第4話 あなたは特別な存在

「まさか魔人を倒してしまうとはな。正直驚いたよ」


 舞の家に集まった唯達は神宮司に今回の魔人討伐について報告していた。少数戦力で魔人一行を撃破したのもそうだが、新人である唯の力に神宮司は関心を寄せているようだ。


「褒めてくれてもいいんですよ?」


 加奈はドヤ顔をして胸を張り、仲間達の戦果を誇る。


「あぁさすがだな。魔人に勝つのは簡単な事ではないよ」


 神宮司は素直に称賛した。彼女自身もこれまでに数体の魔人を狩ったことがあるからこそ、その困難さを理解している。


「しかし、今後も新たな魔人が出現する可能性がある。気を抜くなよ」


 前回勝てたからといって次もまた勝てるとは限らない。むしろ勝った次の戦いこそ気を引き締め、油断しないようにすることが大切だ。


「今後も君たちには期待している。支援も引き続き行うから、どんどん魔物を狩ってくれ」


 唯は神宮司のようなカッコいい大人に認めてもらえた気がしてちょっとだけ自信がついた。





 次の休日、唯達はデパートへとやって来ていた。加奈がどうしてもと三人を誘ったのだ。唯と彩奈は同じ高校だが、加奈と舞とはそれぞれ別の高校なので休日でなければなかなか会うタイミングがない。

 いろいろと店を回り、今は彩奈と舞がゲームコーナーで対戦している。


「なぁ唯、ありがとな」


「えっ、どうしたの突然」


「唯があたし達のチームに加わってから彩奈の雰囲気が変わってさ。おかげで前より皆がいい関係になった気がするんだ。これも唯のおかげだな」


 加奈は笑顔で唯に感謝を伝える。その言葉は嬉しいが、唯は少し気恥ずかしくなって顔を赤くしていた。


「私でも役に立てたのなら嬉しいよ」


 唯は周りを見渡す。いつもと変わらない日常を人々は送っていて、裏世界で戦っている適合者のことなど知る由は無い。だから魔物を討伐しても褒められることなど無いが、こうして仲間ができて、その仲間から感謝してもらえるというだけでも唯は充分に感じている。


