missing child - 3
ブライアンの運転する大型車が目的地へと走行をはじめた。
四人乗りのトラックには運転席にブライアン、助手席にユキ、後部座席に八重が座っている。
車に乗った経験が少ないユキは車窓に張り付き、見慣れた景色が次々と流れていく光景を飽きもせず、瞳を輝かせながら眺めている。
「ブライアンさんが運転出来て助かりました」
「車を運転するのは久しぶりだから乗り心地は保障しねえぞ」
「信頼してます」
ブライアンが鼻で笑う。
八重はいつも街で見掛けるブライアンのバイクの運転を乱暴だなと感じていた。
車は借り物であり、二人も人を乗せているからだろうか、しかし今の運転からは気遣いと丁寧さが感じられた。
八重は安心して座席に身体を預ける。
土地勘のあるブライアンは住所のメモに目を通しただけで目的地までの道順が把握出来ていた。滞りなく目的地へと直走る。
順調に進んでいると、前方で通行止めの看板が立てられ検問が行われていた。
作業着の男が一人、看板の前で警棒を振り、止まれと合図を出している。
「変だな」
「どうしたの?」
「検問にはいつも軍警が付き添ってるもんだが、他に人が見当たらねえ」
「席を外してるんじゃない?」
「かもなー…」
口先で八重に応えながら、ブライアンの注意は周囲に向けられている。
車の速度を落としながら、人や物の配置、そこから想定出来る可能性を脳内で巡らせながら、慎重に辺りの情報を把握していく。
強奪目的で検問だと偽る行為は頻繁に行われている。
警戒するに越した事はない。
車を停めると看板の前で指示を出していた男が運転手側の窓を叩いた。
ブライアンは窓を僅かに開けて応対する。
「何かあったのか?」
「いいえ。ただの警戒です。えっと…こちらは八雲さんの車ですよね?」
男が眉を顰めながらナンバープレートとブライアンの顔を交互に見る。
「八雲?」
「八雲は父の名前です」
「おや、そちらは」
「娘です。父が体調を崩してしまって、こちらの自警団さんに仕事を代わってもらっているの」
「そうでしたか。それはお大事に。積荷を確認しても?」
「だってさ。どうする?」
「ええ、問題ないわ」
荷台は施錠されていて、開錠させるための鍵は八重が預かっていた。
八重から鍵を受け取りブライアンが車の後方へと向かう。
その後ろに男が続きながら、男は静かに警棒を握り直した。
鍵を錠前に差し込もうとしているブライアンに気付かれないようゆっくりと警棒を持ち上げて、呼吸を整える。
息を止めて、一気にブライアンの後頭部目掛けて振り下ろした。
「まぁ、よくある手口だよな」
ブライアンが身体を一歩右へとずらすと警棒は空気を切り裂いた。
標的を失い男はバランスを崩す。
ブライアンは冷静に左手で男の後頭部の髪の毛を掴む。
頭を引き上げ、そこから力任せに男の顔面を荷台の壁へと叩き付けた。
打撃音。そして地面に赤い雫が落ちる。
鼻血を噴き出した男の髪から手を一旦離し、今度は頭部を鷲掴みしたブライアンは再び体重を乗せて男の顔面を壁へと叩き付ける。
男の鼻と口から溢れ出た夥しい量の血と欠けた歯が幾つか地面へと落ちた。
ブライアンが解放すると男はその場に崩れ落ち顔面を両手で覆い痛みに呻いている。
男を放ってブライアンは駆け足で運転席へと戻る。
何事もなかったかのようにエンジンをかけようとするブライアンに、ユキと八重がおずおずと尋ねた。
「なぁ、外で何かあったのか?二回も車が揺れたけど…」
「揺れたというか、何かがぶつかった音がしたのだけど…ブライアンさん、喧嘩はしてないわよね?」
「ああ、それは…」
ブライアンが答えるよりも先に、前方に停まっていたワゴンから男が二人慌ただしく降りて来た。
その手には銃が握られている。
