第2章 出会い~シュトラの異端者たち

第7条 ヨモツヒラサカ~影の行進と謎の声

 ヨモツヒラサカ。キソクさんがそう呼んだ通路は、やっぱり歩きにくかった。

 この道、どこまで続くんだろう。大学の裏まで?

 でも……「世界を救って」って、なに?なんだか勇者にかけられる言葉のよう。たとえばRPGとかで最初の村にたどりついたときに、武器屋やよろず屋の売り子さんから言われちゃったりするようなイメージ。

 あれ?私、いつの間にか白紙になった辞書を持ってきていた。うお座のラッキーカラーをしたそれは、私の運命を変えてくれるような気も……するし、単なる荷物のような気もする。


 ごつごつの岩肌。そこに手を触れると、じっとりと湿り気を帯びている。

 なんだか、たとえるなら、人の体内に入っているような。小腸あたりを冒険しているイメージ。ちょっと絨毛(じゅうもう)ちっくな岩もちらほら。

 ああ、ここで昔医療系ドラマにはまって医者をめざした夏休みの二日間が脳裏にぺったり。ま、文系から理系に転じることは、不可能ではなくても無理なわけで、微積と物理の能力がない私は3日でダウンして、元のクラスに戻ったとさ。


 そのとき、目の前を黒い影がいくつも横切っていった。

 目をこらすと、何かにつながれてとぼとぼと追い立てられるように歩く「影」だ。

 人間の姿をしてはいても、生身の肉体をもたないその群れは、異常に恐ろしいものだった。影ふみしたときしか勝てそうにないくらい怖い。

 けれど、かすかにうめくような声はする。なんの群れだろう。


 ヨモツヒラサカ。神話で言う、黄泉と現世をつなぐ道。あれは、もしかしたら魂なのかもしれない。死者のたましいが、黄泉の国へ向かっているのかもしれない。


 ということは、私も……死んでしまうの?

 まだ19歳なのに……お酒も飲んでみたかったのに。それから、20歳の誕生日にはインスタ映え必至のパーティー開く予定だったのに。


 そこまで考えると、頭がずきずきと痛んだ。こんなノー天気な私に、死まで考えさせた人物の顔が思い浮かびそうになる。20歳になったら……と、大切にしていた約束。


 出てこないで。もう、あんたとは離れるの。私は私の道をゆく。


「お辛いのね」


 ふっとささやき声がした。私ははっとして振り向く。


「だれ?」


「未来で知ることになる存在よ。今は知らなくてもいいの」


 謎めいた美しくか細い声。


「未来……?じゃあ、ここはどこですか」


「黄泉の道、ヨモツヒラサカ」


 やっぱり。私、死んだんだ……


「あなたは死んではいない。いずれわかるわ」


 私の心を読む鈴のような声は、さらにかぼそくなる。


「覚えていたら、あの人に伝えて。愛していると」


「あの人……?」


「そして、『あの方』には、赦すと。ただそれでいいわ。私は、もう戻れない。でも、見守っているから。あなたのことも」


 声は、一方的に語って消えていった。謎めいた、すべてを見通しているかのような澄んだ声。


 シェーネ……


 人の名前とも、花の名前ともつかないその言葉が、いつまでも私の耳の奥で鳴り響いていた。



 

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