第7話 魂を取り戻せ
サキ達が友達を増やす=人を殺すことによってカクマにはどんなメリットがあるのだろう。私は少年に質問した。
「サキが『友達を100人つくることを約束した』って言っていたんだけど、100人…その、殺すと、どうなっちゃうの?」
うつむいた少年は話すのをためらっているのかしばらく沈黙していたが、やがてぽつりぽつりと語り始める。
「………ぼくはいちどだけみたんだ。100にんともだちをつくったなかまのひとりが、まんげつのばんカクマさまにたましいをくわれるところを。カクマさまはまっくろにそまったたましいがだいこうぶつなんだ」
「どうして100人も?」
1人でも100人でも恐ろしい行為に変わりない。そんなにたくさん殺すことに意味があるのか疑問だった。
「カクマさまはたましいのいろが、ひのひかりもささない、ほらあなのおくみたいなふかいやみのいろになるのをまっているんだ。ころせばころすほど、たましいはどんどんくろくなっていって、100にんでかんぜんなくろになる」
買ったばかりの緑色が残るバナナに茶色い斑点がつくまで待つようなモノか。意外とグルメなんだな。なんてくだらないことを思ったけど、サキの言葉を思い出して焦る。
「ちょっと待って、サキ確か『友達を99人作った』と言っていたよ」
記念すべき100人目に私はあやうくなる所だったのだ。首筋をさすると、冷たい手の感触が残っているような気がした。少年は目を見開き、残念そうにうつむく。
「だからいったんだ…サキのことはもうたすけられないって。そこまでともだちづくりがすすんでるとはおもわなかったけど…あのとき、やっぱりわたしておけばよかった…」
握りしめた拳が震えている。私は少年に尋ねた。
「何を渡したかったの?」
「サキがともだちづくりになれはじめていたときに、ぼくサキにまえのやさしかったおねえちゃんにもどってほしくて、まいにちやまじゅうさがしまわってやっとみつけたんだ。サキがたいせつにしていたもの」
「それって、もしかして…くまのぬいぐるみ?」
少年は驚いた顔で私の顔を見上げる。
「そうだよ。なんでしってるの?サキがここにきたばかりのときにはなしてたんだ。おかあさんからもらった、いのちよりもたいせつなたからものだったって」
「そんなに大切にしていたのに、なんで持っていなかったの?」
井川さんの家で捜索願いを見た時から感じていた疑問だった。
「あんまりおぼえていないっていってたけど、やまでおとしたんだって」
何かの拍子に落としたか、あるいは誰かに捨てられたか…どちらにしても、山の中をあてもなく探すのは途方もなく大変だっただろう。見つけてくれて本当に助かる。
「そのぬいぐるみは、今どこに?」
「このちかくにあるぼろごやのわらおきばにかくしてる。カクマさまにみつかると、けされちゃうから」
小屋といえば、白骨死体があったあそこだろうか?ここである1つの考えが浮かぶ。
「まさかとは思うけど、君ってその小屋に体があったりしない?」
一瞬ぬいぐるみを当てられたときと同じ顔をした少年は、次第に当てられたのがなんだか嬉しいようなそぶりを見せた。
「うん、うん。あそこでカクマさまにちからをうばわれた。ふういんしようとしたのがばれちゃったんだよね」
照れくさそうに少年は頭をかく。
「だからお札を持っていたのね…ぬいぐるみをそこに隠したのも、なにか意味があるんでしょう?」
「さすがだね。ほんとうはあそこにサキをよんで、サキがやさしいこころをとりもどしたら、ふたりできょうりょくしてカクマさまをふういんするつもりだったから」
でも実際はサキが来る前に、カクマが来てしまい握りしめたお札を見て少年の裏切りを悟り、逆に少年をこの白い空間に封印したという感じか…お札が残ってしまったのは、あれ自体にカクマは触れることが出来ないからかな?
