第99話 ノヴァ・4

第九十九話 ノヴァ・4


「一つ……だけ?」


 エッジワースの言い方に違和感を覚えたユウはオウム返しに聞き返す。


「あまり、胸を張って言える理由ではないのでね」


「もったいぶるな。どうせ碌な理由でないのは明白だろうに」


 クリスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。先ほどから妙に彼はエッジワースに対する当たりが厳しい。


「ふ、言ってくれる……時に、二人は戦闘を……理力甲冑に乗るのが愉しいと思った事はあるか? ぎりぎりの駆け引きに心が高揚したり、強敵を討ち倒した時の充足感に包まれた事は? 逆に敗北したり訓練の成果が活かせず歯痒い思いをした事は?」


「な、何を言ってるんですか……?」


「……私はあるぞ。だが、それがどうした。操縦士をやっていれば一度や二度くらい、そういう事もあるだろうが」


「そう、命を賭けるような勝負、因縁の相手との対決、圧倒的な劣勢を覆すような反抗作戦……長く理力甲冑の操縦士などやっていると、そういう心を揺さぶられる事が一度はある筈だ。だが……」


 マサムネは腰に戻していたビゼンオサフネを再び抜く。ギラリと光る刃はよく研がれており、あれだけ打ち合ったにも関わらず殆ど刃こぼれしていない。


「私はな、全く無いのだよ。手練と呼ばれる者との勝負や困難な作戦……それらは私の心にさざ波すら起こさせなかった。どんな相手でも勝つのは簡単だったし、苦戦などする筈もない」


 エッジワースの声には倦怠感と言うべきか、それとも虚無感が感じられた。侍大将という名実ともに最強であるが故の悩みなのだろうか。


「貴様らも既におよその検討が付いているのだろう? 私には生まれつき、何故か理力の流れのようなものが分かるのだ。理力甲冑と相対すれば、相手が次に何をするのか精確に予測できる。出来てしまうのだ」


 そして彼はポツリと言った。退屈だ、と。




 ギィン!


 耳に障る硬質な音が鳴り響いた。咄嗟に構えた盾、オニムカデの強靭な甲殻を使ったソレが半分ほど斬り裂かれてしまった音だ。


「うわっ?!」


「油断するなユウ!」


 アルヴァリス・ノヴァは後方に飛び退り、続く追撃を躱していく。ユウは斬りつけられた左腕を庇うが特に損傷してはいないようだ。


(でも、この盾を斬り裂くなんて……! まともに受ければ両断される!)


 これまであらゆる攻撃を受け止めてきたオニムカデの盾。いくらかユウの油断もあったが、それでもビゼンオサフネの切れ味とエッジワースの剣技の恐ろしさが垣間見える。


「やはりな! 今の一撃は操縦席ごと真っ二つに断とうとしたもの、それを防ぐとは!」


「くっ、このぉ!」


 姿勢を崩しかけながらもアルヴァリス・ノヴァは反撃に転じる。しかしオーガ・ナイフの一撃は大振りになりがちで簡単に避けられてしまった。


「分かるか?! どんな強敵と対峙しても、どんな苦境に立たされようとも、私は負けることがないのだ! そんな戦いになんの意味があるのだ?! 私が理力甲冑に乗る意味はあるのか?!」


 エッジワースは叫ぶ。彼の心に溜まっていた鬱憤を晴らすかのように。


「一体何を言っている……!」


「だが、あのお方は約束してくれたよ! この俺に必ずや心から愉しめる戦場を用意するとな!」


「まさか貴方が戦う理由って!」


「そうだ、俺は心の底から戦闘を愉しみたい! ヒリつくような闘争を、死力を尽くした限界の先を見てみたいのだ!」


「チィ……この戦闘狂めが……! ユウ、合わせろ!」


 クリスの合図と共にユウは理力エンジンの回転数をさらに上げた。大量の空気が吸気口から取り込まれ、エンジン内部で理力が抽出される。


「クリスさんこそ! 少しはコッチに合わせてくださいよ!」


 ティガレストの動きを見つつ、ユウはオーガ・ナイフを頭上に掲げるように振り上げ、一気に斬り下ろした。凄まじい剣速だが、エッジワースは苦もなく回避する。鋭い切っ先が地面にめり込んだ瞬間、クリスの駆るティガレストがマサムネへと強襲した。


