第97話 皇帝・3

第九十七話 皇帝・3


 一瞬、冷たい風が吹いた気がした。


「こういうのは無謀というのかな、なぁギル?」


「若さ故の義憤に駆られているのでしょう。もう少し、世間や国、政治という物を知ればこのような物言いはしなくなるはずです」


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストの間で静かに牽制していたギルこと、侍大将ギルバート・エッジワースは淡々と述べる。


「しかし、悠長に待っている訳にはいかんしの……。これも仕方なし、というやつか」


 いつの間にか好々爺然としていた雰囲気は無くなり、その表情は冷徹……いや、何も無い。


「まぁ、そう言うわけだ。ユウ・ナカジマ。君の懸念の通り、かな? それとクリス・シンプソン……君のような優秀な操縦士を喪うとは……これは帝国にとって大きな損失だな」


 一切の感情無く、皇帝は宣告する。その意図を理解したエッジワースは、それまで隠していた闘気をこれでもかと放ってみせる。業物の剣を鞘から抜いたかのような、静かで冷たい雰囲気。




「ようやく本性が現れたな。いや、化けの皮が剥がれたのか」


「ク、クリスさん?! 今の話は……?!」


「ユウ、見ての通り……いや、聞いての通りか。この男は己の野望の為に全てを動かしている。君の世界とやらに行き来する目的とはどうせ、新しい技術の獲得あたりだろうな……」


「それじゃあやっぱり、このまま放っておくとマズい事になるって事ですか?」


「ああ、そうだ」


「随分と余裕だが、良いのか?」


 まるで研ぎ澄まされた刃物のような殺気。見れば、声の主である侍大将はいつの間にか自身の理力甲冑に乗り込んでいた。今のうちに斬りつけていれば終わるというのに、律儀な男なのか。


 ユウとクリスは互いに頷きあい、すぐさまそれぞれの機体へと乗り込む。それを見届けた皇帝とその護衛は少し離れた所へと静かに歩く。この期に及んで彼らの闘いを観戦するつもりなのだろう。




 アルヴァリス・ノヴァとティガレストが立ち上がる。鋼鉄の装甲が擦れ、人間の骨格を模したフレームが軋む。そして全身に纏った人工筋肉が鈍い音を立てて収縮し、背面に背負った理力エンジンが甲高い音を奏で上げた。


 白と黒の機体は濃紫の機体を睨む。三者の理力は競い合うようにして増大していき、足元には小さな旋風が巻き起こった。


「クリスさん……」


 ついさっきまで戦っていた相手……帝国の軍人、それがどういうわけか皇帝に反旗を翻している。何となく、その理由が伝わって……いや、それはユウが勝手に想像しているだけだ。本当の所は彼に聞かないと分からないし、クリスの性格から素直に教えてくれるかどうかは分からない。


(でも、ある意味一番頼れる敵なのは間違いない!)


 ユウとクリスは何の合図も無しに、濃紫の機体――――侍大将へと同時に斬りかかった。







「まったく、何がどうすれば……こう、のだろうな?」


 奇妙な浮遊感。ユウが理解出来た感覚は、まずそれだった。続いて背中への衝撃。そして、ようやく重力の方向。自分は今、地面に転がっている。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストはその場に倒されていた。何をどうされたのか、まったく分からない。


「……?!」


 咄嗟に機体を起こすユウ。全身のスラスターを思い切り吹かし、機体を制御しつつ敵の攻撃に備える。しかし当の侍大将……エッジワースはその場に佇んだままだった。


 ただ、立っているだけ。それだけの筈なのに、全くといい程に隙がない。それに、この濃紫の機体は腰に日本刀を二振り、刺しているが抜いたそぶりは無い。


「おいおい、この機体マサムネは置物じゃないんだ、少しは戦闘らしい事をさせてくれ。これじゃあ天覧試合にならないぞ?」


 エッジワースの機体――――マサムネの首が動き、皇帝の方へと視線をやる。そこにはいつ用意したのか、凝った装飾の、豪華な椅子に腰掛けている皇帝がいた。周囲に護衛を侍らせ、エッジワースの言うとおりにこのを楽しむつもりか。