「ねえ、おねえちゃん。ぼくいいことおもいついた」
あごに手をあて考え事をしている私の肩を冷たい手がトントンと叩く。悪戯で背中に氷を入れられたみたいに思わずのけぞってしまった。この少年に害は無いと分かってはいても突然来られるとやっぱり怖い。
「な、なぁに?」目の下が引きつってしまう。
「おねえちゃんがサキをたすけて、ふたりでカクマさまをふういんしてよ」
何を言っているんだこの子は。サキを助けるのは元々そのつもりだったからまだ良いとしても、悪霊を封印するだなんて…私はお坊さんじゃないんだから、そんな力あるわけ無いでしょ!?どう返事をしようか考えていると、少年は続けて言う。
「だいじょうぶ。とくべつなちからなんかいらないよ」
さらっと私の心を読んできた。
「でも、そのお札って試したわけじゃないんでしょ?ちゃんと使えるのかなぁ…」
第一失敗するとどうなってしまうのか。私も少年と同じように何も無い空間でずっと過ごすの?そんなの無理だ、耐えられない。少年は自分の薄い胸を右手で軽く叩くと、自信満々に話し始める。
「ぼくはもともとカクマさまをまつるいえにうまれたっていったでしょ?おばあちゃんがふういんのふだをかいているのをずっとみててさ。いきてるときはかけなかったんだけど、カクマさまがみてないときにれんしゅうして、なんねんもかけてようやくかけるようになったんだ。そういういみでは、カクマさまにはかんしゃしなきゃね」
確かに、自分の封印を解いた子を操り人形にしたことで、再び封印させる隙を与えることになるとは皮肉なものだ。
「でもおふだができたのはいいけど、ふういんするにはふたりでやらなきゃだめなんだ。ひとりがカクマさまをほこらにいれて、もうひとりがとをしめておふだをはる。だからぼくはサキをもとにもどして、ふたりでカクマさまをふういんしたかったんだ」
「君がやりたいことは分かったわ。だけど…」
怖い。失敗した時を考えると…心の底が引き受けることをためらってしまう。
「やるしかないよ。どっちみちカクマさまをなんとかしないとおねえちゃんはこのやまからでれっこないんだから」
「山から出れっこないってそれどういうこと?」
「きのうのよる、カクマさまとあっちゃったでしょ?あれでめつけられちゃったから、このままだとカクマさまがつくるげんかくのやまみちをえいえんにさまよいつづけることになる。いっしょにいたおじさんもね」
浅山さんまで巻き込んでしまったのか…頭の中が真っ白になりその場で崩れ落ちる。「気を落とすな」と言いたげに少年が冷蔵庫にしまったササミみたいな手で私の頭をポンポン叩いた。
「そういえばかんしゃしてよね。あのときぼくがここにおねえちゃんをつれてこなかったら、カクマさまにのろいころされてたんだから」
偉そうにふんぞりかえる少年。
「そもそもこの空間になんで私は来れるの?君はここに閉じ込められてるんだよね?」
話し始めてずいぶん経つけど、私はどうやってここに来たんだ。
「とじこめられてるから、ぼくはここからでることはできないんだけど、はちょうがあうひとをよぶことはできるんだ。みじかいあいだだけだけどね」
「でも昨日に比べると今日はずいぶん長いと思うけど」
「きのうはカクマさまからにげるためにむりやりつれてきたからね。ふつうはふかーいねむりについているあいだじゅうはだいじょうぶなはずだから。おねえちゃんとってもつかれてるんだね、からだのほうはぐっすりねむってるよ。しんでるみたいに」
そう言った少年は再び嫌らしい笑みを浮かべる。
「キミに『死んでるみたい』って、言われたくないよ」
私は呆れてため息をついた。
「とにかく、たのむよ。おねえちゃんしかもうたよれるひとがいないんだ。サキをたすけられるのも、カクマさまをふういんできるのも、きみしかいない」
「あーもうどうしようかなぁ……」
頭を抱えて、うずくまる。こんな妙なことになるとは思ってなかった。しかもやらないと永遠に山から出れないだって?じゃあやるしか無いじゃん。でも、怖いなぁ…失敗したら…多分、無期懲役で白い空間閉じ込めの刑でしょ?
「だいじょうぶ。じしんをもってよ」
頭の上に息がかかる。顔を上げると、仏様みたいな少年の優しい顔が飛び込んできた。
「ぼくとはちょうがあうきみなら、きっとサキをとりもどせる。そしてサキがただしいこころをとりもどせば、ふたりでカクマさまもふういんできる。あとはおねえちゃんがこうどうするかどうかだよ」
脳裏に、病院でかかってきたサキからの電話の声が蘇る。頼りなくて、か細くて、今にも消えそうな声。年相応の可愛らしい少女の声。
「サキはカクマさまにみつかったらどんなおそろしいことになるかわからないのに、ゆうきをだしてきみにたすけをもとめたんだ。そのゆうきにこんどはおねえちゃんがこたえるばんじゃないかな」
私はギュッと目を閉じ、サキのことを思い浮かべた。公園で遊んだだけのたった1つの思い出だけど、そこにいる彼女はいつも楽しそうに笑っているし、自分も心の底から楽しかったと思っている。どんなに恐ろしい目にあっても、サキのことをもっと知りたいし助けたいという気持ちがあったから私は今ここにいる。そう思い直したらもう迷いはなくなっていた
「……わかった。やれるだけやってみるよ」
決意が固まった私は目を開けて立ち上がった。心の中は不安でいっぱいだけど、動かないことには何も始まらないからね。
「ありがとう。じゃあこれからおねえちゃんがなにをしなきゃいけないのかをはなすね」
