだ。


「この辺り一帯に魔物が? 今までそんな事無かったよね」


「なにか嫌な予感がしますわ。皆さん警戒を怠らないでくださいね」


 舞の落ち着きながらも真剣な言い方に三人は緊張する。魔物との戦いはすでに日常の一部になってきているが、毎回戦死の危機があるわけで、油断は決してできない。




「あれか。魔人なのか?」


 加奈が視界に捉えたのは魔人に似た飛行型だ。魔人よりも翼が小型で、全体的に簡略化されたような姿をしている。


「数は10体見えますわね。でも魔人程の威圧感は無い・・・」


 舞の魔力光弾による砲撃が始まるが、敵は器用に回避して接近してくる。


「普通の魔物よりはやるようですわ。皆さん気を付けて」


 唯達近接タイプの三人が駆け出して敵を迎撃する。魔人に似たその魔物達はそれぞれ剣や槍等の武器を持っており、唯達に斬りかかってきた。


「甘いな!」


 魔人と交戦し、神宮司からの特訓を受けた加奈にはその敵の攻撃がぬるく感じた。もともと戦闘力が高いこともあり、この程度ならまだ対処できる。


「ちっ」


 しかし厄介なのは、数的差で負けているために一対一の状況が作れないことだ。通常の魔物が相手なら数で差があってもそれを上回れるが、今相手にしている魔人型は個々の戦闘力がそれなりに高いために余裕は無い。


「魔人より面倒な相手かもしれないな・・・」


 加奈は三体の敵に囲まれており、防戦を強いられる。更に通常の魔物ではあり得ないことだが、言語を用いたコミュニケーションをとっていて、それによって連携を行い互いの隙をカバーし合っている。

 これまでのように戦っていては攻勢に出られない。戦術の見直しが必要だ。


「こっちは二人一組でいこう。個人でやるのは厳しい」


 勝気な加奈だがこういう時は冷静に状況を判断する。唯と彩奈、加奈と舞のペアに分かれて敵と対峙し、反撃にでる。

 敵は近接武器主体のため、味方の攻撃とかち合わないように一度に斬りかかれる人数は限られる。そのため、散開するより一か所にまとまった方がよい。数の差を少しでも埋めるための策だ。


「彩奈、行くよ!」


「任せて!」


 唯と彩奈は一体の魔人型に狙いを定めて突っ込む。機動力は適合者の方が上回っているため敵は咄嗟に味方を援護できない。


「斬るっ!」


 彩奈の攻撃が一閃、魔人型はそれを剣で防ぐ。


「そこっ!」


 すかさず唯が聖剣による斬撃を行い、敵を胴体から両断する。


「連携は私達の方が上みたいだね!」


「当然よ。唯と私は全ての相性が抜群なのよ。こんな奴らに後れをとるわけがないわ!」


 二人は更にもう一体を倒す。敵のような即席の連携ではない。訓練を共にしている上、特別な絆で結ばれた二人はまるで一心同体だ。


「あたし達も頑張らないとな」


 唯と彩奈の活躍を見て加奈もやる気に満ち溢れる。


「えぇ、やってやりますわ」


 舞は自分と加奈の周囲に魔法陣を展開し、そこから衝撃波を放って周囲にいる敵の姿勢を崩す。


「もらった!」


 加奈の薙刀が魔人型を切り裂いていく。一時は相手が新型だったこともあって押されていたが完全に形勢は逆転し、四人の適合者によって最後の一体が倒された。


「それにしてもこいつらは何なんだ?」


「今まで見たことがないタイプですわ。今回は切り抜けましたが、今後更に数を増やしてくる可能性もあるので要注意ですわね」


 舞が敵の武器等の一部を回収し、四人は表世界に帰還した。




「皆さん、先ほどの敵について他のチームから情報提供がありましたわ」


 舞はスマートフォンを見ながら報告する。


「近隣エリアでは魔人と共に現れたそうですわ。そしてその魔人があの魔物達を準魔人と呼んでいたそうですわ」


「準魔人・・・」


 新たな脅威が現れ、今後の戦闘における危険度が増す。


「普通の魔物だって危険な存在ですが、より敵が強くなって厄介になる・・・どうにかして魔物を根絶したいですわね」


 魔物は倒しても次から次へと現れる。対して適合者の数は減る一方だ。このままではジリ貧となり、いつかは魔物に押し切られるだろう。その前に魔物を根絶し、世界に平和をもたらさなければならないが、しかしその方法はいまだ見つかっていない。



