第98話 共闘・2
第九十八話 共闘・2
アルヴァリス・ノヴァが手にした両手持ちの大剣で斬りかかる。相対するのは侍大将が駆る濃紫の機体、マサムネだ。
「こん……のォ!」
オーガ・ナイフが大気を斬り裂き、その切先が地面へと突き刺さる。マサムネはまったくの無傷、しかも腰の刀に手を掛けてはいるもののそれを抜くことは無い。つまりギルバート・エッジワースはまだ本気を出していないのだ。
「これなら?!」
大剣の一撃を回避したマサムネの動きをあらかじめ読んでいたユウは、その方向に蹴りを放つ。この連撃はいくら回避に専念していたとしても避けるのは難しいはずだ。そういう僅かな隙をユウは見計らっていた。
「やれやれ……」
しかし、絶妙な瞬間に放った前蹴りは空を切る。見れば、エッジワースはユウの一連の攻撃を完全に予測していたのか、マサムネは斬撃と蹴りの間合いを読み切っていた。その上での回避行動だったのだ。
「なんで攻撃が当たらないんだ……!」
先程からずっとこの調子が続いている。クリスのティガレストと戦っていた時もマサムネはすべての攻撃を紙一重で避け続け、今もユウの攻撃はカスるどころか、エッジワースに遊ばれているだけだった。
「ユウ!」
黒の理力甲冑ティガレストが、アルヴァリス・ノヴァの背後から飛び出してくる。クリスは一瞬の不意を突いて反撃の狼煙としようとした。が……。
「甘いぞ、貴様らァ!」
不意打ちの斬撃を苦もなく避け、マサムネはティガレストの頭部を鷲掴みにした。どんな魔法を使ったのかそれだけでティガレストは思うように動けず、その腕を振りほどくことが出来ない。
「クリスさん!」
慌ててユウが援護に入ろうとするが、マサムネはアルヴァリス・ノヴァの攻撃に対してティガレストを盾代わりにする。これでは迂闊に仕掛ける事が出来ず、ユウは唇を噛む。
「くそ……!」
「貴様らの評判を聞く限り、もう少し骨があるかと思っていたが……この調子では刀を抜くまでもないな!」
「言わせて……おけば!」
クリスが吠え、ティガレストの理力エンジンが一層に唸る。ティガレストは頭を掴まれたまま、片手剣を手放しその場で跳躍。しなやかな動きでマサムネの上体に蹴りをお見舞いしてやる。
(この間合いでは避けられまい!)
マサムネが掴んだ頭部を放して逃げないよう、ティガレストはしっかりと両手でその腕を掴み返す。これならば今までのように容易に回避されないはずだ。そう、クリスは確信する。
マサムネは微動だにせず、防御もしようとしない。少し離れた場所でその瞬間を見守るユウの目にも、ティガレストの蹴りは間違いなく入るように
だが、マサムネは掴まれた腕をくるりと捻じると、ティガレストは姿勢を崩して仰向けに倒れてしまった。まるで魔法か何か、それともわざとやっているのかとさえ思えてしまうほどに自然な動きだった。
「なんだ……これ、合気道ってやつなのか……?!」
一連の動作を見ていたユウが、ふと頭に思い浮かんだ武道。きちんと見聞きした訳ではないが、相手の動作や重心を巧みに制御し、最小の力で相手を制す。
実際にはエッジワースが使用しているこの技術、合気道ではないのだが、その基本的な考えで言えば同じものから出発していると言えた。理力甲冑が人体とほぼ変わらない構造をしているという事は、自然と力の向かう方向や関節の可動域、重心の取り方から体捌きまで。それらを利用する形で、僅かな力で相手を制する。
それはつまり、相手の動きを完全に読み切っている事を意味するのだ。
* * *
「す……凄い……」
護衛の兵士は思わず零してしまう。相手はあの連合の白い影と呼ばれる凄腕の理力甲冑、それに侍衆と同格の強さを認められたという黒い理力甲冑。その二機を同時に相手取って、なお圧倒している。あの濃紫の理力甲冑マサムネと、侍大将エッジワースの戦闘は滅多に見ることが叶わないのだが、やはり噂に違わぬ強さを見せつけてくれる。
