第5話 共闘戦線

 夏休みとなり、学生達は約一か月間の休息を得る。旅行に行ったり海に行ったりと皆がそれぞれの方法で休みを楽しんでいる中、四人の適合者は特訓に励んでいた。


「その程度か! そんなんじゃ、次はお前が死ぬぞ!」


 神宮司のしごきを受けているのは加奈だ。加奈も充分に強いのだが、神宮司はそれを凌駕するレベルで圧倒していた。


「この鬼教官!」


「バカ言ってないで、さっさとかかってこい!」


 加奈は薙刀の形をした模造刀で神宮司に斬りかかる。


「それは効かんっ!」


 神宮司は模造刀で加奈の攻撃を軽くいなして、すぐさまカウンターを放つ。


「うっ」


 その一撃が加奈の背中に直撃し加奈は倒れた。神宮司は疲れている様子など一切見せずに涼しい顔をしている。


「今日だけで一体何度死ぬ気だ?」


 すでに何回も神宮司の攻撃を受けており、これが実戦だったら命が何個あっても足りない。


「くっそー! 今のはいい感じだとおもったんだけど・・・」


「まだまだ甘い。もし私と同格の相手がきたら今のままでは確実に死ぬぞ。まぁ、そんな敵はいないだろうがな」


 前回の魔人の襲撃の報告を聞いた神宮司は、任務の合間を縫ってこうして加奈達に特訓を行っているのだ。少しでも生存率を上げさせるため、神宮司はあえて手を抜かない。


「また魔人が現れた時に歯が立ちませんでしたでは済まされない。前回は生きて帰れたかもしれないが、次はないと思えよ」


「それは唯に言ってくださいよ」


「全員に言っているんだ。チーム全員で生還することは前提条件なんだからな」


 唯は気を引き締める。前回足を引っ張ったのは自分で、危うく死にかけた。


「よし、次は高山! お前だ!」


「はいっ!」


「お前の動きはまだまだ甘く隙も大きい。だからつけ入れられる」


 唯は聖剣に似た模造刀を構える。以前使っていた刀と今使っている剣では扱い方が異なるが、唯はまだ剣の使い方に慣れていない。


「聖剣は攻撃力が高いが、刀に比べて重く隙がある。だから相手の動きの予測がより重要だ。先読みをして的確に攻撃しなければならない」


 神宮司も模造刀を構える。


「高山、私の動きをよく見ておけ」


 そう言って一気に加速、唯の目の前まで来る。


「うっ」


 唯は反応できず、首元に模造刀を突き付けられた。


「狼狽えてはだめだ。体の動きが鈍くなるからな。相手を視界にとらえ続けろ。もしこれが魔人との戦いなら死んでいたぞ」


「唯が・・・死ぬ・・・・・・」


 フッと彩奈の目から光が消える。唯の死など想像すらしたくないのだ。


「彩奈、落ち着いて!もしもの話で唯は生きてるから!」


 加奈が彩奈の肩をつかんでぶんぶんと揺さぶる。


「さぁ! もう一回だ!」


「はいっ!」


 次は動きをよく見ることで模造刀を受け止めるが、神宮司はそれを予見して蹴りを放ち、膝が唯の横腹すれすれで止まる。


「目立つ武器だけに気を取られるな。人間であれ魔人であれ、己の肉体を武器として活用できるんだ。切り結んだ時、相手のすべての動きを見て対処できるようにしないとな」


 唯は前回の魔人との戦いを思い出す。あの時も強力な雷撃を放つ腕にばかり注意して敵の足の動きを見ていなかった。結果、蹴りを受けて死にかけたのだ。


「戦いの中では注意すべきことが多い。それを意識せずとも自然にできるようにならないとな」


 唯はまだまだ自分は未熟だと己を戒める。少しでも皆の役に立って足を引っ張らないために、そして生き残るために唯は更に強くなろうと決意する。



 

