第2話 適合者のチカラ
「さぁ覚悟はいい?」
東山が唯の手を握りながら訊く。その綺麗な顔には似つかわしくない気難しい表情ではなく、笑顔でも浮かべてくれればと唯は思わずにはいられない。
「うん。行こう!」
唯は力強く答えて頷き、東山の瞳を見つめる。
「”シフト”」
二人は再び裏世界へと向かう。恐ろしい魔物が巣くう地へ・・・
時は少し戻り、高山唯が東山彩奈に魔物と戦う決意を伝えた日の夕方に魔物が現れた。
「高山さん、どうやら裏世界で魔物が出現したみたい」
唯にそう伝える東山の手には魔物を感知できるという水晶が握られている。その水晶の色が青から赤に変化すると、この付近の裏世界に魔物が現れたという証拠になるのだ。
「まさかもう来るなんて・・・」
唯は戦う決意をしたとはいえこんな急にくるとは思っていなかった。まだ魔物や、そもそも適合者の戦い方すら知らないのだからやりようがない。
「まだ戦わなくていいわ。私や新田さん、二木さんの戦いを見ていて」
東山は優しい口調でそう言う。唯の不安を和らげようとする彼女なりの気配りだ。東山はおとなしくあまり感情を出さないタイプだが、人を思いやる優しさはきちんと持っているし、魔物を倒して世界を守る使命を全うするという熱い闘志もある。
「分かった。頑張ってね」
二人は学校の屋上から裏世界に向かうことにした。
「着いたわ」
彩奈に連れられて三度やってきた裏世界。景色は表世界と同じはずなのに、人がいないというだけでこんなにも寂しく違和感がある。唯は隣に立つ東山がとても心強く感じた。
二人が裏世界に来てほどなく、新田と二木も唯達と合流する。
「やぁ! 君もこちら側の人間になったわけだね!」
二木は嬉しそうに唯の手を握りぶんぶん振る。
「覚悟を決めたようですわね。ようこそ高山さん、歓迎いたしますわ」
新田もニッコリと笑みを浮かべながら唯の肩に手を置いた。出会ったばかりではあるが、この二人に歓迎されるのは嬉しく、間もなく魔元のとの戦闘が始まるというのに唯は口元をほころばせる。
「よろしくね!」
「三人共、敵がきたわよ」
東山は空中に描いた魔法陣から刀を出現させながら魔物がこちらに近づいてきたことを知らせた。魔物は人型のものから犬のような四足歩行型もいる。大きさはまばらだが、だいたいは人間と同じような身長だ。
「来たな、ぼっこぼこにしてやる!」
二木も魔法陣を展開し薙刀を取り出す。柄の両側に刃が付いているタイプで使いずらそうな武器だが、自信をもって振り回している姿を見るに扱いは慣れているのだろう。
「さて、ミッションスタートですわ!」
新田は昨日使った身の丈よりも長い杖を装備する。
「あたし達は前に出るけど唯はここで見てて。彩奈は唯のことを守ってやりな!」
そう言うと二木は人間とは思えない跳躍を行い魔物に向かっていく。これも適合者だから行える動きで、だからこそ魔物のような化け物とも渡り合えるのだ。
「ということでわたくしも行ってまいりますわ」
新田も二木に続いて行ってしまった。屋上に二人が残される。
「私を守ってね、東山さん」
「えぇ。今回はここであの二人の戦いを見学しましょう」
唯は頷き先行する二人を見る。魔物は10体ほど確認でき、二人の適合者は魔物の攻撃を避けながら反撃してダメージを与えていた。
「すごい、あんな動きができるなんて」
特に二木は機敏な動きで相手を翻弄し薙刀で切り裂いていく。それを目で追うのは一苦労だ。
「私だってあのくらいできるわ。適合者なら普通ね」
東山は拗ねるように言う。以前裏世界で唯の前で戦った時は魔物の攻撃をもろに受けて吹き飛ばされてしまった。唯の出現に気を取られて集中が乱されたとはいえカッコ悪いところを見せてしまったことを気にしているようだ。
「東山さんもかっこよかったよ」
唯は東山の感情に気づいて、顔を覗き込みながらフォローの言葉を投げかける。
「そ、そうかしら・・・」
東山は顔を赤らめ明らかに照れながら頭を掻く。普段は表情を表に出さない彼女でも、無感情というわけではない。
その間にも新田と二木は魔物を次々と狩っていた。
「いくぜっ! 渾身の一発ぅぅうう!」
二木は大きくジャンプして薙刀を振るう。
ズシャアッ!
