第100話 2

 気が付けばそこは激しい光の中だった。一面に光の粒子が流れていき、まるで回廊のようにも見える。


「なんだ……ここはどこだ?!」


 つい今まで彼、エッジワースは帝都イースディアであの白銀の理力甲冑と決着をつけんと対峙していた筈である。それがどうしたことか愛機マサムネの姿はどこにもなく、まるで水中に浮かんでいるかのような状態だったのだ。


「そうか……貴方は、貴方が言っているよな苛烈な戦いを求めているんじゃないんですね」


 突然声がする。そちらのほうを振り向くと若い男性がいた。青年にしては幼い顔つき、だが少年にしてはその纏う雰囲気が達観したそれだった。


「ユウ・ナカムラ……!」


「貴方は自身が戦う理由を自分が満足いくような強敵との戦いを求めてと言ってましたが、本当は違うんですね」


「何……を!」


 つい声を荒げてしまった。ユウの黒い瞳は真っすぐエッジワースを射抜き、まるでその心中を見透かされているような錯覚に陥ってしまったからだ。


「侍大将、ギルバート・エッジワースさん。貴方は本当に強い。それこそ僕が出会ってきたどんな人よりも理力甲冑の操縦が上手くて、誰よりも手強いです。恐らく、この大陸で一番強いというのは真実でしょう」


「そ、そうだ! 俺は多くの強者と呼ばれた者を簡単に打ち負かしてきた! 常に俺は勝ち続け、そしてそれは全て退屈な戦いだった!」


「だから皇帝が推し進める軍国主義に同調し、更なる戦乱を望んだんですか?」


「それの何がいけない?! いくら貴様になんと言われようとも、俺は俺の欲望を求め続ける!」


 どうして目の前の若造にこうまで怒りを覚えるのか自分でも分からない。


「でも貴方の言う欲望……でもそれは真に強い敵との戦いじゃないですよね?」


「……!」


 ユウの言葉に、思わずエッジワースは身体を硬直させる。


「貴方が本当に欲しているのは、自分の強さを周囲に見せつけること。自分の強さを確認したいだけ……その為には程よい強さで自分よりも弱い敵……エッジワースさんは、本当は自分よりも強い相手となんか戦いたくないんでしょう?」


「だ……黙れッ!」


「僕が知っている本当に強い人たちは、それこそ自分よりもっと強い相手を探し求めるような戦士といえる人たちばかりです。しかし、貴方はそうじゃない!」


「黙れといっている!」


 思わずユウの胸倉を掴む。しかし彼は少しも動じず、毅然とエッジワースに立ち向かっていく。


「欲望や願い、それ自体は結構です……しかし、貴方の欲望はこの世界を乱す! 僕はそれを止める、止めて見せる!」


 ユウは胸元の腕をグイと掴み返す。その力強い表情は決意が籠っており、凄まじい気迫がエッジワースを一歩下がらせた。


「意志が理力の源……思いの強さでは負けません!」


 その瞬間、光に包まれた空間がより一層に光った気がした。





 * * *





 意識が戻ったと同時に、ユウはアルヴァリス・ノヴァを駆る。相対するマサムネもほぼ同時に跳躍し手にした刀、ビゼンオサフネを天高く振りかざしていた。


 オーガ・ナイフを下段にしつつ地面を蹴る。その勢いはすさまじく、踏み切った大地が割れ、疾駆するその姿はあまりにも速く、迅く、近くにいた者はその白い影が舞うかのように見えたという。


「うおおぉぉ!」


「ちぇいやあぁ!」


 裂帛の気勢がぶつかり、両者は真正面からぶつかるように斬り合う。




 右手のみでビゼンオサフネを真っすぐ振り下ろすマサムネ。


 オーガ・ナイフを斜め下から上へと斬り上げるアルヴァリス・ノヴァ。



 マサムネの斬撃は鋭い。だが、アルヴァリス・ノヴァも負けてはいない。二機は交差するように剣を交わした。



 鋭い斬撃音が一瞬だけ響いた。



「何故……!」


「自分の為だけに戦う人には……僕は負けません!」


 直後、斬り飛ばされ宙を飛んでいたマサムネの腕が地面へと落ち、近くにビゼンオサフネが突き刺さる。


「やっぱり、貴方は強い。強かった。でも、ただそれだけです。もし両腕で刀を握っていたらさっきの一撃はもっと速く鋭く、機体ごと僕を両断していた筈です。左腕を斬ったのはクリスさんのお陰。そして僕とクリスさんが貴方と戦えるように、ここまで来れたのはホワイトスワンの……皆のお陰です。僕は、みんなの思いと一緒に戦っているんです」