 朝から始まった特訓は夕方まで続き、四人とも疲れていた。特にまだルーキーの唯は魔物と戦う以上に疲労している。


「もしこの後魔物が現れたらどうするんですか・・・」


 加奈が座り込みながら神宮司に尋ねた。汗でシャツが体に張り付いていて、すらっとした体のラインが露わになっている。


「安心しろ。今日は私がいるし、近隣エリアにいる調査隊ともいつでも連絡を取れるようにしてある。だからもっとしごいてやってもいいんだぞ?」


「ひぃぃ!」


 どうやら神宮司は全然疲れてないようで、その化け物じみたスタミナが羨ましいほどだ。


「本来なら明日も私が面倒を見てやりたいとこだが、明日の朝には本部に戻らないとならん。全く残念だ」


 こうして四人はようやく解放された。






「いやぁ今日は疲れた・・・」


 彩奈の家の居間で風呂上りの唯が寝ころぶ。


 夏休みに入ってからは毎日こうして彩奈の部屋に泊まっている。彩奈がどうしてもそうして欲しいと懇願してきたのだ。


「お疲れ様、唯」


 彩奈が唯のマッサージを始めた。うつ伏せの唯の背中に乗り、手を伸ばす。


「んっ・・・ありがとう、彩奈」


「いいのよ。こうしているのが私の幸せなの」


 この数日でマッサージに慣れたようで、唯が気持ちよく感じるポイントを的確にほぐしていく。


「あっ・・・そこ凄く気持ちい・・・・・」


 唯はあまりの心地よさで眠くなってくる。重いまぶたが下がってきて、今にも閉じそうだ。


「ふふっ・・・今日はこれで終わらないわ・・・・・・」


 そう言うと、彩奈はうつ伏せの唯を仰向けにして、近くにあったベルトを使って手首を頭上で縛った。


「えっ?」


 状況が呑み込めないまま唯は彩奈を見る。

 彩奈は唯のお腹の上にまたがった。


「こうなったらもう抵抗できないわね?」


 元々マッサージで骨抜きにされた上にこうされたらもう動けない。


「これはこの前の仕返しよ」


「この前?」


「あの魔人と戦った時の日のことよ」


 唯は理解した。あの日は今とは逆で、唯が彩奈の動きを封じて支配下に置いたのだ。


「あの時はとても恥ずかしかったわ。死んでしまったと思った唯に対するセリフまで面と向かって言わされたのだから・・・・・・」


「あ、あの時は感情が昂ってしまいまして・・・ごめんね?」


 唯は申し訳なさそうな感じで視線を逸らす。

 しかし、あの時に唯がやったように顎を掴まれて彩奈の顔の方に向かされる。


「ダメよ。許さないわ」


「うぅ・・・どうすればいいの?」


「そうね・・・唯にも同じセリフを私向けに言ってもらおうかしら?」


 唯は彩奈に言わせたことを思い出す。


「わ、わかった」


 真剣な表情をしながらも、気恥ずかしさを乗せて口を開いた。


「彩奈、あなたがいないと私、頑張れないよ・・・・・・」


 唯の顔はタコのように真っ赤だ。新手の辱めにあっているようで、何故か興奮する気持ちもある。

 それを聞いて彩奈は嬉しそうにうんうんと頷いていた。


「これでいいよね? さ、ベルトを外して?」


 彩奈は悩むような仕草をするが、


「まだダメね。どうせなら倍返しをすることにしたわ」


「えっ、ちょっと!」


 彩奈は唯に顔を近づけて耳打ちをする。


「ま、まさか・・・・・・」


「えぇ、今のセリフを言ったら今度こそ解いてあげる。言わないならこのままよ」


 あの日のことをそのままやり返される。


「うぅ・・・ご、ご主人様、わたくしをどうか解放してくださいませ・・・・・・」


 彩奈はとても満足そうで、ゆっくりと唯の手を拘束するベルトを外す。


「仕方ないわね。今度からは私の言う事を聞くのよ?」


「は、はい・・・」


「今のはとても良かったわ。映像に残せばよかったと思うほどよ・・・って、あれ?」


 気づいたら彩奈の手が縛られていた。