魔物は体を斜めに切断されて崩れ落ちた。
「まだまだぁっ!」
更に近くにいた魔物に対して今度は横薙ぎで一閃。腹部から両断されてそのまま魔物は絶命する。
「こちらも負けてられませんわ!」
新田の杖の先端から虹色の魔力光弾が放たれ魔物の頭部を吹き飛ばす。圧倒的な火力はまるでビームのようで、そんな攻撃ができる新田も尋常ではない実力者なのだなと唯は直感する。
最後の一体が討伐され辺りに静けさが戻った。二人の適合者による戦闘を目の当たりにして自分にも同じようにできるか不安しかない。
「あれが適合者の戦いよ。体内の魔力を使って肉体を強化して高機動で敵を翻弄する者、魔力を術に用いて戦う者。自分に合ったスタイルを見つけるのも重要ね」
「なるほど・・・あんな風に戦えるかなぁ」
唯は運動が得意というわけではないし、魔力の使い方なんて全然知らない。戦えるようになるまで先は長そうだ。
「あなたがちゃんと戦えるようになるまで私やあの二人がレクチャーするわ。早く一人前になれるように」
「よろしくね、コーチ!」
唯は頼もしい仲間ができたと嬉しくなる。
「コ、コーチ・・・えぇ、分かったわ。厳しくいくから覚悟して。さっそく今から適合者について授業をはじめるわ!」
妙に気合の入った言い方で東山がそう宣言した。
「ではさっそく授業をはじめるわ」
魔物を倒した後、裏世界の教室で4人が集まり適合者についての解説が始まった。
「まず適合者とは以前話したように裏世界に侵入できる者を指すわ。そして魔力を用いて肉体強化、攻撃や防御、術を駆使して魔物と戦うの。で、この魔力だけれどどうやって生成されるでしょうか?二木さん」
東山はどこから持ってきたのか教鞭をもっており、それで二木を指す。
「空気中に含まれる魔素を吸収することで体内で魔力に変換されます」
「はい正解。10ポイント」
なぜか教師役をノリノリでこなし、謎のポイントを二木に与える。
「この魔素は表世界の空気中に豊富に存在するわ。これを適合者が息を吸う時に体内に取り込まれて魔力に変換される。そして消費されるまで体内に蓄えられるわ。ちなみに魔素は裏世界にも存在するけど表世界ほど豊富ではないので注意して」
「なるほど。ちゃんと魔力の量を考えながら戦わないと途中でガス欠しちゃうのね」
「そう。そしてそんな時のためにこんなアイテムがあるわ」
そう言って東山は角ばった透明の鉱石を取り出す。透明色のソレは博物館などに展示されている貴重な鉱石のようで、お金に換算したらどれほどの価値になるのかが気になる。
「これは魔結晶。魔素や魔力を保存することができるの。戦闘前にあらかじめ魔力を充填しておいて、魔力を消費した時にここから吸収することで回復するのよ」
便利なアイテムがあるもんだと唯は感心し、ゲームでもそうしたアイテムをきちんと準備していくもんだよなと思った。
「そしてこれが適合者の武器である、魔具よ」
今度は東山が戦闘中に持っている刀を見せた。一見するとただの刀に見える。
「魔具は魔力を通すことで、魔物に有効な攻撃や防御を行うことができるの。普通の武器では魔物にダメージを与えられないわ」
新田や二木もそれぞれ魔具を取り出す。先ほどの戦闘で使っていた杖と薙刀だ。
「これが適合者に関する簡単な説明ね。次に魔物について話すわ」
東山はこれまたどこから持ってきたのか分からないチョークで黒板になにやら書き始める。本来ならば裏世界にそのような小物は置いてはいないので、普段から持っているのか、わざわざ用意してきたのかはこの場にいる誰も知らない。
「それは象形文字とかっすか?」
二木が笑いをこらえながら訊く。
「これは私達が狩るべき魔物よ」
力強く東山は言うがとてもさっき見た魔物の姿に見えない。どうやら彼女には絵心は無いようだ。
東山の返答についにこらえなくなった二木は笑い始め、唯も口角があがり今にも笑いそうになっている。
「失礼な!」
二木の顔面めがけてチョークが飛んだ。美しい軌道を描き適格におでこに命中する。