 両腕を失ったマサムネが力無くその場に崩れ、そしてアルヴァリス・ノヴァはオーガ・ナイフを背中の鞘へと静かに戻した。


「止めを……刺せ! 負けた以上、この俺が生きている道理はない!」


 エッジワースの震える声が響く。


「僕は人殺しをしません……」


「情けをかけるというのか、この俺に!」




「そんなつもりはありません。貴方は一度負けただけで死ぬような弱い人じゃないはずです。自分自身の強さの理由、それを探してみてください」


「ぅ……!」





 * * *





「なん……だと……?!」


 驚愕の表情でオーバルディア皇帝は立ち上がる。彼は眼の前の光景が信じられず、その肩がわなわなと震えているのを護衛の兵士は見た。


「馬鹿な! あの侍大将、ギルバート・エッジワースがま、負けただと?! そんな事が、あ、あ、有り得るか!」


「こ、皇帝陛下……どうか冷静に……!」


 兵士が近づくと皇帝は両手を振り回し、まるで駄々っ子のように暴れる。彼の護衛として長年傍に仕えてきた者たちはあまりの豹変っぷりに動揺を隠せない。普段はあれほど物静かで理知的な雰囲気を纏った人物がこうまで取り乱すとは、それだけ侍大将が敗れた事が信じられないのだろう。


「くそッ! あ奴が負けてしまうとは……馬鹿な馬鹿な! ぬぅ、こうしてはおれん! おい、お前、すぐに馬を用意しろ!」


「え?! あ、は……はいっ!」


 慌てて駆けていく兵士を尻目に、皇帝は急いで今後の事について思案する。だが、現実的な案はそう多くないのが余計に彼の心を苛立たせてしまう。


(ギルが倒されてしまえば、後の兵力は有象無象と変わらん。そうなれば連合の奴らが狙うはこの私か……! しからば残存戦力はどれくらいある……? 時刻からすれば、クレメンテ侵攻部隊から何かしらの報告があってもよいものだが……! いや、今は戦力を纏めて西へと逃げる事が肝要か。いや待て待て、私の身の安全も大事だが、今はアレを奴らの手に渡さん事が一番だ……!)






 * * *





「ユウ! やったわね! あの侍大将を倒したわ!」


 レフィオーネが足を引きずってやって来る。どうやら理力エンジンは完全に停止してしまっているようだ。


「クレア……」


「これで全ての障害は排除できたはず。後は最重要人物……オーバルディア皇帝の身柄を確保するだけよ」


 ユウたちホワイトスワンの最大の目的は帝都を襲撃することで皇帝を強引にでも説得することだ。しかしこの戦争を終結に導くことはおろか、こちらの意見を聞き入れる素振りすらないのは先ほどの会話でも明らかだ。こうなれば、残された手段は一つ。皇帝を拉致してでも強引に戦争を継続出来ないようにするのだ。


「そうだね……って、あれ?! 皇帝がいない?!」


 ユウは先程まで居た筈の皇帝を探す。優雅に腰掛けていた椅子をそのままに護衛の兵士共々、姿を消してしまっていたのだ。


「おい、ユウ!」


 ふとクリスの声が聞こえる。見れば、大破寸前といった状態のティガレストがフラフラになりながらも立ち上がっていた。


「クリスさん! 無事だったんですね!」


「ああ、機体も私も傷だらけだが……なんとかな。それより、早く皇帝の奴を追うぞ」


「えっ?! どこに行ったか分かるんですか?!」


「奴は宮殿には戻らず、馬で西の方へと駆けていった。行き先には心当たりがある……しかしもうティガレストはまともに動きそうにない。ユウ、済まないが乗せてくれ」


「ちょぉーっと待ったァ!」


 突然現れる理力甲冑。大音声のそれには聞き覚えがあった。


「なんだ、グレンダ。生きていたのか」


「生きていたのか、じゃねぇ!」


 グレンダが操る荒ぶる獣のような理力甲冑テーバテータは全身に無数の傷痕を付けながらもまだまだ暴れたりないといった様子で、どこでもぎ取ってきたのかステッドランドの頭部を掴んだままだった。


「とにかく、これ以上は危険だ。グレンダ、セリオと一緒にこの帝都から逃げろ。私もすぐに後を追う」


「テメェ……」


 アルヴァリス・ノヴァの手のひらに乗ったクリスをジロリとテーバテータが睨みつける。


「…………分かった。いいかクリス、ぜってぇ死ぬんじゃないぞ」


 くるりと振り返り、持っていた理力甲冑の頭部をポイと投げ捨てるとテーバテータは一気に跳躍した。普段の彼女の姿を知っているクリスからすれば、妙に聞き分けが良くて気味が悪いほどだ。


(そうだな、まだ死ぬつもりはないさ)


「さて、ボサボサするなユウ。行くぞ」


「ちょ、ちょっと待って! いくら一緒に戦ったとはいえ一応アンタは帝国軍兵よ、私も行くわ!」


「フン、好きにしろ」


「クレア、一緒に行こう」










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