迷いなく運転席目掛けて放たれた銃弾はフロントガラスに数発立て続けに直撃した。
しかしフロントガラスは割れる事なく、被弾した箇所が幽かに傷になる程度で済んでいた。
「防弾か。こりゃ親父さんも普段から苦労してるんだろうな」
「ちょ!今なんで撃たれたんだ?!」
「ユキ、危ねぇから頭低くしてろ。八重もだ」
そう告げるが否や、ブライアンはアクセルを踏み込んだ。
車が急発進した影響でユキと八重は突然後方に引っ張られるような衝撃に襲われ悲鳴をあげる。
続いて金属が擦れあうような甲高い衝撃音。
それは足止めとして設置されていた通行止めの看板に真正面から車体でぶつかり、弾け飛ばした音だった。
「ブライアンさん前!前に人が!!」
「うるせぇ口閉じてろ、舌噛むぞ」
八重の訴えに耳を貸さずブライアンはハンドルを握り締める。
車の進行方向にはワゴンから出てきた二人の男が立ち塞がっていた。
二人は車に向けて乱射するが、車体に傷をつけるだけで迫る車の走行を停止させる事は出来ない。
減速するどころか車は速度を増していく。
寸でのところで男達は避けると予想しているのか、男達にぶつかっても良いと判断しているのか。ブライアンの考えは誰にも分からない。
一直線に車は進む。
弾丸のように迫る車を、男達は端へと飛び避けた。
ブライアンに顔面を強打され負傷した仲間を回収し、男達はワゴンでトラックの後を追いはじめる。
予想通りワゴンが追って来ている事をバックミラーで確認したブライアンは、面倒に巻き込まれたなと溜息をつく。
どう切り抜けようかと思案していると、青い顔をした八重がか細く問いかけてきた。
「ブ、ブライアンさん…今の人達はいったい…」
「積荷目的の窃盗団ってとこだろ。この車の持ち主を知ってるようだったし、標的を定めて事前準備までしてたっつー事はやり慣れてる。今日の積荷の中身を狙ってたんだろうよ、くそったれ」
「窃盗の罪は処刑対象よ。この間だって処刑が行われていたわ」
「バレなきゃ済んでく話だろ」
「そんな…」
「軍部は再犯抑止のためっつって処刑にお熱だが現実はこんなもんさ。ここで積荷を横取りして俺達を始末しちまえば俺達は失踪扱いで終わり。お咎めはなし」
「…ひどい」
八重の顔から血の気が引く。
突然、横から大きな衝突音と激しい衝撃を受けた。
追ってきたワゴンが運転席側へ体当たりをしたのだ。
管轄入れずもう一度、今度は先程よりも強く体当たりをされて自動車全体が衝撃で傾く。
「おわッ!」
「ユキ!」
「だ、大丈夫だ…」
弾みで身体の小さいユキがフロントにぶつかった。
車内に積まれていた書類類が散らばる。
ブライアンがワゴンを引き離そうとアクセルを踏み込むが、ワゴンは張り付いて中々距離が開かない。
トラックと並走するワゴンが徐々に車体同士の距離を詰めていき、ワゴンはトラックと衝突する。ワゴンは速度を合わせ離れようとせず、走行しながら密着し、地響きのような轟音を周囲に轟かせながらトラックを左端へと徐々に追いやっていく。
歩道に乗り上げてしまったトラックは花壇や柵を破壊し店先のテントを引き剥がしていく。
車の接近に気付いた街の人々は駆け足で散り散りに逃げ惑う。
人々の混乱した叫び声はブライアンの耳に届いていて、その眉間には深い皺が寄っていた。
小刻みに激しく揺れる車内でユキと八重は頭を抱えて身を丸くしてじっと振動に耐えている。
ブライアンが舌打ちをする。
懐から銃を取り出し、グリップの底で運転席側のフロントガラスを殴りつけた。
罅が入っていたフロントガラスが粉々に砕け散ると、車内に勢いよく風が吹き込む。風圧に怯む事なくブライアンは腕を窓から外へと出し、銃口をワゴンへと向ける。