「痛っ!」
二木はおでこをおさえてのけぞった。適合者の強化された腕力で投げられたのだから相当な威力らしい。
「あれは魔物という異形の気持ち悪さを表現した一種のアートなのですわ」
全くそんな事を思っていないような棒読みで新田が言うと、
「そうよ。新田さんに100ポイント」
二木を大きく上回るポイントが新田に加算された。
「ごほん・・・魔物とは高山さんも見た人型や四足歩行型の他、羽を持って飛行するタイプもいるわ。そしてその大きさはまばらだけど大抵は私達と同サイズね」
そして気持ち悪い外見でもある。まるで腐食しているように体の表面がドロドロしていたり、トロールやゴブリンといった空想上の生き物に似た姿の魔物もいた。いや、むしろ表世界に紛れ込んだ魔物を見た人が創作物の中に登場させたのかもしれない。案外UMAと呼ばれる生命体も魔物なのかもと唯は思った。
「これら魔物は基本は己の体を武器にして攻撃してくるわ。だから近接攻撃が主であるの。でも中には私達と同じように魔力を用いて遠距離攻撃してくる魔物もいるから要注意よ」
「いやぁ覚えることがいっぱいだ」
唯はすでにパンクしそうだったが、これらの事柄は今後の戦いのために覚えておくべきことだ。知識は人の生死に大きく影響を与える。
「そうね、今回はこれくらいにしましょうか。何か質問はあるかしら?」
「そういえば、裏世界に行くとき東山さん何か呟いてるよね?」
「えぇ、シフトと唱えているの。これは術の一つで表世界と裏世界を行き来するための詠唱よ。ちなみにどこからでも行き来できるわけではなくて、空間に歪みがある地点からでなければならないの」
それを聞いてまた一つ疑問ができた。
「それならなんで私は最初に裏世界に行った時、術を使ってないのに行けたんだろう?」
あの時は突然光に包まれて裏世界に行ってしまった。術が必要らしいが当然唯はそんなもの使えない。
「明確には分からない。でも私達の学校の屋上はちょうど空間の歪みがあるポイントだから、適合者としての素質があったために通り抜けてしまったのかもしれないわ」
東山に分からないことが自分に分かるわけがないので唯は考えるのをやめた。とにかく自分にできることをするだけだ。
「では明日から戦闘訓練を始めるわね」
その日はそれ以上の魔物の出現は無かったので解散となり、唯達は帰路についた。
翌日、学校が終わってから唯と東山は再び裏世界に来ていた。今日からいよいよ戦闘訓練が始まる。
「さて、高山さん。これをあげるわ」
唯は一冊のノートを受け取った。マニュアルと表紙に書かれたそのノートをひらいてみると、下手な字と絵で魔力の使い方や適合者の戦い方について書かれていた。唯のためにわざわざ作ってきてくれたようだ。
「まずは魔力を使えるようにしないと始まらないわ」
「どうやるの?」
東山は唯の手を握る。
「今から高山さんの体に私の魔力を流すわ。最初は違和感を感じるでしょうけど、体に魔力が通じる感覚を覚えて」
そういって東山の体がうっすらと発光し、その光が唯に流れる。
「うっ・・・これが魔力なの・・・?」
最初に裏世界に行った時に唯は体内の魔力を放出して魔物を退けた。その時と同じ感覚を唯は感じ、体中に力が溢れてくる。
「これをあなたもできるようにするのよ。そうすれば体が魔力によって強化され魔物と戦えるようになるわ」
東山は手を放す。しかし唯の手にはまだ東山の感触が残り、慣れない状況下に置かれているのだが安心感を感じていた。
「意識を集中して、さっきのように体に魔力が流れるのをイメージするのよ」
さきほど東山が魔力を流してくれたことで唯の体は覚醒し、体内の魔力が全身に流れ始める。唯は目をとじて集中し、その溢れる力を感じ取った。
「これで私も東山さんや二木さんみたいに飛んだり跳ねたりできるかな?」
「まだよ。魔力をきちんとコントロールできるように訓練する必要があるわ。それに体が強化されても脳がそれについていけないと上手く動けないから、徐々に慣らしていく必要もあるわね」
