第97話 皇帝・2

第九十七話 皇帝・2


「それが……戦う理由ですか?」


「……そうだ。当時、彼らの先進的な技術と発想は帝国に多大な恩恵をもたらした。それは返しきれぬ恩、計り知れない義がある。故郷に帰れず、異邦の地で心細かっただろう……にも関わらず、彼らは多大な尽力を図ってくれた。自分たちが大変な時に当時の虐げられる民に救いの手を差し伸べてくれたのだ」


 そう言い、皇帝は僅かに天を仰ぐ。


「私はね、ただ彼らに報いたいだけなのだよ。君なら分かるだろう? 彼らを故郷に帰したい……帰してやりたいのだ。その為にはまず、この大陸を平定し全ての技術を帝国で管理する。そして理力についてよく知る者ども……アムレアスと呼ばれる巨人と接触を図る」


 ユウはじっと皇帝を見やる。その一言一句、一挙手一投足を見逃さないように。


「アムレアスと取引をし、理力について、此方の世界と彼方の世界を行き来する研究を進める。そして彼らの末裔を故郷へと送り届けるのだ。その一助となってくれんか?」


 皇帝はその手をユウへと差し向ける。その表情はとても柔和で、穏やかな雰囲気を纏っていた。


「一つ……一つだけ聞かせてください」


「うむ。なんでも聞いてくれ、協力を得るためならば多少込み入った事でも答えようではないか」


 一呼吸置き、気持ちを静める。心臓の鼓動がいくらか落ち着くのを待って、ユウは尋ねる。


「彼ら……ニホン人を元の世界へ帰した後はどうするつもりなんですか? この世界と向こうの世界、二つを繋げた後はですか」


 その言葉に皇帝はピクリとも反応しなかった。だが、不意にその口角が思い切り釣り上がったかのようにユウは見えた。いや、ユウはそう感じたのだが、皇帝の表情は終始柔和なままだ。


「そうだな……考えていなかったよ。どうかね、その辺りも含めて一緒に検討していこうではないか」


 どこまでも、どこまでも穏やかな声。ユウはその雰囲気と、表情の奥底にある違和感との差異に混乱しかけてしまう。この男の言っている事は、どこまで信じてよいのだろうか。





(この人は……嘘を吐いている)


 あくまでユウの直感――のようなものだが、皇帝の言葉にはどこか偽りを感じる。それはほんの些細な、髪の毛ほどの僅かな感覚。確証はまったく無い。しかし、この感覚は確信できる何かがあった。


 もともと、皇帝の話す内容には疑うべき点がいくつかあった。その一つはユウ達、ニホン人が元の世界に戻れる保証がないとアムレアスの長老は言った。この世界ともう一つの世界を繋ぐ唯一の方法である召喚漂流は一方通行、ユウのように向こうの世界からこちらの世界に来ることは出来ても、その逆は出来ないのだ。


 以前、ケラート奪還の折、ユウとクリスは戦闘中に理力が急激に増大し思わぬ漂流現象を引き起こしてしまった。その時も結局は遠く場所を移動しただけで、元の世界にユウは帰還することが出来なかった。あまり執着が無かったという事もあるが、ユウの感覚からすると戻れないというのはあながち間違いないだろうとの事らしい。まるで井戸の底に落ち込んだような、この世界ルナシスから這い出ることは出来ないという漠然とした事実を突き付けられた気がした、と。


 例え、皇帝が言うように今後の理力や漂流現象の研究が進み、相互に世界を行き来できるようになったとしても。


(皇帝はああ言ったけど、きっと新しい戦乱の火種になりかねない)


 皇帝は何も考えていないと言ったが、この大陸の半分を支配する帝国の頂点に立つ人間がそんな筈はない。歴代に続く皇帝らがそんな浅い考えでいる筈がない。


 地域と文明が異なる二つ、両者が初めて邂逅するとき。そこには支配するものと、支配されるものの二つになる。なってしまう。このルナシスがどちらになるのかは分からないが、そこには必ず争いが起きるのはユウでも想像がつく。





