第99話 ノヴァ・3
第九十九話 ノヴァ・3
白刃が輝く粒子の光を受けて反射する。その粒子を斬り裂いてアルヴァリス・ノヴァが振るう大剣オーガ・ナイフがマサムネへと襲いかかった。
脇差であるマゴロクがそれを巧みに受け止め、その勢いを利用して後方へと受け流す。思い切り踏み込んだアルヴァリス・ノヴァは斬撃を受け流され姿勢を崩しそうになるが、ユウは慌てずに全身のスラスターを吹かした。煌めく粒子が混じった圧縮空気が勢いよく噴出し、機体をさらに加速させる。
「そこだ!」
アルヴァリス・ノヴァはマサムネとすれ違う瞬間、その胴体付近へと膝を叩き込む。圧倒的な加速度を味方につけた一撃は直撃すればひとたまりもないだろう。
「フン、これしきの事!」
対するマサムネは上半身を逸し、膝蹴りをギリギリの所で躱す。しかし完全には避けきれなかったようで、マサムネの胸部装甲がわずかに削り取られてしまう。エッジワースはその振動を身体に浴びながらニヤリと微笑んだ。
「余所見をしてもらっては困るな!」
その背後からは金色の光を纏ったティガレストが突撃してくる。片手剣を真っ直ぐに構え、一息に突き出した。
まるで矢のような勢いで放たれた渾身の突きはマサムネの肩部装甲を貫く。だが、ちょうどそこは内部構造が無い箇所で実質的な損傷にはなり得ない。
「甘い甘い!」
それどころかマサムネは突き刺さった剣ごと機体を捻り、ティガレストを振り回す。思わぬ機動にクリスの判断は一瞬遅れてしまう。
長刀ビゼンオサフネを持った右腕を小さく締め、その肘をティガレストへと叩き込む。行動を制限されたティガレストは避ける事が出来ず、腹部へと大きな衝撃が走った。肺腑から全ての空気が吐き出され、クリスは瞬間に呼吸が出来なくなった。
続けてマサムネは密着状態のまま、ビゼンオサフネの柄をティガレストへと振り下ろす。強固な造りの柄は装甲を叩き割るに至らなくとも、中の操縦士に強い衝撃を与えるには十分だ。
「させない!」
ユウはアルヴァリス・ノヴァの姿勢を空中で制御させ、さらに再びマサムネへと突っ込ませる。オーガ・ナイフの鋭い切っ先を、今まさに振り下ろされんとする刀の柄とティガレストの間に差し込んだ。
「チィ!」
オーガ・ナイフが邪魔をしてティガレストへは殆ど打撃の衝撃は伝わっていない。そのままアルヴァリス・ノヴァは力任せに水平方向へと剣を薙ぐ。勢いが足りないため刃は装甲に僅かに食い込むだけだったが、マサムネの機体を思い切り吹き飛ばしてしまった。その衝撃でティガレストの剣は肩装甲から抜け、ようやく自由となる。
「くそっ、ノヴァ・モードでも押し切れない……!」
思わずユウは弱音を吐く。アルヴァリス・ノヴァとティガレストの切り札と言ってもいいノヴァ・モードによる一時的な性能強化は例えどんな理力甲冑でも上回るはずだ。しかしこれまでの攻防からも分かる通り、侍大将ギルバート・エッジワースの実力はユウ達を遥かに超えていたのだ。
「ユウ、もっと攻め続けろ! どうせ技量ではあっちが勝っている、長期戦になるとこっちが不利だ!」
クリスの言うとおり、戦いが長引けば経験と技量で勝るエッジワースの方が優位に立てる。さらにユウ達は増援も望めないこの状況、元より短期決戦でしか勝つ目はなかった。
操縦桿を握る力が増す。機体背部の理力エンジンがさらに回転数を上げ、それに伴い発生する理力も増大していった。
アルヴァリス・ノヴァは地面を強く蹴り、オーガ・ナイフを担いでマサムネへと飛び込んでいった。
「ただ突撃するだけでは能が無いぞ! 白いの!」
ビゼンオサフネとマゴロクの二振りを構えて迎撃するマサムネ。しかしアルヴァリス・ノヴァは直線的な猛進から一転、マサムネの間合いの少し手前で急停止してしまった。
二振りの刀は空振りし、大気を十文字に斬り裂く。もしアルヴァリス・ノヴァがそのまま突撃していれば致命傷にすらなり得る一撃だった。
「なっ?!」
「これなら!」
アルヴァリス・ノヴァは地面にオーガ・ナイフを突き立て、無理矢理に急制動を掛けたのだ。地面に両足を踏みしめ、力強く大剣を引き抜く。その勢いをも利用し、刀身を下方向から斬り上げた。
オーガ・ナイフの刀身長は理力甲冑の全高にも匹敵するほど、マサムネの振るうビゼンオサフネよりも間合いが広く、この距離からでも相手に届くのだ。
「ぐぅッ!」
エッジワースは咄嗟に機体を捻って迫りくる一撃を避けようとする。だがこれまでノヴァ・モードの速度に慣れた彼の眼にはその緩急が実際よりも強く感じられてしまう。そして、ほんの少しの差で大剣の切っ先がマサムネの頭部、兜のヒサシを斬り裂いた。
「まだ終わりじゃないぞ!」
アルヴァリス・ノヴァの背後から突然飛び越してきたティガレストは直上から強襲する。片手剣を振りかざし、一気にマサムネとエッジワースを追い詰めた。
「シンプソォン!」
マサムネは咄嗟に左腕を持ち上げ、身を護る。しかし跳躍による重力加速度と機体の重量を乗せた一撃は腕一本ではとても防ぎきれるものではない。と、ユウとクリスは思っていた。
だが、ティガレストの剣はマサムネの腕を斬り落とすことは出来なかった。装甲を割り、人工筋肉を裂き、しかして
(なんて奴だ……あの一瞬、刃が骨格に食い込んだ瞬間に腕を捻り、断ち斬られるのを防いだ……!)