 

 


 翌日、唯は舞に呼び出されて裏世界に来ていた。


「突然呼びつけて申し訳ありませんわ」


 舞が合流して頭を下げる。その所作にもお嬢様の気品がでていた。


「全然大丈夫だよ」


 そう笑顔で言う唯のとなりには当然のように彩奈がいる。


「実はこれを高山さんに渡そうと思いまして」


 舞は杖を取り出し唯に渡す。舞が使っている物とは少し形状が違うが、人間の身長よりも長いという点は共通している。


「これは本部から取り寄せた物ですわ。高山さんに遠距離魔術を習得していただきたいのです」


「つまり舞のような魔力光弾を?」


 魔力を攻撃や防御に使えるようにするということらしい。近接戦を主体にする唯には慣れない技で、習得できるか不安であった。


「私にできるかな?」


「高山さんの魔力は通常の適合者とは違う特殊なものですわ。これを有効に使うことで、より有利に戦うことができますわ」


 実際聖剣を起動させたうえ、魔物や魔人の障壁を簡単に破ってみせた。その力で遠距離戦も可能になれば、更に優位に戦えるだろう。


「これをマスターできればわたくしより強くなれるはず。高山さんは適合者の希望の存在ですわ」


 唯に実感はない。ただ、舞がそう言ってくれるならやってみようと思う。


「私頑張るから教えてください!」


「えぇ、お任せを。東山さんも協力お願いしますわね」


 さっそく舞による特訓が始まった。




「さすが高山さん。やりますわね」


 舞の教え方が上手いことと、唯の適応が早いことで一日でかなり上達していた。


「ふう。でも魔力光弾は使いどころが難しいね」


 光弾は魔力消費が大きく、使うタイミングも考えないとならない。舞は保有魔力量が多く割と派手に技を放つが、唯は特殊とはいえ魔力量は通常の適合者とそんなに変わらない。そのため、使いすぎれば簡単に魔力切れをおこして戦闘続行不能となる。特に唯は近接戦が主体なので肉体強化用の魔力も考慮しなければならない。


「それは実戦で学ぶしかありませんわね。でもきっとここぞというタイミングで役に立つはずですわ」


「大丈夫、魔力ならいつでも私が分けるわ」


 唯と彩奈が笑いあう。その様子を舞は微笑ましそうに眺めていた。





「ヨミに後れを取るわけにはいかん。この私こそがサクヤ様に必要なのだと証明してみせる」


 魔人アリスはヨミに対する対抗心を燃やしており、自分の管轄下の巣にいる魔物達を招集し、一大攻勢を計画していた。サクヤの障害となるこの周囲の厄介な人間共を殲滅することで、己の有用性を示そうと考えているのだ。



 