「ご主人様、いまからたっぷりとお仕置きして差し上げますわ」


「ゆ、唯!? ごめんなさい、許し・・・あうっ」


 今度は逆に彩奈が倒される。

 なにはともあれ二人は今、とても幸せなようだ。






 それから二日後の朝、舞の家に集合となった。


「集まったか。実は非常事態が起きてな。昨日、お前達の隣のエリアの調査を行っていた部隊が魔人の襲撃を受けてな。・・・死者が出た」


 舞のスマートフォンを通じて神宮司の言葉を聞き、四人の顔が険しくなる。


「調査隊のメンバー五人のうち二人が殺されたようだ」


 魔人や魔物との戦いは死と隣り合わせだ。実際、前回の戦闘で唯も一度死にかけた。


「そこでだ。その調査隊と合流して支援してほしいんだ」


「あたし達がですか? 元々そのエリアを担当してる適合者は行かないんですか?」


「それなんだが、そのエリアのメンバーでは心許なくてな。お前達の方が戦力になる。調査隊の援護をしている間はお前達のエリアに派遣して留守番をさせることにしたんだ」


 唯達は顔を合わせて頷く。


「了解です。そういえば、その部隊は一体何を調べているんですか?」


「その調査隊のいるエリアに魔物の巣があるようでな、その地点の特定を行っている。可能ならば破壊も視野にいれている」


 魔物も巣をつくるのかと唯は驚いた。いつもどこからともなく表れてくるから不定住なものなんだと思っていた。


「私から彼女達に連絡しておく。午後には出撃できるようにしておいてくれ」




 午後の出撃に備えて一度唯と彩奈は帰宅した。


「そういえばさ、適合者用の戦闘服とかってないの?」


 唯達は私服やタンクトップ、果ては学校の制服で戦っている。


「本部直属の部隊には支給されてるみたいだわ。コストが高いみたいで、一般のチームに配るだけの余裕がないみたい」


 シャドウズは公的な組織ではない。あくまで自警団のような組織であるため常に資金難なのだ。


「私達もいつか本部のエリート部隊になれたりしないかな」


「頑張りが認められればあり得るかもしれないわね」


「あとさ、魔物が巣を作るなんて初めて知ったよ」


「魔物は探知しにくい地下や建造物の中とかに巣をつくることがあるわ。そして方法は不明だけど増殖する。更に言えば魔人だってどこかに潜伏しているはずよ」


 魔物探知用の水晶はサーチ範囲が狭く、気配の遮られる場所に潜む魔物を探知しづらい。それを知ってか地中等に巣を作るため、どこにあるかを把握しにくいのだ。


「今回の任務で特定できればそのまま襲撃して殲滅したいわね」


「そうだね」


 人々を陰から脅かす魔物を許すことはできない。一体残らず倒してやると意気込む。






「初めまして。第17調査隊のリーダーの佐々木瑠奈です。そしてこちらがメンバーの吉田綾見と本条佐奈よ」


 調査隊の佐々木が自分と隊員を紹介する。二十台前半くらいに見える彼女達は体にフィットした黒い戦闘用の衣装を着ていて、どうやら本部直属の部隊らしい。


「どうも、私は二木加奈です」


 加奈に続いて唯達も自己紹介をする。その調査隊の三人から好奇の視線を受けているような感覚があり、唯の声のトーンはいつもより小さかった。


「今日はよろしく頼むわね。・・・先日、私達の部隊は魔人の襲撃を受けて二名の戦死者をだしてしまった。今日は一人も犠牲者を出さず、全員で帰還しましょう」


 唯達は佐々木の言葉に頷く。この場にいる全員が帰還できるよう、全力を尽くす覚悟だ。


「では今から先日私達が調査を行っていたポイントまで移動するわ。再び魔人の襲撃を受ける可能性もあるから周囲の警戒を怠らないで」


 計七人の適合者達が動き出す。これだけの戦力があれば大抵の敵には対処可能だが、魔人のような強敵には油断はできない。


「高山さん、神宮司さんからあなたの話を聞いてるわ。有望な新人だって」


