第12条 三人旅~「まほろば」とシュトラ

「今夜の宿はどうしましょうか」

 歩きながらリートがつぶやく。ここは野原の真ん中、ホテルも旅館もないのは当たり前だけど、宿にできる小屋もない。

「アレでいいんじゃね?」

 コローはリートの肩に乗って楽をしながら、揺られて舌を出す。かみ切ったらどうするんだろう。

「アレですか・・・・・・。しかし、ナナは女性ですよ。我々とは違います。身支度もあるでしょうし、その・・・・・・他にもいろいろとあるものですよ」

 リートは考え込む。アレってなんだろう。 

「アレってなに?」

「アレはアレ、いわゆる野宿です」

「野宿!?」

 私の頭の中に、小学校の林間学級の思い出が再現される。作ったカレーは焦げて、ごはんは固くて最悪にまずかったな。その最悪の夕飯を捨てるのはもったいなかったから、生徒みんなで、超のつく無邪気な笑顔で持参して、

「せんせい、わたしたちの愛をたべてね。じっくりあじわってね。たべてくれないとみんな泣いちゃうから。ほかのがっこうにとばされてもしらないんだから」

 と担任のおっさん先生に迫ったのは懐かしい。おっさんはあとでおなかを壊して、海王星まで吹っ飛ぶかと思ったと愚痴っていたとかなんとか。

「ま、いいだろ。どうせこいつ、女捨ててるだろ。色気ねーし」

 バステトはにやにやと笑う。チェシャ猫か。その憎たらしい笑顔といっしょに存在そのものが消えてほしい・・・・・・今すぐに。

「色気うんぬんの問題じゃない!私はこんな猫といっしょに泊まりたくないから!」

「オレ様のせりふだ!おま、絶対寝相悪くてオレ様のしっぽをごりっとたたきつけるぞ。踏んだだけでは飽き足らず、たたくなんて・・・・・・この暴力女!」

「まだたたいてない!」

「はいはい、じゃれないでくださいね、お二方」

 リートはあきれている。そして、背中に背負ったバックパックから小さな袋を取り出した。

「これがうまく機能すればいいのですが・・・・・・」

 眼鏡の奥のリートのまなざしが真剣になる。そして、その薄くて整った形の唇から飛び出したのは・・・・・・

「のうまくさんまんだ」

 真言!?真言なの!?なんでそんな呪文がこのシュトラにもあるの――!?

 真言を唱えたリートの前に、あの袋が大きくなってテントになる。テントは二分割されて、「漢」「おなご」と書かれている。

「ふう。呪文が効きましたね。初めて唱えたにしてはいい出来です」

「リート、今の呪文って?」

「ああ、これは古シュトラ語の呪文です。旅先でよく使われたとされています。このように、男女が同室にならないように配慮されているのです。何しろ古代シュトラでは、男女の区別はきちんとなされていたものですから」

 ふーん。古代シュトラって、法治国家で男女の別もきちんと配慮されていたんだ。なんだか、私たちの世界みたい。

「古代シュトラって、きっといいところだったんだね。私たちの世界にちょっと似てる」

「そうですか、『まほろば』と・・・・・・」

 リートがまた不思議な単語をつぶやく。

「『まほろば』?」

「そうです。古代シュトラで理想郷とされた世界・・・・・・つまり、あなたがたの世界をそう呼んだのです。不思議な響きのある、いい名前だと思っています」

「そうなの。『まほろば』って、私たちの世界では『すばらしい場所』っていう意味の古語なんだよ。ずーっと昔の」

「えっ」

 リートが驚く。

「ナナの世界の古語と同じなのですか?古シュトラ語が?」

「・・・・・・そうなるね」

「ふむ・・・・・・」

 リートはコローを肩から下ろすと、じっと考え込んだ。コローは不機嫌そうに、にゃあと鳴く。

「リート、おまえの悪い癖だぞ。せっかくオレ様がくつろいでいるのに、考え事に夢中になって引きずり下ろすとは・・・・・・」

「リートは、あんたが重くてくつろぐどころじゃないと思うよ」

 ぼそっとつぶやくと、猫のフーという威嚇の声がした。

「うるせ-!オレ様が優先だ!バステト様だからな。聖なる猫なんだからな」

「なによ、あんた聖なる猫って言うけどなんの力があるのさ!」

「秘密だ。聖なるものは神秘のベールに包まれるのがふさわしい・・・・・・」

 バステトはいきなり中二病を発症した。やっぱりこじらせ猫だ。大学の構内に住み着いて、お昼の残り物をもらっていた猫たちはいじらしくてかわいかったのに、こいつは……!!

「このこじらせ中二病猫!」

「なんだかわかんねーがムカつくなおまえ!」

「うるさい!!」

 リートが突然叫ぶ。眼鏡をとって考え込んでいたリートのまなざしは、冷たく光っていた。この目……あの目だ……あの時の……あいつの……いや、思い出したくない。

 「リート」

 コローがそっと駆け寄って座り込んでしまったリートの首筋をなめる。その姿は、慈父のように優しかった。この猫にも、こんな一面があったんだ。

「あ……すみません。僕としたことが、つい取り乱してしまって」

 リートは眼鏡をかけなおす。乱れた銀髪を直し、そっと髪留めに触れ、そして、私に向かってにっこりと笑いかけてくれた。その顔は、元の優しいイケメンお兄さんに戻っていた。

「リート、ごめんね」

「いいえ、僕のほうこそ。ところで、今夜の宿はこのテントでもかまわないでしょうか」

「はーい」

 私とコローは声をそろえて答えた。ちらっと猫を見ると、かすかに息が乱れている。苦しそう。

「コロー、大丈夫?」

「おめーに心配されたくない」

 アアソウデスカ、フーン。心配して損した。

 「でも、ありがとよ。リートはたまにこうなるんだ。オレ様がいないと駄目な奴でな」

 コローはやさしくテントの支度をするリートを見やった。

 「オレ様は、あいつが好きなんだ。だから、なんでもする。なんだってな」

 「……強いきずながあるんだね。いつか、出会ったときの話を聞かせてよ」

 「ま、おまえに話せるときまでには……リートの目的が達成されて、王が倒されシュトラに平穏が戻っているといいな」

 「コロー」

 「なんだ」

 「優しいんだね」

 「だからメス猫にモテモテで困るんだよ」

 「あなたがアタックして振られているパターンしか見たことがありませんけどね」

 リートが、器用に火を起こしながら冗談めかして言う。

 「うるせー!」

 「あははははは」

 リートの笑い声が、夕闇の迫る空に響き渡った。私は、野原の向こうの地平線に広がる、まだ見ぬ大地を想像して、少し緊張していた。

 この旅は、きっと私を変える。私の何かを。もしかしたら……過去も。

 シェーネ。ヨモツヒラサカで語りかけてきたあなたは、何を知っているの?古代のシュトラ人が話していた言葉と、私たちの世界の古語が一致するのは、そして今のシュトラの言葉と私たちの世界の言葉が、形を変えても通じるのはなぜ?ふたつの世界には、なにか関連があるの?そして、私をこの世界に送り出した図書館員「キソクさん」は何者?

 

 リートとコローの笑い転げる姿を見ながら、私は物思いにふけっていた。



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