「皆さん集まりましたわね。では状況を説明いたしますわ」


 舞の家に唯、彩奈、加奈が集合していた。舞から緊急の要件があると連絡があったのだ。


「30分程前に魔物の群れが移動して、ここから二つとなりのエリアに集結しているようですわ。間もなくわたくし達にも召集がかかると思います」


「このエリアはほっといて大丈夫なのか?」


「相当数の魔物が集まっているようですから、そちらを優先する必要がありますわ。それほどの事態というわけですわね」


 舞の表情は深刻そうだ。


「以前も似たようなことがあったわ。あの時・・・」


 彩奈は三宅雪奈が戦死した時のことを思い出していた。その時も魔物の大群が現れ、近隣エリアの適合者と共に戦ったのだ。彩奈は嫌な予感を振り払おうと気合を入れる。


「・・・お呼びがかかりましたわ。皆さん、行きましょう」


 四人は裏世界にシフトし、集合地点へ向かう。





 唯達が到着すると既に戦闘が始まっていた。


「ちっ、もうやってやがる。急ぐぞ!」


 加奈は魔具を装備すると一気に戦場に向かって突っ込んでいく。


「高山さん、魔術の使用は慎重に。使うタイミングをよく考えてからでお願いしますわね」


「了解!」


 唯は頷き、加奈の後を追う。

 戦況は魔物側が優勢のようだ。適合者とは比較にならないほどの数が暴れているが準魔人の姿は無い。


「あそこにいるのは魔人ですわね・・・」


 舞の視線の先にかなり離れているが魔人の姿を確認する。遠距離まで攻撃可能な舞だがさすがにこの距離では当たらない。とにかく敵の数を減らす事を第一に魔力光弾を放ち、次々と敵を撃破する。




「きついわね・・・」


 彩奈は敵を切り裂きながら呟く。敵を機動力で翻弄するも、光弾による攻撃が様々な方向から飛んでくるので気が抜けない。前回の準魔人のように近接タイプだけならまだ戦いやすいが、遠距離攻撃可能な敵が混ざっているのはやりにくい。


「彩奈っ!」


 唯が彩奈の近くに着地し、敵を切り倒す。


「今回ばかりは本当にマズいかもしれないわ」


「大丈夫、こんな時のために!」


 唯は杖を取り出して構える。


「唯、魔力を使いすぎないで」


「了解」


 唯は舞の教えを思い出しながら杖をかかげる。唯と彩奈の周囲に魔法陣が展開され、そこから衝撃波が放たれる。二人を取り囲んでいた魔物達は体勢を崩したり、吹き飛ばされる。