その後も東山の指導のもと、魔力の使い方を覚えていく唯。唯の理解が意外と早いので東山は感心する。しかし、慣れないことをしているので1時間後には唯はかなり疲労していた。いくら魔力で肉体強化をしているとはいえ、神経を使う上に完全に魔力に体が馴染んだ訳ではないので疲れてしまうのは仕方がない。
「今日はここまでにしましょう。無理に続けても成長しないわ」
「ふい~疲れたぁ」
「最初にしては筋がいいわ。どこまで能力が伸びるかは今後の努力次第ね」
そう言って東山は帰る準備をはじめる。
「ねぇ、今日この後時間ある?」
「えぇ時間はあるけど?」
唯の問いかけに東山は不思議そうに答える。いつも一人で過ごしている東山は、誰かに誘われるという習慣がないので困惑しているのかもしれない。
「ならちょっとつきあって」
唯は笑顔で東山の手を掴んだ。
「ここは私のおすすめのアイス屋さんだよ」
東山が連れてこられたのは街のはずれにある小さなアイス屋だった。個人経営店なのか高齢のお婆さんが出てきて、唯の注文を受けてアイスを作る。
「ここのアイスおいしいんだ~」
「そうなの」
唯はアイスを二つ受け取り、一つを東山に渡す。
「ささ、私の奢りだから遠慮せず食べてくださいな」
「あ、ありがとう」
東山はクールな感じを装いながらも嬉しそうな感じを隠せていなかった。そんな東山を連れて近くの公園に向かう。ここは街の中心から高い場所にあるので街を見渡せる場所で案外その景色は綺麗であり、そんな所で食べるアイスは更においしく感じる。
「今日もいろいろ教えてくれてありがとうね東山さん」
「い、いえ別に感謝なんて・・・」
顔を赤くして照れながらそう言う。そんな人間らしい反応を見る限りは普通の女子高生なのだが、人知れず裏世界で戦っている立派な戦士なのだ。
「でもどうしてそんなに親切にしてくれるの?」
「魔物との戦いは命がけよ。私はもう死人を見たくない、だからできるだけの事を教えようと思ったの」
さっきまでとは違い真剣な表情になって答える。東山の頭に戦死した三宅雪奈の事がよぎり、暗く沈んだ気分になる。
そんな東山を見て唯は決意を新たにする。
「私、がんばるよ。死なないように。誰も死なせないように」
唯のその言葉を聞いて、その表情を見て東山は勇気が湧いてくるような気がした。
「ならもっと訓練を厳しくしていくわ」
「宜しくお願いします、鬼コーチ!」
二人は笑いあいながらも互いに相手を守ろうと心に誓うのだった。
それから2週間訓練は続き、唯は魔力と強化された体の使い方にも慣れ、魔具を用いた訓練も可能と東山が判断して予備の刀を唯に譲渡した。本来なら戦闘スタイルや適性などでそれぞれに合った物を使用するのだが魔具の調達は容易ではないし、コーチを務める東山と合わせたほうが教えやすいという理由からそうすることにしたのだ。
そしてついに唯が実戦に参加する日がやってきた。
「いい? 訓練でやった通りにするのよ。魔物は怖いと思うけど、弱気にならずに心を強くもって」
東山はまるで母親のように唯に言う。それだけ心配なのだ。
「うん。大丈夫。東山さんも一緒だしね」
唯はそう言いながらも不安を隠せていなかった。手が軽く震えている。
それを見た東山は唯の手を握る。
「私がちゃんと近くにいるから。それに二木さんや新田さんも来てくれるわ」
魔物達がこちらに近づいてくるのが見えた。戦いの時はすぐそこまで来ているのだ。
「ありがとう。・・・ねぇ、こんな時にあれなんだけど、一つ提案があるの」
「何かしら」
「あのね・・・そろそろお互いに下の名前で呼ぶのはどうかな?」
東山は少し驚いたような顔をする。
「名前で呼んだほうが言いやすいでしょ? 戦ってる時とか、とっさに呼ぶのに絶対そっちの方がいいと思うんだ」
唯も少し照れながらそう言う。名前で呼ぶなんて普段友達にしていることなのに、東山が相手となると何故か特別なことのように感じる。
