シフト 裏世界への扉
ヤマタ
第1話 NEW DIVIDE
私は高山唯、高校2年生です。突然ですが皆さんは魔法とか魔物といったファンタジーゲームに出てくるような存在が現実にいると信じますか?恐らく大半の人はNOと答えるでしょう。私も少し前まではそうでした。でも今は違います。だって目の前で・・・いや、私自身がそうしたファンタジーな存在になってしまったから・・・・・・
人生なんてものは大抵の場合、何の変哲も無く過ごして死にゆくものだ。平凡な女子高生である高山唯だってそれは同じであるはずだった。
「はぁ~今日も疲れたなぁ」
ホームルームを終えた後、そんなことを唯は呟き席から立つ。学校生活など唯にとっては作業のようなもので、特に面白みのない毎日に鬱憤としながらも行動を起こすこともなく怠惰に過ごし、いつしかドライな思考の持ち主となってしまっている。
「ねぇ、この後一緒にカラオケ行かない?」
友達の千夏が満面の笑顔で話かけてきた。テンションの高い千夏の甲高い声が脳内に響き、唯は少し眉をひそめる。
「今日はいいや。掃除当番だし、課題もやらなきゃだから・・・」
「まったく唯はマジメだねぇ。そんなのサボっちゃえばいいのに」
気が乗らないので掃除当番を言い訳に断り、挨拶を交わして掃除の準備を始める。唯はマジメと言うよりマジメな生徒を演じているといったほうが正しい。内申点とかを一応気にしてやるべきことはやっているが、手を抜けるところは力を入れない。その証拠に生徒の捌けた教室で唯はモップを片手に携帯を操作している。一緒に当番だったクラスメイトは部活で忙しいからと一応は謝りながら早々に行ってしまった。
「これくらいでいいか。私も帰ろ」
10分くらい経って掃除のふりも充分と思った唯はモップを片付けて教室を出た。すでに校内は閑散としていて人の気配はほとんどない。
「ん? あれは・・・」
廊下の端、階段を上る人影が見えた。普通なら特に気にすることでもないが、その人物に唯は気を引かれた。
(今のは東山さんだったな。放課後も学校にいるなんて珍しい)
東山彩奈(ひがしやま あやな)。おとなしい彼女は友人と呼べる人もおらずいつも一人でいる。唯は隣の席である彼女と会話したことはほとんど無かったが何故だかその綺麗な容姿と儚げな存在感に少し惹かれる部分がある。
なんとなく彼女が気になった唯は後を追った。
(この上は屋上なのに・・・)
少し嫌な予感がする。何か思い詰めて屋上に向かったのだとしたら・・・・・・
唯は少し駆け足で階段を上り屋上に向かう。これが唯の運命を変える行動だとは知らずに・・・・・・
扉を開けて屋上に出た唯は周りを見るが東山彩奈の姿はない。
(まさか本当に自ら命を投げ出したなんてことはないよね!?)
親しい人物ではないが痛ましい事件が目の前で起こったとしたら当然ショックである。唯は恐る恐るフェンスに近づこうとした、その瞬間、
「えっ!?」
まばゆい光が広がって唯を包みこんだ。唯はとっさにしゃがんで頭を手でかばう。
「なんなの・・・」
光は数秒で収まり、ゆっくりと目を開けた。
「!?」
唯は呆然と目の前の光景を見る。そこに東山の姿があったが、何より唯が驚いたのは屋上の奥にいる存在だ。とてもこの世のものと思えない異形の怪物。それは東山の3倍近い大きさで、人型に近いがとても気味の悪い姿だ。
「あなた、何でここに!?」
唯がいることに驚いた東山が叫ぶ。こんな大きな声を出す東山は初めて見たと唯は思ったがそれどころではない。
「ひ、東山さん! あ、あれは・・・?」
「とにかくここから逃げて!」
そう言われても唯は動けなかった。腰が抜けてしまったようで足が思うように動かせないのだ。
その間に怪物はのっそりと動き、腕と思わしい触手を振るい東山を攻撃する。
「こいつっ!」
ぎりぎりで避けた東山は右手に握った刀で触手を切り落とす。
怪物は痛みを感じるのか咆哮を上げよろめいた。
「斬るっ!」
東山は一気に怪物との距離を詰めて斬りかかったが、怪物は残ったもう片方の腕に生えた触手で東山を弾き飛ばす。
「あうっ・・・」
