第3条 六法全書の盗っ人

 キソクさんは、ちょっとセミロングの黒髪を撫でつけて、前髪を払いのけると、席をゆっくり立った。若いのにどことなく威厳がある。


 キソクさんが用紙を取り出す間、私は手持無沙汰で回りをきょろきょろ見回す。すると、足元に何か紙が落ちていた。


 そっと拾い上げると、それは何かの本の切れ端のようだった。暇だったので、あとでじっくり読もうと思って、キソクさんが眼鏡のつるを直しながら用紙を探している合間に、バッグにねじ込んだ。


「……お待たせしました。こちらです。では、ご記入を。規則です」


 キソクさんは言い終わるとさっそく別の入館者の相手をする。私は記入を済ませて、キソクさんの手が空くのを待った。


「……はい、結構です。ところで」


 キソクさんは、眼鏡の奥から大きな目を光らせた。


 あ、この人、目がきれい。青が混じっているようなチョコレート色だ。おしゃれ!カラコン?ハーフ?


「はい、何か」

「……先日、図書館で失せものがありました。貴重書で禁帯出の六法全書が一冊、盗難に遭ったのです。ご存じありませんか?疑っているのではなく、みなさんにお聞きしています。規則ですから」


 失せもの?ちょっと時代がかっていてかわいい言い方。真似しよう。それより、六法全書なんて盗む人がいるのが驚きだ。


「いえ、そもそも普通のものも開いたこともありません。講義にもちっちゃい六法持っていかないくらいですし」

「……そうでしょうね。いえ、何でも。どうぞ、お通りを」


 キソクさんは、さっき所属学部に法学部と書いた私に対して、さらっと失礼な返しをしてから、今度はパソコン画面に向かった。私にご関心はないようで。ふられた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る