ブライアンの行動に気付いたワゴン側は咄嗟にトラックから離れようとしたが、ブライアンはワゴンのフロントガラス目掛けて連続で銃弾を叩き込んだ。
ブライアンの行動に驚き周囲を怠り回避行動をとったため、ワゴンは対向車に気付かず激しい勢いで衝突した。
轟音が街中に響き渡る。
「な、なんだ!」
「なんでもねぇから頭下げてろ」
「うぬぅ!」
音に驚き顔を上げたユキの頭をブライアンが抑え込む。
バックミラーで後方の様子を確認すると、砂埃が立ち込める中、横転した対向車から運転手らしき人物が車外へと脱出しているところだった。
その傍らには衝突によりボンネットに歪な凹みを作ったワゴン。
対向車側が咄嗟にハンドルをきり正面衝突を回避していたため、二台とも大きな損傷を免れていた。
今のうちに追跡から逃れようとブライアンが車の速度を上げていく。
連中を野放しにしたくはないが、今は車にユキと八重を乗せている。
二人は身を護る手段を持たない。
ブライアンは応戦よりも二人の安全確保が優先だと判断していた。
ブライアンが険しい表情で前を見据える。
暫く走り続けていると、進行方向先にある喫茶店のテラス席が目に入った。
見覚えのある青年が手際よくテーブルの片付けをこなしている。ブライアンが目をこらすとその青年は白夜だった。
白夜は日々単発の仕事を請け負っているため様々な店舗で仕事をしている。今日は拠点としている中央地区から離れ、ここで給仕の仕事をしていた。
ブライアンが喫茶店の前で車を急停止させる。
アスファルトにはタイヤが強く擦れた熱により焦げた跡が残った。
突然傷だらけの大型の貨物車が猛スピードで急接近したかと思えば店舗の前で急停止したので、白夜は瞼をしばたたかせる。
「白夜!加勢しろ!」
助手席側の窓を開け、ブライアンが運転席から声を張り上げた。
加勢、という単語に白夜は首を傾げる。
ブライアンが街中で賊を鎮圧しようと衝突している光景は珍しくない。実際白夜も現場を幾度となく目撃している。
しかしこれまで加勢を頼まれた事はなかったし、加勢が必要だと思った事もなかった。
「ブライアンさんが劣勢なんて珍しいですね」
「うるせぇ、そんな日だってある」
「ですがすみません。私、今仕事中なので無理です」
白夜が盆に載せた使用済みの食器を見せながら、ブライアンの申し出をきっぱりと断った。
まさか断られると思っていなかったのだろう、ブライアンが「は?」と、間の抜けた声を漏らす。
「それでは、仕事に戻りますね。御武運を」
「待て!」
踵を返し店内へと向かおうとする白夜を呼び止める。
ブライアンは助手席で言いつけどおり身体を丸めているユキの首根っこを掴み、白夜に見えるように持ち上げた。
「このピンチはユキのピンチでもある!加勢しろ!」
ブライアンが怒鳴ると同時に後方の曲がり角からワゴンが飛び出してきた。
路地にブライアンたちが乗ったトラックを見つけ、急カーブを描き進行方向を変える。
追跡車が現れたのだと瞬時に状況を把握した白夜は盆を傍らのテーブルへと置き、車へと駆け寄る。
「この場合、人命救助が最優先事項だと思います」
「よーしよく言った!」
ブライアンがユキを後ろへと放った。情けない声をあげながらユキが後部座席へ転がるように吸い込まれていく。
白夜が助手席に乗り込むと、ブライアンは扉が閉まるのを待たずに急発進させた。
乗車した白夜はユキが放り投げられた後部座席をすぐに確認する。
後部座席へと放り投げられたユキは八重が抱き留めていた。八重の隣に座るユキを見てほっと安堵の表情を浮かべる。
「八重さんもご一緒だったんですね」
「ええ。二人に父の配達の手伝いをしてもらってたの。天使様、怪我はなかった?」
「八重のおかげで大丈夫だ、ありがとう」
「緊急事態とはいえこんな小さな子供を放り投げるなんて、感心しないわ」