「あっ、そういえば唯と彩奈はおそろいのネックレス着けてるよな?」


 加奈は唯の首元に着けられた月の飾りのあるネックレスを見ながら言う。


「うん。この前一緒に買ったんだ」


「よし! あたし達四人でもおそろいのアクセサリーを買うぞ!」


 立ち上がり、拳を突き上げる。


「う、うん。そうしよう」


「そんなに気合をいれてどうしたの?」


 彩奈と舞が戻ってきて、妙にテンションを上げている加奈に不思議そうに首を傾げた。


「加奈がね、私達四人でおそろいのアクセサリーを買おうってさ」


「なるほど。この前の戦闘前に高山さん達のを見て羨ましがってましたものね」


 その時の事を思い出して舞がうふふと笑い、加奈は先程の唯のように頬を赤く染めてアワアワとしている。その様子がおかしく、普段クールな彩奈も小さく口角を上げていた。


「べ、別に羨ましいわけじゃ・・・・・・」


「まぁまぁ、とりあえずお店に行こう」






 四人は以前唯と彩奈がネックレスを買った店にやってきた。煌びやかな照明に照らされる装飾品の数々は加奈には眩しく、それらを見ながらうーんと唸っている。


「いやぁこうして見るとどれがいいか迷うぞ・・・」


 アクセサリーを提案したのはいいが、加奈も彩奈のように普段アクセサリーを着ける事がないので、いざ選ぼうとしても決められない。


「オシャレを知らない女子はこれだから困るわ」


 呆れた様子で彩奈が言う。自分もオシャレなど全く興味はないのだが、加奈よりも一歩進んでいるという自信があった。


「おい! 彩奈だってオシャレには疎いだろ!?」


「一緒にしないでちょうだい」


 そう言って自分のネックレスを見せつける。


「それだけだろ!?」


「失礼ね。この差は小さいようで大きいのよ」


「なっ・・・!」


 まさか彩奈にこんなマウントを取られるなどと想像もしておらず、加奈は強い敗北感を感じてうな垂れた。

 そんな二人を見ていた唯の隣に舞がやってくる。


「あの二人があんな風に話している姿を見れる日がくるなんて感激ですわ。高山さん、一体どんな魔法を使ったのですか?」


「魔法じゃないよ。元々彩奈はああいう感じのコなんだよ。私はただ彩奈の近くにいただけ」


 まるで親のように優しく、温かな眼差しで二人を眺めながら言う。


「ふふ。でもそれができるあなただからこそ東山さんも心を開いて以前より柔らかい感じの雰囲気になったんでしょうね」


「実は彩奈はあれで甘えん坊なんだよ。この前泊りにいった時なんか寝ている私に抱き着いてきたんだから」


「なんと! そんな素敵イベントがあったのですか!」


 目をきらめかせながら舞が唯に顔を近づかせる。何が舞の琴線に触れたのかは分からない。


「高山さん! その時の映像とか音声データはありませんか!?」


「そ、そんなのないよ」


 それを聞いて舞は心底がっかりしたようだ。そんな音声データを手に入れてどうするつもりなのだろうか。


「そうですか・・・高山さんと東山さんがあんな事やこんな事をしているシーンを見たかったですわ・・・次はちゃんと用意しておいて下さいね」


「しないよ!?」


 一体何に期待しているのかは分からないが、とにかく舞が不思議な人だということがよくわかった。


「舞っ! 唯っ! 助けてくれ!」


 加奈の悲痛な救助要請が聞こえた。


「彩奈にセンスが悪いと散々言われてあたしはもう立ち直れそうにない・・・・・・」


 まるで戦闘に負けたかのようにヨロヨロと加奈が舞にしがみ付く。それが嬉しかったのか舞は見るからに興奮しているようだが、あえて唯は触れない。


「一体どんなのを選んだの?」


「これよ」


 彩奈が指し示す先には加奈が選んだであろうアクセサリー数点が見える。それらは確かに可愛さからはかけ離れたデザインの物だった。


「あぁ・・・」


「唯のセンスを見習ってほしいわね」


 ヤレヤレと彩奈は首を振り、唯を自分のことのように誇る。


「くっ・・・頼む、何かいいのを見つけてくれ・・・・・・」


「そうだなぁ・・・ならこれなんかどう?」


 唯は手近にあった星のプレートのついたキーホルダーを選ぶ。値段は安いがラメ入りで光を反射し、可愛さと美しさを兼ね備えた逸品だ。


「さすが唯、いいセンスね」


「物を見てないのに言いましたよね!?」


「唯が選んだ物にハズレがあるわけがないでしょう? 私には見なくたってそれがどれだけ素敵な物かが分かるわ」


 そこでようやく彩奈は唯の選んだキーホルダーを目にし、やっぱりねと頷いている。


「ほら言ったとおりでしょう?」


「ま、まぁ・・・」


 加奈も反論する気はなく彩奈に同意しつつも、自分の選んだ幾何学的な形のアクセサリーと何が違うのかは分からなかった。


「高山さんは宇宙に関する物がお好きなんですね」


 確かに言われてみれば彩奈とおそろいのネックレスは月の飾りが付いていて、これには星のプレートと宇宙に関わる物だ。特に意識していたわけではないので単なる偶然だろう。


「まるで宇宙のように大きく澄み切った唯の心がそれを選んだのよ」


「もう唯が関わるなら何でもいいんだな・・・」


「まぁいいじゃありませんか。わたくしも素敵な品だと思いますわよ」


 ということでそのキーホルダーを買うことにした。


「ん? 待てよ。あたしが何故か彩奈に色々言われたけど、冷静に考えれば彩奈は何も選んでないよね!?」


「何を言っているのかしら。私と唯は一心同体なのよ? つまり、唯が選んだ物は私が選んだも同然なのよ」


「どういうことなの・・・」


 加奈は頭を抱える。昔から彩奈とは意思疎通ができていたわけではないとはいえ、彩奈の不可思議さにますます拍車がかかったように思えた。


「こらこら、あまり加奈をイジメちゃダメよ」


「ご、ごめんなさい・・・」


 唯が彩奈の頭に手を置いて優しく諭し、嬉しそうにしながら謝るという、一見奇妙な感じになっている。


「唯。これからも彩奈の事を宜しく頼む」


 加奈は降参といった感じで両手を挙げながら言う。もう彩奈の事は唯に任せておけば何も心配はいらないなと悟りの境地に達していた。

 その様子を、舞がやはりニヤケながら見ているのだった。



 