フェンスにぶつかり屋上から転落せずに済んだが痛みのあまり床に倒れた。その手から離れた刀が床に落ちて、銀色の刀身に唯と怪物の姿が写しだされている。
「東山さん!」
怪物は倒れた東山にとどめを刺さず唯に近づいてきた。
「い、いやっ!」
恐怖で体が動かない唯に怪物は触手を伸ばそうとしている。東山がよろけながら立ち上がろうとしているが間に合いそうにない。
「こないでっ!」
唯が叫んだその瞬間、虹色の光が唯の体から広がり怪物の触手を払った。
一体何が起こったのか分からなかったが体中に力が溢れるのを感じた。
「今だよ! 東山さん!」
ようやく立ち上がった東山は驚きの表情を浮かべながらもこのチャンスを逃すまいと刀を手にし、駆けて怪物を側面から一刀両断にした。
その一撃を受けた怪物は咆哮を上げることもなく崩れ落ちる。
「やったね・・・」
恐怖から解放された唯は意識を失った。
「ん・・・」
唯は目を覚まし周りを確認しようとしたがそれよりも右の頬が温かく柔らかいものに当たっていることが気になった。
「えっと・・・起きた・・・?」
気まずそうに声をかけてきたのは東山だ。顔を動かして東山を見る。
どうやら膝枕をされているようだ。
「あっ! えっと・・・」
それに気づいた唯は顔を真っ赤にしながら飛び起きる。どれほどの時間膝枕されていたかは知らないが、気絶した顔を見られていたことが恥ずかしかったのだ。
「ご、ごめんなさい!」
とっさに唯は謝りその場から立ち去ろうとしたが、
「待って! えっと・・・ちょっと話があるの」
と、声をかけられて止まり東山の方を向く。
「さっきの事であなたに聞きたいことがあるの」
「さっきの・・・」
どうやらあの怪物は夢の中での遭遇ではなかったようだ。
「何故あなたは”裏世界”にこれたの?」
「裏世界?」
東山が何を言っているのか分からなかった。裏世界とはなんのことなのか。
「裏世界は”適合者”と呼ばれる限られた能力者が入ることができる異空間。この表の世界と同じ姿だけどその性質は異なる影の世界よ。そこに何故あなたが入ることができたの? それにあの力・・・」
「待って! 待って! そんな事言われても分からないよ。私は東山さんを追って屋上まで来たら突然光に包まれて、そしたらあんなことになって」
適合者とか異空間なんて言われても訳が分からない。そんなゲームにでてきそうな単語を並べられてすぐに理解して納得するのは無理だ。そもそも現実にそんなものが存在するわけがない。
「ならもう一度裏世界に行きましょう。そうすれば少しは分かるでしょう?」
東山は唯の手を握りそう言った。
「えっ、今からまた? さっきみたいな怪物に会うかもしれないよ!?」
「大丈夫。”魔物”の反応はないわ」
そう言う東山のもう片方の手には小さな丸い水晶が握られている。
「この水晶はこの辺り一帯の裏世界に出現した魔物を感知できるの。青なら魔物の反応なし。赤なら反応ありってことよ」
水晶は青色に輝いているのでどうやら大丈夫なようだが、あんな怖い体験をしたのだから不安に感じるのは当然だろう。しかし非日常な体験に期待する気持ちが少しあり、唯は妙な高揚感も感じていた。
「行くよ、”シフト”」
東山がそう呟くと2人を光が包む。唯は目を閉じ東山の手を強く握った。
光が収まり唯は目を開ける。すると先ほどまでと同じ光景が広がっていたが日常音が消えて静まり返っている。フェンスの隙間から下を見下ろしても誰もいない。ここが裏世界なのだろう。さっき来た時は東山と魔物の存在に気を取られて周りを気にする余裕はなかったが、こうしてよく観察するとその異様さが分かりどこか寂しく暗い印象を受けた。
「ここが裏世界なんだね?」
「そう。私達が暮らす表の世界の影の世界、裏世界」
東山は淡々と言う。彼女にとっては見慣れた光景なのだろう。
「この裏の世界で私や他の適合者達は魔物と戦っているの」
「他の人もいるの?」
「えぇ。魔物に対処できるのは適合者だけであり、私以外にも各地にいるわ。このエリアにも後2人いる」
そんな特殊な人間が他にもいるなんて驚きだ。まさか自分の知らないところでファンタジーゲームのように戦っている人がいるなんて。
