第95話 白影・2

第九十五話 白影・2


「クッソ! このままじゃ押しきられる?!」


 ボロボロのステッドランド・ブラスト、その操縦席でヨハンが思わず叫ぶ。


「ヨハン様、後ろ!」


「うわっと!」


 ネーナからの呼びかけで咄嗟に機体を屈ませ、背後からの斬撃を躱す。そして振り向きざまに牙双で敵機を斬りつけた。


「悪いネーナ!」


「構いませんわ、それよりも!」


 ステッドランド・ブラストとカレルマインは背中合わせになる。ガシャンと装甲同士が擦れ、塗料が少しばかり剥がれた。


 とうとう敵機の包囲はホワイトスワンと直掩の二機を取り囲んでしまう。ズラリと並んだカゲロウらは一部の隙もなく、じりじりとその包囲を狭めてきた。このまま封殺してしまう算段なのだろう。


「万事休す、ってヤツか……?」


「いいえ、まだですわよ! まだ、諦めるわけには参りません!」


 ネーナの叱咤にヨハンは再び気合を入れ直す。敵は自分と同等の強さ、それがざっと見える範囲で三十機ばかり。よくもまぁ、こんなにいるものだとヨハンはため息を吐く。


 包囲を構成するカゲロウのうち何機かが前に出て、得物を構える。これまでは徐々にホワイトスワンを疲弊させていくつもりだったのが、ここにきて一気に片を付けるのか。


「なかなかやるようだが……もう終わりだ。そろそろ降伏してはどうかね?」


 カゲロウの操縦士が外部拡声器スピーカーで呼び掛ける。その声には傲慢も油断もない。冷静かつ客観的視点からの降伏勧告。


「おいおい……こっちはまだ理力甲冑がになっただけだぜ……?」


「帝国の侍衆とは、まだ戦える相手に降伏を勧めるのですか? 甘く見られたものですわね!」


 どれだけ不利な状況になっても、ヨハンとネーナは諦めない。まだ戦える。まだ、戦っている仲間がいる。


「フン……我々に弱者をなぶる趣味はないのだが……本人が希望するのなら仕方あるまい」


 カゲロウ各機は刀を構え直し、今にも飛びかかってくる雰囲気だ。


「恨むなら己の判断を恨めよ……覚悟!」


 カゲロウが跳躍した瞬間、ヨハンとネーナは瞬間的に身を強張らせた。だが、敵機が迫る眼前、突如として彼らの少しばかり先の空間を巨大なものが宙を舞った。


「なっ?!」

「うそぉ?!」

「きゃあ!」


 三人が三人とも驚きの声を上げる。そしてその物体はちょうど跳躍中のカゲロウへとぶつかり、そのまま包囲を突き破って大広場へと吹き飛んでしまった。あまりの衝撃にその機体は手足があらぬ方向へと折れ曲がり、おそらく中の操縦士も気絶していることだろう。


「よ、ヨハン様?! スワンのハッチが吹き飛んでしまいましたわ!」


「……! ネーナ、こっから逆転するぞ!」


「どういう事ですの?!」


 困惑するネーナは何が起きたのか理解できなかったが、ヨハンにはその姿が、いや、その白い影がホワイトスワンから飛び出したのが見えた。




 * * *




「な、なんだ?! 白鳥の船体が爆発したのか?!」


「落ち着け、奴らには何も出来ん。このまま包囲を……」


 突然、会話していたカゲロウの操縦士からの無線が途絶えた。ザリザリとした音がし、一体どうしたのかとそちらの方を見ると。


「?! お、おい!」


 無線の相手のカゲロウは頭部を喪い、ゆっくりと崩れ落ちる瞬間だった。


 そして、次の瞬間には白い影が視界いっぱいに広がり、強い衝撃が操縦士をもみくちゃにしてしまう。一体何が起きたのか。その操縦士にはついぞ、理解できなかった。





 * * *




「ヨハン、ネーナ、遅れてごめん!」


 アルヴァリス・ノヴァが地面を滑りながらようやくその動きを止める。全身のスラスターから圧縮空気が漏れ出し、理力エンジンは少しばかり回転数を落とす。そして両腕に持った二丁の自動小銃アサルトライフルの銃口からは薄っすらと煙が立ち昇っていた。


「ユウさん、遅い!」


「悪い……だから、少しそこで休んでて!」


 ユウはそう言うと、再び機体を跳躍させた。


「そんな、休んでなんかいられませんわ……あ! ユウさん!」


 ネーナが呼び止める前にユウとアルヴァリスは敵へと向かっていってしまう。そのあまりの加速度に思わず彼女は二度見してしまった。




 両方の引き金を何回かに分けて引く。小気味良い振動と破裂音が連続し、鉛の礫が次々と吐き出されていった。


 赤い鎧を纏った侍のような理力甲冑は紙一重で銃撃を避けるか、手にした刀で巧みに弾く。流石にの攻撃では彼ら、侍衆を倒すことは出来ない。それを一瞬にして悟ったユウは、しかし懲りずに両手の自動小銃を撃ち続けた。


