2015-05-05

その奇怪な出来事があったのは、ある日の朝のことでございます。

その日もいつも通り、私はレタル様のお世話のためにお部屋へ向かいました。扉を開けたそこには、いつものように天井から吊られた枷につながれたレタル様が惨めに項垂れていらっしゃるはずだったのですが、その日はそうではなかったのです。


「「あ、……ぁ、あの、あ、う…えと…」」


いつもよりも一回りほど小さいレタル様が、枷からは遠い部屋の隅に、二人震えていらっしゃいました。どうなっているのか、と首を傾げてみせると、二人のレタル様は、まったく同じに震えた声で仰います。曰く、どうなっているのかは分からない。何をしたわけでもない。ただ気づいたらこうなっていて、腕は一人では枷に小さく、二人では枷に大きすぎた、と。繋がれることができなくなってしまい、不安で不安で、隅に縮こまっていたのだ、と。


拘束できていないことはもちろん問題ですが、むしろそれよりも、今問題とすべきはほかにありました。食事のご用意が、一人分しかないのでございます。依然勝手に震えておられるお二方に、「お食事は、どうなさいますか。」と問いかけたところ。一人分でいい、とのこと。

持ってきていた食事をえづきながら飲み込むレタル様をいつものように眺めていると、ふと気づいたのは、いつもよりそれが酷いということでした。ぐっとえづいては首を絞めるいつもの動作が、いつもよりずっとたどたどしく、そして苦しそうでした。

そんなことはさておき。


近頃ようやく問題なく、といっても首を絞めるのはまだやめられないようだったのですが、ともあれ問題なく、呑み込めるようになっていたレタル様が、大変残念なことに、またすこし戻してしまったようでした。


ああ、M様への報告事項を検討しなければ。


単純にいつもの倍の仕事量になってしまいましたが、何とか午前中には身の回りのお支度を終えて、私は昼食の準備へと向かいます。二人になってしまったレタル様たちは、恐らく繋いでおかなくても、お部屋から出ることはないでしょう。こちらは、報告するには至らない案件。


報告するための文言を考えながら昼食を作り、終えて今度はきっちり二人分を持ってレタル様のお部屋に向かうと、扉は半ばほど開いたままでした。また、お早くお戻りになられたのか。と部屋へ入ると、部屋の隅に相も変わらず震えるレタル様方と、それを追い詰めるように前にしゃがみ込んでいらっしゃるM様の姿。


「虚ぇ、なぁんでこんな面白いことぉ、報告してくれなかったんですかぁ?」


こちらを向きもせずに仰ったM様のお言葉に、この事態をそう重く捉えてもいなかった私の基準と、M様の基準が異なっていたことを思い知りました。重い軽い、ではなく、M様にとって愉快な事態であれば、報告すべきだったのでしょう。


「すみません、M様。」


謝罪ひとつで解決する、というか、納得いただけるようなことではないかもしれない、とは思いましたが、言い訳も反省もそこそこに、ひとまずは己の仕事をこなすために一歩を踏み出すことにいたしました。


「レタル様、お食事をお持ちいたしました。」


朝、一人分しかご提供できなかったために、お昼はきちんと二人分をご用意し、万全を期したつもりではありました。しかし、レタル様方の目は、おびえているときのそれでした。

心あたりはありましたから、先にその不安を取り除き、存分にお食事を堪能していただくことにいたしましょう。


「ご安心ください、レタル様。私、まだM様にはご報告いたしておりません。今朝のお食事をまた少し、戻されてしまったことは。」


ぎょっと見開かれる二対の目。

愉快そうに、くっと三日月を描くM様の口元。


「しかし、仕方のないことではありませんか?感覚が平時よりも鋭敏になっておられるご様子。一口を飲み込むのにも、倍ほどの時間をおかけでいらっしゃった。」


「そうですかぁ…レタルさぁん?悪い子、ですねぇ……」


私が言い終わるなり、にっこりとした笑顔のままでレタル様に言い募るM様は、いつも晩ごろになさるような目をしておいででした。私が食事を盆ごと床に置き、一歩下がると、更に重ねて仰います。


「…でもまぁ、身体がそんなになってしまって、不便も不慣れもあるでしょうしぃ……。そうですねぇ、」

くすりと楽しそうに笑って、

「口開けてぇ、舌出してぇ、絞めずにきちんと飲み込めたらぁ、許してあげましょうかぁ?」


と、無理難題と言っても差し支えのないことを、ついでのように、加えられました。レタル様の食事の嗜好は私には分かりませんので、日頃どのようなお気持ちで食事をしていらっしゃるかは定かではありませんが、少なくとも、そう言われたレタル様方は、真っ白な肌からさらに血の気の引いたうえに、目ばかりの赤いのをまん丸く見開いて、「「やぁ…、や、れす……」」と、日頃は決してなさらない拒絶を、舌足らずに、泣きそうになりながらなさっていました。

頭まで、小さくなってしまったのでしょうか。いっそ哀みすら誘う姿でしたが、M様はやはりというべきか、一層楽しそうに笑顔を浮かべられます。


「嫌、ですかぁ…?それならぁ仕方ありませんねぇ……。…それならぁ、どっちか一人にぃ二人分食べてもらいましょうかぁ♪」


食事をスプーンで掬いとり、片方のレタル様の口をこじ開けるようにぐりぐりと遊んでらっしゃるM様は、ここしばらくお見かけしていないほどに、いわゆる、いい笑顔、をなさっていました。食事をしないとどうなるか、ということは一応分かっていらっしゃるらしいレタル様が口を開け、モノを咀嚼して無理に、涙さえ流しながら飲み込んだのを見ると、顎を掴んで口を開かせます。無理矢理に口を開けさせられ、だらりと力なく舌を垂らすレタル様ですが、気付くと、お食事をなさっていない方のレタル様が、腹部に手をあてて、はくはくと喘いでいらっしゃいます。快楽ではなく苦痛によるものと一目でわかるその表情を不思議に思っていたところ、「なぁるほどぉ、もとは一人、ですからねぇ。感覚もおんなじなわけですかぁ…?」と、くすくす笑いながら、飲んだものを戻そうと蠕動する喉奥を視姦するM様。そこにモノのかげが見えたか、新しくスプーンいっぱいに掬った食事を流し込む表情は、ほんとうに、ほんとうに楽しそうでした。



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