 もうすぐ夏休みということで学生達のテンションは高くなっていた。唯もそれは同じで、隣の席に座る彩奈と夏休みの予定について話す。


「私は特に予定は無いわ。いつも通りにすごそうかと・・・」


 学校ではいつもより硬めな雰囲気の彩奈。やはりこうした環境は好きではないのだろう。


「それなら皆でどこか行こうよ。せっかくの夏休みだしさ」


「そうしたいけど・・・でもこのエリアからは離れられないわ」


 適合者となった今、以前のような自由は無い。いつ魔物が出現するか分からない以上、持ち場を離れる訳にはいかないのでこのエリア近辺で遊ぶしかない。

 唯はトイレに行きながら近場で遊べる場所について考えていた。


「唯は最近東山さんと仲いいよね」


 話しかけてきたのは友達の千夏だ。最近はあまり話す機会が減っていた。


「まぁね」


「どんなきっかけで仲良くなれたの?」


 そう言われても答えられない。適合者関連のことを言ったって信じてもらえないし、頭がおかしくなったと思われるだけだ。


「ま、まぁなんとなく自然に・・・・・・」


「そうなの? 東山さんは暗いし何考えてるか分からないのに凄いね」


 悪気がないのは分かっているが、その千夏の言葉にイラッとした。唯にとって彩奈は大切な存在だ。確かに学校での彩奈は物静かでおとなしいが、そんな風に言われるのを聞いていて黙っていられない。自分が悪く言われる以上に腹が立つ。


「彩奈はいいコだよ。優しくて強くて、誰より頑張れる。私はそんな彩奈が好きなんだ」


 千夏に引かれるかもしれないが、かまうもんかと語気を強めた。


「ご、ごめん。別に悪口を言うつもりじゃなかったんだけどね。ただちょっと不思議に思っただけなの」


 さすがに千夏はバツが悪くなり謝る。そう言われたら唯だってこれ以上は腹を立てても仕方がない。唯は反省する相手に追い打ちをかけるような人間ではないのだ。


「いいよ。ただ彩奈とも仲良くしてあげてほしいの。本当にいいコだから・・・」


 その会話をトイレの外の廊下で聞いていたのは他でもない彩奈だ。トイレに用はないが、なんとなく唯の後に付いてきていた。そしてたまたま唯と千夏の会話を聞いてしまったのだ。


「唯・・・」


 唯が自分のために怒ってくれたことや、彼女の言葉を聞いて自然と彩奈の頬には涙が流れる。こんなところを誰かに見られたらそれこそ変な人だと思われてしまう。急いで涙を拭い教室へと戻っていった。




「彩奈、目どうしたの?」


「な、なんでもないわ。ちょっとかゆいの」


 彩奈はごまかして目をこする。下手な演技だなと思うが、唯は特に言及しない。


「あっ、そうだ。ねぇまた彩奈の部屋に泊まりに行ってもいい?」


「いいわよ」


「やった。じゃあ今週の金曜学校終わったら泊りにいくね」


 唯は彩奈の嬉しそうな顔を見て自分も嬉しくなる。気づけば彩奈は唯の中でとても大きな存在となっており、ふとした時に彩奈の事を考えたり視線で追ったりしている。どうしてそんなに特別な相手となったのかと聞かれても明確な答えはない。ただ、彩奈に惹かれてしまった。自分にとって必要な相手と心で感じたのだから仕方ないのだ。






 その日の放課後もいつものように彩奈と訓練を行い汗を流す。こうして魔物が出ない日は訓練に励み、唯は自分がこれ程真面目に物事に取り組める人間なのかと驚いていた。


「ねぇ、唯。私、唯には感謝しているのよ」


「んっ? 聞こえなかった。もう一回言ってみて」


 本当は聞こえていたが、恥ずかしそうな彩奈が可愛らしいのでつい意地悪をしたくなってしまう。


「か、感謝しているのよ。あなたとこうして時間を過ごしているだけで嬉しいし、なんていうか、上手く言えないけど、色々と唯のおかげなことが多い気がするの」


 口下手な彩奈はどう伝えればいいのか迷ってしまうが、今日の一件もあってとにかく唯には感謝の気持ちを伝えたかったのだ。


「ありがと。そう言ってくれて嬉しいよ。それに感謝したいのは私も同じ」


「えっ?」


「私がこうして適合者になって、そばにいてくれたのが彩奈だったからこうして頑張れるんだと思う。それだけじゃなくて、私も上手く言えないんだけど、彩奈は・・・私にとって特別だから・・・」