少年は一瞬嬉しそうな顔をした後、力強い目で見つめてきた。それに答えるように私も無言で頷く。
「まずぼろごやにいって、くまのぬいぐるみをみつけるんだ。みつけたらうしみつどきまでまって、サキにれんらくをいれる。そのときにサキのことをたくさんおもいうかべてね。そうすればきっとサキはこやにあらわれるから、そうしたらサキにぬいぐるみをわたして、もとにもどれーってつよくおもいながら『アマチ・タナヒ・コタマチミセラ・ワ・ロト・イマケ』っていうんだ。きみのおもいがとどけば、これでサキはカクマさまのじゅばくからときはなてるはずさ。ここまではいい?」
「2つ気になることがあるわ。今自分がどこにいるかも分からないのにどうやって小屋まで行けば良いの?それとなにその『あま…ナントカ』って。そんなのいきなり覚えられないよ」
「しんぱいないよ。ぼくのちからをおねえちゃんにわたすから、こやのばしょはくらやみでもかんじることができるし、たましいをかいほうするじゅもんも、あいさつするみたいにすぐにおもいうかぶさ」
「その力って、カクマとは何の関係もないの?」
「これはぼくがじりきでみにつけたまもりびととしてのちからだから、カクマさまとはかんけいないよ。あのひとがふういんしたちからは、じぶんがわけあたえたものだけさ」
「わかった。サキを助けたら、次は何をするの?」
「サキのたましいがたべごろになっているから、カクマさまがちかくでみているか、あるいはサキにとりついていっしょにくるとおもうんだ。カクマさまがあらわれたら、サキときょうりょくしてほこらにおいこんでとびらをしめておふだをはる。これですべてかいけつだ」
「簡単そうにいうけど、そんなにうまくいくかな…」
「こればっかりはおねえちゃんたちにがんばってもらわないといけないけど、おふだをもっているかぎりカクマさまはおねえちゃんにちかづけないから、それをりようしてうまくおいこんで」
「とりあえず全部わかったわ。ここまできたら、もうやるしかないもんね」
「じゃあぼくのちからをわたすから、りょうてをだして」
言う通りにすると、両手を握られてひんやりとした感覚が走る。そのまま少年がブツブツと念仏を唱えると少年の体が輝き始め、繋いだ両手から私の体に伝わり、全身に広がると暖かい布団に包まれたような優しい感覚が体中を駆け巡った。
「これで、おねえちゃんはぼくのちからをうけついだ。たとえまっくらでもぼくのからだがもっているおふだがはなつひかりをかんじれば、きっとこやにたどりつけるよ」
「そうなの?特に変わったとは思えないんだけど」
私は全身を確認し、あまりにも普通なので少年に聞いた。暖かさはもう消えていた。
「このくうかんからでたらきっとちがいにびっくりするとおもうよ」
「本当かなぁ…」やっぱりちょっと不安だった。
「さあ、もうじかんがないよ。こうしているあいだにもサキが100にんめのともだちをつくってるかもしれない。すぐにここからでるんだ」
「どうやって?」
「いまからだはねているじょうたいだから、きみにしげきをあたえればこのせかいがくずれておきる」
「刺激ってほっぺをつねるとかそういう…」
「そうそう。だから、ごめんね!」
突然少年が私のお腹を力強く殴ってきた。そ、そこは呪文とかじゃないのね…。意識が遠のいて視界が霞んでくると、真っ白い空間がガタガタと震え始めて少年の姿もおぼろになっていく。
(たのんだよ、おねえちゃん…サキの…ぼくのたましいを、とりもどして…!!)
少年の声がする。それは耳のそばでささやくようにも聞こえたし、遠い所から叫ばれたようにも聞こえた。
吹き抜ける風が頬を叩いて、私は目を覚ます。あたりはすっかり夜になっていて、綺麗な満月が木々の間から覗いている。月が明るいとはいえどこをみても同じような木が立ち並び、自分が今どこにいるかもわからないのに、なぜだか落ち着いている。これが少年が託してくれた力のお陰だろうか?早速言われたとおり『お札が放つ光』とやらを感じてみる。目を閉じてお札のことを思い浮かべると、暗闇の中に白い光がぼんやりと浮かんできた。そのイメージのまま目を開けると、闇が広がる木々の向こうに一筋の光が灯っているのが見える。私はその光を見失わないように気をつけながら、懐中電灯を照らして足下の安全を確認しながら光を目指して歩いた。
30分くらい歩くと今朝発見した神社に出る。小屋に入ると骸骨、つまり少年の遺体が握りしめていた封印の札が力強く光っていた。私は丁寧に骸骨の指を解いてお札を手に入れると、鞄の中に一旦しまう。今まで半信半疑だったけど、これで少年の話が信用できる物だと確信した私は、今度は小屋の奥にあるワラ置き場の中を探り始める。山盛りに積まれたワラを半分ほど崩した所で、茶色の可愛らしい布製の手が出てきた。引っ張りあげると薄汚れてボロボロのくまのぬいぐるみが私の前に姿を現す。長い間山の中で雨風にさらされたせいか土や草や雨の匂いが染み込んでいるが、全体的には30年前の物とは思えないほど可愛らしい作りをしていて、サキが大事にしていたのもなんだか納得できる代物だ。
お札、そしてぬいぐるみ。2つの重要アイテムを入手する事が出来た私は、丑三つ時、つまり午前2時頃になるまで小屋の中で保存食を食べたりして時間を潰すことにする。スマホを確認すると時刻は午後11時になろうとしていた。決戦の時間まであと3時間。絶対にサキを救って見せる。それだけを考えて私は時間が過ぎるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます