第99話 ノヴァ・5

第九十九話 ノヴァ・5


 激しい火花が飛ぶ。白い装甲が薄く削り取られ、地の鉄色が鈍く反射した。


 巨大な人型が地面を踏みしめ、その手に握った長大な剣を横薙ぎにする。大気と共に風切り音すら斬り裂く鋭さで大剣の切先が相対する人型へと迫っていく。


 だが、その人型もただではやられない。右腕一本で日本刀を巧みに操り、まるで流れる水のように大剣を受け流していく。




 アルヴァリス・ノヴァとマサムネの戦いは続いている。激しい斬り合い。互いの一撃が即ち致命傷となるやり取りだ。勝負がつくとすれば、それは一瞬の事。




 アルヴァリス・ノヴァは全身に大小様々な傷を負い、人工筋肉もかなり消耗している。背部の理力エンジンも不調気味なのか、回転数が安定しない。いつもの機敏な動作ではなくどこか重々しいのだ。そして、その一瞬の隙を突きマサムネが反撃に転じる。


 オーガ・ナイフの連撃を足元へと受け流し、さらには左足で剣の切先を踏みつけた。比較的軽量であろうマサムネだが、その爪先に自重の殆どを掛けられてはいくらアルヴァリス・ノヴァでもどうすることもできない。なまじ両手持ちであるために、離脱するにもほんの僅かに遅れてしまう。


 長刀ビゼンオサフネを肩口に構えたマサムネは一息に振り抜く。咄嗟に防御しようとするが、今からではとても間に合わない。


 その瞬間、別の理力甲冑が接近。ティガレストだ。


 今にも振り下ろされんとする刃目掛けて片手剣を突っ込ませる。ちょうど刀の腹に命中し、斬撃の軌道は横へと逸れて肩装甲をいくらか切り取るに終わった。それを確認するとアルヴァリス・ノヴァはその場で姿勢を低くし、全身に装備されたスラスターを吹かせる。思い切り体当たりをぶち当てると、マサムネはたたらを踏んでしまい抑え込んでいたオーガ・ナイフを離してしまった。



(どういう事だ……?)


 マサムネの操縦席で侍大将ギルバート・エッジワースは疑問の答えを探す。


(あの発光現象はとうに終わっている……それなのに、何故?)


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストは通常通りの姿に戻っている。発光現象ノヴァ・モードの間は機体の性能が飛躍的に向上する他に、理力の流れを読むというエッジワース固有の能力を阻害される方が厄介だった。


 だが、今はその流れが以前ほど読めない。


(いや、違う……俺の予測と、実際の動きがズレてきている……?)


 確かに理力の流れから先読みは出来る。出来るのだが、その予測が外れているのだ。


(こんな事は初めてだ……だが、これはこれで……!)


 エッジワースは喜々とした表情を浮かべてマサムネを駆る。彼にとってはそんな事はどうでもいい、今は待ち望んでいた心躍る戦闘へと身を委ねられるかどうかの方が重要だった。




 * * *




「せぇりゃあッ!」


「やぁぁああ!」


 ユウが駆るアルヴァリス・ノヴァが姿勢を低く、マサムネの足元を掬うように水面蹴りを放つ。それと同時にクリスのティガレストが片手剣を高い位置で振り抜いた。息の合った上下への連携攻撃だが、マサムネはこれも難なく受け切ってしまう。


「どうしたァ! 動きが鈍くなっているぞ!」


 その場で小さく跳躍したマサムネはティガレストの斬撃を受けつつ、下方にいるアルヴァリス・ノヴァを蹴り飛ばす。さらに空中で半回転、そのまま後ろ蹴りをティガレストへと叩きこんでしまった。


「ちィ!」


 しかし左腕の不調により機体の捻りが足りなかったのか、回転後ろ蹴りの威力が半減してしまったらしい。クリスは激しい衝撃に耐えつつも、機体をその場に踏ん張らせる。


 着地したマサムネは人工筋肉の保護液が滴る左腕を無理に動かし、両手でビゼンオサフネを握りしめた。ぎこちない指は殆ど握力が無いことを示しているはずだが、可能な限り刀の柄を掴んでいる。


「そろそろ決着を付けようという腹か……!」


 構えを変え、さらに殺気の質が一段回上がったようだ。先程までは柔よく剛を制すといった動きと後の先カウンターを主眼を置いた戦い方だった。


 今の構えはビゼンオサフネを上段に構え、全身の人工筋肉は自然に脱力させる。一投足で刀を斬り下ろせる、攻撃的に構えたマサムネの視線はギラリとティガレストを射抜いた。


 対するクリスも覚悟を決める。手にした片手剣を真っ直ぐ相手に向け、左脚を大きく前に出す。全身のバネを最大限に利用した突きならば、例えエッジワースとマサムネであろうとも穿つ自信はある。相手が攻めに転じるならば、こちらも攻めで迎え撃とうというつもりなのだ。




 瞬間、ティガレストとマサムネ、二機の周辺は時間が止まったかのように静止する。風も吹かず、まるで写真に切り取ったかのよう。


 互いに機先を制しようと、牽制、あるいは出方を窺っているのだ。おそらくどちらも防御は最初から捨てているのだろう、だからこそ迂闊に仕掛けることは出来ない。一の太刀で決めるには適切な間合いと踏み込みが肝要、しかしそれ以上にここぞ、という瞬間を逃さないことだ。




 ピタリ、と止まっていた時間が唐突に動き始めた。



 結果から言えば、勝ったのはエッジワースだった。


 目にも止まらない速度で踏み込むマサムネ。それを迎撃するティガレスト。指を弾くようなほんの少しの時間、その差が攻と守を分けた。


 自身を大きくしならせ剛弓の如く矢を射る。矢のような剣先は空気の壁を貫き、正面のマサムネを射抜かんと奔った。


 だが、マサムネが振り下ろした刃はさらに疾く、鋭かった。その踏み込みは地面を踏み砕くほどで、白刃はティガレストの左肩から胸部装甲にかけて装甲を断ち割り、内部骨格を人工筋肉ごと斬り裂く。


 一瞬遅れてティガレストの突きがマサムネの左肩を貫通した。あまりの衝撃に装甲には無数のヒビが入り、刀身の根本深くまで穿たれる。


「勝負、あったな!」


 エッジワースが叫び、マサムネは刀を一気に引き抜く。その反動でティガレストは一瞬仰け反り、崩れるように膝をついた。しかし、肩を穿った剣は少しも握りを緩めてはいない。


「だが、タダではやられん! その左腕を貰うぞ!」


 肩で息をしながらクリスは最後の力を振り絞る。背部の試作理力エンジンが一際大きく唸り、全身の人工筋肉へと理力を送り込んだ。


「しぶといぞ、シンプソン!」


「この執念というものが勝負には必要なのだ! 貴様には分からないだろうがな!」


 渾身の力を込めて剣を握る。しかし、マサムネの左肩を斬り落とすにはあと少し、少しだけ力が足りない。


「もういい、命までは取るまいと思っていたが……ここで死ねぇい!」


「大人しくくたばる私なものか!」


 歯を食いしばり、剣を握るティガレストの腕へと神経を集中させる。顔を生暖かい血が流れ、右目がよく見えない。だが、これしきで力を抜いて、後ろへ倒れる理由にはならない。


(せめて……せめて、この一撃だけは……!)




「なんだ……これは?」


 エッジワースはティガレストの全身が一瞬揺らめいたように見えた。あの搭載された理力エンジンは先程から駆動音が不安定で発光現象ノヴァ・モードを発動させることは出来ない筈だ。それだけの損傷を与えてやったし、例え再び発動できたとしても今のティガレストは動くだけで精一杯にしか見えない。


 マサムネの左肩に突き刺さった剣を握る力は少しも衰えないが、それだけだ。あと一撃、操縦席を貫いてやればそれで終わる。その瞬間、エッジワースは光の粒子が溢れるのを見た。


「エッッジワァースッ!」


 再び、ティガレストは金色の光に包まれる。そしてメキリ、と肩の剣が音を立て、一気に真下へと振り下ろされた。


 あまりの気迫に、エッジワースは一瞬だがその動きを止めてしまった。本来であれば、ティガレストの操縦席を潰すか剣を持つ手を斬り落とすくらいは出来た筈だった。


 操縦席に響く音と衝撃で我に返ったエッジワースは、光の粒子が既に霧散しているティガレストを蹴り飛ばす。鋼鉄の装甲が音を立てて転がっていくのを見て、彼はどうして機体を一思いに斬り裂く事をしなかったのかと自分で不思議に思う。


「執念だと……? ふん、馬鹿らしい……」


 奇妙な苛立ちを覚えた彼は、凄まじい理力の流れを感じた。そちらの方を見ると、そこには白銀に輝く理力甲冑、アルヴァリス・ノヴァが立ち上がっていた。





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