 佐々木が話しかけてきた。先ほどの自己紹介の時、唯に注目していたのは神宮司に話を聞いていたためらしい。


「神宮司さんが私の事をですか?」


「えぇ。魔人も倒したんでしょ?」


 神宮司が自分を評価してくれているのは嬉しいが、魔人を倒せたのは皆の協力あってのことだ。決して自分だけの戦果ではない。


「私はたまたまトドメを刺しただけですよ。それにこの前、魔人と戦った時は死にかけましたから・・・・・・」


「それでも生き残ったこと自体凄いわ。私達なんて・・・・・・」


 佐々木の部隊は戦死者を出したばかりだ。仲間を失った悲しみは計り知れない。





「また人間共か」


 魔人ヨミは周囲を偵察させていた魔物からの報告を受けて立ち上がる。その目は全てを見下すような冷たいものであった。






「魔物の反応があるわ!」


 適合者達に緊張が走る。再び魔人と会敵する可能性が高いわけで、それぞれが魔具を握りしめた。


「敵がいらっしゃいましたわ」


 舞の指さす方角から飛行型の魔物が多数と魔人一体が接近してくる。


「最近よく魔人を見るわね・・・」


 彩奈の呟きを、魔物達の放った魔力光弾がかき消す。

 適合者達の近くに着弾し、いくつもの爆発が起きた。


「激しい歓迎だな!」


 爆煙からいち早く抜け出した加奈が敵を視界に捉える。


「あいつは昨日のっ! 仲間の仇を討つ!」


 佐々木に続いて17部隊のメンバーが飛び出す。調査隊であるが戦闘も充分に可能のようだ。


「私達は他の魔物を相手にしましょう」


 彩奈と唯は共に飛行型魔物に対して跳躍し、斬りつけて両断する。




「貴様達、懲りずにまた来たのか」


 ヨミは佐々木達の攻撃を避けながら嘲笑する。


「お前は必ず仕留める!」


 佐々木は槍に魔力を集中して素早い突きを放つが、その渾身の一発は容易に回避されてしまう。


「そんなのは当たらんよ」


 余裕すら感じさせる態度だ。ヨミにとって人間など取るに足らず、苦戦するような相手だとは思っていない。


「死んだ仲間の元へ送ってやる!このヨミの手でなぁ!」


 ヨミは両手に漆黒の刀を装備し、反撃をはじめる。


「速いっ!?」


「いや、貴様が遅いだけだ」


 17部隊を軽くあしらい、苛烈に攻撃する。ヨミは魔人達の中でも戦闘力が高く、アリスをも上回っているようだ。


「そんなではなぁ!」


 ヨミの背後から吉田が斬りかかるが身を翻して避け、逆に吉田の腕を武器ごと斬り飛ばす。

 更にもう片方の刀で腹部から真っ二つに切断した。


「綾見っ!!」


 もう彼女が返事をすることはない。血しぶきを上げながらその両断された体が地面に転がる。


「貴様ぁっ!」


「いいぞ! もっとだ! もっと怒れ! そして私を楽しませろ!」


 佐々木と本条の挟撃をいなして邪悪な笑顔を浮かべる。




「そんな・・・」


 吉田の死を目撃して唯の動きが鈍った。人間の直接的な死に様を見るのは初めてで、動揺を隠せない。


「唯っ! 足を止めないで!」


 彩奈の言葉でショックから立ち直り、敵の攻撃を避ける。


「このっ!」


 魔物の一体を撃破するも、唯の頭の中では先ほどの吉田が死ぬシーンが焼き付いており集中が乱れる。


「ダメだ。しっかりしないと・・・」


 皆の足を引っ張るわけにはいかないし、臆せば自分も死ぬだけだ。




「舞、あたしが佐々木さん達の援護に回る。ここを任せられるか?」


「えぇ、この程度の数なら問題ありません。これ以上魔人の好きにさせないでくださいね」


「ああ!」


 加奈はすれ違いざまに魔物の一体を切断しながら魔人の元へ向かう。


「まったく、アナタ達さえいなければ!」


 舞は自身の周辺に魔法陣を展開し、そこから次々と魔力光弾を打ち出す。魔力の消費が大きいが、一人でも多数の敵を相手にできる技だ。


「消えなさい」


