第98話 共闘・1

第九十八話 共闘・1


「ちっくしょう!」


 ヨハンのステッドランド・ブラストは片手でどうにか敵機の攻撃をいなしていく。皇帝とユウ達の話し合いが決裂したことにより、再び侍衆らが襲い掛かってきたのだ。


「ヨハン様、大丈夫ですか?!」


「今の所はなんとか! でも、そう長くは保たない!」


 弱気でも何でもなく、ヨハンの客観的な意見だ。ホワイトスワンは擱座したままで、ブラストは片腕が使えず残っている武器も牙双と短剣が何本か。ネーナのカレルマインもあちこちの装甲が歪み、いくらか動きが鈍くなっている。どうやら人工筋肉が激しく消耗しているようだ。


 ユウが大半のカゲロウを撃破したとはいえ、それでもまだ十機以上は残っている。このまま長期戦に持ち込まれでもしたらホワイトスワンは圧倒的に不利だ。




「シッ!」


 カレルマインの右腕が迫りくる刀を巧みに受け流し、その反動を利用して手首の外側、鶴頭かくとうと呼ばれる部位で相手の顎先を打つ。防御と攻撃が一体となった動きの技で、熟練者はそれぞれ左右の腕で同時に二人を相手に出来るという。だが……。


「ッ! 流石にお師匠様みたいにはいきませんわね……!」


 別のカゲロウが反対側から刀を振り上げて向かってくる。この踏み込みの速さ、さしものネーナでも防御が間に合うかどうか。


 その瞬間、大剣を持ったステッドランドが迫りくるカゲロウに体当たりを仕掛けた。思わぬ横からの衝撃にそのカゲロウは吹き飛ばされ、別の機体へとぶつかり倒れてしまった。


「なっ……?!」


「た、助かりましたわ……でも、その、ええと……」


 ネーナを助けたのは緑灰色のステッドランド、帝国軍所属の機体だ。それも、ついさっきまでヨハンらと戦っていた機体。


「ああああ! 隊長のバカァ! なんてことしてくれるんですかァ!」


 突然聞こえてきたのは、ヨハンと同じくらいの少年の叫び。


「どーして隊長クリスが侍大将と戦うことになるの?! お陰で僕まで反逆者扱い! 今更投降したって銃殺刑は確定! 僕の将来、ここで終わったんだぁ〜!」


 その魂からの慟哭と悲哀は、近くにいた者たちを思わず射竦める。そう彼、セリオ・ワーズワースはクリスの行動により、共に帝国軍へ反逆したものと見做されてしまったのだ。 


 侍大将に剣を向ける。それはすなわち、皇帝への叛意と同じだ。クリスの直属の部下であるセリオがいくら弁明したとしても、その容疑が晴れる可能性は限りなく低い。


「そこの二人、しっかりしてください! じゃないと僕までやられちゃうじゃないですか!」


「お、おう……」


「す、すみません……」


 きっと操縦席では半ベソになっているだろう声に、ヨハンとネーナはそれ以上言葉を掛けられなかった。


「でも、まぁ……」


「ええ、そうですわね」


 二人は同時に頷く。


(災難な人だなぁ……)


(頼もしいですわね!)




 孤軍奮闘。セリオ・ワーズワースの駆るステッドランドは大剣を構え、次々と襲い来るカゲロウに立ち向かうのであった。





 * * *





「ちょっと! しつこいわよ!」


「だったら止まりやがれ!」


 蒼く陽光を反射しながら低空飛行するレフィオーネ。そしてそれを獣さながらの動きで追う銀色のテーバテータ。


 命懸けの追いかけっこは熾烈を極め、帝都イースディアを縦横無尽に駆け回っていた。いや、飛び回っていた。


「ちょこまか逃げてんじゃねぇ! 大人しくアタシにやられろ!」


 咆哮と共にテーバテータが跳ぶ。その両腕に備え付けられた鈍く光る鋼鉄の爪、それが執拗にレフィオーネへと振り下ろされる。鋭いソレは下手な刃物よりも装甲を簡単に引き裂くだろう。それが特に装甲の薄いレフィオーネならば、当たり所によっては一撃で戦闘不能になってしまう。


 それを寸での所で回避し続けるクレア。だがそれはレフィオーネが空中を自在に飛べるからであり、だんだんとテーバテータの動きが鋭くなっている。何度かの戦闘により、グレンダがクレアの動きを捉えつつあるのだ。


「くっ……!」


 クレアは操縦桿を握りしめ、下腹に力を込める。理力エンジンが唸りを上げ、急旋回による慣性が機体を軋ませた。身体に大きな負担がかかるため、先生からはあまり高速旋回や急な加減速は避けるよう言われているが、猛獣のようなグレンダとテーバテータが相手ではそうもいかない。一瞬でも気を抜けば、その太い爪でバラバラにされてしまうだろう。


(一旦、広い場所に出た方が……!)


