第2話 "声"

 電話番号が表示されていなかった。電話の向こうから聞こえる声が自分と全く同じだ。――返事をすることも忘れ、咲太は考える。


 僕はこんな口調くちょうだろうか。


 思春期症候群であることは咲太も確信かくしんしていた。いつものように、あぁそちらも僕ですか、などと言える状況ではなかった。


「良かった。"僕"みたいだね」


 咲太の沈黙ちんもくを気にもせず、"声"が続けた。


 電話を取ってから最初の挨拶あいさつしかしていない咲太を不思議に思った麻衣と花楓が、顔を見つめ合わせて何かを話しているようだが、咲太の耳には届かなかった。


 代わりに咲太の耳には、"声"の言葉がこう続くのが聞こえた――



             〇   〇   〇



 いやー、とにかく良かった。僕に電話が、ちくしょう、やっぱり面倒だな。


 ふたりも僕がいるってのは、どっちがどっちか分からなくなる。


 君のことは君って呼ぶから、僕は僕な。いいだろ?


 で、だ。話を続けるんだが、と、その前に一応、自己紹介しとかないとな。


 僕は梓川咲太、まぁ分かってるだろうが、僕は君だ。


 お前は何歳の僕なんだ、とか、そんなくだらない質問はするなよ。そんなことよりも重要な話があるからな。


 まぁ、とにかく良かった。電話がつながらなかったらどうしようかと思ってたからさ。えーっと、待てよ、この日は何してたんだったかな。


 そうだ、今、あれか?麻衣さんが料理でも作ってくれてるのか?


 えーっと、何だったかなぁ、んーと、そうだ、オムライスだ!!


 そうだろ?


 いやー、懐かしいな、旨かったなぁ、麻衣さんの手料理。


 真似まねしようとおもっても、なかなかうまくできなくてさ。


 せめて、コツぐらい訊いとけばよかったんだけどな。


 味しか手がかりが無くて、とにかく難しかったんだよ。


 なんせ、麻衣さんの手料理食べたのなんて、ずいぶんと昔のことだからさ。

 

 そうだ、おい、お前、あ、今更いまさら呼び方変わったくらい突っ込むよ?


 普段は周りの奴と話すときには、そいつのことお前って呼ぶんだけど、お前、自分のこと僕って呼ぶだろ?それに合わせようかと思ったけど、やっぱ無理だわ。


 だから、俺は俺で、お前はお前。


 で、どこまで話したんだっけな。


 あぁ、そうだ、お前、俺の代わりにちゃんと麻衣さんに料理のコツいといてくれよ。


 料理の仕方をくんじゃないぞ、味付けの方法とかをいとけよ?


 俺も料理はできるからな、問題は味付けだよ。


 と、さて、とりあえずそれだけ出来てればいいさ。


 じゃあ、本題な。


 待ってました、って感じだろ。


 まぁ、そのために電話してやったんだから、ちゃんと聞いとけよ。 


 で、お前さ、まだ分かってないんだろ?

 

 思春期症候群が何なのか。


 どうやったら、のんびりした生活を送れるか、知らないんだろ?

 

 そこで、俺の登場ってわけだよ。


 あのな、んーと、まぁ、思春期症候群が何なのかってのは、どうでもいいか。


 解決できればいいんだからよ。


 じゃあ、解決策から話そう。


 思春期症候群の解決策ってのはな、そもそもだな、思春期しょ――



            〇   〇   〇



 電話を切った。

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