 魔物は次々と撃破されていく。




「本条さんっ!」


 加奈が到着する寸前、本条佐奈は心臓に刀を突き刺されて絶命した。


「脆弱な下等生物め」


 刀を引き抜き加奈に対峙する。


「次はお前か」


「あぁ・・・・・・」


 佐々木は仲間を次々と失ったショックで動けないようだ。これでは加奈が魔人に対処するしかない。


「魔人である私を前にしていい度胸だ。褒美として私が八つ裂きにしてやろう」


「いや。切り刻まれるのはお前だ」


 加奈は薙刀を構えて突進する。


「安直な攻撃だ。それでは勝てんぞ?」


「そうかい!」


 薙刀の刃がヨミに迫る。ヨミはその一撃を受け止めて、もう一方の刀で突きさしてやろうと考えた。


「フッ・・・・・・」


 右手の刀で受け止める。しかし、左手の刀を突く出す前に加奈の蹴りが脇腹に当たった。


「くっ」


「甘く見すぎだっ!」


 更に加奈は薙刀で追撃する。


「この程度でっ!」


 ヨミはギリギリで避けると、右手の刀を加奈の頭上に振りかざす。今度こそ直撃すると思ったが、


「見えるっ!」


 加奈は左にステップ回避を行い、薙刀を突き出した。


「チッ!」


 魔人から見て右側に回避されたため左手の刀で反撃できない。

 薙刀の刃がヨミの脇腹に刺さるが、浅く、致命傷にはならなかった。

 苛立ちながらヨミは加奈を蹴り飛ばして距離を取る。


「やるな、貴様」


「お前もな。けどあたしの本気はここからだ!」


 加奈は再び魔人に斬りかかる。




「唯、一気に敵を蹴散らすわよ」


「了解。タイミング、合わせるよ」


 唯と彩奈は複数の魔物を視界に入れて魔具を構える。

 二人に向かう魔物達が一つの群れとなった。


「今っ!」


「うん!」


 二人は魔具に魔力を集中させて一気に振りぬく。

 刃に似た二つの閃光が魔物の群れに直撃し、その一団を殲滅した。


「やりましたね」


 舞が二人の近くに着地する。彼女も魔物を撃滅したようだ。


「加奈の元へ急ごう!」


 残るは魔人だけだ。加奈を援護すれば、撃破できる可能性もある。




「加奈!」


「待ってたぜ! 危うく死ぬとこだったぜ」


 そう言いつつ魔人から距離を取る。唯達が到着するまで激しい近接戦を行っており、加奈の息も上がっている。


「ここまでか。楽しかったぞ、人間よ」


 そう言い残し、魔人は飛翔して離脱する。配下の魔物を倒され、さすがに四人を相手にするのは不利だと判断したためだ。


「逃がしたか・・・」


 加奈は膝をつく。


「加奈! 大丈夫!?」


「あぁ、あたしは少し疲れただけだ。それより・・・」


 加奈の視線の先には佐々木が座り込んでいる。その近くには二人の適合者の遺体があって、もう立ち上がることは無い。

 四人はかける言葉が見つからなかった。






「そうか・・・分かった。こうも苦戦することになるとはな・・・・・・」


 連絡を受けたさすがに神宮司の声も暗い。味方がこうもあっさり殺されれば、悔しさもそうだが魔物への憎しみもより強くなる。


「それだけの攻撃をかけてくるのだから、恐らくは魔人のアジト、もしくは巣が近いのだろうな。先ほどそちらに遠征から戻った私の部下を送った。本来なら私が向かいたいところだが、すまないな」


 佐々木のチームは壊滅状態のため、このままでは任務の継続は困難だ。


「今日の夜には到着するだろう。彼女達と合流して、その後の指示を仰げ」


 唯達は、神宮司の部下たちが到着するまで舞の家で待機することにした。





「こんばんは。神宮司お姉様の命により参りました、第08特務隊隊長の柳瀬咲です」


 舞の家に神宮司の部下達がやって来た。彼女達は今日の昼まで別の任務に従事していて、それが早期に決着したので予定を繰り上げて本部に帰還したところに神宮司の指示があり、急いで駆け付けたのだ。


「お、お姉様・・・?」


 唯は柳瀬の言葉が気になった。お姉様などという呼び方は普段耳にするものではない。


「神宮司さんは一部の方から絶大な人気がありますの。特に柳瀬さんは熱心なファンとも言えますわね」


 舞が唯に耳打ちをする。なるほど確かに唯も神宮寺をかっこいいと思ってるし、彼女に魅了される人がいてもおかしくないなと思った。


「彼女達が我が隊の隊員の加藤と辻村です。宜しくお願いしますね」


 唯達も自己紹介をして客室へと移動する。


「状況はお姉様から聞きました。私達がもっと早く前の任務を達成できれば・・・皆さんお辛いでしょうが、まだ任務は続きます」


 柳瀬は皆を労わるように言い、今後の行動について協議する。


「魔物の巣の特定はできましたか?」


 それに佐々木が答える。仲間を失い呆然自失だったが、なんとか気力を振り絞ることで受け答えをする。


「魔物の出現方角から考えて推測されるのは、この地点ではないかと」


 佐々木が地図のとある地点を指さす。裏世界は表世界と地理状況がほとんど同じなため、こうして確認することができる。


「なるほど、この山のどこかに巣がある可能性が。ならば明日、この場所を目指して移動します。巣を発見したら様子を伺い、可能ならば撃滅します」


 唯達の疲労を考慮して明日の午後に出撃することになった。





 翌日に備えて、唯達は舞の家に泊まることにした。

 唯はとても広い舞の家を散策した後、寝泊りのために貸してもらった部屋に入る。


「まるで旅館のようだね」


 部屋では彩奈が本を読み、加奈と舞が談笑していた。


「お気に召しましたか?いつでも泊りにきてくださいな、歓迎いたしますわ」


 サラッと誘う舞に対してハイライトの無い彩奈の視線が向けられる。


「ありがとう」


 唯は彩奈の隣に座り、頬を人差し指で突く。


「うっ・・・」


「ふふっ、可愛い」


「もうっ」


 彩奈も唯の脇腹を指で刺す。


「ひゃっ」


「唯の弱点は知っているのよ」


 そんな二人を見れて舞は嬉しそうだ。今日はあんなことがあったが、落ち込んでばかりはいられない。明日は再び魔物と交戦することになるだろうし、いつも通りの気持ちでいなければ不安と恐怖で動けなくなってしまう。だからこそスキンシップや会話というのはこういう時こそ行うべきなのだ。


「ねぇ、今度本物の旅館に行きませんか? 実は隣町にわたくしの親族が営んでいる旅館がありますの。そこでしたら我々の担当エリア内ですし、費用もかからないで泊まれますわ」


「いいね! たまにはそういう所にいきてぇ」


 加奈が舞の提案に食いつく。


「そうだね。彩奈も行きたいよね?」


「唯が行くなら」


「わたくし達は適合者ですけれど、学生でもあるのですからせっかくの夏休みを満喫しませんとね」


 たとえ小さくてもいいから目的や目標を作ったほうがいい。それが活力となって人間はここぞという時に踏ん張ることができるのだ。




 時間も遅くなったので布団に入る。唯と彩奈は同室で、加奈と舞は隣の部屋だ。


「んっ?」


 彩奈は隣の布団で寝ているはずだが、いつの間にか唯の布団の中に潜り込んで抱き着いてきた。


「眠れないの?」


 彩奈は小さく頷く。


「まったく甘えん坊なんだから。大人になったら困るぞ~」


 そう言う唯もこうして彩奈が近くにいるほうが安心する。人の温もりは、心をも暖めてくれるのだ。


「明日も頑張ろうね」


「うん」


 二人は眠りに落ちていった。






「皆さん、準備はいいですか?」


 全員が集合し、皆気合は充分なようだ。柳瀬は佐々木のことが気がかりだったが、彼女も一晩の間で気持ちを整理したようだ。


「それでは今から目標の地点に近い空間の歪みへと移動して、裏世界にシフトします」


 暫くの移動の後、裏世界へとやって来た。相変わらずの無機質な感じは人の心を不安にさせる。


「どうやら当たりのようね」


 魔物探知用の水晶が反応し、山の中腹あたりから魔物が現れて適合者達のもとに向かってくる。


「各員、戦闘準備。いつも通り奴らを殲滅してやれ」


 全員が魔具を構えて突っ込む。


「魔人がいなければいいけど」


「出てきたらあたしが叩き潰してやるぜ」


 加奈は唯の心配をよそにやる気充分だ。

 魔物の数は把握しきれないほど多い。しかし適合者達は臆することなく立ち向かう。特に特務隊の動きは素早く、唯達よりも敵を撃破するペースが速い。さすが神宮司の部下だけはある。


「へっ、あたし達ももっとやれるぜ。唯っ!」


「任せて!」


 二人は大きな人型魔物に接近し、見事なコンビネーションで撃破する。

 彼女達の背後に迫ろうとする魔物を舞が打ち落とす。




「間違いない。魔物の巣だわ」


 適合者達は次々と魔物を倒し、山の中腹までやってきた。


「よし、このまま内部に突撃しましょう!」


 山の中に空いた大きな洞窟の中へと侵入すると、暗く湿ったその空間に魔物達が巣くっていた。ここを制圧できればこの周辺の魔物の出現数を抑えることができ、被害も減らすことができる。適合者達は更に気合を入れて戦いに臨む。