 唯も言っていて恥ずかしくなる。普段思っていることでも面と向かって言うのは勇気がいるものだ。お互いに赤面しながら向かい合っていた。


「さ、さぁ訓練の続きをしよ? 魔物に負ける訳にはいかないからね」


「そ、そうね。そうしましょう」


 訓練を再開する。その日は互いにいつもより調子がいい感じがした。





 彩奈との訓練が終わって唯が自宅に帰ると、神宮司と玄関前で会った。相変わらずの凛々しさを醸し出す神宮司は唯にとって憧れで、成人すればその雰囲気に少しは近づけるだろうかと自分に期待する。


「神宮司さん?」


「やあ。ちょうど今インターホンを押したんだが反応がなくてな、どうしようかと思っていたんだ」


「両親は仕事の都合でいなくて、家には私一人なんです」


「そうか。事前に連絡しておくべきだったな」


 唯は玄関を開けて神宮司をリビングへ案内する。


「今日はどうされたんですか?」


 普段なら舞の家に集合した時に会うので、唯の自宅に来たのを不思議に思った。


「君にこれを渡そうと思ってな」


 神宮司は空中に魔法陣を展開し、そこから古びた剣を取り出して唯に渡す。実戦で使えるのか疑問に思う程ボロボロで、これが何なのかと疑問符を浮かべる。


「これはなんですか?」


「旧文明時代の遺産だよ。聖剣といった類いのものさ」


 この人と会うと聞きなれない言葉をよく耳にするなと思った。


「その剣に魔力を流してみろ」


 言われた通りに魔力を流す。すると剣の汚れや錆びが消えて輝きはじめ、まるで新品のような美しさとなった。


「ほう・・・やはりな・・・・・・」


 神宮司は何かに納得したようだが唯は状況が分からない。


「あの、一体どういうことなんですか?」


「あぁ、君にはちゃんと説明しないとな」


 二人は席に着いて神宮司が説明を始める。


「まずは旧文明についてだ。学校の歴史の授業で人類文明の始まりについて学んだと思うが、あれは間違いだ。正確には旧文明時代の生き残りが起こしたもので、それより以前に今の我々ほどではないが高度な文明が存在した。それが旧文明だ」


 つまり歴史で習うよりも以前の時代があったということか。


「どういう訳か旧文明は滅んだ。残っている文献が少なく、今分かっているのはその時代の人類が魔族と戦争をしていたこと。そして天使族と呼ばれる人類と魔族を作り出した創造主がいたということだ。そして君に渡した剣はその時代のもので、他の適合者では扱えなかったんだ」


 唯はテーブルに置いた剣を見る。よくわからないが、とにかく凄く古くて貴重な物ということは理解した。


「そんな物がなんで私に反応したんでしょうか?」


「これは推測だが、私は君が天使族の力を受け継いだ者だと考えている」


 壮大なスケールの話をされた後、それが自分と関わりがあると言われてもピンと来ない。


「私が君と初めて会って握手をした時、今まで感じたことのない力を感じた。その時に、もしかしたら君は他の適合者にはない何かを持っているのではと思ったのさ。そして君は実際に誰にも反応しなかった聖剣を起動してみせた」


 どうやら神宮司のテンションが上がっているようで話すスピードも速い。


「勿論、旧文明の人類なら誰もが扱えた物である可能性もある。しかし君から感じた強い魔力や力はただならぬものだと思ったからこそ、そう推測したんだ。確証も根拠もないがな」