 ユウはエッジワースの回避する方向をある程度絞り込むために大振りな斬撃を放ったのだ。そしてクリスはそれに合わせて強烈な連続突きを放つ。燃え盛る炎のような激しさを伴った突きがマサムネを襲うが、エッジワースは冷静に一つ一つの突きを丁寧に捌いていく。


 その隙にアルヴァリス・ノヴァは自身の左腕と盾を繋ぐ基部にオーガ・ナイフを当て、無理矢理切り離す。先程の一撃で使い物にならなくなった盾をその場に投げ捨て、いくらか身軽になった機体を跳躍させた。


 ティガレストの連続突きを捌くのに手一杯のマサムネ。この一瞬ならば回避も防御も出来ないはずだ。


「いけぇえ!」


「うおぉお!」


 渾身の力でオーガ・ナイフを振り下ろす。全身のスラスターから、装甲の隙間から白銀の粒子が吹き出した。




「無駄だァ!」


 瞬間、マサムネはティガレストの突きを刀で受け流しつつ、機体全身をまるで竜巻のような猛烈な勢いで回転させた。その激しい気流に巻き込まれるかのようにアルヴァリス・ノヴァとティガレストは引き込まれ、白刃が二機を斬り刻む。


 荒ぶる回転がピタリと停止し、マサムネはビゼンオサフネに付いた少量の黒い液体を振り切る。その液体は理力甲冑の人工筋肉を保護するものだ。




 二機の理力甲冑は全身の装甲を斬り刻まれ、あちこちから保護液が零れ落ちる。あまりの損傷のせいか理力エンジンの回転数も落ちていき、辺りを埋め尽くすほどの粒子も次第に霧散していく。


「くそっ、機体性能ではこちらが数段上回っているはずだぞ……!」


「純粋に……あの人の操縦技術が性能を凌駕してるんですよ……!」


 クリスとユウは激しい衝撃を全身に受けてしまったが、まだ戦闘は可能だ。しかし機体のほうは少々厄介な事になっている。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストは全身の装甲をズタズタに斬り裂かれ、一部は人工筋肉が丸見えになっていた。この人工筋肉にまで達する傷は少なからず機体の運動性能に悪影響を与える。


「クリスさん、そっちは……?」


「なんとか動く……だがノヴァ・モード強制励起は無理だ。これ以上は理力エンジンが耐えられん」


 ティガレストの理力エンジンは先生の試作品を流用したものであり耐久性に難がある。それを無理矢理に機械的な方法で回転数を上げることで発動させるノヴァ・モードは諸刃の剣とも言える。


「僕のほうも……あんまり変わらないですね。理力エンジンはもう少しなら大丈夫そうです」


 ギギ、と軋む音を鳴らしながら白い理力甲冑はなんとか膝で立つ。少し離れた場所では黒い機体がもがきながらも両手を突いて上半身を起こそうとしていた。


「しかし化け物だな……なんなんだ、あの強さは」


「ホント、クリスさんと初めて戦った時を思い出しますよ……」


「奇遇だな、私も本気の君と戦った事を思い出していた」


「あの時は初めて死ぬかと思いました……まぁ当然ですよね」


「それが任務だったからな。しかしあれは私も一瞬だが死を覚悟したぞ?」


「よく言いますよ……まったく」


 と、ユウとクリスは二人して笑い合う。


「しかし不思議だ。ヤツに勝つ道筋が全く見えないが……」


「ええ、そうですね……」


 お互いに顔は見えないが、分かっている。二人とも、感じていることは同じなのだ。


「「負ける気がしない!」」






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