「わ、分かったわ・・・」
「じゃあ改めてよろしくね、彩奈」
顔を真っ赤にしながら呼ぶ。
「えぇ、こちらこそ。その・・・ゆ、唯」
この瞬間、二人の心の距離はかなり近づいた。それを二人も感じており、魔力で強化するのとは違う力が体に溢れる気がした。
「そろそろね・・・唯、あなたの事は私が必ず守ると約束するわ」
「私こそ守られるだけじゃなくて彩奈を守ってみせるね。これでも適合者なんだからねっ」
二人は魔具を取り出し、同時に魔物達に向かって飛び出す。もう唯に恐怖や不安は無い。訓練で学んだことを活かして魔物を倒すだけだ。
「ここだっ!」
唯は魔物の一体に近づいて刀を振るう。魔力を帯びた刀身は鈍く光を纏い、刀の軌跡を残光が描く。
その一撃で魔物の腕を切り落とし、更に刀を返して再び斬撃を行う。
「グオォオオ!!」
咆哮を上げて魔物は絶命した。唯は今まで刀など使ったことはないが、彩奈の特訓を受けてある程度は扱えるようになっている。相手は魔物であり剣豪を相手にするわけではないので唯のようなルーキーでも一応は戦えているのだ。
それを見た彩奈は自分も負けていられないと魔物を切り伏せた。
今対峙している魔物は人型に近い姿のタイプで動きはあまり速くない。とはいえ数は魔物の方が多いし増援もくるかもしれない。唯は初戦でいつまで今の勢いがもつか分からないために早めに決着をつけるのがベストだろう。
「一閃!」
彩奈は刀に魔力を集中させ素早く振るう。すると刀身から閃光が放たれ、彩奈の前方にいた三体の魔物が切られる。こうした技は強力であるが魔力の消費も大きいので多用はできない。とはいえ短期決戦を狙っている今、出し惜しみするより一気に敵を片付けた方がいいと判断したのだ。
いつも以上に気合の入っている彩奈の活躍もあり、次々と魔物は討伐されていった。ここまでは順調だったが戦いとは思うように進まないものだ。
「あれは!?」
唯は上空から近づいてくる魔物に気が付いた。唯が初めて見る飛行型の魔物だ。その姿はコウモリのようなものやファンタジーゲームで定番のガーゴイルのようなものと、とても不気味な形をしていた。
その複数の飛行型は甲高い叫び声を放ちながら唯達に接近してくる。
「唯! 下がって!」
彩奈は飛行型に向き直り、唯の前に立つ。人型とは違い動きが速いのが飛行型の特徴だ。まだ戦闘に慣れていない唯では対処するのは難しい。
「あれは私がなんとかする。唯は残った人型を頼むわ」
「うん! 任せて!」
二人はまるで長年の戦友のように背中を合わせて敵に対峙する。
彩奈は地面を蹴り大きくジャンプし、すれ違いざまにコウモリのような魔物を両断した。着地して再び飛翔。また一体飛行型を撃破する。
「彩奈のところには行かせないよ!」
唯は人型魔物達の前に立ちふさがり注意を引くが、まだ複数体を同時に相手にするのは難しいので間合いをとる。
その中の魔物の一体が唯に向かって突進してきた。唯は避けて側面に回り込むと刀で胴から真っ二つに両断するが唯のすぐ近くに別の魔物が接近していた。突進する一体に集中してしまい他の魔物を視界から外して意識していなかったのだ。ベテランなら相手を複数捉えながら戦うものだが、まだ未熟な唯は目の前の相手だけで手いっぱいになってしまう。
「しまった!」
唯は後ろに下がろうとするが遅い。魔物の腕部から触手が伸び唯を弾き飛ばした。
「あうっ・・・」
地面に転がった唯の意識は一時的に朦朧とする。人型は更に接近し追撃を試みる。
「唯っ!」
それに気が付いた彩奈はすぐに唯のもとに駆け付けて唯に近づいていた人型を倒す。
「大丈夫!? 唯!?」
「ご、ごめん、大丈夫だよ」
よろけながら唯は立ち上がる。
「まだ戦える。頑張るよ」
しかしまだ魔物の攻撃は終わっていない。飛行するガーゴイルのような魔物が口と思わしき部位から魔力を凝縮した光弾を放つ。
「唯っ」
それを見た彩奈は唯を突き飛ばす。直後、さきほどまで唯のいた場所に光弾が着弾して爆発した。唯は爆風を受けて転倒するが大きなダメージはない。