「私にもしかしたらそんな凄い力が・・・・・・」


「どちらにしても君は特別な存在ということに変わりはない。これからも色々と協力してくれるとありがたい。・・・その剣は是非実戦で使ってみてくれ」


 そう言い残して神宮司は帰った。唯はなんだか疲れたので、聖剣と呼ばれた剣を格納して眠ることにした。






 翌日、舞と加奈も加えて四人で訓練を行っていた。二人きりの時と違って彩奈の表情が硬いのは、まだ加奈と舞に心を完全に開いているわけではないからだろう。


「へぇ~これはかっこいい剣だな」


 昨日神宮司に渡された聖剣を皆に見せる。


「とても強い魔力をこの剣から感じますわ。ただの魔具とは違うようですわね」


「そうみたい。使ってみてって言われたんだそれにね・・・・・・」


 神宮司から聞いた話を要約して皆に話す。正確ではないだろうがだいたいは伝わっただろう。


「なるほど旧文明時代の話ですか」


「知っているのか、舞」


「えぇ、今のわたくし達の文明より以前に栄えたという旧文明はシャドウズ上層部の研究対象なのですわ」


 さすが頭の良さそうな舞は旧文明についても知見があるようだ。


「唯が特別な存在なのはとっくに知っていたわ」


「言うと思った」


 加奈は彩奈の言葉を予見していたようにすかさず言った。


「私はそんな自覚はないんだけど、自分にできることがあるなら頑張るよ」


 唯はいつも使っている刀より重い聖剣をちゃんと使えるように熱心に訓練に励んだ。






「帰ったか、アリス」


 魔人たちのアジトにてサクヤとアリスと呼ばれた魔人が再会した。アリスはサクヤからの信頼が厚く、その忠誠心も強い。


「お久しぶりです、サクヤ様」


 膝をついて頭を下げる。うやうやしい態度にサクヤは満足げで、他者を支配する気持ちよさを態度に表していた。


「顔を上げよ。報告を聞こう」


 アリスは立ち上がり、調査結果を話す。


「我々がアレを保有していることはバレてないようです。しかし、各地の魔人達の活動は活発的であり、中には激しく競合している者達もおります」


「そうか。今のうちにアレの準備を進めなければならないのだが、起動するためのキーが足らん」


 サクヤが世界と魔族の頂点に君臨するための最終兵器の準備は進んでいる。しかし、肝心の動力源となる素材や魔力が足りない。これでは他の魔族を出し抜くことができないのだ。


「それも解決すべき問題だが、他にも問題がある」


 サクヤは真剣な表情となる。


「実はノエルが戦死してな。どうやらやっかいな人間がいるようだ」


「ほう、あのノエルが人間にやられるとは。分かりました、私が対処しましょう」


「頼む。人間共に思い知らせてやれ」


 アリスは頭を下げて退室する。サクヤの命令とあらば、命がけで達成するのみだ。


「久しぶりに強敵と戦えそうだ」


 使命感と同時に、強敵と会えるかもしれないという高揚感も感じていた。






「魔物の反応は近いですわ。皆さん気を引き締めて」


 深夜、魔物が出現して唯達が裏世界へと出撃する。水晶が携帯の目覚ましのように音を出したり、振動する機能がなければ今頃唯は熟睡していただろう。


「いたぞ! ・・・まて、魔人もいる!」


 複数の魔物の中心に魔人が立っているのを見て四人に緊張が走る。


「どうします?」


「やるしかない。あいつらの破壊活動は絶対に阻止しないと」


 ここ最近、魔物の破壊活動で表世界への被害も増えている。ここで見過ごすわけにはいかない。


「行こう。また皆で協力すれば上手くいくよ!」


 唯の言葉に三人が頷き、魔物に向かって駆け出す。




「お前達がノエルを倒したのか?」


 魔人は唯達を見つけて問いかける。跳躍して滑空し、周囲の魔物達も同時に動き始めた。


「あぁそうだ! 敵討ちにきたのか!」


 先頭の加奈が叫び、薙刀を振るってアリスを寄せ付けない。


「別にそんなことではないのだ。ただ我が主からの任務をこなしにきただけでな!」


 魔人アリスは肩から更に腕を生やし、計四本の腕に魔力を流しはじめる。人間では不可能なその芸当に唯は少し怖気るが、魔具をしっかり握って立ち向かう。


「このアリスによって貴様達は葬られるのだ!」


 魔力が雷撃に変換され、唯達に向かって放たれた。バッと閃光が走り、適合者達は回避に専念してギリギリでダメージを負わずに済んだ。


「あぶねっ」


 雷撃を避けた加奈はいち早く体勢を立て直し、魔物に斬りかかる。


「斬るっ!」


 それに続く唯の一撃が、一体の魔物を切断した。聖剣の攻撃力は通常の魔具より高く、唯の二倍の大きさの魔物も容易に撃破する。


「あいつ・・・」


 アリスは唯に注目する。唯が体に纏っている魔力が、他の三人とは異なる独特な気配のするものだったためだ。


「こっちに来る・・・!」


 アリスが唯の至近距離まで飛行して接近し、魔力を纏わせた拳で殴りつけてくる。


「このくらいで!」


 敵の攻撃を躱して剣を振るう。

 その斬撃をアリスは魔力障壁で防ごうとするが、簡単に破られてしまった。


「何っ!?」


 剣先がアリスの腕を掠めて血が噴き出す。まさかこんな簡単に魔力障壁を破壊されるとは思っていなかったので、若干の焦りを感じていた。


「これは・・・」


 すぐさま身を翻し雷撃で反撃を行う。


「当たらないよ!」


 戦いと訓練の中で成長した唯はその雷撃を見切ってアリスの懐にもぐり込む。

 そして突きを放つが、


「やらせんっ!」


 腕を振り下ろして唯の肩にダメージを与える。


「なんとっ・・・!」


「お前・・・並みの人間ではないな。不思議な力を感じる」


「そんなの知らないよ」


「そうか、まぁここで死ぬのだからどうでもいいがな!」



 

「唯はっ!?」


 魔物と戦いながら彩奈は唯を見る。魔物の数が多く、唯の加勢に行きたいのだが近づけない。更に魔物が強いため苦戦しており、それは加奈と舞も同じだった。


「邪魔をするなっ!」


 魔物を切り捨てる。しかし別の魔物が彩奈に触手を伸ばす。

 その触手を切断するが、今度は別の飛行型魔物が遅いかかってきてキリがない。


「唯、もう少しだけもちこたえて・・・!」




「お前の仲間も案外やるようだ」


「当たり前でしょ。皆は私より強いんだから」


 唯はアリスを睨みながら答える。恐怖心はあったが、ここで怯んでいては死しか待っていない。


「なるほど、ノエルが負けたのも納得できる。私が強化した魔物を次々と倒しているし、四人で一気に襲い掛かられたら私でも勝てないかもな・・・だからあいつらが来る前にお前を潰すっ!」