「……そこ!」


 有効打にならない銃撃を躱すため、カゲロウの一機は小さく右へと跳んだ。だが、そこには別のカゲロウが迫りくる銃弾を切り払おうと刀を振るった間合いだったのだ。


「なっ?!」


「うわぁあ?!」


 突然、横から現れた仲間の機体を真っ二つに斬り裂いてしまい、ちょっとした動揺が敵の間に伝播する。通常、侍衆のような高い練度を持つ操縦士にとって友軍機をうっかり攻撃するなどという過ちは犯さない。だが、今のような密集している状態では話が別だ。


 元来、皇帝ただ一人を守護するという任務を帯びている彼らは少数で多数の敵を討ち破ることを想定して訓練している。いざという時、皇帝の身に危険が迫るような事態の殆どでは味方の救援が期待出来ないからだ。


 だが、今の侍衆はほぼ全ての構成員が一同に出撃し多数の味方で少数の敵を迎え討つという、あまり無い事態に遭遇しているのだ。いつも通りの、冷静な彼らであればすぐに持ち直すはずなのだが……。


「ぐわぁぁあ!」


「なっ、急に前へ出るな!」


「クソ、もっと離れて戦え!」


 ホワイトスワンと理力甲冑二機を包囲していたカゲロウらは、アルヴァリス・ノヴァの撹乱によって大きく混乱しだしていたのだった。


「ちゃんと狙え!」


「は、迅い! 捉えられねぇ!」


 小銃やバズーカを担いだステッドランドが少し離れた場所から銃撃しようとするが、アルヴァリス・ノヴァのあまりの速度に照準が付けられないでいた。新型人工筋肉の生み出す瞬発力と、全身のスラスターから噴出される圧縮空気の反作用によって縦横無尽に駆け回るその姿は、まさに白い残像……いや、連合の白い影という二つ名に相応しかった。


 ダンッ!


 照準をつけようと必死になっていたステッドランドは、いつの間にか頭部に大きな風穴を開けられ地面にそのまま倒れてしまう。


「よそ見してたら、撃ち抜くわよ?」


 対空兵器の銃弾を躱しつつ、上空のレフィオーネが愛用の小銃で狙撃したのだ。ブルーテイルは移動しながらの銃撃に適しておらず、今は回避しつつ隙を見て狙撃していた。


「うわっとと! ……ユウ! 早くそいつらを蹴散らしちゃって!」




 * * *




「了解、クレア!」


 ちょうど自動小銃の弾を撃ち尽くし、その場に投げ出したユウは無線を通じてクレアに応える。周囲には同士討ちしてしまったカゲロウが何機か倒れていた。心の中ではもう少し数が減らせたのに、とユウは思うが、そこら辺は流石に帝国でも精鋭が集まる部隊なのだろう。最後のほうはしっかりと周囲に気を付けながらアルヴァリスの攻撃を捌いていた。


 アルヴァリス・ノヴァは腰の剣に手をやり……少ししてから背中に背負った大剣を一息に抜き放った。その流れるような抜刀に、侍衆のうち何人かは思わず息を呑む。達人は相手の剣の抜き方やその歩き方から実力を推し量れるという。長大な刀身の大剣を苦も無く背中から抜き、そして腰の入った構え。……こいつは


 ぐっと、腰を落としたアルヴァリス・ノヴァは一気に跳躍して近くにいた敵機へと接近する。構えた大剣、オーガナイフを大きく横から振り抜こうとして思い切り踏み込んだ地面がグシャリと陥没した。


 次の瞬間、カゲロウは自身の刀諸共に切断された。左の上腕から胸部に入り、そのまま右肩までを真っ直ぐに、まるで紙か何かを切るような鮮やかさ。あまりの切れ味、鋭すぎる太刀筋に切断された機体の操縦士は撃破された事に気付かず、動かない機体を動かそうと必死に操縦桿を握る。


「スゥ……ハァー……」


 ユウは呼吸を落ち着け、視線を遠くに見る。視界全体を俯瞰するように、焦点を敵の一つに絞らないようすることで逆に多くの動きを察知する事が出来る。武術などでは観の目、と呼ばれる技術だ。


 敵の太刀を見ていてはその攻撃に対処出来ず、敵そのものを広く観る事で太刀筋に対して動けるようになるのだ。


 敵のカゲロウが何機か同時に斬り掛かってくる。彼らの信条である一対一という考えは早々に捨て、全力を以てこの白い機体を止めなければと判断したのだ。


 だが、ユウとアルヴァリス・ノヴァはでは止まらない。迫りくる三機のカゲロウの間を瞬く間にすり抜け、重い筈の大剣を見事に操り撃破してしまった。


「な、なんだ……あの白い機体は……!」


「まるで……白い影……」







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