 クレアは旋回する瞬間にチラリと見えた銀色の理力甲冑の動きに思わず呆れてしまった。通りに連なって建ち並ぶ民家を壁代わりにして跳躍している。まさに縦横無尽というやつだ。


 両手両足をしなやかに動かし、少しずつ追い詰めてくる。この獣並みの機動を封じるには周囲に何もない所までおびき寄せるしかない。と、ここでクレアは自機が街のどのあたりにいるのか、現在位置を見失っていることに気付いた。無理もない、ただでさえ帝都中央部は古い街並みということもあって入り組んだ箇所が多く、ましてやグレンダの執拗な追跡を必死に躱さなければいけないのだ。


 一か八か、意を決したクレアは機体の高度を少し上げる。街の周囲に配置された対空砲から狙われない程度に高い所から見下ろすことで現在地を確かめるつもりなのだ。壁のように続く民家の屋根を越え、少し離れたところに皇帝の住む白い宮殿が見えた。ということは、いつの間にかぐるりと街を周ってきたということなのか。


「そこだァ!」


「しまっ……!」


 ほんの僅かな隙を突いて飛び掛かってくるテーバテータ。恐るべき跳躍力は自身の全高を軽々と超え、上空のレフィオーネを射程圏内に収めていた。咄嗟に腰のスラスターを吹かして回避を試みるクレアだが、予想以上にテーバテータの動きが速かった。


 テーバテータの右腕から伸びる爪がレフィオーネのほっそりとした脚部を切り裂く。左膝の下がバックリと割れ、その衝撃で機体は大きくふら付いてしまった。クレアは暴れるレフィオーネをどうにか制御するが、その高度はどんどん落ちていく。


「この! もう少し耐えて、レフィオーネ!」


 民家の屋根へ突っ込みそうになる寸前、スカート状に広がるスラスターから大量の圧縮空気が噴出する。暴風にも似た気流は整然とかれた洋風瓦をことごとく吹き飛ばし、すぐ真下のガラス窓をビリビリと振動させた。そのお陰でレフィオーネはどうにか建物へ突き刺さることは無かったが、ほとんど不時着の勢いさながらに地面を滑っていく。


 わだちのような痕を残しつつ、ようやく停止する。どうやら通りを一つ飛び越してしまったようだ。と、クレアが周囲を確認する暇も無くテーバテータとグレンダがこちら目掛けて飛び掛かってきた。


「まずい!」


 レフィオーネの理力エンジンは一時的に回転数が落ちており、瞬発的な動きが出来ない。対して、テーバテータは既に攻撃態勢に入っていた。このままでは一巻の終わりだ。


 鋭い爪が天高く振り上げられ、クレアは思わず目を瞑る。そして襲い来るであろう衝撃に身を強張らせ……たが、レフィオーネは無事なままだった。


 ゆっくりと目を開き、周囲の様子を覗う。そこに広がっていた光景は。


「……?!」


 およそ信じられない事態だった。


「テメェら……はアタシの獲物だ! 横取り出来ると思うな!」


 銀色の機体が、紅の機体を屠っている。侍衆の鋭い殺気とグレンダの獣じみた怒気がぶつかり合い、一触即発の雰囲気に包まれる。


「あ、アンタ……私を助けてくれたの?」


「あぁ?! んなわけあるか! コイツらが邪魔してきただけだよ!」


 周囲には侍衆のカゲロウや守備部隊のステッドランドが集結しだした。おそらく、ユウ達やホワイトスワンがいる宮殿前に向かおうとしていた部隊の一部がこちらにやって来たのだろう。しかし、何故か友軍であるはずのグレンダとテーバテータにも銃口や剣が向けられている。


「貴様の隊長は反逆者としての容疑が掛けられている! 大人しく投降しろ! そっちの青い機体、お前もだ!」


「皇帝陛下に歯向かうとは……お前には帝国軍人としての誇りは無いのか!」


 何機かのカゲロウから怒声が発せられる。詳しい事は分からないが、どうやらこの銀色の機体テーバテータはあまり良くない状況に立たされているらしい。


「誇りだの皇帝だの、アタシには関係ねーよ! テメェら、バラバラに引き裂くぞ?!」


 ギラリと反射する爪を近くにいたカゲロウへと突き立てる。あまりの俊敏さに、侍衆といえどこの瞬撃には対応することも出来ずに倒れてしまう。


「き、貴様ァ!」


 他のカゲロウが刀を振りかざし、テーバテータへと襲いかかる。仲間がやられ、全員が殺気立っているのだ。


 だが次の瞬間、カゲロウの肘関節が破裂するように吹き飛んだ。装甲片や細かな部品がいくつか飛び散り、その場に刀を取り落してしまう。


「……なんの真似だよ?」


「あら、アンタを助けたわけじゃないわよ? もともと帝国軍は私の敵だしね」


「ケッ……! 余計なことすんな……」


「別に邪魔するつもりもないけど……私は後衛の敵を叩くのに、アンタの相手をしてる時間なんてないの」


「そうかよ、ならアタシは近くの奴らを潰すのが。テメェをブッ殺すのは最後にしてやるから覚悟してろ」


 クレアはその物言いにニヤリと笑う。この操縦士、口は悪いが察しは悪くないようだ。


「あっそ、それじゃお互いに頑張りましょ」


 レフィオーネはブルーテイルに最後の弾倉を装填し、テーバテータは両腕の爪を交差させる。


 一時ではあるが、狩人と獣が共通の敵を迎え撃つ。静かな狙撃手と、猛々しい獣の連携。一見、相反する両者は異なる思考を持つが故に互いの動きを読むことが出来、それが強固な組み合わせとなったのだ。




「な、なんだ……こいつら……さっきまで敵同士だったクセに……!」


 重武装のステッドランド操縦士が呻くように呟きながら、眼の前の二機へと攻撃を仕掛ける。銀色の機体は狙いを付けれないほど速く、その動きに翻弄されるうちに青い機体の大口径砲が火を吹く。


 クレアとグレンダはまるで長年の相棒かのように舞い、刺していく。

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