「ねぇ、私ももしかしてその適合者なのかな?」
唯は自分を普通の人間であると自負していたが、こんなことに巻き込まれてもしかしたら普通ではないのかもと思い始めていた。それはそれで嫌ではあるが何故かそれもありかなという矛盾した感情を抱いている。
「それは検査してみないと分からない。けどあなたが魔物を弾いた光を放った時に強い魔力を感じたわ。だからその可能性は高い。もしそうなら貴重な人間ということになるわね」
「そうなんだ・・・。あっ、そういえばまだ言ってなかったことがあるや」
唯は東山に向きなおり、
「今日は助けてくれてありがと!」
笑顔で東山に感謝する。
「べ、別に感謝なんていいわよ! それよりさっき私を追って屋上まで来たって言ってたわね。どうして私を追ってきたの?」
東山は照れつつも、唯が言った事が気になって訊いてみた。
「えっとぉ・・・東山さんがこんな時間に屋上行くのが見えて、もしかして飛んじゃうんじゃないかと思って・・・」
唯は思った事を正直に話す。それが意外だったのか東山は驚いたように目を見開く。
「全くあなたはお人よしというかなんというか・・・でも、私なんかを気にかけてくれたのは・・・ちょっとだけ嬉しい、かな」
東山の言葉の最後の方は小さな声で唯には聞こえなかった。
「えっ? なんて?」
「なんでもない! さぁ今日はもう帰りましょう」
唯の手を掴み東山は”シフト”と呟いた。すると再び光が2人を包み、彼女達は表の世界へと帰っていった。
翌日、唯は登校してすぐに東山に話かける。
「おはよう、東山さん」
「お、おはよう」
ぎこちない感じで挨拶を返す東山。人と接することに慣れていないのだろう。
「昨日はちゃんと休めた? あんなことがあって疲れてない?」
「えぇ大丈夫よ。それより今日の放課後時間あるかしら?」
唯の質問に答えて真剣な表情でそう聞いてきた。おそらく昨日のことでまた唯に用があるらしい。唯自身も色々気になることがあるので東山に放課後はフリーだよと伝える。
「そう。なら一緒に来てほしい場所があるの」
そう言うと東山は鞄から本を取り出して読み始め、唯は分かったと返事して1限目の準備を始める。昨日の一件からお近づきになれたかと思ったがまだ距離があるように感じた。
その後も会話を交わすこともなく放課後を迎える。唯は何度か話しかけようとしたが何を話せばいいのか分からず、結局時間は過ぎてしまった。
「高山さん、行きましょう」
「う、うん」
東山に続いて学校を出る。
「ねぇ今日はどこに行くの?」
時間があるかと聞かれてYESと答えたが、まだ今日の目的地を聞いていないこと思い出して東山に尋ねた。
「今日は私以外の適合者に会ってもらうわ。そしてその人にあなたが適合者かどうか判断してもらうの。その為には人気のない場所にいく必要があるわ」
そう言って東山は黙る。まだ具体的な場所は聞いていないが変な場所じゃなければいいなと思いながら唯はついていった。
「ここよ」
そう言って東山が指さしたのは寂れた廃工場だった。まさかこんなサスペンスドラマの犯行現場としてありがちな場所に連れてこられるとは。唯は昨日の事を誰にも話さないように物理的に口封じされるのかと一瞬考えたが今さら引き返すわけにもいかない。
「ここ・・・なんだか穏やかな場所じゃないね」
唯の言葉を無視して廃工場の中に東山は入っていった。不法侵入なのではという不安がこみあげるが東山は気にしていないらしい。
「待って!」
しかたなく唯は彼女の後から廃工場に入る。錆びた機械を避けながら奥に進むと東山以外に2人の人影が見えた。工場の中は薄暗く、窓と建物の隙間から差し込む陽の光だけが頼りだ。
「やぁやぁ、君が高山さんだね?」
人影の一人が前にでて唯に声をかける。その容姿が陽に照らされて露わになり、オレンジ色の短髪が特徴的で、綺麗な黒いロングストレートの東山とは対照的な印象だ。
「あら、可愛らしい方ですわね」
もう一人も前にでる。銀色の長い髪が陽に照らされ美しく輝く。
「ど、どうも始めまして。高山唯です」
緊張しながらペコリと軽く会釈した。見知らぬ人とこんなところで会えば緊張もするだろう。しかし目の前の二人はそうでもないようだ。
「始めまして! あたしは二木(ふたき)加奈! で、こっちの銀髪が新田(にった)舞だよ」
二木に紹介された新田は優雅なほほ笑みを携えて会釈を返す。その仕草から育ちの良いお嬢様の雰囲気を感じ取り、唯は同じような行為でもこうも違いが出るのかと変に落ち込んでいた。
「二木さん達もその・・・適合者なの?」
「そうだよ。あたしも舞も彩奈も適合者。そしてアナタもそうなんでしょ?」
「加奈さん、まだそうと決まったわけではないですわ」
そう言って新田は手を空中にかざす。すると何も無い空間に紫色の紋様が浮かびあがった。
「わぁ綺麗!」
唯はその輝きに見惚れるが不思議な現象は終わっていない。その紋様から長大な杖が現れて新田の手元へと移動したのだ。昨日から驚く現象を目の当たりにしているが、次々に非現実な事が起こって感覚が麻痺しそうだ。
「ではさっそくアナタが適合者かどうか調べてみますわ」
そう言って新田は何やら呟くと、唯に近づき杖をかざした。これから何が起きるか分からないが、とりあえずおとなしくしていた方がいいと思い、唯はそのまま流れに身を任せることにした。
唯に近づけられた杖は眩しく発光し虹色のような光を放つ。
「まぁ、これは・・・」
「すげぇ・・・」
二木と新田は言葉を失っているがそれがどういう理由なのかは唯には見当もつかない。
新田が杖を下げると光は消えていき、どうやら検査は終わったようだ。
「あの、それで結果は・・・?」
唯が新田に尋ねる。
「間違いなく高山さんは適合者ですわ。しかも、かなり強い能力を秘めているようですわね。何故今までこのような方がいると気がつかなかったのでしょう・・・」
どうやら本当に唯は適合者のようである。唯にその実感はまだないが不思議な力を持つ人にそう言われれば嬉しさがあるのは確かだ。
「やはりね・・・」
東山はあまり驚いていないようで結果に納得している。
「お手柄だぞ、彩奈! そして高山さん、ようこそ”シャドウズ”へ!」
二木は唯を歓迎してくれているようだ。しかしシャドウズとはなんなのか。
「待って。彼女はまだ私達の組織に入ったわけではないわ」
東山は興奮する二木とは違い、冷静だった。
「シャドウズ?」
聞きなれない単語を耳にした唯は三人にその意味を尋ねる。
「それは私が説明いたしますわ。シャドウズとは適合者が所属する組織。影からこの世界を守っているからシャドウズなのですわ。そして私達はこのエリアを担当していて、わたくしと二木さん、東山さんがチームとして活動していますの」
新田が得意げにそう説明した。なるほどこういう能力者が集まる秘密結社みたいな存在は非日常には鉄板だなと唯は思う。
「シャドウズに入るということは魔物と戦うことになる、ということですわ」
さっきまでと違い真剣な顔で新田はそう言った。唯自身も別に魔物と戦いたいと思っているわけではない。あんな怖い化け物とはなるべくなら会いたくないと思うのは当然だろう。そこでフと疑問に思った事を聞いてみた。
「ねぇ、魔物って裏世界にしかいないの?」
「そうだよ。基本あいつらは表のこっちの世界にはいない。まぁ稀に向こうから来ちまう場合もあるけどな。でもその時はすぐに対処するからあまり問題にはならないけど」
二木のその答えに唯の疑問は増える。
「ならなんでわざわざ裏世界に行くの? いつもはこっちにいないなら問題ないんじゃ?」
「そうでもないのよ」
今度は東山が答える。
「表世界と裏世界は境界線で区切られているけど表裏一体の存在。互いに影響しあっていて、裏世界で魔物が暴れることで表世界にも悪い影響があるのよ。裏で魔物が行った破壊活動が表にも反映されて、例えば災害や事故となり被害がでる。私達はそれを防ぐことを目的に戦っている」
それを聞いた唯の瞳から光が消える。暗く、悲しい過去が脳裏にフラッシュバックする。
「なら・・・私の妹も・・・」