 アリスは魔力を全身に巡らせ勝負を決めにかかる。


「負けるわけにはっ!」


 唯が突進し、アリスに斬りかかる。しかしその攻撃は空を斬り、アリスには届かない。


「お前一人に負けられん!我が主のためにっ!」


 動きが更に速くなったアリスに唯は後れを取る。


「しまった!」


 四本の腕にばかり注意していたため足の動きをよく見ていなかった。


「あうっ・・・」


 蹴りが腹部に当たり、唯は膝をつく。


「これまでだな」


 アリスは唯の握る剣を弾き飛ばし、両腕を掴んで持ち上げる。

 そしてもう二本の腕で唯の細い腰を掴み、


「死ね」


 アリスは唯の体に電撃を流した。

 唯はあまりの痛みと苦しさで声も出せず、限界まで背中を仰け反らせる。


「唯っ!!」


 魔物の群れを突破した彩奈が唯の元へと駆け付けるが少し遅かった。


「邪魔がはいったか」


 彩奈が近づいてくるのを見て、魔力を消耗していたために不利になると察したアリスは、唯を放り投げて飛び去っていく。




「唯っ! しっかりして!」


 舞と加奈が残った魔物を対処する中、彩奈は意識の無い唯を抱きかかえる。

 呼吸をしておらず、心臓も止まっていた。


「唯! 死んじゃやだよ・・・」


 唯が死ぬ。彩奈にとって最悪な事が起ころうとしている。

 呼びかけにも応答がなく、彩奈は心臓マッサージと人工呼吸を行う。


「私を残して先に逝かないで・・・」


 焦りのなか、必死に蘇生を試みる。


「だめだよ・・・死んじゃダメ・・・」


 まだ、心臓は動かない。


「唯っ・・・ゆい・・・」


 反応は、ない。


「ゆ・・・い・・・」


 彩奈の手が止まる。

 大切な人が死ぬということが大きな恐怖となって彩奈を襲って体の震えが止まらなくなり、全身から力が抜ける。大粒の涙が溢れ、視界がぼやける。


 もう彩奈は、うごけなかった。


「唯・・・いかないで・・・あなたがいないと私、頑張れないよ・・・」


 彩奈は唯に覆いかぶさるようにして倒れる。まだ体は温かい。




「かはっ・・・」




「唯!」


「く、くるしいよ・・・あやな・・・」


 唯が、息を吹き返した。彩奈の蘇生が功を奏したのか、唯の生命力が強かったのかは分からない。分からないが、彩奈にとっては唯が生きている、それだけでよかった。


「唯・・・私・・・私・・・!」


 言葉が出ない。目の前で動く唯が幻覚なのかと思うほど視界がぼやけて、手を伸ばしても届かない。

 その手を掴み、唯は彩奈を抱き寄せる。


「聞こえてたよ。彩奈の言葉」


 号泣する彩奈の頭を優しく撫でる。ここが戦場とは思えないほど、二人は幸せに包まれている。




「おいっ! 無粋なマネするんじゃねぇ!」


 加奈と舞は魔物の残党討伐を行っており、唯達に近づこうとする魔物を優先的に倒す。


「汚らわしい化物どもがっ! 女の子同士の間に入るな!!」


 舞は二人を視界の端にとらえつつ魔物を打ち落とす。不謹慎かもしれないが、せっかくならあの二人の様子を間近で見たかったのに魔物達に邪魔されて不機嫌だった。




「落ち着いた?」


「うん・・・」


 頷きながらも唯を離そうとしない。


「ありがとう、彩奈。本当に」


「うん・・・」


 まるで赤子のようにしがみつく。それほど彩奈にとって唯は大切で特別な存在なのだ。もう、ひと時たりとも離れたくない。

 唯が加奈達に視線を向けると、最後の魔物を倒してこちらにやってくるところだった。




「本当に一時はどうなるかと思ったぜ」


 戦闘が終わり、四人は表世界へと帰ってきた。一応は生きて帰れたが、唯は自分の足だけで立てずに彩奈の肩を借りている。


「ご心配をおかけしました・・・」


 唯が頭を下げる。前回は勝てたがやはり魔人は強く、死の一歩手前まで追い詰められてしょんぼりしていた。


「またあの魔人が現れる可能性は高いですわ。用心しましょう。また神宮司さんにも報告しておきますわ」


 神宮司が危惧した通りに新たな魔人が出現し、しかもかなりの強敵のようだ。舞はスマートフォンでメッセージを送り、神宮司に指示を仰ぐ。


「唯、体は大丈夫か?」


「うん。なんとかね」


 加奈の心配に唯は笑顔で答える。


「もし、不調をきたしたらすぐこの病院へ行ってくださいね」


 舞がどこからかメモをとりだして唯に渡す。そこに書かれた病院名と住所は見覚えのあるもので、唯達の住む街で最も大きな病院であった。


「この病院はシャドウズの息がかかっているので、最優先で治療をおこなえますわ」


「ありがとう、舞」


 




「彩奈?」


 四人は解散し、加奈と舞は帰っていったが、彩奈は唯を離そうとしない。


「離れたくない・・・」


 今にも消えそうなほど小さな声で言う。それが幼い子供のようで、唯は彩奈の手に自分の手を重ねる。


「彩奈・・・分かった。このまま彩奈のとこに泊まりにいくよ」


 元々今週末行く予定だったが、前倒しして行くことにした。

 部屋に着くなりシャワーを浴びて寝支度を整え、二人は布団にはいる。


「今日はごめんね」


「いえ、私こそ、もっと早く唯の援護に向かえれば・・・」


 そうすれば唯が危険な目に遭わなかった。彩奈は自分の情けなさに唇をかみしめる。


「でもちゃんと助けてくれたよ」


 唯は彩奈に近づき、密着して体温と鼓動が伝わる。


「ねぇ、あの言葉、もう一度ちゃんと聞きたいな」


「あの言葉・・・?」


 唯が耳打ちをした。


「!!」


 彩奈は顔を真っ赤にして反対側に体をむける。


「そ、それはちょっと・・・」


 部屋に戻って冷静さを取り戻した彩奈は、この数時間の自分の言葉と行動を思いだして恥ずかしくなっていた。それなのにあんなセリフを面と向かって言えるわけがない。

 すると唯の手が彩奈の顔に伸びて、自分の方に向かせる。連動して体も唯の方を向いてしまう。さらに顎を人差し指と親指で掴み、クイっと動かし視線を合わせてきた。


「あっ・・・・・・」


 もう片方の唯の腕が彩奈の脇腹の下を通り、腰を掴んで自分の方に引き寄せた。

 完全に唯の支配下にはいってしまった彩奈は動けない。体から力が抜け、唯に身を任せる。


「言ってくれるまでこのままだよ」


 それも悪くないと思ったが、自然と口が開く。


「唯・・・あなたがいないと私・・・頑張れないよ・・・」


「ありがとう! 彩奈!」


 ギュっと彩奈を抱きしめる。


「うん・・・唯、ずっと一緒にいて。私を残して死なないでね」


 二人はきつく抱き合った。命の危機を乗り越えて、二人の絆はより強くなった。


                     -続く-

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