「この先から強い魔力を感じます。注意して」


 先行する柳瀬が警告する。

 警戒しながら奥に進むと大きく開けた場所に出た。そこには多数の魔物が待ち構えており、更にその中心には融合型の巨大な魔物までいる。


「ここはわたくしにお任せを」


 舞が一歩前に出て杖に魔力を集中させる。


「いきますわ!」


 舞の周囲にいくつもの魔法陣が出現し、魔力を凝縮した大きな光弾が射出され、その攻撃で多数の魔物が消滅する。


「突撃!」


 柳瀬の号令の後、適合者達が一気に駆けだす。

 光弾の着弾による爆煙をすり抜けて、唯と彩奈が魔物を切り裂く。


「いける!」


 唯は近くの魔物に蹴りを放ち、よろけさせる。


「このっ!」


 そして剣で横薙ぎに斬る。魔物は腹部から両断され沈黙した。今までは魔具による攻撃に頼ってきたが、これまでの戦闘経験と神宮司の教えで四肢も武器として使えることを学んだ。魔力で強化された肉体による攻撃は、それだけでも魔物にダメージを与えることが可能だし、戦術の幅も広がる。



 

 特務隊は巨大な融合型魔物に突貫していく。


「これほど大きいのは初めてだわ。でも!」


 柳瀬ですら見たことのない巨躯であるが、歴戦の勇士である彼女は怯まない。

 しかし、融合型の巨体も伊達ではないのだ。鈍重だがその分一撃が重く、魔力光弾の火力も高かった。適合者達に向かって複数の光弾を発射し、近づこうとする者には触手と刃物状の腕を振り回して寄せ付けない。


「隊長、奴に大技をぶっこんでやりましょう」


 柳瀬に加藤が提案する。


「よし、我ら特務隊の力を見せてやれ!」


 柳瀬達は魔結晶を魔具に取り付けて融合型に狙いを定める。


「いけっ!」


 柳瀬は斜め下から刀を振り、凝縮された魔力の刃が閃光となって融合型に迫る。

 同時に加藤と辻村も大技を放つ。

 しかし、その攻撃は融合型が展開した魔力障壁によって防がれてしまった。


「簡単には沈まないか」


 融合型の保有する魔力は膨大なようで、あれほどの攻撃を防ぎながらも怒涛の勢いで光弾を撃つ。




「あれでは攻撃が通らないわね・・・」


 その様子を見ていた彩奈が敵を切断しながらつぶやく。


「私ならいけるかも。前に魔人の障壁を破ったことがあるんだ」


 確かに唯の特殊な魔力と聖剣が合わされば、その威力は誰よりも高いかもしれない。


「なら、私が援護するから奴に唯の渾身の一発を食らわして」


「うん!」


 彩奈と唯は周囲の魔物を撃破してスペースを確保する。

 魔力が流された聖剣はひと際輝き、薄暗い魔物の巣を照らす。


「これでっ!」


 唯の強力な一撃が飛び、光の刃が敵に襲いかかった。

 その攻撃で魔力障壁は切断したが、威力が減衰されて融合型に有効なダメージを与えることはできなかった。


「だめか・・・」


「いえ、障壁を破ったわ。これで次の攻撃は効くはず」


 彩奈も大技を放つ準備をする。


「これならどうかしら!」


 閃光が伸びて融合型に直撃するが、体表面にダメージを与えただけで致命傷にはならない。


「硬すぎる。これでは倒せない」


 更に舞が融合型に攻撃を集中させるも、爆発の中でまだ健在だ。


「こうなったら・・・唯、私の魔力をあなたに送るから、それで大技を放って」


「でもあいつを倒しても他の魔物に囲まれちゃうよ?」


 唯も彩奈も魔力の残量は多くない。ここで魔力を消費したら魔物から逃げられなくなってしまう。


「えぇ、だから彼女達に強力してもらうわ」


 そう言って柳瀬とその近くにいた加藤を呼び、作戦を伝える。


「分かりました。それにかけましょう」


 柳瀬が了承し、唯達の近くに控える。


「それじゃあ今から魔力を送るわ」


 彩奈が唯の手を握り、魔力を流し込む。


「よし、行くよ!」


 唯は自分の残った魔力と彩奈から送られた魔力を聖剣に集中させる。


「これで終わりだ! 夢幻斬りっ!!」


 一気に振り下ろし、その全身全霊の一撃が無防備の融合型を両断する。


「よくやりましたね。後は任せて」


 柳瀬と加藤は魔力切れの唯と彩奈をそれぞれ抱えてその場から離脱をはじめた。


「ここなら安全でしょう。念のため加藤は残しておきます」


 魔物の包囲を突破して、巣の入り口付近まで二人を運んで再び柳瀬は戦場に戻る。あの巨体を倒してもまだ魔物は残っており、それらを倒さなければ任務は終わらない。


「私は入り口を見張っておきます。何かあればすぐ呼んでください」


 二人は頷きその場に座り込む。魔力が尽きたことで肉体強化が解けて疲労感が襲う。


「やったね。大手柄だ」


「さすが唯ね。見事な一撃だったわ」


 奥の方ではまだ戦闘音がする。


「これで少しはこの辺りも平和になるかな?」


「えぇ。魔物の巣を破壊できればその出現数を減らせる。これは大きな戦果よ」


 しかし、魔人の姿がなかったことを唯は気にしていた。もし今回の戦場に現れていたら、あの融合型と連携されて負けていただろう。

 そうならなかった事に感謝しつつ、二人は互いに寄りかかり皆の帰りを待った。





「よっ。待たせたな」


 加奈が唯と彩奈の前にしゃがんで笑顔で言葉をかける。どうやら大きな怪我もなく無事なようだ。


「皆無事で良かった」


 今回は犠牲者を出さずに戦闘を終えることができた。唯は皆の生存を確認して安心する。


「高山さんの力には驚かされました。さすが神宮司お姉様が見込んだだけのことはありますね」


 柳瀬の称賛に唯は力ない笑顔で返す。もう全身に力が入らず立ち上がるのもツライ。


「よし、あたしがおぶってやるよ」


 唯を背負う加奈を羨ましそうに見ている彩奈を舞が背負う。


「高山さんじゃなくて申し訳ありませんが、今回は我慢してくださいね。本当はわたくしも高山さんを背負う東山さんというシチュエーションを見たいんですのよ。勿論逆でも構いませんが」


「そ、そうなの・・・?」


 舞が何に期待しているのか彩奈には分からなかったが、舞の背中は温かかった。唯と触れ合う時程ではないが安心感を得た彩奈は、眠気に襲われそのまま目を閉じた。





「あのバカ者が・・・!」


 憤慨しながらアジトの通路を歩く魔人アリスはヨミの部屋に入って彼女を問い詰める。


「ヨミ! 貴様の管轄下の巣が殲滅された。何故、防戦に出なかった?」


「アリス。元々怖い顔が余計に怖くなっているぞ」


 アリスと違ってヨミは平静だ。巣を破壊されたことに微塵も興味はないように振る舞う。


「お前はあの巣で実験やら研究を行っていたんだろう? それをむざむざ人間にやられるなんて・・・サクヤ様の計画に支障が出たらどう責任をとるつもりだ?」


「落ち着け。あの巣で作った魔物は失敗作だった。確かに少し惜しいが問題ない」


 ヨミは椅子から立ち上がる。


「それにあそこがメインのラボではないしな。重要な成果物はこの拠点にある。・・・ちょうどいい。お前に見せてやろう」


 アリスはヨミの案内に付いていき、一つの部屋に案内される。


「これは?」


 部屋の中には数体の魔物が整列している。その魔物達の姿はヨミに似ていた。


「下級魔族に私の生態情報を埋め込んだうえで調整を施した。我々魔人ほどではないが、高い戦闘力と知能を持っているんだ。そんな彼女達を仮称だが準魔人と呼んでいる。これを量産した暁には人間など蹴散らしてくれるわ」


 ヨミは邪悪な笑みを浮かべて、自らの成果を誇らしげにアリスに見せる。


「ふん。これが実戦で使えればの話だがな」


「今度実戦に投入してみるつもりだ。お前の出番は無くなるかもな?」


 それを聞いて不愉快に思ったアリスは苛立ちながら退出した。


「もうじき我が世の春が来る。ここからは私のステージだ!」


 ヨミが笑い、それを光の無い目で準魔人と呼ばれた魔物達が見つめていた。


             

         -続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る