「彩奈っ!」
唯を助けた彩奈は爆発の衝撃波をもろに受けて体が宙に舞い、受け身をとれないまま地面に落ちて動かなくなった。
唯は彩奈に近づくガーゴイルを切りつけて倒し彩奈を抱きかかえる。弱弱しいがまだ呼吸はある。まだ生きている。だからといって安心はできない。少なくなったとはいえまだ複数体の魔物がいるし、表世界に逃げようにもここではシフトは使えない。一番近い空間の歪みがある場所は学校の屋上だがそれなりの距離がある。意識のない彩奈を抱えていくにしても魔物の追撃を回避しながら向かうのは困難だ。
「このままじゃマズい・・・」
唯は焦る。このままでは二人ともここで殺される。近づいてくる魔物を睨みながら唯は必死にこの状況を打破できる案をさがしていた。その時、唯の思考になかった解決策が降ってきた。
「待たせたな!」
唯の目の前に着地したのは魔物ではなく二木加奈だ。
「ごめんごめん。別の魔物の群れにてこずって遅れちまった。ここは任せろ!」
焦っていた唯はすっかり二木の存在を忘れていたが、こうして来てくれたことに感謝し安堵した。
「あらあら、だいぶ痛手を食らいましたわね」
二木に続いて新田舞も現れた。杖で魔力光弾を放って敵を牽制し、唯達の周囲から魔物を遠ざける。
「新田さん! 彩奈が・・・」
新田は二人に近づくと、今度は杖から結界を展開する。薄い半透明の膜のようで、どうやらこれがバリアの役目を果たすらしい。
「これで暫くは魔物の攻撃を防げますわ。今から東山さんの応急手当を始めますわね」
「彩奈のことお願いします。私は敵を叩きます」
唯は結界から飛び出して二木の後を追う。
「後ろで見ててもいいんだぜ?」
「私も戦うって決めたの。それに彩奈のためにも魔物を倒さないと」
「へぇ~いつの間にか仲良くなってたんだ」
「ま、まぁね。それより、敵が・・・」
魔物達は後方に下がると一か所に集まりはじめる。
「妙だな・・・魔物があんな動きをするなんて」
魔物は基本的に知能がないようで、人間のように連携するというよりそれぞれが本能のまま動いている。そのためこのような統率のとれた動きはしない。
そして更に二木を驚かせる行動を魔物達がとる。なんと融合しはじめたのだ。ぐちゃぐちゃになって混ざり合い、大きくなっていく。
「なんかヤバそうだ。一気にしかけるぜ!」
二木は魔物に突貫し薙刀で斬りかかる。
しかし攻撃が届く前に魔物の融合は完了してしまった。その融合型は唯の10倍ほどの大きさとなり、とてもおぞましい姿をしていた。
魔物の体表面にある結晶から魔力光弾を二木に向かって放つ。
「危ねっ」
間一髪で避けるが別の結晶からも光弾が放たれる。二木は後退し、物陰に隠れる。
「高山さん、敵の両サイドから挟み込むようにして攻め込もう」
「うん、分かった!」
唯は頷き魔物の様子を伺う。大型になった分動きはかなり遅いようだ。
二人は目配せして同時に物陰から出て魔物に向かって走り出す。
「あら、気が付きましたか?」
彩奈の意識が回復して周りを見る。唯の姿を探すが、近くに居ないことを不安に感じていた。
「唯は?」
「高山さんですか? 彼女なら二木さんと魔物討伐へと向かいましたわ」
それを聞いて彩奈は立ち上がる。闘志に満ちた表情をしていて、もう怪我は問題ないようだ。
「もう大丈夫ですの?」
「えぇ。唯が戦っているのに休んでなんかいられないわ!」
「分かりました。お二人の元へ急ぎましょう」
「こいつは手強いぞ・・・」
二木は融合型魔物の攻撃を回避しながらその強さに舌を巻く。
魔力光弾を避けて接近しても触手を振り回してくるので本体に攻撃する隙がない。何本かの触手を切断したが数が多い上、時間が経つと再生するのできりがないのだ。
「どうする? 二木さん」
唯は疲れが色濃くでていた。魔力で体力も大きく増えているが無限ではないし、精神的な疲労もあり動きが鈍ってしまっている。
「四人で一気にケリをつけましょう」