唯には歳の離れた妹がいた。しかし土砂崩れに巻き込まれて亡くなっている。もし・・・もし、それが裏世界で魔物が暴れたことが原因で起きた災害だったとしたら?唯の中に黒い負の感情が芽生える。
「ねぇ・・・私もシャドウズに入れてくれない? きっと役に立ってみせるから」
「そんな簡単に決めないで。魔物と戦うのよ? 死ぬ可能性もある、危険なことなのよ」
唯の言葉の後、東山は強い口調でそう諭す。
「そうですわ。すぐに結論を出す必要はありません。ゆっくり考えてほしいですわ」
確かに妹のことを考えて冷静さを欠いていたと唯は反省し、帰ってちゃんと考えると告げて廃工場から去っていった。
「本人にやる気があるならいいと思うけどなぁ」
唯が行った後もまだ三人は廃工場に残っていた。二木は最初から唯を勧誘する気だったので二人に愚痴を言う。
「二木さん・・・あなただって忘れてないでしょう? 三宅さんのこと・・・」
三宅雪奈。以前東山達と一緒に戦っていたメンバーだ。彼女は魔物との戦いで命を落としている。その死は・・・凄惨なものだった。
「わかってる。たしかに命の危険がある任務をこなすことになる。生半可な気持ちで戦場にでれば簡単に死ぬ。でも同時にシャドウズは人手不足だ。最近は魔物の出現数が増えてるし・・・雪奈もいない。数を増やさなきゃ勝てなくなる時がくる。彼女にやる気があるなら加わってもらって、実戦で鍛えればいいじゃん」
二木もまた東山と同じように真剣だ。しかし、東山は賛同できない。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いてくださいな。とりあえず高山さんの結論を待ちましょう」
新田が二人をなだめる。
「今日はわたくし達も帰りましょう。魔物もいないようですし、休める時は休むべきですわ」
その言葉を機に三人も解散して帰路についた。
「シャドウズかぁ」
家に帰った唯は自室のベッドの上に寝ころび、東山達に言われたことを思い出していた。唯は適合者という異能力者であり、裏世界という異界に入ることができる。そして魔物という怪物と戦うことができるらしい。唯自身は自分に戦闘力があるなど信じられないし、マトモに魔物と正面切って殺し合うなど恐ろしいと思うが、もし妹の死に魔物が関わっているなら話は別だ。あの土砂崩れが魔物が原因なら黙っていられない。復讐心が芽生え、魔物を叩き潰したいという衝動に駆られる。
唯は自室を出て妹の遺影がある部屋へ移動し、その写真の前に座る。
「ねぇ由佳、私どうすればいいかな・・・」
写真の中の妹、由佳は優しい表情をしている。もう二度と会えないその妹の顔を見て自然と唯は涙を流す。
きっと魔物のせいで亡くなった人はたくさんいるだろう。そして魔物が原因とは知らず、やり場のない悲しみや怒りを抱く人はもっといるはずだ。そして、これからも魔物のせいで犠牲になる人が出るだろう。しかし唯はそれを防ぐことができる力がある。なら・・・
「決めたよ、由佳。私、戦う」
唯の目に涙はもうない。その表情は、凛々しかった。
次の日の朝、唯はいつもより早く登校した。決意を伝えたい相手の東山が皆より早く登校しているのを知っていたからだ。
「おはよう、東山さん」
案の定東山は一番乗りの登校で、一人教室で本を読んでいた。
「おはよう」
返事を返す東山は唯の顔を見てなにかを感じ取ったようで、
「・・・屋上にいきましょうか」
と、唯を誘い二人は屋上に向かった。
「東山さん、決めたよ。私、戦う」
唯はそう宣言する。短い言葉だがその言葉にしっかりと決意が表れていた。
「そう、分かったわ。・・・本当にいいのね? 死ぬわよ?」
「この意思は変わらないよ。そして私は死なない。誰も死なせない」
唯の言葉に東山は少し驚いたような顔をした。そしてすぐに笑みを浮かべて、
「歓迎するわ。ようこそシャドウズへ」
と言って手を差し出す。唯はその手を握り二人は握手を交わした。
こうして高山唯の戦いが始まる。
これは、日常から非日常に”シフト”した少女の物語
-続く-
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