「八重さんの言う通りです。ユキさんが怪我をしたらどうするつもりだったんですか」
「ちゃんと八重が抱き留めただろ」
「もう…」
二台の車が重低音を響かせながら路地を疾走する。
追跡する後続車から威嚇射撃が飛んだ。幾つか弾が車体に当たり、金属音が響く。
白夜がサイドミラーで後ろの様子を窺おうとすると、銃弾が命中してガラス部分が弾け飛んだ。
「どんな喧嘩を買ったんですか?」
「買ってねえし売ってもねえよ。積荷目当ての強盗に目ェつけられたってとこだ」
「そうですか。災難でしたね。ところで、私を呼んだという事は、私の役割は追跡者への応戦ですよね?」
「ああ、頼む」
「それは構わないのですが、仕事中だったのであいにく持ち合わせが護身用の銃しかないんですよ、貸して下さい」
「そこのを使え」
ブライアンがクローブボックスを指差す。
開けると中に仕舞われていたのは自動拳銃。万が一に備えてブライアンが持ち込んだ銃だった。
取り出した銃を品定めするように、白夜が感触を確かめる。
「これは心強い」
「お前の銃の腕だけは買ってるんだ、任せるぞ」
「はい」
白夜が柔和に答える。
ワゴンは速度を上げ、先程ブライアンから狙撃されたにも関わらず、果敢に運転席側へと車を寄せる。助手席側に乗る男は既に運転席側に狙いを定めていて、ブライアンの姿が見えた瞬間を狙っていた。
慎重にブライアンの姿が視界に入る瞬間を待つ。
しかし男が引き金を引くよりも早く、白夜が男の指を狙い澄まして発砲していた。
白夜の狙い通り命中した弾はグリップごと男の指を吹き飛ばす。
男が苦悶の喚き声をあげながら車内へと体を潜らせると、ワゴンは失速して一旦距離を取った。
耳元で発砲されたブライアンは白夜を横目で睨んだが、対応を任せたのは自分なので責める事はしない。
睨まれた当の本人は涼しい顔をして受け流す。
「びゃ、白夜さん!殺してはいけませんよ!」
「分かってますよ。私も自己防衛で処刑なんて御免ですからね。ユキさん、銃声が煩かったかと思いますが、耳は大丈夫ですか?八重さんも、耳を塞いでいた方が良いかもしれません」
努めて柔らかい表情を作って白夜が後部座席側へ話しかける。
ユキは素直に両手で耳を塞ぎ、こくこくと白夜に頷いてみせた。
距離を取りはしたが、諦めずに追跡を続けるワゴンをバックミラーで白夜が観察する。
「…ブライアンさん、この速度を保ったまま直線で走れますか?」
「任せろ」
「よろしくお願いします」
ブライアンが口の端を吊り上げて笑う。
次の瞬間白夜は窓から身を乗り出した。
風圧が白夜の身体を襲うが、乱れる事なく後続車に狙いを定める。
呼吸を止めて、集中する。
神経を研ぎ澄まし、外からのあらゆる刺激を意識から切り離していく。
狙うのは僅かに覗く前輪一点。
狙撃音がひとつ、路地に木霊した。
放たれた弾丸は寸分違わずワゴンのタイヤに命中し風穴を開ける。
タイヤが損傷し制御を失った車は道路を外れ、街路樹に衝突した。
衝突の衝撃で街路樹と接した面は大きく凹み、ガラスは全て粉々に砕け散っている。
エンジンルームからは出火していて、乗車していた男が転がるように車外へと逃げ出す。
よろめき覚束ない足で逃げる男達を巻き込みながら、車は大きな爆発を起こした。
トラックを道路の端に寄せ停車させる。窓からユキと八重が顔を出し、口をぱくぱくとさせながら黒煙を上げて燃え盛る車の様子を眺めている。
「運転には気を付けなきゃいけねえなぁ」
「ええ。安全運転がなによりです」
白夜は後部座席へと振り返り、二人に微笑みかけた。
「交通事故って、怖いですね」
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