交錯するシュトラとトラウム~謎を呼ぶ旅路

第13条 真夜中は別の顔~ベストセラーミステリーにあらず

「あー、おなかいっぱい。おいしかった~」

 私はリートが作ってくれたおいしい異世界メシを堪能したあと、夜風に当たっていた。だんごの他に異世界で食べたごはんは、鍋で作るあり合わせの煮込み料理で、「エイントップ」というらしい。

 で、先日西洋史の講義を受けたばかりの私が、「ひょっとしてアイントップフ」(一鍋料理)じゃない?」と言ってみると、「外典」はまたもひとりでにページが開いて、唐草模様で言葉を書き込んでいたっけ。

 でも、これって外国の不法国家の料理名なんだけどねと付け加えたら、またも学者リートは黙って考え込んでしまった。なんでこう、教授とか学者って人は考え込むのが好きなのか。京都には哲学の道があるけれど、車両が通るところで考え込んで歩いていたら危ないよね。二宮金次郎は、車のある世界の児童にはなれないな。単位と引き換えじゃないなら、私は考えたくないな~。試験で頭がボロボロなのよ・・・・・・学生、ほんと大変。

 でも、学生より教授の方が大変らしい。経済学部の教授が言ってた。試験の点数つけるの面倒だから、扇風機で答案用紙を吹っ飛ばして、いちばん飛んだものから順に三枚不可にするんだって。何枚か不可にしないと学生課に怒られるって。そんなこと学生に言っていいのか・・・・・・。


「んー、気持ちいい」

 星がきれい。地元じゃ星が見られるほどきれいな夜空じゃなかった。それでも、高校時代に冬の補習に行くときは、オリオン座を横目に自転車こいでいたっけ。懐かしい。

 あんな世界でも・・・・・・懐かしくなるんだな。もう高校時代になんて戻りたくないけれど。ちょっとだけリートのあの冷たい目を見てから、考えが変わりそう。

 異世界にも、あんなに凍りそうな目を持った人がいたんだって。どこにいても、過去は変わらないし戻れない。後悔なんてしていないけれど・・・・・・私は取り戻したい。失われた青春を。大学に入って変わるはずだった日常。もろかった・・・・・・。

 私、戻りたいの?あの最悪な現実を経験した世界に?何を変えられるって言うの?ここにいた方が、勇者として幸せに生きられるかもしれないのに?

 それでも、それでも・・・・・・。

 私は、耳飾りに手を当てた。誰にも言っていない過去。覚えていないある事件。つらかったこと。でも、この耳飾りがあったから、生き抜くことができた。

 それは、ふぞろいな真珠をふたつあしらった小さな小さな耳飾り。私が生まれたときに、手のひらに握っていたらしい。折に触れて聞かされてきたその奇跡のようなエピソードに、私はなんだかお守りのような気がして、高校までは休みの時と家にいるとき、大学に入ってからは毎日のように身につけてきた。この耳飾りがあれば、つらいことも耐え忍ぶことができるような思いに駆られていた。

 今は、この耳飾りだけが、私を元の世界――「まほろば」とつないでくれる糸のような存在だった。


 糸は・・・・・・一本では、いつかぷつんと切れてしまうけれど・・・・・・。


「二本、三本ならたやすくは切れない」

 聞き慣れた声がした。振り向くと、テントの前にコローが座っていた。きれいな香箱を組んでいる。

「コロー」

「風邪を引く。早めに寝ることだ」

 静かなその声は、まるで昼間の彼とは別の猫のようだった。

「私の心、わかっているの」

「だいたいの人間は、目と背中に感情が出る。心を読むのも、バステトならたやすいことだ」

 コローの青い目には、やさしい慈しみの明かりがともっていた。

 「疲れただろう。慣れないうちは、もっと早く床につくのがいい。俺は夜行性だから、もっと起きている。なにかあったら呼びなさい」

 「コロー、どうしたの?別の猫みたい」

 彼は前足をなめてふっと笑った。まるで、私の生きてきたこの19年を見透かしたような、涼しい風の吹く目で。

 「秘密だ」

 

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