「いける!」


 彩奈は敵を薙ぎ払う。このチャンスに一気に敵を減らしたいところだ。

 唯も聖剣に持ち替えて魔物との距離を詰めて斬撃を加える。




「ったく。魔物共が・・・」


 加奈は味方の援護に向かうが、魔物に阻まれて足止めされる。既に二人の適合者の死体を見ており、加奈は焦りを感じていた。


「どけよ!お前達!」


 薙刀が魔物を両断する。


「押し通るぜ!」


 目の前の魔物数体を排除し、魔人と交戦する適合者達の元へ急ぐ。





「これまでだな」


 アリスは今しがた斬りかかってきた人間の頭部を雷撃で粉砕すると、別の相手に対しても雷撃を飛ばして攻撃する。


「くっ・・・」


 その攻撃が掠った適合者が転倒してしまう。


「死ね」


 再び雷撃を放とうとした瞬間、


「させねぇよ!」


 加奈がアリスに斬りかかった。


「ちっ、邪魔をするな!」


 アリスは身を翻して回避すると、四本中の二本の腕で剣を握り加奈に振り下ろすが、


「おっと!」


 バックステップで避けられる。加奈は再び突進して薙刀を振り下ろす。


「甘いなっ」


 アリスは翼を用いて加奈の頭上に飛び上がり、雷撃を放った。

 今度はサイドステップで躱して、加奈は跳躍する。


「もらった!」


 加奈の一撃がアリスの脇腹を切り裂いた。致命傷ではないが、こうして少しでもダメージを与えることが大切なのだ。


「何っ!」


 痛みと共に怒りを感じる。人間ごときの攻撃を受けるなど、彼女のプライドが許さない。


「こんなところで負けられん! 私はあの方のためにも勝たねばならんのだ!」


「そんなん知らねぇよ。こっちも仲間の命がかかってんだ。お前には死んでもらう!」


 着地した加奈は再び跳躍。とどめを刺しにかかる。


「やらせんよっ!」


 アリスは加奈の攻撃を剣で受け止め、蹴り飛ばす。空中では姿勢制御できるアリスの方が強い。加奈は地面に叩きつけられるように落下した。


「終わりだ」


 勝負というのは一瞬の攻防で決まる。例え熟練の戦士であっても、たった少しの差や隙で死ぬものだ。アリスは勝利を確信したがしかし、


「全く貴様らは諦めが悪い・・・」


 先ほど加奈に助けられた適合者がアリスに向かって跳躍し、斬りかかってきたのだ。

 加奈へのとどめは後回しに、その適合者のほうを向いて剣で反撃を行う。


「うぐっ・・・」


「残念だったな」


 アリスの斬撃がその適合者の両腕を斬り飛ばす。そして追撃を行い、首を斬りおとした。


「てめぇ・・・」


 加奈は全身に痛みがはしり、動けない。魔力で防御力を上げているとはいえ、とても耐えられるダメージではない。


「さようならだ」


 アリスが剣を振り下ろすが、


「お前のいう通り、人間は諦めが悪いんだ・・・!」


 必死に薙刀を握った腕を動かし、敵の刃を逸らす。しかし、次の攻撃を防げるわけがない。


「それは無駄に死への恐怖を引き延ばしただけだ。なんの意味も無い。全く愚かな・・・!?」


 アリスは背中に衝撃を感じた。勝ちを確信して余裕の表情だった彼女は驚きを隠せない。


「なにっ・・・!?」


 加奈の加勢に向かっていた唯の魔力光弾が直撃したのだ。


「お前は許さない・・・!」


 以前唯を瀕死に追い込み、さらには加奈を殺そうとしているその魔人に対して憎悪の感情を抱く。


「唯・・・・・・」


「ここは任せて。あいつは私がやる」


 左手に握った杖から光弾を放って牽制しながら距離を詰め、右手に握った聖剣で斬りかかる。


「できるようになったな」


 アリスは自分にプレッシャーを与えるその相手が以前戦った人間だと思い出す。


「逃がさない」


 唯は怒りのままに全身から魔力のオーラを迸らせる。これは体外に魔力を捨てているのと同義だが、昂った感情のままに戦う唯はそれを自覚してはいない。

 しかし、完全に無駄という訳でもない。魔力光弾を発射する際、オーラとして放出されている魔力が反応して乗算される。よって威力は増大し、より強力な技となる。


「何っ・・・!」


 唯の放った魔力光弾の一発がアリスの腕を吹き飛ばす。その威力はアリスの想像を超えていた。


「まだだよ」


 更に光弾が直撃。今度はアリスが防御に使った剣を粉砕する。

 一気に戦況は唯の優勢に変わり、アリスは焦る。


「くっ・・・」


 唯は敵の至近距離に接近し、剣を横薙ぎに振った。

 それをギリギリで避けたアリスが雷撃を放つ。この距離で当たればひとたまりもないが、


「うっ!」


 唯は事前に杖で魔力障壁を展開していたために雷撃を弾くことに成功した。その弾かれた雷撃は四方に四散して、眩い光がアリスの視界を妨げ目を細める。そしてその一瞬の隙が致命的であった。


「終わりだよっ!」


 聖剣がアリスを腹部から両断し、勝負は唯の勝利で終わった。一瞬で絶命したアリスは断末魔をあげることもなく地面に崩れ落ちる。


「強くなったな・・・・・・」


 その戦いを見ていた加奈は驚く。まだ危うさがありながらも、その強さは以前の唯とは大違いだ。


「加奈! 大丈夫!?」


 勝利の余韻に浸ることなく、唯はすぐさま加奈に駆け寄る。


「あぁ。ようやく体が動かせるまで回復したよ。・・・唯、ありがとう。来てくれなかったら死んでたよ」


 唯は加奈を助け起こし、笑顔で答える。


「いつも私を皆で助けてくれてるでしょ? だから私、もっと頑張ろうと思ってね。加奈を助けられて本当によかったよ」


 しかし、まだ戦闘は終わってない。付近でも魔物と適合者が戦っている。


「加奈、無理はしないで。一旦、舞のところまで後退したほうがいいかも」


「そうだな・・・と、言いたいところだが、そうも言ってられないみたいだ・・・・・・」


 加奈の視線の先で空中に浮かんでいるのは魔人ヨミと複数の準魔人だ。




「ほう・・・アリスを倒すとは大したものだ」


 ヨミはサクヤの指示でアリスの援護に来たが間に合わなかった。が、悲しみや怒りの感情は無く、逆にヨミは唯を評価しているようだった。


「今度は私が相手だ。アリスを倒したお前の力を見せてみろ!」


「まじか・・・!」


 唯と加奈は魔具を構えて迎え撃つ。既に体力と魔力を消耗している二人は苦戦しそうだという予感を拭えなかった。


             

        -続く-

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