「ふふふ……侍大将の戦いを見るのは初めてか? まぁ無理もない。あやつがマサムネに乗ること事態、そうそうあってはならない事だからな」
椅子にゆったりと腰掛けた皇帝は、彼らの戦闘を優雅に眺める。彼がここまで余裕でいられるのも、エッジワースの規格外な強さを知っているからだった。
「本当にお強い……ですが、あの動きは一体どういう技なのでしょう? まるで相手の動きを予め知っているかのような……」
「ふむ、よく気が付いたな?」
皇帝は自身の髭を撫でると、満足気に微笑む。
「侍大将の強さは別格だ。それこそ、常人のソレとは異なる。例え、あのドウェイン・ウォーですら勝つ目はおろか、傷一つ付けることも難しいだろうな」
「なっ、あのドウェイン殿でもですか……?!」
「そうだ。歴代の侍大将は皆、一騎当千の強者と言われてきたが、ギルバート・エッジワースはその頂点に輝くだろう。それはあの男だけが持つ、特殊な能力のお陰よ」
「と、特殊な能力……」
「それがある限り、この世の誰にも遅れを取ることはない。侍大将が一人いれば連合の軍勢など、まさに赤子の手をひねるようなもの」
護衛の兵士は皇帝の横顔を盗み見る。いつの間にか彼は笑っていた。それは背筋が寒くなるほどの、どこまでも冷酷な微笑みだった。
* * *
「ちょっとちょっと! ユウが危ないよ! あの紫のやつ、強すぎるんじゃない?!」
ホワイスワンのブリッジ、そこではヨハンらの援護しているリディアやレオの姿があった。二人はホワイトスワン各部に備え付けられた機銃を操作して敵機の迎撃をしているが、ユウ達の戦闘もしっかりと把握していたのだ。
「分かってるデス! あの侍大将って奴、只者じゃないデスね……!」
先生は先程までホワイトスワンを再起動しようと奮闘していたものの、搭載されている大型理力エンジンの応急修理を諦めた所だ。仕方ないので退艦の準備を進めていたが、アルヴァリス・ノヴァらの苦戦を目の当たりにしたのだった。
「あの動き……勘が良すぎるってのを超えてるよ! 殆ど未来予知じゃないの?!」
リディアが指摘する通り、マサムネの動きはアルヴァリス・ノヴァやティガレストの行動を予め知っていないと不可能な動きばかりだった。武術や理力甲冑での戦闘についてはほぼ素人のリディアでもその特異性は十分に分かる。
「未来予知とか超能力じゃあるまいしデス! 何かの理由があるはずデス!」
「でも! そうでもなきゃ説明つかないよ、あの動きは!」
先生としてはオカルトや超常現象による不可思議な物事には否定的な立場なのだが、確かにリディアの言う通りの異常な機動なのは否めない。それは彼女の理力甲冑開発者としての見地からも分かる。
「うぐぐ……そんなエスパーとかアリエネーデス……いや、予知? 先読み……?」
何かに気付いた先生はガラスの割れた窓枠に残った破片を白衣の袖で払うと、思い切り体を乗り出して彼らの戦闘を観察しだす。
「ちょっ! 先生、危ないよ!?」
「リディア! よく見るデス、あの紫ヤローの動きを!」
「ええ……?!」
先生の気迫に押されたリディアは一旦銃座から離れて先生の隣に並ぶ。目をよく凝らしてアルヴァリス・ノヴァ、ティガレストと、
「あたしにはユウとなんか
「そう、その通りデス。いくら紫ヤローが強いといっても、アイツらを相手に余裕かませる程の実力差は無い筈デス。それにリディアがさっき言った未来予知……」
「え゛、まさか本当に超能力……?!」
「ある意味、当たってるかもデス。私の予想ではこのカラクリは……!」
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