「フン……妄言もそこまでいくと、ご立派なものだな」


 不意に口を開いたのは、クリスだった。


「おいシンプソン、不敬だぞ」


「エッジワース殿も、どうしてこのような茶番に付き合っているのか……ユウ、君の考えは間違っていない。この男が言っているのは所詮はお題目、耳に聞こえが良いただの戯言だ」


 すっくと立ち上がり、クリスはその鋭い眼差しを皇帝に向けた。明らかにその態度、目付き、言葉遣いと、帝国臣民が敬うべき皇帝陛下に対する礼を失している。それどころか、その瞳には叛意がこの距離からでも見え隠れしているように感じた。


「これはこれは……確か、クリス・シンプソンだったかな?」


「おや、私めのお名前を覚えておいででしたか、皇帝陛下。その節はどうもご迷惑をお掛けした」


「……しかし、どういう事かな? 私の言っている事が妄言とは……ふふふ、面白いじゃないか」


 皇帝の表情は些かも崩れない。が、その纏っている雰囲気が僅かに変化した気がユウはした。そして対するクリスはというと、ティガレストの胸部ハッチで不遜にも腕組みしながら見下ろしている。


「何度でも言おう。の言っている事は妄言に過ぎない。ニホン人らを元の世界に帰すだと? ふざけるな、それが真実であるのなら何故、帝国は彼らの技術をひた隠しにする」


「クリスさん……?!」


「ユウ、君なら分かるだろう? この世界の技術はその多くが君の世界にあったものに依存している。私はそういうのに明るくはないが、本来は自然に発明され発見される技術とは異なる発展を遂げたこの世界は……歪じゃないのか?」


 ユウは無言で頷く。彼自身、このルナシスの技術発展はおかしいと感じていたし、先生も似たようなことを言っていた。


「確かに……我が帝国の基礎であり、ここまでの大国になるには彼らの技術が必須だった。彼らが居なくてはここまでに発展することはなかっただろう。……だが」


 皇帝は改めてクリスの方へと向きやり、その顔を見据える。


「だが。それは当然の事だろう? 彼らの技術が他国へと流出すれば、それこそ戦火が広がるばかりだ。君らが駆る理力甲冑、他にも多くの兵器や機械に彼らの技術が使われている。もし無制限にそれらを公開でもすれば、この大陸は今頃戦火に焼き尽くされているだろうな。技術を隠すのは無用な混乱を避ける為なのだよ」


「普段から他人を欺いている人間らしく、淀みなく嘘が口から出てくるものだな……それは問題の側面でしかない」


 金色の瞳は相変わらず怜悧なまま、皇帝を射抜く。


「貴様が、帝国がやっているのは技術の独占だろう。でなければこの国がここまで力を付けることは無く、他国との戦争に勝つことは出来なかった。それに技術の流出を恐れ、ニホン人らの末裔を軟禁する事を当然とは言わさんぞ」




 クリスの脳裏には、あの夜の事が思い返されていた。鎮護の森、そこでは外界から隔離されるように住まわされていたニホン人たちがいた。それはまさに牢獄であり、もし逃げ出したり外部と接触しようものなら……。


 クリスの迂闊な行動であの女性は殺された。ニホン人の末裔の一人で、代々伝わる様々な革新的な技術を守っている一族。そして、まだ幼い子供がいた。


「まったく……あれほど口外しないとしたというのに……」


「約束はいつか破られるものだ。あの時は私にお願いするのではなく、脅すべきだったな」


「それで大人しくしている君かね?」


「……確かにな」







「はぁ……君たちのような若さは羨ましくもあるが、少々向こう見ずでもあるな。それが良い方向に働く時もあるだろうが……今のこの状況では、死に急ぐというものだな」







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