「な……何をされたんだ……?!」


「ユウ、気を付けろ……! コイツは……侍大将の名前は伊達じゃないぞ!」


 再び剣を構えるティガレスト。クリスはこの攻撃を予測していのか、それでも対処しきれなかったのか、すぐに体勢を直していた。


 それを見てユウは急いでアルヴァリス・ノヴァを構えさせる。片手剣と左腕の盾で前面を固めつつ、マサムネの動きをよく観察する、が……。


 ユウは目の前の敵機に奇妙な違和感を感じる。恐らく、この侍大将ギルバート・エッジワースは帝国軍で、いや、この大陸で問答無用に一番強い操縦士なのだろう。それなのに、彼から発せられる闘気というか殺気はむしろそうは感じられない。


(これなら、そこら辺の侍衆の方が強い殺気を放ってるのに……!)


 ユウ達を取り囲む侍衆の機体カゲロウや、ステッドランドは武器こそこちらへと向けてないが、その殺気を少しも隠そうとはしていない。


 今ここにいるクリスや、あのゴールスタを駆るドウェイン、シンやスバルのような手練は皆、その闘気や殺気には格別のものがある。だからこそ、目の前のこの男に違和感を感じるのだ。


 だが。


「やりづらい……!」


 どこにどう斬り込めばいいのか、反撃はどこから来るのか。次の瞬間に相手はどう攻めてくるのか、それをユウはどう守ればいいのか。その全てが予測出来ない。掴み所のない雲のような、という表現があるが、ユウはまさに今味わっている感覚がそれだと思った。


「ユウ! ヤツの動きをよく見ろ!」


 黒の機体、ティガレストが小さく剣を振りかぶりマサムネへと斬りかかる。


「少しは楽しませてくれよ?」


 マサムネは半身を逸らし、ティガレストの斬撃を紙一重で躱していく。まるで舞踊か何かのように、しっかりとした体幹と摺足が組み合わさった動き。これはカレルマインよりも滑らかで、かつ人間並みの動きを再現している。それはつまり、この操縦士の実力をそのまま現していた。


「くっ……!」


「そら、どうした。掠りもしてないぞ?」


 だからこそ、クリスはこの強敵に対抗しうる為にその動きをユウに見せようとしているのだ。恐らく無策で突っ込んでは、二対一という有利を以てしてもこのマサムネとエッジワースには勝つのは難しい。


「なんて無駄のない動きなんだ……!」


 ユウは思わず見惚れてしまう。マサムネの一挙手一投足は野生動物のようなしなやかさと力強さと同時に、人間が積み重ねてきた技術の全てが詰まっているように見える。しかし……。


 この動き自体は見切れない程でもないのだ。ユウはこれまでの戦闘の中で随分と成長してきた。そのユウの目にはマサムネの動きが特別速いわけでも、特殊な動きをしているようにも見えない。


 ならば先程の察知出来なかった反撃や、今こうしてティガレストの攻撃を苦もなく回避しているのはどういう事なのだろうか。




「なんて……ヤツだ……!」


 マサムネへと間断なく攻撃を仕掛けているティガレスト、その操縦士であるクリスは段々と寒気すら感じてきた。まるで、自分が相手にしているのは幻影か何かではないのか。


「この前から進歩がないぞ、シンプソン!」


 マサムネは両腕をふわりとかざし、ティガレストの斬撃と交差するように駆け抜ける。次の瞬間には、ティガレストが握っていた剣が空中を回転し、地面へと勢いよく突き刺さっていた。


 そしてゆっくりと振り返り、アルヴァリス・ノヴァの方へと近づいてくる。


「こちらの白い機体とは初めて戦うが……果たしてどれほどの実力の持ち主なのかな?!」


 アルヴァリス・ノヴァはもう一度片手剣を握り直し、目の前の濃紫の機体へと立ち向かう。


「いきます……僕は、僕たちは勝たなきゃいけないんだ!」






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