内部骨格に食い込んだ刃は無理な方向へと向けられ、さらに剣の勢いを殺すように微妙な力で抑え込まれてしまったのだ。いくら生身ではないとはいえ、このような芸当は常人では不可能だろう。
エッジワースの恐るべき技量と戦闘に対する咄嗟の閃きに恐怖すら感じるクリス。しかし、呆けている暇はない。無事な方の右腕を振るい長刀で反撃を試みるマサムネ、それを蹴り飛ばすようにしてティガレストは後方へと跳び退った。もちろん、腕に食い込んだ片手剣を諦めて、だ。
「フフフ……いくらか
マサムネは長刀ビゼンオサフネを一度鞘に戻し、左腕に食い込んだティガレストの剣を掴む。グイと何度か引き抜こうとするが、なかなか抜けないようでその度に装甲と刀身がギイギイ嫌な音を立てる。
「まだ若さでここまで強くなるとは……二人とも、なかなかの死線をくぐり抜けてきたようだ。まったく、貴様らが羨ましいよ」
「フン、何をいまさら……強くなければ、何も為せぬ! その為の力だ!」
「そうか、シンプソン、貴様はそうだろうな。侍大将という立場にいると色んな噂が聞こえてくる……無力な貴様は己に降りかかる火の粉を払うためにひたすら抗う力を求めたのだな」
「知ったような事を……!」
ティガレストは一歩足を踏み出す。クリスの表情は見えないが、恐らく怒りに震えているだろうことはユウにも分かる。
「そちらの異邦人、ユウとか言ったな。貴様はどうだ? まだまだ粗削りな所もあるが、思い切りの良さは評価できる。しかし、自ら求めた力ではない……違うか?」
ユウは静かに目を閉じ、少し上がっていた呼吸を整える。薄っすらと汗をかき、心臓の鼓動がいつもより早い。
「僕は……たしかに最初、この世界に来た時は仕方なく戦っていました。知らない土地、知らない人たち……元の世界に戻れるのかどうかも不確かでした。正直、理力甲冑に乗っていればとりあえずは衣食住を保障してくれるっていう話でしたし。まぁ、その頃は戦闘の怖さをよく知らなかったものですから」
「ほう、嫌々に戦っていたというのか? この世には生きる為、仕方なく誰かを殺める者もいる。それは確かにどうしようもないことだ」
「嫌々……ではありませんでした。どうやら僕は理力甲冑を少しだけ上手く扱えるようでしたし、巨大ロボットに乗れるのは、ホラ、男の子の夢でしたし? この世界で生きていく為……そういう意味では前向きな気持ちです。でも、一番の理由はある人の助けになればいいなと思ったから」
これまでに出会ってきた多くの人たち。ヨハンは相変わらず無鉄砲な面もあるが、頼りになる戦友だ。ネーナは出会った頃の浮世離れもいくらかは解消され、ホワイトスワンの皆ともよく馴染んでいる。レオとリディアは戦闘面以外でもよくユウを助けてくれる。ボルツは今でも掴みどころが無いが、ここぞという時には頼りになる。
先生はユウにアルヴァリスを預けてくれた時からお世話になりっぱなしだ。皆が安心して出撃できるのは彼女がいつも丁寧に理力甲冑を整備してくれているお陰で、機体の不調を感じた事は一度も無かった。それに先生の頭脳は理力甲冑や武装だけでなく、大事な場面でホワイトスワンの危機を救ってくれた。
そして……クレア。
「フフン、女の為か?」
「……悪いですか?」
「いや、結構。むしろそちらの方が人間らしくて心地いいくらいだ。そもそも知らぬ世界の為、見た事もない多くの人間の為に自らの血を流せるのはそれこそ聖人君主か、ただの狂人だ」
少しムッとしてしまったユウだが、エッジワースは一人納得している。
「僕は……困っている人を全て助けたり、一人でこの戦争をどうにか出来るとは思えませんし、思いません。どっちかっていうと、僕がたくさんの人たちに助けてもらってるくらいです。でも僕が知っている人、お世話になった人、この手が届く範囲で力になってあげたいんです」
マサムネはようやく腕の剣を取り外せたようで、それをティガレストの方へと放り投げる。ザクリと地面に突き刺さった剣を引き抜き、ティガレストはその切先をピタリと向けた。
「そういう貴様はどうなんだ。何故、あの皇帝に付き従う。地位や名誉が欲しいわけでもないのだろう?」
握ったり開いたりを繰り返して左腕の調子をみているエッジワース。動くには動くが殆ど握力を喪ってしまっているようで、握っていたはずの脇差マゴロクはその場に取り落としたままだ。
「私……か、そうだな。貴様らだけが答えて私だけがだんまりというのも釣り合いがとれんしな」
マサムネは少し空を仰ぐ。すっかり陽も高く昇っている。
「しかし困ったな。私の場合、貴様らのような明確な目的は……いや、あったな。一つだけ」
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