第100話 1

「ぐぅッ!」


 侍大将エッジワースの駆る理力甲冑、マサムネに蹴り飛ばされたアルヴァリス・ノヴァは民家へと突っ込んでしまった。ガラガラとレンガが崩れ、粉塵が舞う。幸い、住人はどこかに避難しているのだろうか、誰もいないようだった。


「ユウ!」


 激しい気流が粉塵を吹き飛ばし、クレアのレフィオーネがすぐ近くに着地した。


「クレア! 大丈夫?!」


 レフィオーネはあちこち傷ついており、脚部やスラスターもボロボロだ。かろうじて飛行は可能なものの、見る限りではいつもの高機動は難しそうだ。


「ユウこそ怪我はないの?! アルヴァリスはこんなになって……」


「僕は全然! でも、アルヴァリスはかなり……!」


 ユウの言うとおり、アルヴァリス・ノヴァの損傷は酷い。マサムネによって斬り刻まれた傷は人工筋肉まで達し、激しい機動や跳躍は難しい。さらには酷使された理力エンジンも回転が安定せず、そのせいで姿勢制御用のスラスターも使えなくなっていた。


 機体の損傷に加え、武装も心許ない。愛用の片手剣は真っ二つに折られ、オニムカデの盾も斬り裂かれてしまった。小銃は弾がとっくに尽きているが、もとよりあの侍大将に通用するとは思えない。


 あのマサムネが振るう長刀ビゼンオサフネは切れ味鋭く、生半可な剣と盾では太刀打ち出来ないだろう。それに唯一対抗できるとすれば、やはりオーガ・ナイフくらいなものだろう。人外の法を以てして鍛えられた巨人の刃物は何度も打ち合ったにも関わらず、ほとんど刃こぼれしていない。


「あれが……侍大将……帝国一の操縦士!」


「でもどうするの?! このままじゃ……!」


「…………!」


 エッジワースの技量は凄まじい。おそらく、この大陸で一番の操縦士というのはあながち間違いでなく、ユウとクリスの二人を同時に相手してもまだいくらかの余裕を感じる事からもそれが分かる。


 ノヴァ・モードでエッジワースの持つ理力の流れを読むという先読みを潰したにも関わらず、二人が押しきれなかったのはそれが原因だ。機体性能はノヴァ・モードによって底上げされているこちらが上のはずだが、彼の技量のみでそれを覆されるのだ。


 策を弄するにしても、ここで退くと次の機会は永久に失われるだろう。かといって、今この場で実行できるような即席の策や罠がそうそう通じるとは思えない。しかし、ユウには何か考えがあるようだった。


「……試したいことがある……クレア、力を貸して!」







 レフィオーネはアルヴァリス・ノヴァの背中に周り、両手を肩に乗せている。そして理力エンジンを最大稼働させているのだが、腰部のスラスターからは全く圧縮空気が出ていない。


「ユウ! こっちの理力エンジンはもう危険域レッドゾーンギリギリよ!」


「うん……だけどアルヴァリスの理力エンジンが……安定しない!」


 アルヴァリス・ノヴァの背部と胸部、二基の理力エンジンはそれぞれ力強く動いてはいるのたが、時折回転数が不安定に上下してしまう。そのため普段であればとっくにノヴァ・モードが発動しているはずなのだが。


 レフィオーネの理力エンジンから送られる理力も総動員するが、あと少し、ほんの少し足りないのだ。


(レフィオーネ、アルヴァリス……もう少しだけ、ユウに力を貸してあげてちょうだい……!)


 今も戦っている仲間がいる。ここで諦める訳にはいかない。


(あと少し……! あと少しで……!)


