第11条 異世界にて「だんぎょ」を食す

 私とリート、コローは雨が上がるまで、小さな茶店に入ることにした。カフェでも喫茶店でもなく、「茶店」と言ったのは、緋毛氈が敷かれた板張りの座席と蛇の目傘に似たきれいな傘、「だんぎょ」と書かれたのぼりが立っていたから。なんだか時代劇みたいで面白いし珍しい。

「すみませんが、だんぎょ三つとお茶を」

 リートがスマートに注文してくれるのだけど、「だんぎょ」ってなに?魚?

「だんぎょは久しぶりだな。こんなところに茶店があるなんて、オレ様たちついてるぜ。日頃の行いがいいからかな。もちろんオレ様の」

「リート、だんぎょって何?」

「ああ、あなたの世界にはだんぎょがないのですね?だんぎょというのは、だんぎょ粉でこねて形を作ってから蒸して仕上げる、それはそれは手のかかる伝統のお菓子です」

 だんぎょ・・・・・・だんぎょ・・・・・・もしかして。

「だんご?」

 私が吹き出しそうになりながら言うと、またも「外典」が開いてさらさらと唐草模様が描かれる。

「だんご・・・・・・だんごだったのですね。僕たちはだんぎょ、だんぎょと呼び習わしていたのに」

 リートは感嘆しながら「外典」を眺める。そして、しばらく考え込む。銀色の髪が、呼吸に合わせて静かに揺れる。

「それにしても、僕たちの言葉とナナの世界の言葉が通じて、しかも少しずつ単語が違うのはなぜなのでしょうか。何か意味が・・・・・・?僕たちの言葉を取り戻す旅にも、他の意味が・・・・・・?」

「リート、言葉を取り戻す旅って?どうして言葉を取り戻さないといけないの?」

 運ばれてきただんぎょ・・・・・・じゃなかった、だんごをむしゃむしゃと食べながら聞いてみた。あ、これぷちぷちした雑穀が入っていて素朴でおいしいわ。もっと食べたい。

「おま、もっと食べたいって思っただろ。オレ様のはやらねーからな」

「心を読まれた!?」

「オレ様にできねーことはないんだよ。聖なる猫、バステト様だからな」

「この心理スケベ」

「なんだとこら。かっこいいだろーが。それに二本足には興味はねーよ、この貧乳」

「このセクハラ猫」

 私とコローがぎゃあぎゃあけんかしているうちに、リートは沈思黙考しながらだんごを食べ終わる。そして、ちょっとあきれたように言う。

「仲がいいですね」

「ぜんぜん!!」

 一人と一匹は同時に叫んで顔を見合わせ、ぷいっとそっぽを向く。

「ナナ、僕たちの旅は大事な旅です。それも・・・・・・」

 リートは私の耳元に口を寄せてささやく。

「王が関係しています。この不法国家シュトラを統治する、諸悪の根源の王が。ここは本当に危ない国です。どこに密偵がいるかわからない。ですから、不用意に旅の話はしないでいただきたいのです。おわかりいただけますか?」

「うん、わかった」

 私は神妙な声で返した。不法国家なんて、ちょっと想像がつかないけれど、きっとここに住む人々を救う大事な旅なんだ。そして、きっと私の「外典」も必要になるんだ。世界を救えってキソクさんも言ってたしね。

「おめーに理解できる旅とも思え・・・・・・」

 コローはそこまで言いかけて、急に私の膝元までやってきて、ジャンプする。

「ねーよ、この『愚か』者め!」

 ・・・・・・耳がキーンとした。バステトは、私の耳元に口を寄せて大声で叫んだのだ。こいつ・・・・・・憎たらしい。

「ねえリート、この猫の毛皮はいでいい?」

「てめー!この二本足色気なし女!」

「旅の資金になるかもしれませんね。オス三毛のきれいな三色毛皮ですし」

「リート!裏切り者!」

「声が大きいですよコロー、頭から血を抜きますか?」

「ごめんなさい」

 本当に、なにがあったんだろう。

「コロー、ナナ。いいですか、僕たちの旅は決して王には知られてはならない。隠密の旅です。仲がいいのは喜ばしいですが、言葉にはくれぐれも気をつけて。言葉を大事にしてください。それが、きっと世界を救うことになりますよ」

 言葉を大事に・・・・・・か。卒業論文の指導で言われそうな言葉だなあ。でも確かに、気をつけなきゃ。無事にシュトラを救って、元の世界に戻るためにも。あ、戻ったら授業の日々か・・・・・・それも嫌だわ。

「雨が上がりましたね」

 リートは優しくほほえむ。銀色の髪に、雲間から差し込んできた太陽の光が当たってきらきらしている。

「リート、髪きれいだね」

「ありがとう。ナナの髪は黒くて素敵ですよ。まるで・・・・・・」

 リートは顔をくもらせる。チョコレート色の瞳が揺れた。

「いいえ、なんでもありません。ただ、ある人を思い出しただけです」

「女の人?」

「秘密です」

 リートはふっと笑った。髪留めの赤い石が、血のように見えた。

「おいリート、こいつ髪は黒いけど、頭のてっぺんに白髪が三本あるぜ」

 この猫、余計なことを・・・・・・。さっきからぴょんぴょん跳ねて何をしているかと思ったら、人の気にしていることを。うちの家系は白髪が多いんだよね。でも、法学部の教授が言ってた。禿げるよりましですよって。私なんて髪が抜けるたびにヒヤヒヤするし、お風呂掃除が怖いんですよって。それでも、女だって老けてると思われるのも嫌だよね。

「うるさいっ!」

「やーい、白髪三本女!三本だけ違うなんて、まるで猿・・・・・・」

 最後まで言わせずに、私はバステトのきれいな被毛をひっぱった。

「・・・・・・今度言ったら、毛皮はぐからね。旅の資金にするから。禿げろ」

「ごめんなさい」

 あ、私もパワーワードを手に入れた。この猫、意外に脅しに弱いかも。今度は、持ってるカンノーショーセツを全部売り払うって言ってみよう。

「禿げる・・・・・・恐ろしい言葉です」

 古シュトラ語の学者リートはぶるっと身震いする。

「言葉には力があります。言うだけで、言葉は実体を持つようになることがあるのです」

 リートは恐ろしげに言った。リートにも、「禿げる」はパワーワードだったようだ。

 「さあ、長居をするのもよくありません。行きましょう」

 リートは会計を済ませた。私はコローの後について茶店を出た。

 

 花の香り、小鳥のさえずる声。こんなにも美しい世界が、不法国家だなんて。私も役に立てるのなら、がんばろう。

「リート、私もがんばるね」

「ありがとう。心強いです。シュトラのことについては、追々話しますよ」

 リートはそう言ってくれたけれど、私の頭の中で、刑法の教授がけだるそうにつぶやいていた。

 君、そのがんばり方を定期試験に回しなさいと。

 ・・・・・聞かなかったことにした。しーらないっと。勇者ナナは、シュトラを救った。それが履歴書に書けたらどんなにいいだろうと思ったのは内緒。



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