復帰した彩奈が唯のとなりに着地してそう言う。
「彩奈! 体は大丈夫?」
「大丈夫よ。唯こそ大丈夫?」
彩奈は自分より唯のことが気がかりだった。まだ関わりを持つようになってから日は浅いが二人で訓練して一緒に過ごす時間が多かったし、彩奈は唯に対して親近感や一緒にいるときに安心感を感じていた。他人にそんな感情を抱くのは唯が初めてであり、そんな相手を失いたくなかった。勿論二木や新田も大切な仲間であり死なせたくないのは同じだが唯のことは特別に思っていた。
唯は彩奈の問いに大丈夫だよと答え、そのやりとりを見ていた新田はにやけている。
「四人そろったのはいいけど策はあるのか?」
「えぇ。まずは新田さんに魔術で魔物を攻撃してもらうわ。彼女の術の火力なら大きなダメージを与えられる。その間に私達三人で一気に距離を詰めて倒すわ」
こういう時は単純な立ち回りの方が成功しやすい。触手による攻撃がリスクではあるが魔術で数を減らせれば再生するまでの間に接近できるし、残った触手も少なければ回避も容易になる。
「分かりましたわ。でも威力の高い術を使用すると次の攻撃ができるようになるまでまで時間がかかることは覚えておいてくださいね」
主に唯に対して新田は説明し、三人はその言葉に頷いて突撃の準備をする。
「ではいきますわよ!」
新田の握った杖が強烈な光を纏い、魔力が凝縮された大きな光弾が発射された。
動きの遅い融合型魔物はその光弾を避けられずに直撃し、魔物の前面が大きく抉れる。結晶が砕け、触手も多数吹き飛んだ。
「今っ!」
二木の掛け声と共に三人が物陰から飛び出す。そして魔物に肉薄し、切り刻む。しかし大型であるゆえ耐久度が高く息の根を止められない。更にさきほどの光弾で受けたダメージの回復が始まっていた。
「もう誰も傷つかせたりしない!」
唯は刀に魔力を集中させはじめ、彩奈から教わった大技を放とうとしていた。
それに気づいた彩奈は唯を援護し、唯に迫る触手を次々と切り落とす。
「唯! 任せたわ!」
「うん! くらえっ! 夢幻斬りっっ!!」
唯の全魔力を放出する勢いで刀が発光、その光によって刀身が数倍に伸びる。そしてその光の刀が振り下ろされ巨大な融合型魔物は両断された。
「すごい威力ですわね。心強い仲間ができましたわ」
三人の元にやってきた新田は、両断されながらもまだ蠢いている魔物の残骸を魔術で焼却しながら唯を讃える。
「いや~終わってよかったぁ」
唯は力を使い果たしてその場に座り込み、そのかたわらに彩奈が寄り添う。
「頑張ったわね、唯。お疲れ様」
「訓練につきあってくれた彩奈のおかげだよ、ありがとう」
二人は互いの顔を見ながら笑顔でそう言いあった。
「あたしが助けたことも忘れないでくれよな~」
「勿論! 危ないところを助けてくれてありがとうね!」
新田と二木に向けても笑顔で感謝する。二人が来てくれなかったら今頃死んでいただろう。この四人が揃ったことでつかみ取った勝利だ。
「そういえばいつの間にか彩奈の事名前呼びになってるよね? あたしのことも名前呼びしてくれよぉ。舞もその方がいいよな?」
「わたくしは別にどちらでも・・・」
「分かった。次から加奈と舞って呼ぶね」
彩奈はそのやりとりを聞いて少し複雑そうな顔をしている。自分だけが唯に特別扱いしてほしいという欲が心の中に芽生え始め、その感情がもろに出ていたのだ。
「あれ~もしかして妬いてるんですか~?彩奈もあたし達のこと下の名前で呼んでくれていいんだぞ~?」
にやにやしながら加奈は彩奈を煽る。
「いえ、遠慮しておくわ。さぁ唯、帰りましょう」
「ごめん、怒るなよ~」
「にぎやかになりそうですわね」
こうして唯の初戦は終わった。ピンチな場面はあったが仲間と力を合わせて強敵も倒すことに成功して唯達は勝利の余韻に浸りながら表世界へと帰っていった。
-続く-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます