第8条 聖猫(バステト)ふんじゃった
しばらく歩いていくと、上り坂になり、そこを越えると大きな岩戸があった。これ、一人で開けるのは無理なんじゃない……?詰んだ。
「あれ、少し開いてる」
茶室でいう「手がかり」とも呼べる隙間が開いている。私はさっそく、そこに指をかけて少し力を入れる。
ゆっくり岩戸は開いた。そこには花畑が広がっている。日の光の中に蝶が舞い、雲一つない穏やかな小春日和。
天国なのかな……?
「にゃああああああっ!」
一歩踏み出すと、ごりっと音がした。なんか踏んだ!ぎゃーっと思ったら、そこには怒髪天ボンバー状態の猫がいた。
「なぁにしやがるんだ、てめ――!!!」
「しゃべった!?」
「喋ってわるかったな、それより謝れ!俺様のしっぽ……聖なる猫、バステトのうるわしいしっぽが……人間ごときの足でごりって……汚い足でごりって……うっ」
バステト?聖なる猫?そういえば、この猫、三毛猫だ。毛色は金、銀、白銀。目は青いし、たしかに美猫。涙目の美猫は、オス猫だ。オスの三毛で、こんなにきれいな被毛……高く売れそう。
いや、そんなことより、この猫、私は知っている気がする。
「なんだよ、こっち見るな。謝る気がないなら失せろ、ガキ」
「謝る気もなくすくらい汚い言葉遣いじゃん!わざとじゃないって。あんたのこと、私知っている気がするんだけど……」
猫は、警戒するように毛を逆立てて、私に向かってシャーっと威嚇した。
「初対面でその言葉……俺様がいかに美しくて品行方正でオスからもメスからもモテモテとは言いながら、そんな安っぽい運命ちらつかせて口説く女は初めてだ……あっち行け!」
「ちょっと待って。あんた猫のくせにいろいろこじらせてない……?」
「やめろ!かわいそうなもんを見る目でこっち見んな!」
三毛猫は、あきらめモードで身体をなめまわす体勢に入った。
「俺様はおめーのことなんて知らねーからな」
「なんでだろう、どこかで会ったような……」
「ひゃたぶじゃないか?」
そう言われて、私はむせるようにせき込んだ。
なんなのひゃたぶって!デジャブじゃないの!?ひゃたぶとか言ったら……某有名RPGの復活の呪文で登場する意味不明の名前の勇者だよ!
「……それ言うなら、デジャブでしょ」
そう言った瞬間、手に持っていたネイビーの辞書が自然と開く。
「あ、またこれが……」
バステトの三毛猫は、警戒しながら近寄る。
「おま、これ外典(がいてん)じゃねーかよ!どっから盗んだ!?」
「盗んでないよ!これ、私の!」
そんなやりとりをしているうちに、辞書は「デジャブ」という文字を唐草模様のような草書体で書き込み、また閉じられた。
「言葉が、取り戻された」
バステトを抱き上げながら、私に教え諭すような優しい声で、誰かが語りかけた。
白洲七瀬、冒険はここからはじまる。
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