 だから。




「僕は……絶対に勝つ!」


 ユウの叫びと共に、アルヴァリス・ノヴァ、レフィオーネの理力エンジンが凄まじい回転音を発した。それと同時に大量の空気を吸入、周囲の理力を一点に集中させる。


 激しい回転は管楽器の如き高音を奏で、生じる大量の理力は機体全身を駆け巡る。白銀の粒子を溢れさせるその姿は、まさに光の巨人とでも言うべきものだった。





 * * *




 マサムネはゆっくりとアルヴァリス・ノヴァの方へと向きやる。装甲のあちこちに傷を負ってはいるがさほど酷いものではなく、左腕がティガレストに斬り落とされた事以外は戦闘に支障はない。


「この私がここまでやられるとはな……」


 とはいえ、エッジワースの長い操縦士歴の中でここまで機体を損傷させられたのは初めてだった。おおよそ殆どの操縦士では彼の相手にすらならないからだ。あまりにも弱く、そして歯応えのない戦い。


 まさに常勝無敗。流石に侍大将となってからは彼が先陣を切って戦うような事は減ってしまったが、それでも常在戦場、常に刀は研ぎ続けていた。


 その彼が、こうも二人の操縦士に苦戦させられるとは。だがこれが彼、ギルバート・エッジワースが待ち望んでいた手強い敵との戦いでもあった。


「しかしなんだ……この感覚は」


 そう、これこそが心待ちにしていた筈の戦い。緊張感漂う、本物の戦闘。一手間違えれば己が死ぬかもしれない、命の駆け引き。その筈なのだが。


(これは……苛立ち……?)


 エッジワースの心中はまるで子供の駄々のような、自分の思い通りならない事に対する苛立ちが募っていた。だがしかし、一体何が気に喰わないのか?


「これが……本当に俺の望んでいた戦いなのか……?」


 ポツリと零れた言葉は誰の耳にも聞き届けられない。呟いた自分すらも。




「……決着を付けましょう」


 大剣を片手に白銀の理力甲冑アルヴァリス・ノヴァが目の前へと対峙する。理力エンジンの音は非常に滑らかで、何かの楽器が奏でられているかのようだった。


 ユウ・ナカムラ。異なる世界からの迷い人。


「いいだろう。貴様らとの戦いにもそろそろ飽きてきた頃だしな」


 自分で自分の言葉に違和感を覚える。飽きてきた? 違う、今はこの戦闘を一刻も早く終わらせたい。終わらせて……その後はどうするのだろうか?




 二機の理力甲冑は剣を構えるでもなく、お互いに睨み合ったまま微動だにしない。しかし、両者の間には凄まじい闘気がぶつかり合い、張り詰めた緊張感が傍からでも理解できる。


 二人は相手の出方を窺っているのだろうか、それとも一瞬の隙を突こうと機会を図っているのか。それは対峙している二人にしか分からない。


 マサムネのビゼンオサフネは刀身がやや長く扱いにくい部類に入るが、極限まで薄く研がれた刃は見た目よりも軽い。これにエッジワースの技量が加わる事で非常に軽やかな太刀筋となる。


 これに対して、アルヴァリス・ノヴァが持つオーガ・ナイフは刃渡りが理力甲冑の全高ほどもあり、分厚い刃と相まってとても重い。その分切断力に優れ、大抵のものは一刀の下に両断されるだろう。


 この勝負、初撃の速さからマサムネが有利となる。しかし、その一撃を防ぎきることが出来ればアルヴァリス・ノヴァにも十分勝機はある。かと言って、ユウが最初から防御することしか考えていないのであれば、エッジワースはその裏をかいてくるだろう。


 まさに勝負は一瞬。両者とも、一撃で相手をねじ伏せなければ勝てないと直感的に悟っている。




 突然、アルヴァリス・ノヴァとマサムネの間にまばゆい光が生じた。白銀と濃紫の粒子が入り混じったかのような光は次第に広がっていき、二体の理力甲冑を呑み込んでゆく。


「ユウッ!」


 クレアは思わず叫んでしまった。この現象は以前にも見た事がある。そう、あれはケラートでの戦いの事だ。つまり、


(ユウ、無事でいて……!)






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